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13.敵わねぇよ

感想で指摘を受け、隼人と春希の「貸し」についての説明を5話に追加しました。

読まなくても大丈夫な部分ですが、読めばより物語を面白く理解できるかと思います。

r2_6_17 PM 追記


 昼休み。例の秘密基地。

 春希はドヤ顔で、先のバスケの試合のことを誇っていた。


「どうだった、ボクの活躍は? ボクもなかなかにやるもんでしょ!」

「……そうだな」


 対する隼人は、ブスーっとした表情で聞き流しているかのような態度である。


 実は春希は、隼人がサッカーで面白いくらいフェイントやテクニックに翻弄されている所をしっかりと観察していたのだ。そのこともあって、だから隼人は悔しいからそんな態度を取っているのだと思い、ますます得意げな顔になって増長していく。

 しかし隼人の事情は違う。何かのきっかけで先ほどの事を思い出すと、春希を強く異性と意識してしまいそうになっていた。


「で」

「で?」

「試合、どうだった? 俺、最後まで見てなくて」

「惜しかったけど敗けちゃった。隼人はどっちを応援した?」

「……」

「……」


 質問に質問で返されてしまう。その悪戯っぽい顔は、明らかに隼人をからかって遊んでいるのがわかる。


 今の春希は体育で身体が火照っているのか、靴下どころかサマーニットまで脱いでおり、ブラウスの胸元も緩めてパタパタと手で風を送り込んでいる。

 ある意味煽情的な姿ではあるのだが、同時に他の誰かに見せられないような残念な姿でもある。隼人の前でだけ見せる姿だった。


(ま、春希らしいか)


 そう思うと、なんだか意識するのがバカバカしくなっていた。 

 眉間の皺もほぐされていく。


「もう、聞いてる?」

「はいはい、俺の負けだ、負ーけ。春希には敵わねぇよ」

「お、やっと認めたね。これはもうボクに貸し1でいいんじゃないかな?」

「何の貸しだ」

「どっちが皆を盛り上げたか勝負?」

「盛り上げって……ったく、大した役者(・・)だよ」

「……………………役者、か」

「……春希?」


 突然、春希の纏う空気が変わった。

 先ほどまでのはしゃぐような軽さは吹き飛び、重々しいものに取って代わられる。

 その顔は笑顔を浮かべているものの、何かの痛みを堪えるかのように沈痛だ。見ている方が心苦しくなる。

 隼人はどうしてこうなったかは分からない。ただ事実として、何かの地雷を踏み抜いたのだと理解し、動揺してしまう。


「……隼人ってさ、ボクと全然違うよね」

「なっ、ちょっ、春希!?」


 ふと、浮かべる笑みの質を変えたかと思うと、まるで獲物を狙う獣のように四つん這いになって隼人の下へとにじり寄る。

 そして、トンと隼人の胸に手を置いたかと思うと、何かを確認するかのように艶めかしく指を動かした。


「ここ、すっごく硬いね……筋肉かな、鍛えてる? それとも男の子だから? 昔はボクとそんなに変わらなかったのにね」

「や、やめてくれ春希……っ!」

「どうして?」

「ど、どうもこうもないだろう……っ!」


 隼人の顔は、春希の指先のせいで真っ赤になっていた。

 そのしなやかで柔らかい指は、それぞれが意思をもっているかのように独立した動きで胸をなぞり、時にシャツの間から中に侵入して素肌をまさぐる。

 未知の刺激を与えてくる幼馴染の指の動きに、隼人はもはや耐えられようハズがなかった。


「くすぐったいんだよ、やめてくれ!」

「あんっ!」


 春希を強引に引きはがした隼人は、目に涙を浮かべながら恨みがましくねめつける。

 その春希はと言えば、大きく目を2~3回パチクリさせたと思ったら、プフッと笑いを噴出した。


「あは、ごめんごめん! そんなにくすぐったかったんだ?」

「勘弁してくれ」

「だって、ねぇ……隼人はさ、こうやって演技して皆を騙してることをさ、どう思う?」

「どうも。春希だなぁって思うだけだ」

「……そっか」


 そう言って目を細めた春希は、この話はもうお終いばかりにお昼を取り出した。

 いつもと同じゼリー飲料と、今日はおにぎりのようである。サンドイッチとローテーションらしい。

 それに倣って、隼人も弁当を取り出した。


「そうだ、お詫びに一口分けてあげようか? ゼリー飲料がいい? それともおにぎり?」

「いらねぇよ、自分のあるし。春希、それいつも飲んでるな?」

「手軽に栄養補給できるしねー」

「コンビニか?」

「うん、毎朝寄ってる。そういや隼人っていつもお弁当……て、うわ、なにそれ?!」

「何って……ライスコロッケだが」


 隼人の弁当の中には、握りこぶし大のライスコロッケばかりが4こ、鎮座していた。他におかずは何もなく、春希が驚くのも無理はない。ただ、ボリュームだけはありそうだ。


 これは今日は体育があるからと、前日から仕込んでいたものである。

 みじん切りにした玉ねぎ、ナス、そして一口大に切ったベーコンを炒め、余った冷や飯を入れて塩コショウとケチャップで味を調えていく。ラップを使って茶巾絞りの要領で成形し、中にチーズを入れるのも忘れない。

 小麦粉、溶き卵、パン粉の順番で化粧を施し、サラダ油が浸る程度のフライパンの上で転がして揚げれば完成である。


 ちなみに姫子には「お米で揚げ物なんてカロリーが! あたしを太らせる気?!」とお叱りを受けていたりした。姫子はそう言ったものの、ちゃっかり3個持っていってたりもする。


「そのおにぎり半分とトレードしようか?」

「いいの?!」

「ほれ」

「じゃあボクも」


 蓋の上にライスコロッケを置いて差し出せば、代わりとばかりに空いたスペースにおにぎりを詰め込まれた。


「あ、お箸」

「いいよ、手掴みで……ん~~、んまっ! 濃い目の味付けが体育後にはたまらないし、チーズもいいね! これ、どこのやつ? 冷凍?」

「俺が作った」

「隼人が?!」

「なんだよ、意外か?」

「うん……」


 またも驚いた顔を作った春希は、まじまじと隼人の顔を観察する。その目は、ちょっと信じられないなと言いたそうな色だった。


「もしかして今までのお弁当も隼人が?」

「おう、俺だ」

「……やっぱり7年って、すっごく長い時間なんだね」

「春希――」


 そして、どこか困った様な笑顔でそう呟く。

 隼人はそんな春希に何か言おうとしたけれど――言葉が何も出てこず、息を詰まらせてしまう。


「ん、早く食べちゃおう。お昼、終わっちゃう」

「そう、だな……」


 しかしそれも一瞬の出来事、すぐさま元の、悪戯っぽい人好きのする笑顔に戻っていた。


 何かが心に引っかかり、誤魔化すように窓の外を見る。

 初夏の空は、憎らしいくらい真っ青だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 私は主人公とヒロインが大喧嘩するのが好きだ! 期待しているぞ
[一言] すごく好きです…
[一言] 楽しく拝読させてもらってます ところで僕とボクって何か意図して書き分けてますか?
感想一覧
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