1.隣の席の二階堂さん
新連載始めました。
よろしくお願いします。
幼い頃のことだった。
『ボクたち、いつまでもともだちだよな、はやと?』
『あぁ、おれたちはずっとともだちだ、はるき!』
庭先に咲き誇る向日葵、飲み干した空のラムネ瓶、カナカナと鳴くヒグラシの声。
そんな田舎の夏の終わりの夕暮れに、親友と小さな約束を交わした。
小指を絡めて交わした些細な儀式。自分達にはどうしようもない別れを前にした、再会を願うもの。
今からもう、7年も前の事だった。
「でっけぇ……」
霧島隼人は目の前の高校を前にして、ふと、そんなことを思い出していた。
引っ越した転入先の高校は、田舎と違って随分と大きく小綺麗で、目を回しそうになってしまう。
思わず現実逃避気味に、懐かしいことを思い出す。
ともかく圧倒されたままではいけないと、気を取り直して職員室へと向かった。
既に面倒な手続きなどは終えているようで、そのまま担任の先生と共に教室へと向かう。扉の上には1-Aのプレート。
入口からして興味の視線が突き刺さり、緊張する。
「霧島隼人です。月野瀬という、道路で猿や鹿や猪と顔を合わせちゃうようなところからやって来た田舎者です」
そんな自虐風の自己紹介、大うけされるほどではないが、思わず笑いが零れるようなリアクション。
転校初日の滑り出しの反応としては上々で、隼人はホッと一息を吐く。
ただでさえ田舎から都会への引っ越し、それも6月の半ばという中途半端な時期である。隼人としても、一抹の不安があったからだ。
それでもワクワクしていることもあった。
幼い頃に約束を交わした相手――二階堂はるきと同じ街に引っ越してきたのだ。再会できるかもしれない、そんな期待もある。
「席は……そうだな、二階堂の隣が空いているか」
「二階ど――え?」
「はい」
一人の女生徒が、ここですよとばかりに手を挙げた。
とても綺麗な女の子だった。
くりくりとした大きな瞳に、両サイドでひと房ずつ編み込まれた手入れの行き届いた長い髪。
こちらに向かってニコリと微笑むさまは、つぼみが綻ぶように愛らしい。
大人しそうな感じの、大和撫子という言葉が良く似合う、清楚可憐な女の子だった。
田舎ではまずお目にかかれない美少女にドキリとしてしまう一方で、『あぁ、この娘もアイツと同じ二階堂って言うんだ』などと、かつての悪友の顔が脳裏に浮かぶ。
(お調子者だったアイツの事だ、『同じ名字って運命だよな』と絡んで行ってフラれてるかもな)
そう思うと、くつくつと笑いが零れて喉が鳴る。
「よろしく、二階堂さん」
そんな隼人の反応に、彼女は少し驚くような表情を見せるも一瞬、どこか人好きのする悪戯めいた笑顔で返事をした。
「よろしくね、霧島くん」
隼人は目を細める彼女に、何故か懐かしい気持ちを感じてしまった。
――あれ、何で懐かしいって思ったんだ?
思わず首を傾げてしまうのだが、周囲は考える時間を与えてはくれない。
「ねね、霧島君、自己紹介に言ってたことって本当?」
「どんだけ田舎なんだよ……マジで?」
「そんなところから、どうしてこっちに来ることになったんだ?」
ショートホームルームが終わるや否やクラスメイトに囲まれて、転校生に対する質問攻めという名の洗礼を浴びせられる。
「あぁ、転校したのは急な親父の転勤なんだ。前に住んでたのはバスが1日4本しか無いような山奥で、人の数より飼ってる家畜の方の数が多くて……正直ニワトリや羊以外にこんなにも囲まれたことが無くてさ、ビックリしてる」
肩をすくめてそんな事を言ってみれば、「なにそれ」「マジかー」「ウケるー」といった笑い声が広がっていく。
中々の好感触があった。それはクラスメイト達も同じの様で、とっつきやすいと思われたのか、どんどんと質問が重ねられて行く。
「向こうで彼女とかいなかったの?」
「彼女どころか、そもそも同世代の人を探す方が難しいよ」
「友達とかは? 遊びとかどうしてたんだ?」
「基本は1人か畑の手伝いか……あ、一人だけ居た。すごく仲の良いやつだった。橋から一緒に川の中に飛び込まされたり、山で木に登っては降りられなくなって落っこちたり……あぁ、友達というより、アレはタチの悪い猿か何かの妖怪だったんじゃ――」
はるきとの記憶を手繰り寄せながら、そんなことを話す。
どちらかと言えば、いつも引っ張り回され振り回されてばかりの思い出ばかりだった。ロクなものじゃないだろう。だけど、確かに楽しかった記憶でもある。
べキッ――
「――へ?」
「…………ぁ」
どうしたわけか、話すと同時に隣から何かがへし折られる音が響いてきた。
皆も思わず、そちらの方に目を向けてしまう。
先程の音の発信源は、隣の席の二階堂さんだった。
手には真ん中でポキリと折れたシャープペンシル。
本人も驚いた表情をしている。
大和撫子みたいな清楚可憐な美少女と折れたシャーペン。
そのよくわからない状況に、周囲の意識も質問よりそちらの方が気になってしまうのも無理はない。
「二階堂さん?」
「え、それ、どうして……?」
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ、あはは。大丈夫、これちょっと不良品だったみたいでして」
注目を浴びた彼女は、慌てた様子で捲くし立てた。まるで何かを誤魔化すように隼人へ質問を向けてくる。その顔は少し、批難の色を帯びていた。
「大切な友達だというのに、随分な言いかたなんですね」
「ははっ、そりゃ、大切な友達だからな」
「……へぇ、そうなんですか」
隼人ははるきの事を考えながら言葉を返す。
そして彼女は、ぷいとばかりに顔を逸らすのだった。