第33話 変化
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戻ってきたばかりでバタバタしていたが、現在の状況を確認すると俺が異世界に行ってから一日が経過していたらしい。
現在はお昼を少し過ぎたくらいだ。
「とりあえず、長嶺と楠木は一度うちに戻ったほうがいいな」
「うん。もう電話で無事を知らせてはいるんだけど、やっぱり直ぐに会っておきたい」
「わたしも……父さんも母さんも、すごく心配してると思うから……」
というわけで、俺は長嶺と楠木を家まで送ることに決めた。
『アル、次の転移者の行方はまだ見付かってないよな?』
『うむ。また少し時間が掛かるだろう。あまり焦らず気長に待つがいい』
元よりそのつもりだ。
とりあえず短期間で四名……俺を含めれば五人。
クラスの生徒を元の世界に取り戻した。
この調子なら思っている以上に、残りの生徒を――
「ん……?」
一瞬、巨大な力の波動を感じた。
それもかなり大きな……それこそ惑星一つを生み出すことが可能であるほどのエネルギーだったのだが。
『アル、今のは?』
『うむ……一瞬だが、確かに感じたな。だが……消えたな』
やはり俺の気のせいではない。
だが、アルの言う通り莫大なエネルギーが一瞬にして消えていた。
「巡、どうしたの? なんだか難しい顔してない?」
「いや……すまない。多分、気のせいだ」
正確な状況がわからない以上、不安にさせる必要はない。
「あ……そういえば、確認しておこうと思ってたんだけど――」
「どうしたんだ?」
「異世界から戻っても、魔法が使えるのって普通のことなの?」
恋は俺にそう尋ねたあと、手の平に炎を出してみせた。
初級も初級の異世界なら子供でも使えてしまうような、吹けば飛ぶ小さな炎。
それ自体は大したものではないのだが……。
(……ちょっと待てよ)
こんな当然のことを俺は考えていなかった。
(……俺は元の世界に戻った後も力が残ったままだ)
だから当然のことだと思っていたが……。
それは恐らく……俺が使命を果たして正式な送還を受けたわけではないからだろう。
なら、どうして恋が?
「ああ、それならあたしも使えると思う。魔力をしっかりと感じるから」
今度は楠木が指先に水球を出した。
続けて俺は長嶺に視線を向ける。
「多分……ボクも力が残ってると思う。向こうでは直ぐに捕まっちゃってたこともあって、魔法は使えないんだけど……魔力の流れ? みたいのは感じるから」
異世界から帰還した三人。
その全員が共通して魔法の力を残している。
『アル、送還後も力は残ったままなのか?』
『いや消えるはずだが』
『平然と言ってくれるな』
『事実を伝えたまでだ』
だが率直な意見で助かる。
つまり今は異常事態ということだろう。
『原因はわかるか?』
『さてな……。だが、何かを仕掛けようとしている者がいるのか……それとも……』
『可能性のレベルでも構わない。何かあるなら教えてくれ』
『そんなものいくらでもある。……が、短期間で送還者を増やし過ぎたことに関係があるかもしれぬな』
『エネルギーのバランスが崩れたってことか?』
『そうだ。巡を含めた四名……これほどの短期間で、同じ世界に送還された例はまずない。それが原因でエネルギーのバランスが崩れた可能性はある』
『正式に使命を果たして送還を起こしているのにか?』
『例がないと言ったろ? 何よりお前の力が大きすぎるのが問題だ。我が共にいることで放出するエネルギーを常に相殺しているからこそ、世界を崩壊させるような問題は起こらぬが……変化が起こる可能性はある。いや……既に始まっているかもしれぬな』
明確な理由はわからないが、地球にエラーが起こった可能性はあるということか。
それを起こしたのが俺自身なら、なんとか解決しなければならないだろう。
勿論、クラスメイトの救出も合わせて行う。
『何かが起こっても対応できるよう、管理局に伝えておいてくれ』
『全く神使いの荒い友よなぁ』
そういいつつも、アルは頼みを聞いてくれるようだ。
いくつか俺のほうでも最悪への対抗手段を考えておく。
万一、地球の崩壊を引き起こすようなことになっても、なんとかなるだろう。
※
家を出て俺たちはまず長嶺の家に向かった。
町の様子を見る為に、転移の魔法は使わずに徒歩で向かっている。
「う~ん……なんだか凄く久しぶりに感じちゃう。ボク……帰って来たんだなぁ~」
「本当にね。振り返ってみればハードな旅行みたいなものだったけど……見慣れた町がこんなに懐かしいなんてね」
見慣れた故郷の懐かしさに、長嶺と楠木は安堵の表情を浮かべている。
「あたしは数ヵ月程度だったけど、戻って来た時はなんだか泣けちゃうくらいだった」
二人の会話を聞いていた恋が言った。
だが俺もその気持ちは良くわかる。
やっと戻って来れたあの時の喜びを、俺は忘れることはないだろう。
「わたしはずっとこっちにいますけど……異世界ってやっぱり危険がいっぱいなんですよね?」
詩音がそんなことを尋ねた。
「ボクは異世界転移して早々、山賊に捕まっちゃって……」
「ええ!? そ、それでどうなったんですか!?」
「奴隷商人に売られそうになっちゃったところを……狭間くんが助けてくれたの」
言って長嶺が俺に微笑を向けた。
「せ~んぱい~! ナイスです!」
詩音はペロッと舌を出して、グッと親指を立てた。
「それでそれで、先輩に颯爽と助けられた長嶺さんは、キュンってなっちゃったわけですね?」
「ええっ!? ど、どうしてそういう話になるの!?」
突然、何を言い出すのか。
詩音の言葉に、長嶺は真っ赤になっていた。
「詩音、町中であまり騒がない」
「恋バナするなら、男子がいないとこでよ」
「は~い」
恋と楠木に窘められて、詩音が返事をした。
その時だった。
「ぇ……あれ? 先輩……」
「うん?」
詩音に服の裾を引かれた。
彼女は空を見上げていて、俺も視線を向けた。
すると、
「空間が――」
視界に映った光景――空が裂けていた。
そしてその裂け目は徐々に大きくなっていき――パリン。
鏡が割れるような音が聞こえて、何かが飛び出した。
「なっ!?」
詩音は目を見張る。
異世界にいたことのある三人の表情にも驚きが見えたのだから、彼女が驚くのは当然だろう。
飛び出したのは黒い翼を持った人間。
堕天使という表現が一番適しているだろうか。
『ほう……異世界とゲートが繋がったか』
『まさか地球と異世界が繋がることになるとはな』
地球に起こったエラー。
それが早速、問題を引き起こしたようだ。
「すまない。ちょっとここで待っててくれ」
「え!? 巡は!?」
「俺は――ちょっとあいつと話してくる」
俺は四人の少女たちに防御結界を施して、堕天使の浮かんでいる場所まで一気に飛んだ。