1 目覚め
彼女が目を開けるとそこは巨大な水槽の中だった。
身体に纏う水は青白く暖かい。その水はきっとただの水ではないのだろう。
彼女が辺りを見回すと、そこにはいくつもの見知らぬ機械が音を立てて稼働していた。
ここがなにかの研究施設であることは目覚めたばかりの彼女でも理解できた。
辺りを見回していると人影が近づいてくる。それは液体に覆われた目でははっきりとはわからず、ぼんやりとした輪郭から女性であると認識できた。
「……っ」
彼女がその女性に声をかけようとするが、その薄く白い唇はうまく声を発することができなかった。
「…!」
その微かな動きに気が付き女性は慌てて何かを言うと操作盤を叩く。
その動きに合わせて彼女の周りからは液体は排出される。
ガチャ、シューーッ
音を立て、彼女は透明なガラスケース開いたことに気が付くと、よろよろと一歩、一歩を確かめるように歩く。
「あぁ……神様、感謝いたします。」
彼女の動きに合わせ、女性は歓喜の声を上げる。その様は場所に合わず、教会でお祈りをするようなシスターの様だった。
彼女はその女性の前に立つとその姿がはっきりと分かった。
その女性はまだ若く、また服装はこの場に似合わない煌びやかなドレスを纏っていた。
ーー綺麗な・・・人
金色の流れるような髪、優しそうな瞳。
その女性に彼女は見覚えはなかった。
しかし、そこで気が付いてしまった。
「ボクは…だれ?」
その女性の事だけでなく彼女は自分の事さえも覚えていなかった。
そもそもどうしてあんなケースの中に入れられていたのだろう。
「あぁ…やはり、記憶はないのですね……」
女性は少し寂しそうに彼女に微笑んだ。
やはりということはある程度彼女のことを知る人間なのだろう。
必死に問いただそうとするが彼女の喉からは咳が出るのみで、うまく言葉がでない。
「焦らなくて大丈夫です…少しずつちゃんと、話しますから。」
女性は小さな子供に話しかけるように優しくほほ笑んだ。
「あなたの名前はリコリス…彼が大好きだった花の名前、それがあなたの名前よ。」
「リコ……リス」
リコリスと呼ばれた少女は確認するように自身の名前を繰り返す。
しかし、やはり彼女にはその名前にあまり聞きなじみがないようで首をかしげるばかりだった。
リコリスの様子に優しく笑う女性。
「リコリス、わたしの名前はアリエティア・エクレール…アリエでいいよ、今はなにもわからなくて混乱してると思うけどゆっくりと説明するから。」
アリエティア…アリエがリコリスに抱擁しトン、トンとやさしく背中に手を擦る。その姿は生れたばかりの子供をあやすようであった。
リコリスはさっきまでの不安が少しずつ消えていくのが分かる。
そこでアリエに声をかけようとすると
「へくちゅ…!」
リコリスはその小さな口から微かなくしゃみをするのだった。
リコリスの体にはなにもなく、玉ねぎをむいたようなつるつるとした裸体だった。
ーーなんで、ボク裸なんだろう。
「あらあら…その格好じゃあ寒いわよね…何か着るものを用意しないと…リコリス大丈夫? 歩けるかしら?」
アリエはそういうとリコリスに手を差し出す。
「あ…はい。」
リコリスはアリエの手を恐る恐る、取る。
ーーアリエの手、あったかい。
リコリスはアリエの暖かい手のぬくもりを感じながら彼女の手に引かれその研究所のような場所を後にした。