239.ひめこのはるき
山に囲まれた狭い空。
畑に挟まれる形で点在する家屋。
ろくに買い物が出来る店もなく、過疎の進む田舎の山里。
そんな代わり映えのしない小さな世界において、ひめこにとってはるきはとびきりの笑顔を咲かす人だった。
『ボクははるき! キミは?』
『っ! ひ、ひめこ……』
初めて出会った時も、きらきら眩しいまでの笑みを浮かべていたのをよく覚えている。そう言って差し出された手を、結局は驚きと照れから握れなかったことも。
それでもはるきは嫌な顔をすることもなく、兄と楽しそうに話を紡ぐ。
『はやとっていもーといたんだね、ちょっと似てる!』
『え、そうか?』
『うんうん、目もとのあたりとか! でもどうして今日はいっしょだったの?』
『家で1人だとたいくつだって、ついてきた』
はやとがどうしたものかと少々困った顔をすれば、はるきは一瞬「えっ!?」と不思議そうな顔をした後、バシバシとはやとの背中を叩く。
『なに言ってんだよ、はやと、あそぶなら人数多い方がいいでしょ!』
『え、でもひめこ女だし』
『む、そんなのかんけーないよ! だよね、ひめちゃん!』
『ぁ……、うん!』
『あ、はるき! ひめこ!』
そう言ってはるきはぐいっとひめこの手を引いて駆け出した。
突然のことだった。
しかしニッと笑うはるきに釣られ、ひめこはこれから起きる楽しいことへの期待に弾けんばかりの笑みを返し、ドキドキと胸をざわつかせる。
背後から必死になって追いかけてくる兄の姿を見てはるきと顔を見合わせれば、あははと自然に声が上がる。
今までにない高揚感。
新しい世界が拓けていく感覚。
高鳴る胸は、手を引いて走る兄の友達が、次はどんな景色を見せてくれるのかと、楽しみで膨らませていく。
この日からたくさん遊んで、様々な思い出を積み重ねていった。
山で、川で、廃工場で。
缶蹴り、おいかけっこ、かくれんぼ。
他にも羊に悪戯したり、怒られたり、しかし何事も全力で楽しみ、笑顔を絶やさず、だからひめこも釣られて自然と心が浮き立ちご機嫌にしてくれる。
だからひめこにとってはるきが特別な人になるのも、なんら不思議なことではなかった。
それは都会で再会してからも変わらない。
まぁ、男の子だと思っていたからその容姿の変わりようにビックリしたけれど。
かつてと変わらず兄の隣で笑顔を咲かせ、オシャレして驚かせたり、プールでカナヅチを披露したり、芸能人と一緒になって周囲を沸かせたり。
他にも映画に買い物、秋祭り。一緒に色んなことをして振り回し、振り回されつつ、いつも楽しい気持ちにしてくれた。
きっと、春希は。
誰かを楽しくさせることが好きなのだろう。
だから母との接し方を測りあぐねている姫子を見て、ああしてくれたのだ。
そして春希が寄り添ってくれたからこそ、心が軽くなったのも事実だった。
――あぁ、敵わないなぁ。
つくづくそう思う。
そして、よりそうのだったらという願いを降り積もらせる。
もし、男の子だったら――
「――くしゅんっ! ……あれ?」
姫子は自らのくしゃみの音で目を覚ます。
ベッドの上で布団を被らず、クッションを抱え横になったままの姿だ。
窓からは朝陽がやんわりと差し込んでいる。どうやら昨日は動画を見ている間に寝落ちしてしまったらしい。
掛け布団の上で姫子と同じく転がる充電コードが繋がれたままのスマホを手繰り寄せ、そこに映るいつも起きる時間より15分は過ぎた時刻を目にした姫子はみるみる顔から血の気を引かせていき、「ひゅうっ」と息を呑み喉を鳴らす。
「時間! 遅刻! おにぃ、どうして起こしてくれなかったのーっ!?」




















