ななちゃんの髪飾り大冒険
「パパのたいへんなこと!」
ななちゃんがソワソワしています。
「何々? どうしたの?」
緊急事態を知らせるななちゃんの声に、ママが慌てて駆け寄ってきました。
「これぇ! パパ、おわしゅれでちゅ」
「あら。会議で使う資料じゃない」
ということで、ママとななちゃんは、パパの会社へ忘れ物を届けにいくことにしました──
かなちゃんに買ってもらった髪飾りをつけてもらおうと、鏡を覗きながらママのお支度を待っています。
「ママ。これかなしゃんがくれたの」
もう30回は聞いたでしょうか。
それでもママは、毎回初めて聞いたリアクションをしてあげます。
「わぁぁ。ななにピッタリねぇ。かわいいのいいなぁ」
「ななのでちゅよ」
まだ自分では髪飾りを付けられないため、頭にあてては、ニコっとしています。
ななちゃんの髪にかなちゃんがくれた、ななちゃんを可愛く仕上げるリボンが揺れています。
ママのお支度も終わり、パパの忘れ物を持つと、最寄り駅まで向かいます──
「もう、パパはおわしゅれやしゃんでちゅねぇ」
ママの手をしっかり握りしめてご機嫌です。
「ママ、おでんしゃ?」
「そうよ。ガタンゴトンでパパのところに行くのよ」
「ガタンゴトン……」
ななちゃんは電車を前にワクワクが止まりません──
ホームに立つななちゃんは、初めて見る景色に興奮しています。
「まもなく3番線に○○行き普通電車が参ります。白線の内側まで下がってお待ち下さい」
アナウンスが流れてきました。
「ママ。しろいのしぇんどれでちゅ?」
ななちゃんは、アナウンスの指示に正確に従います。
「あったでちゅ、しろいのしぇん。でんしゃくるでちゅか?」
「来るわよ。ほら、なな見える?」
「きたでちゅ! ママしろいのしぇんまできてくだちゃい!」
ななちゃんは真剣です。
ママとななちゃんが、仲良く白い線の内側に並ぶと……。
「でんしゃぁぁぁ!」
ななちゃんの興奮は最大です。
「パパ毎日、おでんしゃのるでちゅ。しゅごいのこと!」
何が凄いのか、ななちゃんにしかわかりませんが、ママはニコニコしてななちゃんの大興奮を見守ります。
ドアが開くと、ななちゃんはママの顔を見上げます。
「さぁ、いすに座ってください」
ママに椅子に座らせてもらいます。
しばらくして車掌さんのアナウンスが流れます。
「扉閉まります。閉まる扉にご注意ください」
自動で閉まる扉に、ななちゃんはビックリしています。
「ママ! ドアしまったでちゅ。なな、なんにもちてないでちゅ!」
ななちゃん、初めてのことに興奮が止まりません。
「はやいでちゅぅぅ!」
「なな、しぃぃよ」
「おしょと、はやいでちゅ。パパしゅごいのこと!」
初めて電車に乗り、パパが毎日電車に乗っていることが羨ましいのか、パパを褒め称えるななちゃん。
ママが3つ先の駅で降りることを伝えると……。
「しゃんこかぁぁ。あとしゃんこかぁぁ……」
もっと乗っていたい気持ちを隠さず漏らすななちゃん。
「なな、パパの忘れ物届けてあげなくちゃダメでしょ? 早く会社に行かなくちゃ」
「しょうでちゅ」
ママにそう言われて納得するななちゃん。
ひとつ、ふたつと駅を通過し、あっという間に着いた、パパの職場がある駅。
「ママ。おりてくだちゃい。しろいのしぇんのとこにいくでちゅ」
ホームのマナーを覚えていた、ななちゃん。
ママとしっかり手を繋いでパパの元へ向かいます。
「パパにあいたいでちゅ。パパもななにあいたいでちゅよ」
足取りも軽くパパの会社に向かう。
歩いて数分──
「なな? パパねぇ、会社の前で待ってるって言ってたから、見つけたら教えてね」
「はいでちゅ!」
パパの会社の入り口をじっと見つめています。
「なな」
大好きなパパの声が聞こえました。声のした方を見るとこちらに歩いてくるパパが見えました。
「ぱぱ〜」
電車以上に興奮しながら、パパに抱きつくななちゃんを抱き上げると、ほっぺにチュっとキスをしたパパ。
「パパ。おわしゅれやしゃんでちた。もってちたでちゅ」
「ありがとう。ななが気づいてくれたんだって?」
「はいでちゅ。しょれからぁ」
ななちゃんはパパに、髪飾りを見せながら……。
「あれ? どちてぇ? ないでちゅ! ななのかわいのがないでちゅ!」
パパに抱っこされながら泣き出したななちゃん。
かなちゃんに買ってもらった髪飾りが無くなっていることに気づいた、ななちゃん。
「なな。電車に乗ったとき興奮してたから、そこで落としちゃったんじゃない?」
「でんしゃ、ななのかわいのあるでちゅか?」
ママが帰りに窓口で聞いてあげるからとななちゃんを宥めます。
パパに抱っこされて泣くななちゃん。
髪飾りを無くして一気に落ち込んでしまった様子に、パパもママも見つかる事を期待して遺失物届けを出そうと話をして、帰り道に駅員さんにお願いしようねと、ななちゃんに話す。
パパの忘れ物を届けるというミッションは成功したのですが、悲しくて仕方がないななちゃん。
「なな、見つかるといいね。パパお仕事戻るから、帰ったら見つかったか教えてね」
「いてらちゃい……でちゅ」
先程まで軽やかだった足取りも、今や重りが付いているかのようなものに変わり……。
再び駅へとやって来たななちゃんとママ。
ママは駅の窓口で、乗ってきた電車の中で髪飾りを落としてしまった事を駅員さんに話して遺失物届けを書く。
どこの駅から何時の電車に乗ったのか。どこまで乗ったのか。どんな特徴があるのか。あとは連絡先を明記して遺失物届けを提出して帰りの電車に乗ったななちゃんですが、ママにくっつき今にも泣きそうです。
「かなしゃんに……ごめんしゅるでちゅ」
悪いことをしたと、小さなななちゃんは胸を痛めながら帰路につきます。
そして、家の近くまで来たときのこと──
「ママ。なな。あれ? ななどうしたの? 泣いてるじゃん」
かなちゃんから声をかけられて、ななちゃんは悲しさが一気に込み上げてきてしまいました。
ママに抱きついて大泣きになってしまったななちゃん。
「……かなっ……しゃん。ごめん……でちゅ」
嗚咽と共に、かなちゃんに事の経緯を説明すると……。
「そうだったんだ。なな? 今度のお休みに、またお揃いの買いに行こっか。ななに似合いそうないちごさんのが、あったんだよ」
かなちゃんに怒られると思っていたななちゃん。怒られる事なく優しいかなちゃんに、ますます大泣きになる。
「ほら、もう泣かないの」
かなちゃんに言われるけど、ママにしがみついて泣き止む気配がないななちゃん。
「あら? 電話だわ。かな? ななを連れて先にお家入ってて」
「うん。わかった。なな、行こう」
涙を拭いながら、かなちゃんとお家に入るのを確認したママは、電話に出た。
「もしもし。先程はどうも。はい……あっ、そうですか。わかりました。夫に帰りに寄るよう伝えますので、よろしくお願いいたします。はい……では失礼致します」
電話の相手は遺失物センターの人だった。
ななちゃんが無くした髪飾りが見つかったとのこと。
すぐさまパパに電話を入れ、忘れないようにと念をおした。
ママは、ななちゃんには言わずサプライズにしようと思って内緒にしていた。
「どんなふうに喜ぶのかしらね」
夜になり、そろそろパパが帰ってくる頃──
「ママ? なな寝ちゃった」
「あれからずっと泣いてたからね。疲れちゃったのね。お布団に寝かせてあげて」
「わかった」
そんなこととはつゆ知らず、パパが帰ってきたようです。
「ただいまぁ。ななぁ? お土産があるよぉ。あれ? ななは?」
いつもなら、おかえりなちゃいと言いながら走ってくるななちゃんの姿が見えません。
「もしかして、まだ……」
「ええ。泣きつかれて寝ちゃったのよ」
「じゃあこれ、どうしようか」
「枕元においておこうか? 朝起きたらドラマティックに無くした髪飾りとご対面。どんな風に喜ぶのかしらね? 楽しみだわ」
ママは悪戯っ子みたいに提案した。
翌日──
「あぁぁ! どちてぇ!」
ななちゃんが起きて来るのを心待ちにしているパパとママとかなちゃん。
ななちゃんの“どちてぇ!”の声に……。
起きた!──
気がついた!──
ママは大笑いです。
朝から大騒ぎのななちゃんは、家族が待つリビングの扉を開けると、とびっきりの笑顔でこう言いました。
「ちのう、しゃんたしゃんちたでちゅ!」
その一言に、パパ、ママ、かなちゃんの三人は、ホントのことを胸にそっと閉まったのでした。
銘尾友朗さま、素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。