第13章〜君のいる世界〜
夜になり、僕は今度の定期公演に向けての作業を進めていた。
本当は今日、配信をする予定だったものの、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいいっぱいだった。
真由ちゃんはどのタイミングで僕を好きになってくれたのか。トラストの時に一番楽しかったことはなんだったのか。僕にときめいてくれているのか。
そんな想いが頭の中をずっと支配して、すっかり配信のことを忘れてしまっていた。
「ニャー…ゴロゴロ…」
「あ、きなこ…。ごめんね。すっかり考え込んじゃって。真由ちゃんのことが…頭から離れないの…」
きなこには真由ちゃんのことは全部話済み。ていうか、愚痴もいい事も、全部まずはきなこに話してる。きなこにはなんでも打ち明けられる。僕にはなくてはならない相棒だ。
僕に擦り寄ってきたきなこの頭をそっと撫でると、きなこは気持ちよさそうに寝そべった。
「僕ね…。明日真由ちゃんがお仕事してるとこに行くんだ。そこであの子が普段、どんな人たちと触れ合ってるのか偵察するの。本当はちょっと怖いんだけど…。きなこもお家から応援しててね」
そう言ってきなこの方を見ると、既にきなこは気持ちよさげに眠っていた。
…きなこは気楽そうで羨ましいな。…でも僕にもそんな気楽な考えが必要って事なのかも…。なんだか疲れてきちゃったし…僕もそろそろ寝ようかな…。
翌朝。
僕はいつも通りの時間にアラームで目を覚ました。
僕の持ってる番組と全く同じ集合時間にしたから、起床時間も準備時間も大体いつも通り。いや、寧ろ今日の方が余裕あるかも。
ルックスを完璧に整えて、身バレしないようにマスクして…。完璧!よし、行こう!待ってろよ、「ふぉれすと えすぷれっそ」…!
電車を乗り継ぎ、マップに従ってその喫茶店に行ってみると、予想以上に落ち着いた雰囲気だった。多分、芸能人がお忍びで来てますって言われても全然怪しくないぐらいのそんな雰囲気。お店から漂ってくるコーヒーの香りも、すごく落ち着く匂い。頭の中空っぽだったらついふらっと入っちゃいそう。僕コーヒー飲めないけど。
カララン
「いらっしゃいませー!」
早速入店すると、ウェイトレスで真由ちゃんと同世代ぐらいの女の子が一人、年配の男性が一人、厨房にスラッと背の高い男性が一人いた。
なるほど…。確かにキャラ濃そうだな…。
僕は端っこから店員さんたちを観察しようと思い、お店の一番端のテーブル席へと着席した。
「ご注文お決まりでしたらお呼びくださいっ!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「…あれ?宮澤…さん?」
え?誰…?知り合い…だったっけ?
「えっと…はい、宮澤…です?」
「星夜さん…?宮澤星夜さん…?ファンキャスト宮澤さん…!?」
あ、そっちか。
「あ、はい。元、ですけどね」
「わぁぁぁぁ!!懐かしい…!私…っ、小さい頃にトラスト・アクアで宮澤さんに魔法かけてもらったことあったんです…!お誕生日に行ったトラスト・アクア…。その時に宮澤さんからもらったシール貼ったら、みんなからお祝いしてもらえたんですっ…!本当にもう夢みたいでした…!ありがとうございました…!!」
「あ、もしかして、あのラッフィの帽子の子…?」
「そうですそうです…!覚えてくれてた…!!寺さぁんっ!オーナー!やばぁいっ!宮澤さんだよぉっ!」
「宮澤さんがうちに?本当かい?」
「…彼が?」
え、何、僕ってここではそんなに有名人なの…?みんな来ちゃったよ??
「今日は来てくれてどうもねぇ。じぃちゃんたちはみんな、トラストのファンなんだよぉ」
「…私も、こんな見た目ではありますがラッフィファンでして…。宮澤さんがラッフィ好きと知った時は嬉しかったです…。あっ…じゃあそろそろ私は仕事戻らないと…」
「私は全部好きー!もう、本当に全部好き!!でも推しは星夜さん!!本当パントマイムカッコよさすぎ!」
…残念だけど、僕には既に有力な彼女候補有りなんだよね…。いくら推されてもその愛は実らない。ごめんね。受け取りはするけど。
「みんなトラストへの想いが強いんだね。僕もトラスト大好きなんだ。最近は忙しくてあまり行けてないんだけど、僕の部屋でもトラストグッズだけで統一された部屋もあったりするんだよ」
「へぇ、すごいねぇ。でもどうしてうちにしたんだい?」
「あ、それは僕のマネージャーがここのサービスが気に入ったらしくて。なので来させてもらいました!」
「えぇ!嬉しい!私宮澤さんが来る日だけのシフトにしたいです〜!」
「…私も憧れますけど…皆さん仕事してくださいよ…」
「ほほっ、相変わらずクールだねぇ、寺岸くんは」
なんやかんやでみんな、個性はバラバラだけど仲いいみたいだな。これなら真由ちゃんも安心して任せられそう。
お気楽でゆったりした雰囲気を持つこの店の主のオーナーさん。そして、元気で明るくて、ちょっとたまに行きすぎたとこがあるウェイトレスの女の子。最後に、真面目で面倒見のいい、ちょっぴりツンデレな寺岸さん。
キャラは濃くても、気に入ったな。この喫茶店。
「お客様。ご注文の品、お持ちしました」
「えっ?僕まだ何か頼んでたっけ?」
すると、寺岸さんの後ろからちょっと照れた様子で真由ちゃんがひょこっと顔を覗かせた。地味に萌え可愛い…。
「お、お待たせ…!」
「あっ!真由ちゃん…!」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
寺岸さんが去ると、真由ちゃんはそっと僕の向かいの席に座った。
…なんだかさっきの登場でちょっと寺岸さんに対して敵対心的なの湧いたな…。真由ちゃん連れて歩くっていうか…隠して歩くっていうか…。ずるい。でもとにかく、僕はここのことを始めて知ったっぽく振る舞わなきゃな…。
「…って、あれ?真由ちゃん、さっきの店員さんと知り合い?」
「私とも知り合いですよー!」
「えっ?」
「あの…ね…。私、飲食で働いてるって言ったでしょ?それって、ここのことなの…」
「えぇぇっ!?じゃあここ、真由ちゃんの職場なのっ!?」
と、僕特有のオーバーリアクションをしてみる。さて、反応はどうかな?
「しーっ!ここ喫茶店だよ、あまり大きな声出さないで!」
真由ちゃんはそう僕を宥めながらも、少し嬉しそうにしている。
反応、良好。
作戦、成功。
「あ、ごめん…。じゃあ、始めよっか」
よし。お遊びもここまで。ここからは本気のお仕事タイム。まだ真由ちゃんも初心者さんな訳だし、しっかり教えないとね。
それから僕は、今度やる定期公演についてを台本やデザイン画などを見せながら真由ちゃんに説明した。
舞台に関しても、舞台監督も、出演も、演出も脚本も全部僕一人でやってることを伝えると、真由ちゃんは目を丸くして驚いていた。
因みに、衣装の製作も手伝ってくれるらしい。こっちの方は本当に人手が足りなかったから助かる。
主に衣装は僕のムンくんたちが作ってくれてるって設定になってるんだけど…。ね?わかるでしょ?地元のみんなだけだとやっぱ限界があって…。だから、採用したってのもある。
「あ、あと言い忘れてたけど、今度の定期公演の時は僕が今度渡すチケットの座席から観てね。完全に運とタイミングだから、いい席か悪い席かはわからないけど…」
「了解!」
「それから最後に、再来週の土曜日。誰でもいいから、僕を応援してくれてる人、覚えてきて」
「…でも私…人の顔覚えるの苦手…」
「わかった、じゃあ一人でもいいよ。誰か一人でもいい。数人と群れてる人の内の一人を覚えて来てね」
「あ、わかった…。でも…なんで…?」
「決まってるじゃん、もし仮になんらかの拍子で僕たちの関係がバレちゃった時、真由ちゃんのその人伝えの情報網でいち早くキャッチする為だよ」
上手く行けば、どんな小物つけてた、とかからsoundsの投稿辿って特定できるからね。多分。
「そ、そうなんだ…。でもまぁ、バレないように努力しよ…?ね…?」
「当たり前じゃん!」
僕は意気揚々と満面の笑みを浮かべた後、一口ココアを口に運んだ。
「ねー!真由ー!キャラメルラテー!お店からの奢りー!なんか二人ってさー、厨房から見てて思ったんだけど、仕事仲間って言うよりはカレカノみたいだよねー!てか、もう付き合ってるっしょ!」
「ぶっ!!」
うっそぉーっ!言ってるそばから!?てか、このタイミングあり!?ココアがっ…!僕のキャラが……!クソっ…蒼夏め…!
「えっ、本当に付き合ってんの??えっ、ちょっ、やばぁぃ!!ねぇ、オーナぁ!テラさん!この二人付き合ってるんだって!!」
待ってぇーー!!誤解だー!それは誤解なんだぁ!!僕は今はこの惨事を片付ける方で精一杯なんだ…。運のいいことに台本とかはさっきしまったからココアまみれにはならなかったけど…。
「付き合ってないよ!!」
「あれぇ、真由、昨日の彼じゃなかったのかい?」
「違いますって!あの人はこの方、宮澤さんのマネージャーさん!」
「ありゃ、そうなのかい?」
「そうですよ!」
あ、やっぱ昨日真由ちゃんここ来てたんだ。
「えっ、じゃあじゃあ、宮澤さんと真由の関係は!?」
「えっ…!?それは…」
「仕事仲間以上!!恋人未満!」
もう、こうなったらばっさりこう言い切っちゃった方がいいね。大丈夫。この人たちは絶対的僕の仲間なんだから、僕が口止めしたら絶対に口外しないはず。
「…実質、恋人みたいなもんですね。それって」
うん。僕もそう思う。
「て、寺岸さんまでっ…!?」
「でもみんな、僕たちがこういう関係だってことは、この喫茶店内だけの秘密にしてよね?僕の応援してくれる人たちの耳に入っちゃったら、いざこざが起きちゃうかもしれないからさ」
「ガッテン承知の助!!」
「ほほっ、もちろんねぇ」
「承知しました」
すると、真由ちゃんはウェイトレスの女の子に何やらコソコソと内緒話を始めた。時折、二人が違うタイミングでチラチラとこちらを見る。
なんなんだろう…。
最後には、その子は親指を真由ちゃんに向けてぐっと立てる。
本当に何話してたんだろう…。まぁいいや。とにかく協力してくれるんなら、この場合は代償は大きいし、そのお礼したいな。みんな今の僕も知らないみたいだし…。そうと来れば…。決まり。
「みんな…協力してくれてありがとう!お礼に来月の定期公演のチケット、みんなに配るからみんなが空いてる日、教えて?公演日は、二十五、二十六、二十七の三日間だけど…」
「金、土、日だから、うちがおやすみの日曜が一番いいんじゃないですか?どうします、オーナー」
「そうだねぇ、じゃあ日曜日にお願いしようかねぇ」
「わかりました!じゃあ、人数は全員で何人なのかな?」
「全員で六人ですっ!本当にいいんですかっ!?」
「うん!もちろんだよ!僕の作りあげる魔法、楽しんでね!!」
「きゃーーっ!!」
おー、黄色い歓声。女子から僕に対するこんな声聞く度に快感が走るのって、多分普通のことだよね?
「じゃあこの後、チケット買って真由ちゃんに渡すから、明日、みんなに配っておいてね!いない人は次会える時でもいいから」
「うん、わかった!」
それから僕たちはお会計を済ませて、お店を出た。
正確には、お会計をしようとしたらオーナーさんに断られた。「宮澤さんがチケット代負担してくれる上に、それに真由がお世話になってるし代金はいいです」って。
きっと仲間想いな人たちなんだろうな。あの喫茶店の人たちは…。今もお店の外までお見送りしてくれてたし。
でも…。
「…ね、真由ちゃん」
「何?」
「真由ちゃんって、最初の店員さんとどういう関係なの?」
「え、最初の店員さん…?…あ、寺岸さん?よくお世話になってる先輩ってだけだけど…どうして?」
「最初の…可愛かったけど…その反面……」
「嫉妬した?」
…痛い所突かれた。
「…当たり前じゃん…。僕以外の男の後ろ歩くなんて酷いよ…」
「う、うん、ごめんね。次は気をつけるね」
「わかってくれればいいよ…。それよりさ…手、繋ご…?」
「え、あ、うん」
それから僕は、駅に用事があった真由ちゃんと別れ、一人で電車に乗って帰った。
今日もきっと、作業する時真由ちゃんのことで頭がいっぱいになるんだろうな。
最近のsoundsの投稿内容もちょっと恋愛沁みたことが増えてきて、だんだん雲行きが怪しくなってきてるんだよね…。
ポエムだから気付いてる人はいないみたいだからまだいいけど…。気をつけなきゃ…。
これが…恋の病なのかもな。
今回もお読み頂き、誠にありがとうございました!
久しぶりの…二日越しの投稿ですっ…!
なんだか嬉しいです!…って言っても、星夜にストーリーの中で文句言われてるんですけどねー。
えー?ナニ、ちょっと聞こえないなー?
まぁ、最近の投稿はスランプ明けの腕慣らし、ということもあるので少しグダるかもしれませんが、温かい目で見てくださると嬉しいです。でも、いつでも全力投球なのでそこはお忘れなく!!
それでは改めて、最後までお読み頂きありがとうございました!