24.どうして?
隼人の中で、今までのものが一気に繋がった。
擬態、コンビニ弁当、冷凍食品、明かりの点いていない家にこのリビング、そして1人っ子。
思えば春希の部屋にあった物は、ゲームに漫画、プラモデルと、1人で時間を潰せる物ばかりとも言える。
「あー隼人、そのこれはね、アレなんだ。アレというかアレでさ、アレっていうか……」
さすがにまずいものを見られたと思ったのか、春希は目を泳がせ、あたふたと手を振り、アレを連呼しながら誤魔化そうとしてくる。
思い返せば、隼人はこの家で春希以外に顔を合わせた者は居ない。その気配すらない。きっともう何年も、春希はこの家でずっと1人だったに違いない。
そのくせ今のように笑みを浮かべて大丈夫だよ、平気なんだという体を繕おうとする。
隼人はそれが、
とても、
無性に、
気に入らなかった。
もっと早く気付けなかった自分が、やたらと腹立たしかった。
「……行くぞ、春希」
「え、ちょ、隼人! 待って、行くってどこにっ……」
隼人はお湯を沸かしているコンロを止めて、強引に春希の腕を取る。
春希からはその顔は怒っているかのように見えて、声を上げてみたものの、どんどんと語尾は小さくなっていってしまった。
「おにぃ、はるちゃん、どうしたの?」
さすがに最初に発した春希の声が大き過ぎたのか、姫子も一体どうしたことかと様子を見に来る。
姫子がそこで目にしたものは、強引に春希の腕を引く隼人の姿だ。幼馴染の美少女を強引にどこかへ連れていこうとする兄の姿だ。
さすがに何かを言おうとするものの、隼人の顔を見て止める。
その顔はひどく険しく、何を言っても聞く気が無いというのを感じさせる意志の強いものだった。だけど姫子は、こういう時の兄の顔は、相手を思っての事だということも、そして頼りになるという事も知っている。
「姫子、スーパーに寄って家に戻るぞ」
「うん、わかった。荷物纏めるね」
「ひ、ひめちゃんも?!」
春希はわけが分からないまま、有無を言わさぬ幼馴染兄妹に手を引かれていく。
一体どうしてこうなっているのかは、わからない。
だけど、春希は自分のことを思っての行動だというのはわかってしまい、不思議と悪い気分ではなかった。
「あの、ボク着替えてからでも……」
「制服でいこ?」
「あっはい」
ちなみに私服に着替えてさせてと言う春希の要求は、物凄い笑顔の姫子に却下された。
◇◇◇
春希の家から少し離れた10階建てのファミリー向けマンション。
その6階にある幼馴染の家、そのキッチンに、先ほどスーパーで買ったものが並べられている。
「えぇっと……」
隼人と姫子に強引に連れてこられた春希は、状況を把握できないでいた。
「俺は野菜をみじん切りにしていくから、姫子はニンニクと生姜をすり下ろしてくれ」
「りょーかい。はるちゃんはボウルと調味料出してくれる?」
「え、うん……って、どこにあるの?」
何をしたいかはわかる。夕飯だということもわかる。
だがどうしてこうなっているかというのと、具体的に何を作るかというのはピンとこない。
春希は隼人と姫子に言われるがまま、調理の手伝いをしていく。
(隼人、随分と手慣れてるんだ……)
初めて隼人が調理をするところを見たのだが、素人目からも随分とテキパキと動いており、かなりの熟練度がうかがえる。春希はそれを少し不思議と感じた。
そんな春希の心境とは別に、調理は進んでいく。
豚ひき肉に刻んだニラ、キャベツ、はくさい、長ネギ、しいたけ、それにすり下ろしたニンニクと生姜、塩コショウ、醤油で味を調え、こねくり回して餡を作る。
それに小麦粉で作られた丸い皮を出されれば、さすがにこれから作ろうとしているものは予想付く。
「ぎょうざ? それにしては随分と量が多そうだけど」
「作るの結構手間だからさ、人手があるときに作れるだけ作って残りは冷凍しようと思って」
「あは、お客様に手伝わせるんだ?」
「春希だからな」
「ボクだからか……ふふっ、そっか」
黙々と3人でぎょうざの餡を包む。
春希は最初こそ手間取ったものの、さすがの優等生、一度コツさえつかめば器用に成形していき、隼人も舌を巻く。
その中で姫子だけが、歪なぎょうざのオブジェを量産していた。
「ひめちゃん……うわぁ……」
「う、うるさい! あたしはおにぃが作ってくれるからいいの!」
「出来て損はないと思うが……」
だからといって姫子がぎょうざを作る手を止めるわけではない。3人の顔は笑顔であり、このぎょうざ作りを楽しんでいるのがわかる。
そして出来上がったぎょうざを油をひいて熱したフライパンで、小麦粉を溶いた水で蒸し焼きにすれば、綺麗な羽付きぎょうざが出来上がる。
ご飯とみそ汁、先日三岳みなもにもらった茄子の一夜漬けを並べれば夕飯の完成だ。
「わぁ……!」
ダイニングに並べられたそれを見て、春希は感嘆の声を上げる。彼女の胸に、何とも言えない高揚感が湧いてくる。
「いただきま~す……って、熱っ! おにぃ、水!」
「何やってんだ姫子……うん、食べないのか春希?」
「あ、うん。いただきます」
熱いと騒ぐ姫子、やれやれと水の世話をする隼人。
春希はそんな2人を見ながらぎょうざを口に運ぶ。
「あつっ、でもおいしい」
ひどくおいしく、そして懐かしいような味がした。格別な味だった。
思えば春希にとって、誰かとこんな風に食卓を囲むのは、随分と久しぶりのことだった。
次々と箸が進んでいき、気付けば大量にあった大皿に盛られたぎょうざは残り少なく、春希と姫子の奪い合いだ。
「米も食え、米も」
「だって、はるちゃんの勢いが!」
「んぐっ、んん~~っ!」
そんな下らない子供じみたやり取りをしながら夕食は進んでいく。春希はお腹だけじゃなく心まで満たされていくのがわかる。
(あぁ、そうか。ボクって思った以上に心が弱っていたんだ……)
だからこそ隼人は自分を連れてきたのだろう。
しかし隼人は何と言っていいか分からず、こういう風に食卓を囲んだ。不器用な奴、とほくそ笑む。不意に目尻に涙が溜まるのを自覚する。
隼人はそんな春希の顔を見て、どこか言いにくそうにしつつ、頭をバリバリと掻きながら言う。
「その、な……基本的に夕食は姫子と2人の事が多いんだ。だからさ、春希さえ良ければこれからは夕飯、うちで一緒に食べないか?」
「……ぇ?」
春希は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
隼人や姫子の家族は? だとか、だから料理の手際が良いんだとか、様々が浮かび脳裏を過ぎる。
だけど、口から出たのは純粋な疑問だった。
「どうして?」
春希はどうしてここまでしてくれるのかわからなかった。向けられた好意に戸惑っていた。
親切の裏にある打算や欲望、そういったものに塗れた感情ばかりを向けられてきた春希にとって、ひどく混乱させる。
春希自身にも色々な想いがある。言えないこともある。隼人だって気になるはずだ。
だけど何も言う訳でもなく、そんなことを言ってくれて、手を差し伸べてくれて……どうしてそこまでしてくれるのか、わからなかった。
「そりゃ、春希だから……ともだちだからだろ」
「……ぁ」
だというのに、返ってきたのはそんな単純な理由で――だからこそ心に響いて、目尻に浮かんでいたものが零れ、頬を伝う。
「そっか、ボクだからかぁ」
「……そうだ」
「これも隼人の貸し、かな?」
「別に貸しにしなくていい」
「じゃあさ、約束」
「……ほれ」
そう言ってどこかぶっきら棒な隼人と、悪戯っぽい笑みを作った春希は小指を絡める。
互いに言えないことはある。だけど言わなくても伝わるものがあった。
「まったく、相変わらず仲が良いんだから……」
姫子はそんな2人を呆れたように、そして少し羨ましそうな瞳で見ていた。




















