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第4話 狂乱の場

私はあれからどうやって寮に戻ったのか覚えていないが、気がついたら自分の部屋にいた。今更ながら事の重要性に気がついて震える。この世界で未婚の女が子を産む、ということがどういうことなのかよくわかっていたから。

あのあと、私は医師に口止めした。事を漏らされたら最悪追い出されるだろうから。もちろん、だからといって村に戻ることもできない。未婚で子供を産んだりした日には村八分どころでは済まされないだろう。相応の覚悟が必要だし、最悪命が危ない。それに、私だけの問題では済まされないだろう。というわけで、行く宛は完全になくなってしまう。詰みだ。


「はぁ…」


私は深いため息をついた。どうしてこうなってしまったんだろう。いや、原因ははっきり分かっている。あの日、ウーヴェが村を出ていく前、私は一度だけ彼と関係を持ってしまった。突然のことで避妊もしなかった。心当たりといえばそれしかない。でも、まさかあの一回でできるとは思わなかった。

私はそっと自分の腹部に手を当てた。この中に、ウーヴェとの子供がいるんだ。正直、複雑な気持ちだ。でも、妊娠が分かって一番最初に駆け巡った感情は、焦燥でも不安でもなく、確かに喜びだった。とはいえ、現状この子を産み育てることは不可能だ。18禁の乙女ゲームの世界とはいえ、未婚の母に優しい世界ではない。お金も、住むところもない。どうやってこの子を育てようか、いや、無理だ。可哀想だけれど間引くしかないのか。


とりあえず、彼に連絡しないと。私は彼に手紙を書こうとレターセットを取り出した。


「なんて書こう…」


何を書けばいいんだろう。彼と別れてから一度も連絡を取っていなかった。なのにいきなり妊娠したなんて書いたら彼はどう思うだろうか。第一、自分の子として認知してくれるのだろうか。私は神に誓って他の人とそういう行為はしていない。でも、彼はどうだろう。もしかしたら、すでに彼の心は他の人に移ってしまったのかもしれない。いや、そもそも私たちの関係は何だったのだろうか。体の関係はあったけど、他は特に交際の約束も結婚の約束もしていなかった。ということは、本当にただ体の関係だけだったということになるのだろうか。

私は書きかけの手紙を破り捨てた。世間知らずな私だけど、結婚する予定もない体だけの女に妊娠を告げられた男がどう思うかなんて分かりきっていた。

涙が頬を伝う。もう、叶わない夢だけど、彼と一緒に普通の家庭を築けたら。

かつてない後悔に襲われる。あの時、体を許さなければよかった。最後だからと思って好きだった彼に体を許して、こんなことになってしまった。私は自ら自分の価値を下げてしまった。こんなの、娼婦と変わらないじゃない! 彼じゃなくても、普通の結婚はもはや望めなかった。


私の人生は、終わってしまった。


---


「レーネ? いるの?」


気がついたら辺りは真っ暗になっていた。私は机の上で寝ていたみたいだ。

ディアナが部屋の明かりを灯す。


「うわっ…ちょっと、レーネ、どうしたの? 部屋が尋常じゃないくらい散らかってるわ」


ディアナは部屋のあまりの惨状に絶句した。確かに、部屋は乱れ、千切れた紙が散乱している。私はふと我に帰った。


「ディアナ、ごめん。今片付けるから」


私は慌てて片付け始めた。


「いいよ、私がやっとくから。それより、何があったの?」


ディアナの目線に射抜かれる。榛色の前ではどんな嘘も誤魔化しも通用しなさそうだった。


「なんでもない」


私は目線を合わせずに答えた。


「何でもないわけないじゃない。正直に話しなさい」


「分かった。どのみち隠しておけることでもないし、ディアナにだけは正直に言うね。実は私、妊娠したの」


時が止まった。ディアナは瞬きも忘れて固まっている。


「嘘、でしょ?」


「嘘だったらいいけど本当。さっき医務室で検査したの」


私は投げやりになって答えた。本当に嘘だったらどんなにかよかっただろう。


「そんな…。お相手は?」


「同郷の幼馴染よ」


ディアナは私の言葉にショックを受けた顔をした。


「今までそんな話しなかったじゃない…。まあいいわ、過去のことはどうでもいいから、これからのことが大事よ。これからどうするの?」


「まだ何も決めてない」


彼女は呆れたように私を見た。


結局、次の日からは何事もなかったかのように勤務を再開した。その間私はディアナと話し合いを重ねて、今後の身の振り方を相談した。時間が経つにつれて私は冷静さを取り戻していった。

そしてある日、私は製糸場の偉い人のところに行って直談判した。すると案外あっさり許可が出て私は速やかに出所した。


久しぶりに吸うシャバの空気は美味しい。と、冗談を言ってる間もなく、私はラストック近郊に移動した。というのも、都市部だと生活費が高いからだ。

私は働いた分の給料を切り崩して生活した。それだけじゃ足りないので、お針子の仕事もした。


季節が巡り、初夏を感じ始めた頃、私はひっそりと男の子を産み落とした。最初は、育てる気はなかった。可哀想だけれど子供の将来を考えて間引いてしまおうと思った。父親がいないこの子がどんな目で見られるか、考えただけでも辛かった。


でも、頑張って生まれてきた我が子を見てそんな考えは吹き飛んだ。たった一つしかない、小さくて大切な命。多くの人に祝福はされないかもしれないけど、私は、祝福してあげたかった。私だけは、何があってもこの子の味方でいようと決めた。

そして、この子を立派に育て上げることを決意した。


---


ウーベが産まれたのは、まさに奇跡だった。もし私がこの世界の真実を思い出さずにいたら、私がウーヴェと深い関係になることはなく、ウーベも生まれなかっただろう。

でも、実際は私が違う行動をしてしまったために彼が産まれてしまった。いや、彼を産んだことは全く後悔してない。だってこんなに可愛いから。


---


いくつも季節が巡り、ウーベは2歳になった。


ある晴れた日の午後、私は彼を連れて王都のとある公園に行った。辺りにはうっすらと雪が積もっていて、少し肌寒いけど陽が出ているからそこまで寒くはなかった。

私はぼーっとベンチに座りながら息子がボールで遊んでいるのを眺めてた。


「ママー!」


息子が無邪気に振り返り、突然こちらにボールを投げた。しかし、コントロールを誤り、ボールは私の隣に座っていた人に直撃した。


「すみま…」


私は彼に謝ろうとして横を振り向き、衝撃に息を呑んだ。だって、隣に座っていたのは3年ぶりに見たウーヴェだったから。


「うそ、ウーヴェ・ゾルガーなの!?」


私は思わず大声で叫んでしまった。公園にいた周りの人達が何事かとこちらを振り返る。


「…レーネ?」


彼は見事にボールをキャッチしたまま翡翠色の瞳を驚きに見開いた。


「うん。…久しぶり」


私の目から涙がとめどなく溢れ出た。

次の話で完結です。

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