21.はんぶんこ
またレビューいただきました!
「いやー、助かったよ、隼人!」
昼休み。いつもの秘密基地。春希は今朝の事の照れ隠しなのか、バシバシと隼人の背中を叩いていた。
「いてっ、いてっ! ちょっとは加減しろってーの……って、それはなんだ?」
「ヌードクッション?」
そう言って、そそくさと春希がかばんから取り出したのは、カバーの掛けられていない剥き出しの白く小さなクッションだった。無理矢理押し込められ小さくなっていたそれが、徐々に膨らんでいくものが2つ。
「そそ、カバーの無い小さなやつ。百均で売ってた。200円だったけどね。ほら、隼人の分」
「え、百均なのに200円ってどういうことなんだ?! って、そうだ、お金」
「いいよ、これくらい貸しで。だけどね、ちょぉ~っとお願いがありまして……」
「うん? なんだよ――って!」
春希は隼人に渡そうとしていたヌードクッションを胸に抱き、頬を赤らめながらもじもじと、上目遣いで擦り寄ってきた。可愛らしく、
いかにも女の子然とした仕草だ。しかし、その目は悪戯っぽく笑っており、明らかに悪ふざけだというのがわかる。
それは悪ふざけだとわかっていても、ドキリとしてしまうだけの魅力があった。
隼人はその心境を悟られまいと大げさに仰け反るものの、そのオーバーリアクションを見て口元もにやけだした春希が追撃を掛けるかのようににじり寄る。
「ボクね、隼人の欲しい……」
「な、何をだよっ」
「そんなこと、ボクの口から言わせたい……?」
「は、春希、お前な……っ」
恥じらいつつも際どい言葉で迫られたら、たとえからかう為のことだとしても、隼人はいよいよ動揺を隠せなくなってしまう。
それが分かっているのか、春希は艶めかしく唇に指をあてたあと、そっと隼人の鞄を持つ手をなぞる。ぞくぞくとした背筋に得も言えぬ感覚が走る。その隼人を捉える悪戯に満ちた瞳でさえ、蠱惑的にさえ思えてくる。もう敵わないとばかりに、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「隼人……」
「春希……」
――ぐきゅうぅぅぅ。
「……」
「……」
そして盛大な腹の音が部屋に鳴り響く。つい先ほどまでの空気はどこへやら。隼人は残念そうな生物を見る目で、恥ずかしそうにクッションで顔を隠す春希を見るのだった。
「だ、だって、ボクも今朝はギリギリでさ! 朝も食べてないし、お昼だって買えなかったんだもの!」
「はぁ、まったく……貸しだぞ? って、分けるのはいいけど、箸が無いな。さすがに俺のを貸すのはちょっと……」
「あ、大丈夫。コンビニでもらったやつの余り、いくつか鞄に入れっぱなしだから」
「……そうか」
隼人は少し残念なような、ホッとしたような気持ちで弁当の蓋へと取り分けていく。食べ盛りに弁当を半分はつらいが仕方がない。
それよりも、気に掛かったことがあった。
以前スーパーで出会ったときも冷凍食品を大量に買い込んでいたし、昨夜出会ったのもコンビニにご飯を買いに行ったということだった。そして昨夜別れ際に見た、真っ暗だった家。
食事事情以外にも、色々とあまり良い想像が出来そうにない。
「ん~、この野菜たっぷりのハンバーグおいしー。これも隼人が作ったの?」
「あぁ、先日大量に作って冷凍していてな」
「冷凍だと何かちがう? 変な顔になってたけど」
「え?」
春希に言われて初めて、隼人は自分の考えが顔に出ていたことに気付いた。
目の前にいるのは、かつては笑いあってニコイチのアイスを分け合った幼馴染の姿。
あの時と同じ様に弁当を分け合っているが、渋面になっている隼人の顔。春希はそんな隼人の顔を、自分が悪い事をしたんじゃと、どこか恐れを含んだ目で覗き込んでくる。まるで叱られるのを恐れている子供のような顔をしていた。
「ごめ、ボク――」
「――呆れてたんだよ、はしゃいで夜更かしって、何をそこまで話してたんだ?」
「隼人……あ、あはは、色々だよ。うん、色々。ひめちゃん、服のブランドとかコスメ用品とかすっごく詳しくてさ、ボクが全然知らないもんだから、お叱りを受けてたんだ」
「へぇ、意外だな。ほら、そんな擬態なんてしているくらいだし、てっきり」
「良い子を演じてるだけだからね。それにさ――ても……」
「……春希?」
「っ! ううん、何でもない!」
そう言って、春希は無理矢理誤魔化した。明らかに聞いてくれるなといった態度だ。その一瞬見せた仄暗い表情は、昨夜の別れ際に感じたものと酷く似ている。
(――似合わねぇっ!)
隼人にとっての春希は、いつだって悪戯好きで強引で、そして底抜けに明るくて、笑顔の似合う奴だった。それは7年の時間を経た今でも変わらない。
だけど7年という空白は、あまりに長く、お互い知らないものを積み上げて過ぎている。はるきと春希を隔ててしまっている。
事情はわからない。きっと、おいそれと言えないものなのだろう。
その事は隼人も十分にわかっていて……だからこそ、春希に一歩踏み込むのを躊躇ってしまう。
だけど、どうしても自分は気にしているということを伝えたくて――何よりあの時の姫子と重なってしまって、気付いた時にはガシガシと春希の頭を強引に掻きまぜていたのであった。
「わぷっ、ちょっ、隼人、何すんのーっ?!」
その突然の行動に面食らった春希は、抗議の声を上げる。しかし、その隼人の顔をみれば何も言えなくなってしまい――毎朝それなりに手間のかかる髪を、されるがままになった。
そして隼人も何とも言えない表情を作ってしまう。
短くてツンツンと手に刺さるようだった日に焼けて痛んだ髪は、あの頃と違って長く、なめらかで絹のような触り心地で指先の間をくすぐる。
「春希――」
――大丈夫か?
――何かあったら聞くぞ?
――俺はここにいるから……
何かを言おうとして、隼人の中でいくつもの言葉が浮かんでは、何かが違うと感じ、消えていく。気持ちだけが空回り、なんだかもどかしい。
春希はそんな百面相をする隼人の顔を見て、くすりと笑い――
「うん」
と、一言だけ返した。
傍から見ればとても短いやり取りだ。だけど、2人が通じ合うには十分な言葉だった。今はまだ、これだけでいい、と。その顔は、どこか満足気だった。
「隼人はさ、変わったよね」
「……そうか?」
「うん、生意気になった」
「は? なんだよそれ」
「あは、なんだろうね?」
窓から見える初夏の空に、かつてと同じ巻雲が浮かぶ。
田舎と都会。空白の時間。色々変わってしまったことに、相手に対するもどかしさ。
だけど2人は笑いながら、かつてと同じように、同じものを分け合った。