第11話 突然の戦闘
20191105 更新1回目
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ミッシェルと知り合った経緯を恋に話しながら、音速の世界に浸ること数分――世界は景色を変えていた。
毒沼のように黒い海。
田畑どころか緑すら一切ない荒れ果てた土地。
一目見るだけで理解した。
まともな人間が住める世界ではないと。
「ここが……暗黒大陸……」
この世界に転移してから日の浅い為、恋もこの闇の世界に来るのは初めてなのだろう。 視界に広がる光景に、彼女は嫌悪感にも似た感情を発露している。
「ここにいるだけで、なんだか少し気分が悪くなってくるみたい……」
「人が住める環境ではないな。
周囲に瘴気が満ちてるみたいだ……念の為、浄化の魔法を張っておく」
恋の体調を気遣い俺は魔法を使った。
淡い光が俺たちの周りを包み込んで――次第に見えなくなっていく。
「どうだ?」
「うん……楽になってきた。
ありがとう……」
とりあえずこれで行動は可能だろう。
「んじゃ下りるか」
俺は恋の身体を再び抱きかかえた。
「ちょ、ちょっとなんだまた?!」
「飛び降りるからだ」
「ここから!?」
「ああ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。
ここは暗黒大陸なのよ……もう少し慎重に、上陸する前に何か作戦とかないの?」
作戦?
そんなの立てるまでもない。
「魔王を見つけてぶっ倒す。
そして元の世界帰還する――以上だ!」
「それは作戦って言わない!
いい! この暗黒大陸まで到達した数多くの勇者や騎士、冒険者たちは帰ってくるものはなかったと言われるほどの場所な――」
どうやら恋はまだ覚悟が決まっていないようだが時間が惜しい。
「恋……安心しろ。
敵が魔王や魔人だとしても、お前には指一本触れさせない」
「っ……そ、そんなマジな顔で言わないでよ……。
あたし……何も言えなくなるじゃん……」
俺が恋を見つめて言うと、彼女は視線を右往左往させた。
だが俺に抱きかかえている以上は逃げ場などない。
「じゃあ決定ってことで――ミッシェル、帰りも頼むな」
「は~い。
あたしは友達の暗黒竜のところでお茶でもしてるわ」
返事を聞いて直ぐに俺は飛び降りようとしたのだが――ゴオオオオオオン!!!!!
浮遊していたミッシェルの身体が、何かが衝突したように激しく揺れる。
「っ――いった~~~~~い!! 今のは――っ!? 巡、恋ちゃん、ちょっと激しくしちゃうから、振り落とされないように気を付けて!」
言う前にミッシェルは動いていた。
が、間に合わない。
光速で飛来する光の槍は、ミッシェルの身体を掠め空に鮮血が舞う。
飛び交う魔法はそれだけではない。
俺たちを消滅させようとでもしているのか、無数の攻撃魔法が空を覆った。
それはまるで豪雨のように俺たちに降り注いでくる。
「こんなの避けられないわよん!?」
「なら避けなくていい」
飛び交う魔法を認識して構造を読み解いていく。
そして、
「――消えろ」
俺は周囲に魔法解除を使用した。
魔法を発動した瞬間――俺たちを撃墜する為に降り注いだ破壊の象徴は全て消え失せていた。
何事もなかったかのように周囲は静まり返る。
「な、何をしたの!?」
「俺たちに放たれた魔法を全て消滅させた」
「消滅って――当たり前みたいに言ってるけど、そんなに簡単にできることなの!?」
「慣れだな」
「慣れ!? あんた言ってること無茶苦茶すぎるでしょ!」
説明不足だとばかりに、俺の胸をポコポコ叩き抗議する幼馴染。
何事も経験というのは嘘ではないが、魔法解除を発動にするには、ちょっとした条件がある。
使用された魔法の構造を理解していなければならないのだ。
多くの魔法は何らかの元素と魔力が結びつくことで形成されている。
そして、魔法の中に流れる魔力には一定の構造が存在する。
円状だったり直線だったり、難しいものほど流れが複数存在して複雑になるのだが――俺は相手の放った魔法の構造を読み解き、魔力の流れを全て堰き止めた。
魔力が流れを止めることで元素との結びつきは絶たれ、魔法は消滅するしかなくなる。
これが魔法解除――魔法に対する最強の防御手段だ。
しかし欠点もある。
それは相手が魔法を放った瞬間に構造を把握しなければならないということだ。
その為、実戦向きの力ではない。
が、俺は目で見ただけで『あらゆるもの』を完璧に分析する固有技能――分析眼を持っている為、ほぼ全ての魔法を無力化できるというわけだ。
「お二人さん、じゃれ合ってる場合じゃないわ! あれだけの攻撃が放たれたのに敵の気配が全く感じられないの!」
俺たちを注意するミッシェルの声には焦燥感が混じっていた。
「本当だ。
あれだけの魔法を使っているのに、どこれから攻撃してきてるのかわからないなんて……」
恋は敵の気配を探っている。
が、相手は上手く気配を上手く消している。
魔法を放った瞬間に放たれる魔力の波動すら残していない。
どうやらそれなりの達人らしい。
だが敵の位置が俺には見えていた。
「――取った!!」
ザンッ!! ――高速の一閃が俺の首筋を裂いた。
姿を消し背後から忍び寄って来た仮面の男は、勝利を確信したことだろう。
だが、
「残念だがお前が切ったのは俺の影だぞ?」
「っ!?」
俺に攻撃を加えてきた者の背後から話し掛けた。
すると反射的に後方に飛ぶ。
「遅い」
「なっ!?」
俺は再び背後に回り込んでいた。
驚愕が漏れたことから察するに、全く俺の動きを目で終えていないらしい。
「振り向くな。
そのままにしてろ」
俺は命令する。
仮面の男は従うように動きを止めた。
「……お前には……俺が見えているのか?」
「ああ、気配は完全に消えたままだが、姿は丸見えだ」
これも分析眼の効果だ。
分析眼は目にすれば魔法に限らず相手の力を全て読み解き真実を見せる。
同時にそれがどういった類の能力なのか、一瞬で理解できてしまう。
仮に俺が認識できていないものでも、視覚の中に入っているという条件さえ満たせば効果は発動する。
「その力、固有技能みたいだな」
「……」
男は何も答えなかった。
わざわざ説明してやる義理はないというわけか。
異世界転移者以外にも、固有技能――所謂、チート持ちがいるというのは驚きだ。
まさかとは思うが……。
「お前は魔族の刺客か?」
「……」
「まただんまりか。
なら……とりあえず顔を確認させてもらうか」
わざわざ仮面を付けているのには、何か理由があるに違いない。
もし俺の予想が正しければ――。
「ねぇ、巡……その前にそろそろ下ろして欲しいんだけど……」
「ああ、悪い。
あの状況で離れるのが心配だったんだ」
「そ、そんなこと、今言わなくていいから……!」
「ならもう少しこのままでもいいか? 恋は軽いから抱えてても全く問題ないんだが?」
「敵の前でなに言ってんのよ!? 恥ずかしいってば!」
強い抗議にあったので俺は恋を下ろしたのだが――。
「巡に、恋……? まさか――」
仮面の男が俺たちの名前を口にすると、慌てて俺たちの顔を交互に凝視した。
「う、嘘!? 狭間くんに、麗花さん!?」
「は?」
「え?」
目前に立つ男は、教えていないはずの俺たちの名字を口にした。
さっきまでと明らかに様子が違う。
俺たちを知っているということはつまり――。
「あ、そうか。
ごめん――」
謝りながら男は仮面を取った。
晒されたのは優しそうな少年の素顔。
その顔には間違いなく見覚えがあった。
「周防……くん、周防くんだよね!?」
「お前もこの世界に転移してたのか!?」
だが、これで固有技能を持っていたのも頷ける。
「うん! うん!! 同じクラスの周防優真だ! まさかこの世界で友達に会えるなんて!」
まさか暗黒大陸に入ってクラスメイトに会うなんて……。
だが、その想い周防も同じだったのだろう
先程までの重苦しい雰囲気は消え、友人との再会を喜ぶような優しい微笑を向けてくれたのだった。