第23話 疑問の答え
「すごい……」
呆然とした様子で言ったのは長嶺だった。
全身の力が抜けてしまったみたいに、その場に座り込んでいた彼女に俺は右手を向けた。
「怪我はないか?」
「うん。狭間くんが直ぐに助けてくれたから」
俺の手を掴んだ長嶺を引いて、ゆっくりと立ち上がらせる。
「あ、ありがとう。そ、それと……は、恥ずかしいものをお見せしました」
「……? あ~……あれか」
何を言っているのかと思ったが、俺は直ぐに意味を理解した。
先程、服をけたぐり上げた時の――
「で、できたら、あまり思い出さないでくれると……」
「悪い……」
「謝らないで。狭間くんはボクを助けてくれただけなんだから」
恥ずかしさの為か、長嶺の頬がうっすらと赤く染まっていた。
あんな形で、それも男に強制的に肌を晒されたのだから気分がいいわけがない。
だが、まだ確かめなければならないことがある。
「……長嶺、話しづらいことかもしれないが聞かせてほしい。あの刻印はこの場にいる全員に打たれているのか?」
「そうだと思う。ここに連れて来られた時に奴隷の証だと言われて……あれが身体に刻まれてから、あいつらの言うことに逆らえなくなってた」
術者の命令には絶対服従となるような呪いの類いかもしれない。
それとも気付かぬうちに、何らかの契約を結ばされてしまったのか。
「嫌だというのは承知の上でなんだが……服の上からもでいいから、触れてもいいか?」「……必要なことなんだよね?」
拒否される可能性も考えていたが、長嶺は冷静に答えてくれた。
「ああ、その刻印を消す為にもな」
「消せるの!? それって服の上からよりも直接見たほうがいい?」
「ま、まあ……正確さは増すと思うが……」
「だったら、いいよ。狭間くんなら、変なこと考えたりしないって信じてるから……」
言って長嶺は自ら服をたくし上げ、下腹部の赤い刻印を露にした。
先程、山賊の命令を受けた際に赤く輝いていた。
俺は固有技能――分析眼で刻印の詳細を調べていく。
「……やはり呪いの類いだな」
「呪い……? どうにかなりそう?」
「ああ、ただ解呪するだけなら問題ない」
だが、ただの山賊がこの呪いをどうやって得たのか。
その疑問は俺の中で増していた。
この刻印は強制命令権を契約者に与えるものだ。
奴隷契約とも言われ悪魔が人間の願いを叶える際に、契約の証として刻むものだったりする。
しかし悪魔は同意なく契約者に刻印を打つことはできない。
もしその規則を破った場合、悪魔界で厳しい罰則を与えられるはず。
やはりモヒカン野郎は拘束して、情報を得ておく必要はありそうだ。
「直ぐに終わらせるから」
「うん……」
指先で下腹部に触れ、ゆっくりと手の平を落としていく。
「んっ……」
「くすぐったいかもしれないが、我慢してくれ」
まず、刻印に向かって流れている魔力を止める。
一つ、二つ、三つ――
「ぁう……なんか、変な感じが……あっ……」
四つ、五つ――全てのルートを潰し終わった。
これで刻印に魔力が供給されることはないだろう。
その予想通り、流れる魔力がなくなってしまったことで、刻印は徐々に力を失い……――三十秒もたたずに完全に消えていた。
呪術も魔法の一環である為、魔力の循環を奪ってしまえば解除されてしまうのだ。
「すごい、あっという間に刻印が……!」
「呪術は完全に解除された。これでもう、あいつらの言うことを聞かずに済むぞ」
ちなみに、魔法解除を使用しなかったのは、刻印が人の身体に刻まれている為だ。
刻印のみを対象に魔法解除を使用したとしても、人は体内に大なり小なり魔力を内包しており、それは内々に巡り巡っている。
だから呪術から魔力を切り離したところで、人の身体自体に魔力がある以上は、直ぐに供給されてしまうのだ。
だからこそ、刻印に向かっていく魔力の流れを潰したのだ。
「狭間くん……本当にすごいよ! ありがとう!」
「感謝なんていいさ。俺がお前を助けたかっただけだからな」
「感謝するよ! もうダメだと思ってた。……ボク、このままあいつらに奴隷にされて、一生を過ごさないといけないのかなって……ずっと不安で……」
たった一人で異世界に来て、直ぐにこんな悲惨な状況になったのだ。
どれだけ長嶺がつらかったのか……想像に難くない。
「お前の気持ちが全部わかるとは言わない。だけど……本当に一人でよく今日までがんばったな」
「っ……さ、さっきから、狭間くんってば、優しすぎるよ……こんな状況で、あ、あんまり優しくしないで……」
「別に普通のつもりなんだが……?」
「すごく嬉しいけど……か、勘違いしちゃいそうになる、から……」
嬉しいのあとがもごもご口にしていて聞き取れなかったが、気を悪くしたわけじゃないだようだ。
「ハザマ! 他の娘たちの刻印も消せるか?」
「ああ、直ぐにやってしまおう」
それから俺は、捕らえられていた少女たちの呪いを全て解除。
続けて気絶している山賊たちを魔法で拘束した。
「ルンド、ここから一番近い町の位置は?」
「ここからだとアロスの町だな。……だが、この人数をまとめて連れていくのは困難だ……どうしたものか……」
悩むルンドだったが、そこは大きな問題はないだろう。
「おおよその位置を教えてくれ。方角と距離がわかればそれでいい」
「ここから北東――10キロメートルほど離れた場所だ」
「了解」
俺は固有技能――千里眼を発動する。
(……見えた)
千里眼を使って見えたのは鬱蒼とした森の先にあるのどかな町。
距離的にもここで間違いないだろう。
町の門前は人通りも少なく、障害になりそうな物体も見当たらない。
「今からこの場にいる全員を連れて転移する」
「転移って、そんなことできるの!? 狭間くんって、いったい何者!?」
「何者って、知ってるだろ? お前と同じ高校生だよ」
それだけ答えて、俺は部屋を包み込むほどに大きな魔法陣を展開。
次の瞬間には――この場にいる者たち全員が町の門前まで転移していた。