真夜中の逃避行
振り返って見ると街の中心部では大規模な火事が起こっていた。
逃げ遅れると死んでしまうレベルだ。
「しかし不思議だな」 エルが言う。
「何が?」
「この街を襲った理由だよ。ここにはめぼしい資源や金なんてないし海に面していて港があるわけでもない。周りは山々に囲まれていて地理的にも不便だし、襲う理由のある街は他に一杯あるだろう?
「確かにな。だがこの街の惨状を見るととても真っ当な理由があるとは思えない。明らかに行動が常軌を逸している。正常な相手ではないだろう」
「嫌な予感がする。早くこの街から避難しなければ」
大勢の避難する人たちの流れに乗って僕たちは逃げた。
どうやら敵の侵入側とは反対の方のゲートへ向かっているらしい。
「あのゲートを抜けると何があるんだ、エル?」
「おそらく近くの街に続く道があるんだと思う。馬車でその街に逃げ込んで避難するんじゃないか?」
「しかしこんな形で初めて街の外にでるとはな」
次第に中心街を離れて僕たちは郊外にやって来た。
長時間の間走っていたからだろうか、かなり身体中に疲労がたまっている。辺りに街灯以外の光は無い、まだ真夜中らしい。
「このまま行けば逃げきれる。ペースを落とさずに行くぞアレン」
残りの距離はもう4分の1程度だった。周りにもまだ多くの人たちが一緒に走っている。
(逃げきれる)
そんな楽観的な考えがみんなを、少なくとも僕たちを満たしていた。
それは甘すぎる考えだった。
もう一時間は走った頃だっただろうか。ついに僕たちはゲート手前の休憩所に着いた。周辺には多数の馬小屋や家屋が見られる。
「みんな、ちょっと聞いてくれるか」
一緒に走っていた人たちの一人が全員に語りかけている。
「俺は事前に軍より指令を受けている者だ。名はロレルという」
どうやら軍隊の人らしい。
「私たちは避難している集団のなかで恐らく最初にゲート付近に到達した。これから私たちがやることは馬車に乗り込み、最寄りの街のリュースに行くことだ。そこでやることがある。
このゲート付近にいる関係者たちは軍からの伝達を受けて万が一に備え身を隠すように命じられている。ゲートを開けるには彼らの持つ鍵が必要だ。そこでみんなには手分けして探してもらいたい。街の合言葉を聞けばすぐに出てくると思う」
そして約百名による大捜索が始まった。
全部で十戸の家がありほとんどが二階建てで内部は荒らされた様子もなかったが捜索は難航した。誰一人見つからないのだ。
九戸の捜索が終わり残るは一戸になった。責任者の家らしくかなり大きく立派な作りになっている。
「ここが最後だ、何かを見つけたらすぐ私に報告してくれ」
ロレルも少し焦っているらしい。きっと誰もいないのは想定外だったのだろう。
最後の家は三階建てでかなり広かったため全員で捜索が行われ、僕はエルと一緒に台所周辺を捜索していた。
「何かあるか、エル」
「いや、何も。この辺りはいたって普通だよ。隠し扉もありそうもない」
「こっちも何もない。でもどの家もそうだったが、最近まで生活していた感じが残っていた。この家にもいなかったらもう…」
「いたぞー」
三階から大声が聞こえた。見つかったのか?
広間に出てみると、階段を走って降りてくる男が見えた。逃げるつもりなのか?
「俺たちは敵じゃない、味方だ」
エルの言葉を聞き、男が立ち止まる。そして口を開き
「邪魔をしないでくれよ。僕は今から楽園に行くんだよ。ひどいと思わないか?周りの連中や妻や娘も僕をおいてけぼりにしたんだ。
本当癪に障るよ、今も楽しそうな笑い声が聞こえるんだ」
笑い声?そんな声なんてしないが。
「僕たちは敵の襲撃を受けて逃げてきました。リュースに逃げるためにゲートを開けてください。指令で聞いていませんか?」
エルの言葉を聞いた瞬間、男は血相を変えて叫んだ。
「開けるなぁーーー。逃げちまうだろーーー」
到底普通とは思えない様子に僕たちは恐怖を覚え、中には逃げ出すものもいた。
「アレン、こいつは何かがおかしい。ここにいるのは危険だ。
一旦逃げるぞ」
「でも鍵がまだ手に入ってないよ」
「いいから、こいつと一緒に居るべきじゃない」
ついには全員が逃げ始め、現場はパニックになった。
そんな恐怖と動揺に満ちた空間とは対照的に男は静かな様子で呟いた。
「逃げる?楽園から?不可解すぎて興ざめしたよ。やはり異端者とは分かり合えないなぁ。……消そう」
次の瞬間、男の体は光を放ち始め、屋敷を全壊させる程の爆発を起こした。