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哲子とサニー

作者: lemon no heya

  





 明後日は立秋だというのに、気温は朝から二十七度だった。今日も猛暑日になるだろう。

 本田幹雄は妻の幸代と一緒に尾張一の宮市の自宅を八時に出発し、富山へ向かった。墓参りのためである。実家の両親はすでに他界し、姉が一人いる。お盆を避けたので、東海北陸自動車道は渋滞もなく、予定通り午後一時前に着いた。

 玄関のドアを開けた瞬間、なにかが腐敗したような、強烈な悪臭が鼻を突いた。

「わぁ、何だよ、この臭いは。哲子(さとこ)姉さんいるの?」

 幹雄は玄関で声を張り上げた。

 幹雄より八歳年上の哲子は七十六歳になる。独身を通し、総合病院の看護師を定年まで勤めた。退職後は中学校の保健室に勤務し、民生委員も務めた。今はシーズー犬のサニ―と暮らしている。 

 郵便受けにはハガキやダイレクトメールが溜まり、玄関の鉢物は枯れていた。

 幸代が素早く入って、廊下の窓を開け始めた。エアコンをつけているからか、真夏なのに締め切っている。幹雄はトイレ、風呂場と窓を開けて風を通した。奥から哲子が出てきた。

「誰かと思ったら、幹雄け、何しにきたが?」

「昨日、墓参りに行くと電話しただろう」

「そうだったっけ」

首を傾げる哲子は少し痩せたように見えた。彼女の後ろから、サニーが付いてきて冴えない声で吠えた。今日はいつもの元気がない。賢くて運動好きな小型犬だが、不機嫌そうな顔である。

「ひどい臭いだね。気持ち悪くならないの?」

 幹雄には耐えがたい臭いなのだ。サニ―が哲子の足元に纏わりついている。白い犬の毛が哲子のスカートに幾筋も付いていた。幹雄が居間のガラス戸を開け放すと、強い日差しが差し込んだ。

「いったいなんの臭いなの」

 幸代は原因が特定できず、嫌悪感を滲ませた。

 しばらくおもちゃの骨で遊んでいたサニ―は、部屋の隅のバスタオルに寝そべった。幹雄は部屋中を眺め回した。2LDK平屋建ての家は、哲子が総合病院を退職した十五年前に建てた。バリアフリーの住みやすい間取りとなっている。新築のお披露目がついこの間のような気がした。ソファに座ってテレビの旅番組を観ている哲子の顔色を窺うように話しかけた。

「姉さん、体の調子はどう? サニ―の食事や散歩はさせているの。元気ないように見えるけど」

「大丈夫だよ」

 子供みたいに溺愛していたのに、あまり気にかけていないようだ。サニ―は見るからに毛並みが悪かった。おそらく風呂にも入れず、ブラッシングもしていないのだろう。悪臭の源はサニ―に違いなかった。

「昼ご飯は食べたの?」

「昼ご飯? 食べてない」

「まだなら、幸代になにか作ってもらおう。それから母さんの墓参りに行こう」

 幹雄はキッチンをかたずけている幸代に頼んだ。

「姉さんに簡単な昼ご飯作ってあげてよ」

 幹雄はサニ―の器に新しい水を入れ、ドックフードを与えた。頭を撫でようと思ったが、臭くて出した手をあわてて引っ込めた。

 犬の抜け毛やほこりが溜まり、毎日掃除をしているとはとても思えない。

 半年前に来た時より、だいぶん基本的な生活力が落ちている。物忘れがひどいくらいに軽く考えていたが、問題は深刻な状況なのかも知れない。

 幸代が冷やし素麺と土産に持参した守口漬けとを居間のテーブルに並べた。

「いただきます」哲子は嬉しげに箸を持ち、守口漬けをこりこりと食べた。

「サニ―臭いね。いつ風呂に入れたのよ」

「いつだったかな。ペットショップでシャンプーしてもらったがやけど」

 素麺に気を取られ、哲子の答えは曖昧だった。言葉が記憶と乖離して、ただ意識の上を滑っていくようである。

 幸代が呼んだので、幹雄はキッチンへいった。

「冷蔵庫の中、納豆と漬物しかないわ。野菜は腐っているし、焦げ付いた鍋が三つもあるのよ。お義姉さん、ガス消すのを忘れるのね」

「危ないなあ。サニ―の面倒も看れなくなっている。それにこの臭いは我慢できないよ」

「窓を開けても消えないね。閉め切っていたから、犬の臭いが床やカーテンにも染みついているんじゃない。お義姉さんは軽い認知症かも知れない。一人で話し相手もいないから」

 幸代は心配そうに眉をひそめた。

「困ったな、何を訊いても要領を得ないし」

「かかりつけのお医者さんはないのかしら。引き出しに薬がないか、探してみるわ」

 哲子は食べ終わったところだった。

「食後に薬は飲まなくていいの?」

「朝だけ飲むよ」

「どこの医者にかかっているの?」

 哲子はあそこ、あそこと言い、外を指差した。

 幸代が引き出しから薬袋を見つけた。薬が少し残っている。薬袋に医院名と電話番号が記されていた。土曜日は午後一時までとなっている。日付は約二カ月前で、毎日飲んでいるのか怪しかった。

「月曜日に医者へ問い合わせてみよう。とりあえず墓参りをしてきてから、隣の家に気付いたことがないか訊いてみるよ」

 幸代は食べ終わった食器を手早く片付けた。

「お義姉さん、着替えて行きましょう」

「着替えてどこへ行くが」

「墓参りだよ」

墓参り、と言ったのは三回目のはずだ。

 哲子が着替えてきた紺の長袖は暑苦しく見える。

「長袖は暑いから、半袖の方がいいですよ」

 幸代は哲子の部屋から半袖のブラウスを取ってきて着替えを手伝った。呼ぶと尻尾を振ってきたサニーを、哲子は抱き上げた。

「サニ―は置いて行こう。すぐ帰って来るから」

 幸代が戸締りをしている。幹雄は哲子を車の後部座席に乗せた。

 墓は車で十分もかからない菩提寺にある。開祖は室町時代という浄土真宗の寺である。静寂の中、杉の大木が濃い陰を落としていた。駐車場には車はなく、エンジンの音に気付いて、寺務所から黒い作務衣姿の若住職が出てきた。

「若はん、権現(ごんげ)はんはお元気ですか」

 哲子が大声で訊く。権現はんとは住職のことをいう。哲子が訊いたのは若住職の父親だった。

「父は三年前に亡くなりました」

 忘れたのか、と住職は怪訝な顔をした。

 墓地から東の空に青い立山連峰が張り絵のようにくっきり見えた。故郷の変わらない雄大な風景だ。幹雄が蝋燭と線香に火を点けた。若住職のお経が流れると、哲子はナンマンダブと手を合わせ、(こうべ)を垂れた。

 父は幹雄が十二歳のときに、母は三十一歳の時に他界した。墓参りを済ませ、いつもなら心が晴々するところだが、今日はなんだか気が重い。車で家に帰る途中、幸代が話しかけた。

「あなた、これからどうしますか?」

「帰ったら隣の家に訊いてみる。あんたはペットショプを調べてシャンプーを予約してくれ」

 哲子の家へ入ると、またあの悪臭が襲ってきた。息を殺して急いで家じゅうの窓を開け放す。

 幹雄は隣家の須藤さんを訪ねた。

「隣の本田哲子の弟です。いつも姉がお世話になっています」

「県外におられる弟さんですか」

 六十歳ほどの奥さんが親しげに笑顔を見せた。墓参りに帰省したと告げ、最近の哲子の様子を尋ねた。

「犬と散歩したり、車にワンちゃんを乗せて出かけられたけど、最近お見かけしませんよ。ゴミの掃除当番を忘れるとか、回覧板が本田さんのところで止まっていると苦情が出ています」

 須藤さんは言い難そうに教えてくれた。

「すみません。他にもご迷惑かけていることありませんか。最近もの忘れが多いようです」

 民生委員の名前と電話番号を教えてもらい、幹雄は今後ともよろしくと頭を下げた。

 家では、幸代が風呂場の掃除をしていた。

「行ってきたよ、民生委員の電話番号を聞いてきたからかけてみる」

「お風呂の掃除が終わったら、お義姉さんにお風呂に入ってもらおうと思って。それからペットショップを調べて電話したら、空きは早くて明日の午後三時だったから予約したわ」

「そうか、ありがとう。今日はビジネスホテルに泊まろう。この臭いじゃ眠れないよ」

 風呂掃除を終えた幸代は、一の宮の息子に今日は帰れないと電話した。事情を訊かれたが、詳しいことは帰ってから、と短く切った。

 哲子は入浴を拒んだが、幸代は勧め上手だった。

「一緒に入りましょう。汗かいたから、さっと流すだけでも気持ちいいですよ」

 かたくなな哲子の気持をほぐし、嫌な顔もしないで哲子に接してくれる。

 体を洗ってもらい、キャーキャー言っている哲子の声が風呂場から聞こえてきて、幹雄は子どもの頃、行水した夏の日を思い出した。もう六十年近く前の母の顔がおぼろげに蘇ってきた。

 両親を早く亡くしたから、介護とは無縁だと思っていたのに、突然哲子の遠距離介護に直面するとは思わなかった。しかも、それはまだ始まってもいなくて、これからが問題だった。

 幹雄はスマホで検索して、ホテルを探した。ビジネスホテルを三カ所当たったが、空き部屋がなかった。だが、悪臭にまみれたこの家に泊まる気がしなかった。

 二人が風呂に入っている間に、教員だったという民生委員の伊沢さんに電話した。

「突然すみません。私は大町の本田哲子の弟です。久しぶりに帰省しましたら、姉の様子が変わっていまして、日常生活に介助が必要みたいなのです」

「本田さんなら良く存じています。一カ月に一回おひとり様の家を訪問しているのですが、最近物忘れが多いなと心配しておりました」

 声色が温かく、人柄の良さが伝わってくる。

 介護のことがまるで分からないと言うと、伊沢さんは哲子の状態を詳しく聴いた。

「まず介護認定を受ける必要がありますね」

 最初に市役所の介護保険課に連絡して面接してもらう。家族の同席が必要である。要支援、または要介護の認定を受けたら、ケアマネージャーと相談して受けられる支援を決めるという流れだった。ペットの世話は支援に入らないという。

 包括地区センターから介護保険課に連絡してもらうことになった。急なので認定員が月曜日に来てくれるとは限らない。認定員の都合によっては、滞在が長引きそうだが、手際よくことが運びそうで、幹雄は伊沢さんに礼を述べた。

 六時前になると、日は緩やかに暮れなずむ。

 二人が風呂から上がって、暑いと言いながら冷たい水を飲んだ。幹雄は民生委員から聴いた話を、手短に報告することにした。

「介護保険課から何しに来るの」

 汗を拭きながら哲子が不審そうに訊く。

「買い物とか、料理とか、姉さん一人で大変だろう。誰かお手伝いしてくれる人がいるといいよね」

「一人でできるちゃ」

「できるけど、忘れたりするだろう。片付けとか洗濯を一緒にしてくれる人がいると楽できるよ」

「お手伝いさんを雇うがけ。お金がかかるがやろう」

「お金の心配はいらないんだよ。話だけ聞いてみよう」

 必要ないと言う哲子は呆けているとは思えなかった。頃合いを見て、幸代は立ち上がった。

「これからカーテンやシーツを洗濯しようと思うの。あなた、レースのカーテン外してもらえる。お義姉さん、夕飯に食べたいものありますか」 

「ラーメンがいい」

「暑いのに熱いラーメンかい? 冷し中華にしたら」

 姉と弟がもめているのを見て、幸代は頬をゆるめた。哲子の部屋でシーツと枕カバーを取り換え、散らばった汚れ物を集め、まとめて洗濯機に入れた。幹雄はレースのカーテンを外した。厚手のカーテンはやめにした。洗濯の所要時間は四十五分と赤いランプが点いた。

「姉さんにラーメンを注文して、俺たちはどうする?」

「出前を取るの? それまでに洗濯も終わるから、お義姉さんが食べ終わったら、ホテルへ行きましょう。疲れたわ」

「ごめん、ホテル空いてなかったんだ。でもここで泊まりたくないよ。臭くて頭が痛くなってきた」

「困ったね。仕方ないから、除菌消臭スプレーと芳香剤、たくさん買ってきてよ。それと弁当を三つ」

「分かった。ほかに必要なものはないか」

「明日のパンと牛乳もいるね。奥の部屋を掃除して。思いっきりスプレーして臭いを消すしかないでしょ」

「俺は車で寝る。暑い時だから、一晩ぐらい大丈夫だ」

 そう言い捨てて、幹雄は買い物に出かけた。

 夕食は鮭弁当とインスタントラーメンを食べた。悪臭の中では、味もなにもあったものじゃない。幹雄は缶ビールを二本飲んだ。

 哲子はテレビを観ながらあくびをした。

「姉さん、サニ―を外でおしっこさせてきてよ」

「あんたさせてきて」

「嫌だよ。臭いから。サニ―は姉さんと行きたがってるよ」

「そうかな。サニ―、散歩にいこう」

 散歩と聞いて、サニ―は尻尾をせわしなく振る。外はもう暗いので、幹雄も哲子に付いて行った。

 帰ってから幹雄は壁やふすまや天井にも消臭スプレーを吹き付け、全ての部屋の隅に脱臭剤を置いた。幸代は奥の部屋をお湯で拭くと汗だくになり、「入浴した甲斐がないわ」とこぼした。鼻も麻痺してきたのか、少しは臭いが薄らいだような気がした。

 九時になると哲子が寝室へ引き上げたので、幹雄は段ボールにサニ―を入れてベランダに出した。

「一日だけ我慢しろよ」

 サニ―の目を見ないで言い訳をした。

 幸代がエアコンをつけ、窓を開けっ放しにして布団を敷いた。熱帯夜で寝苦しそうだ。ともかく今日はよくやった。

「お疲れさん。ありがとう、助かった。明日、サニ―のシャンプーは俺が連れて行く」

「午前中、いっしょに買い物しませんか。ひとりのときはお義姉さんがガスは使わないように、お惣菜を作っておこうと思って。ガスの元栓を締めておくほうがいいでしょう」

「車にも乗らないように、キーを隠しておくよ。友達の親が車で迷子になって県境までいったと聞いたことあるから」

「心配しだしたら切りがないけど、ケアマネさんや民生委員に相談すればなんとかなりますよ」

 幸代は楽観的に言い、電気を消した。車で寝るつもりなのに布団を敷いてくれたので横になったが、幹雄はなかなか寝付けなかった。

 父は薬品会社の部長だったが、癌で亡くなった。裕福な家に生まれた母は上品な人だった。それまで経済的な苦労はなかっただろうに、父の会社の下請けに就職して、朝早く仕事に行った。哲子は看護師になったばかりだったが、給料を母に渡し、幹雄を大学まで出してくれた。還暦を過ぎたころ母は肝臓を悪くして、哲子の病院に入院していた。母の最期を看てくれたのも哲子だった。責任感が強く家族思いで、母の自慢の娘だった哲子が、認知症かもしれないとは、まだ信じ難かった。たとえ症状が進んでも、哲子には最後まで尊厳を持って生きてほしいと思った。


 翌朝、幹雄は庭に出てストレッチ体操をして、深呼吸した。鳥の囀りが青空に吸い込まれていく。

 パンを焼く香ばしい匂いが立ち込める頃、哲子が起きてきた。

「おはよう。よく眠れた? コーヒー飲む?」

 幹雄が庭にいるので、哲子は少し驚いたようだ。

「あれっ、あんたたち昨日からいたよね」

「午後からサニ―をシャンプーに連れて行こうと思って、泊まったんだよ。姉さんも一緒に行く?」

「行くちゃ」

 哲子はベランダのサニーにおはようと言った。

「お義姉さん、パン焼きましたけど食べますか」

「食べまぁす。ハムエッグもお願いね」

 哲子は食欲旺盛だ。 

 幸代は昨夜洗ったシーツなどを日当たりのいい場所に干した。幹雄は家中に掃除機をかけることにした。居間は特に念入りにテレビの裏側からソファの上までかけ、哲子の部屋は隅々まで手を抜かなかった。幸代が居間の床を拭いた。窓を開けているときはまだいいが、閉めると悪臭はたちまち息を吹き返してくるのだ。

「姉さん、家の権利書とか通帳や実印はどこに置いているの。きちんと保管している? 誰にでも見せたり、預けたりしたらだめだよ」

「はい。クローゼットの中の金庫に入れている」

「自分で管理できないと思ったときは、僕に相談してね」 

 哲子が理解しているかどうかは分からなかった。

 幹雄と幸代は午前中スーパーで買い物をした。幸代は作る予定の献立を書き出してきていた。

 きんぴら、胡麻和え、根菜の煮物、卵焼き、ハンバーグ、ポテトサラダ、ひじき、おひたし。普通の惣菜だが、これが一番飽きないのである。

 幸代は野菜を刻み、湯がき、芋を茹でて潰し、胡麻をすって和えた。おいしそうな匂いをさせ、楽しそうに三時間もかけて作った。出来立てをテーブルに並べ、哲子に見せた。哲子の健康と安全を願って作ってくれた惣菜は、色鮮やかだった。

「小分けして冷凍室に入れておきますから、食べる分だけ電子レンジでチーンしてくださいね」

「こんなにたくさん作って、幸ちゃんすごいね。味見していい?」

 哲子と幸代の会話がほほえましい。幹雄が高校生のころ、哲子が弁当を作ってくれた。お菜は卵焼きと塩鮭だけの日の丸弁当だった。そんな記憶はもうないだろう哲子が愛おしく、切ない思いがせり上がってきた。

「さあ、おかずも出来たし、昼ご飯にしようか」

 幹雄が皿を並べると、哲子は卵焼きを一切れつまんで口に入れた。

 午後三時の予約に合わせ、幹雄と哲子はペットショップへ向かった。サニーは後部座席の段ボール箱の中に鎮座している。

 かつては田んぼが広がっていた所に、食品スーパーや百円ショップ、本屋、洋品店や飲食店が並ぶショッピングモールが出来ていた。広い駐車場はいっぱいだ。

 ペットショップのウインドーには精気のない子犬や子猫たちが新しい飼い主を待っていた。

 犬猫のかわいい服や何十種類のシャンプー、消臭スプレー、ドッグフードや缶詰、首輪や布団まで様々なグッズも販売している。

「子犬は六カ月を過ぎても売れなかったら、処分されるのです」

 低い話し声が聞こえた。

「お待たせしました。こちらのシーズー犬ですね」

 トリマーらしき白衣の若い女性が、申込書に住所氏名の記載を求めた。幹雄が記入した。

「では、二時間したらおいでください」

 白衣の女性はサニーを連れて奥へ行った。

「二時間あるから、お茶でも飲もうか。姉さんの欲しいものがあれば買いに行ってもいいよ」

 アイスコーヒーを飲みたいと言うので、喫茶店に入った。BGMのピアノ曲が流れる店内に三組の客がいた。席に座り、アイスコーヒーとチーズケーキを注文した。哲子と二人で喫茶店に入ったのは初めてだった。

 幹雄はペットショップのパンフレットを見ながら、飼い主が健康でないと、ペットを飼うのは無理だと改めて思う。

「ケンネルとは『犬小屋』という意味だそうだよ。犬はケンと読むし、寝る場所だからケンネルなのか」

 我ながら下手な駄洒落だ。哲子がケーキをおいしそうに頬張っている。

「サニ―を飼って何年になるの?」

「何年かなぁ」

 哲子は考えるしぐさを見せた。言葉は鸚鵡(おうむ)返しで、感情がこもっていないことに気付く。

「一日のスケジュールは決めているの?」

「スケジュールって?」

「毎日することだよ。これからもサニ―の世話やってよ。ときどきシャンプーしたり、毎日散歩させてやらないとだめなんだよ」

「やれると思うけど」

「姉さんは年取ったらどうしたいの? 家にヘルパーに来てもらうか、デイサービスへ行くとか」

「家にいたい」

 姉にとっては、なにひとつ変わったことはなく、今までどおり家で生活できると思っている。

「そろそろサニ―を迎えに行こうか」

「サニ―は家におるよ」

「さっきシャンプーに連れて行っただろう」

「……そうだったね」

 会話は嚙み合っているのだろうか。自信がない幹雄は喫茶店のドアをゆっくり押した。

 ペットショップで気になることを言われた。

「サニ―は皮膚病にかかっています。円形脱毛があるので、獣医に見せた方がいいですよ」

 不潔なのと、栄養失調からだろう。言葉を持たないペットが憐れだった。


 月曜日の朝、哲子を病院へ連れて行った。清潔で明るい待合室に数人の患者がいた。哲子は受付嬢と親しげに話している。

 哲子が診察を終えたあと、幹雄はひとりで医師と面談した。幹雄よりかなり若い医師は、看護師だった哲子と懇意だったと言い、親身に聴いてくれた。

「姉は物忘れがひどく、ガスの取り扱いが心配です。食事したのを忘れたり、掃除、洗濯、入浴など日常の段取りができなくなっています」

「ご飯を食べたのを忘れるのは認知症ですね。認知症は臭覚が衰えるのですよ。進行を遅らせる薬を出しましょう」

 医師は「まだお若いのに」と小声で言い添えた。

 午後、市役所から介護認定に来てくれることになった。包括支援センターのケアマネージャーが強く要請してくれたお蔭だった。

 認定員とケアマネは四十歳前後の女性たちで、二人は和顔で自己紹介した。ケアマネは民生委員だった哲子とは顔見知りだった。

「臭いがひどくて。これでも大分薄くなったのですが」

 幸代が言い訳するように微笑した。

「なんの臭いですか」

「動物や生ごみだと思います」

居間のソファに座っている哲子の前で、認定員がにこやかに問診を始めた。

「こんにちは。本田さん、少しお話聞かせて下さい。お名前と生年月日お願いします」

「本田哲子。昭和十七年二月二十七日生まれ」

 今日は何年の何月何日ですか。何曜日ですか。体の痛いところはないですか。食事や入浴に困ったことはないですか。鍋を焦がしたことはないですか。薬を飲み忘れたことはないですか。認定員はゆっくり質問していく。哲子はひとりでできます、忘れたことはありません、とためらわず答えた。

「お昼ご飯は何を食べられたが?」

「まだ食べていません」

「さっき食べたでしょ」

 おもわず幸代が言葉をはさんだ。

サニ―が哲子の足元で寝そべっている。 

「ワンちゃんかわいいですね、何犬ですか」

「スージー犬です」

「散歩はいつ行かれるの」

「……」

「これからご家族にお聞きしますけど、困っていることありますか」

「はい。あちらでお茶を飲みながらお話ししてもいいですか。伊沢さんとケアマネさんもどうぞ」

 幹雄は哲子の聞こえないところで話したかった。幸代が哲子に緑茶と羊羹を勧めている。

「家の臭い、ひどいでしょう。今一番心配なのは火の取り扱いです。焦げた鍋が三個もありました。物忘れがひどくて、ご飯を食べたか、薬を飲んだかを忘れることがあります。それに犬の世話が出来なくなっているので、臭いし不潔なんですよ。昨日ペットショップで皮膚病に罹っているといわれました」

「ご飯を食べたのを忘れるのは、認知症でかなり重度です。寝たきりの方より始末が悪いのですよ。    とりあえず訪問ヘルパーさんに来てもらうことにしてはどうでしょう、ケアマネさんはどう思われますか」

 認定員がケアマネの意見を求めた。

「ヘルパーさんにペットの世話は頼めません。犬は手放すしかないかも知れないね。一人の時は火を使わないようにして、デイサービスも組み合わせるといいと思います」

「デイサービスへいくときは、本人が納得しないと難しいし、軽い認知症なら誰かの支援があれば、家でも安全に過ごせます」

「慣れてきたら、デイサービスも使いましょう。介護認定が下りるまで一カ月かかるのですが、明日から介護支援は使えます。最初は週二回、二時間ずつ来てもらうということで」

 週二回では足りないような気がした。

「ひとりで外出して迷子になったりする場合もありますから、認知症の場合はグループホームに入って、見守りの介護士のもとで普通の生活をするのが安全だし、ご本人のためになると思いますよ」

 伊沢さんが細かく説明をしてくれる。

 グループホームは約十人の集団生活で、能力に応じて家事の手伝いもする。庭で花を育てたり、犬と遊んだり散歩することが出来る。介護施設とは大きく違うことが分かった。介護のプロでも認知症患者ひとりひとりが違うので、対策も簡単には決められないようだ。

 伊沢さんの言うように、グループホームがふさわしいと思われた。

「私たちは今夜、一の宮へ帰ろうと思っています。妻がおかずを一週間分作って、冷凍しておきました。火を使わないようにと思って」

 訪問介護の曜日と時間については、あとからケアマネが連絡してくれることになった。

「ガスは止めるとして、忘れることが多い初期の段階なので、様子を見ましょう。私も頻繁に訪問します。デイサービスやショートステイの施設も見学なさってはどうですか」

ケアマネが(すす)めてくれた。一時間あまりで面接は終わり、相談員たちが帰ったあと、幸代が真剣な顔で切り出した。

「あなた、私ここに一週間泊まろうと思うの。知らないヘルパーさんが来たら、お義姉さんはパニックになると思う。明日サニ―をお義姉さんの車で病院へ連れて行くわ」

「それは助かるけど」

 母親を心筋梗塞で亡くした幸代は、母親にできなかった介護を義姉にしてくれるのか。幸代にそんなに負担をかけてもいいのかと、幹雄は言葉に詰まる。

「あなたは仕事があるし、私にできることはやるつもり。でも、これからサニ―はどうするの」

「貰ってくれる人は見つからないだろうな。子犬だって売れ残ったら、処分されるらしい。飼い主が病気になったら、保健所に連れて行くことになる」

しかし、サニ―を見殺しにする勇気はない。

「うちで引き取るにしても、息子の家族に相談しないとだめだ。子供たちの協力は不可欠だよ」

 ペットを最期まで看取るのは当然だが、飼い主も六十五歳を過ぎると明日は分からない。声をひそめて話していると、哲子がキッチンへ来た。

「なんの話しとるが」

「お義姉さん、サニ―が病気なんだって。明日お医者さんへ連れて行こうね。いつもどこの病院で予防注射しているの?」

「えーっと、あそこ、あそこ」

 またしても要領を得ない。

「私、しばらくお義姉さんと一緒に住んでもいい?」

 幸代が哲子の手を取り、顔を覗き込んだ。

「うん、いいよ」

 子供の様に甘えた哲子の声だった。

 迷った末、幹雄はひとりで帰ることにした。五時半に出発すれば十時過ぎには着けるだろう、と腕時計を見て深いため息をついた。

一の宮に帰った翌日、幹雄は息子夫婦に犬のことを相談した。

「哲子伯母さんが認知症になったんだよ。伯母さんは施設に入れ(はい)ても、犬は行くところがないんだ。サニーはもうお婆さんだけど、お前たちが協力してくれるならうちに引き取ろうと思う」

「伯母さんの家族だから、最期まで看てやろう」

 息子たちは気持ちよく賛成してくれた。

 幸代からは毎晩八時ごろ電話がかかってきた。

「今日は雨で閉め切っていたから、悪臭がひどかった」

「お義姉さんは日によって違うのよ。分かっている日とぼーっとしている日があって。ヘルパーのやり方にいちいち指図するし、悪臭とお義姉さんのせいで、ヘルパーさんもやりにくそう」

「お義姉さんは看護師だったから、ヘルパーに上から目線なので、嫌われるようです」

 幸代もそれがストレスになっているという。

「同居して感じたのは、認知症は普通のことが自主的にできないから、管理してくれる人が必要なの。食事時にひとりにするのは心配だし、犬の世話は無理です。やはり、早くグループホームを見つける必要があるわ」

 同居してみると、新たな問題点が浮き彫りになってきた。自分の老後も考えさせられた。

 次の週末、幹雄が哲子の家を訪れると、窓は開け放されていた。居間だけエアコンで程よい温度に保たれていた。

「サニー、元気だったかい」

 幹雄が頭を撫でると、前足でズボンにじゃれついた。哲子はこざっぱりとした服装で、顔色がいい。

「こまめに換気しているのだけど、こんなもんよ」

 室内の臭いは半分ほどに薄れていた。

「お義姉さんは私の言うことはよく聞いてくれますよ。お願いすれば手伝いもしてくれます」

 週二回の訪問ヘルパーには簡単な掃除、洗濯と入浴介助を頼むことにした。訪問介護だけでは料理まで手が回らない。

「お義姉さんが勤めていた病院に『おたすけクラブ』という互助会があるそうなの。ヘルパーの来ない日は料理とか犬の散歩も頼めるから、使ってみるのもいいと思う。入れ替わり新しい人が来る不安もあるけどね」

「使えるものは何でも使ってみよう。そのうちいい方法が見つかるかもしれない」

 それから幹雄と幸代は定期的に哲子の家へ通った。幸代が単身、高速バスで行くこともあった。サニーのことも心配だったのである。


 大陸の寒波が南下して、急に寒さが増した十二月中旬の土曜日。昼ごろ幹雄の携帯が鳴った。

「ケアマネの高畠です。本田さんが腹痛と嘔吐で、さきほど入院されました。腸閉塞の疑いがあるので、今日来ていただけますか」

 ヘルパーが見つけ、救急車で運ばれたというのだ。幹雄は冷静に受け止めた。いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。今度こそ、サニーを連れてくることになるだろう。

「入院は長引くかもね。私は退院されるまで向うにいますから、着替えを多く持っていくね」

 すぐに息子に状況を説明してから、二人は車で富山へ向かった。

 幸い手術は避けられ、哲子の容態は徐々に回復したが、退院後のひとり暮らしは無理だと医者は言った。

「この際、病院を変わると言ってショートステイに移ってもらいましょう。本田さんたちの負担も軽減しないと、家族の方が倒れてしまいますよ」

 ケアマネと伊沢さんは顔を見合わせ頷き合った。

「今まで地域に貢献された本田哲子さんです。安心して暮らしてもらう為に、早くグループホームを見つけますから」

 みんなの親切が幹雄と幸代を力づけた。

 騙したように入れた施設は、おむつや車椅子の入居者が多い介護付き高齢者ホームだった。哲子は看護師気取りで入居者の世話をするのでスタッフから「おじゃま虫」と呼ばれていたらしい。

 ショートステイは二カ月利用したが、期間に制限があった。退所してからは訪問ヘルパーと「おたすけクラブ」を頼み、週末は幸代と幹雄が交代で泊まった。

 待ち詫びたグループホームが見つかったのは、桜が咲き始めた三月終わりのことだった。やっと四月から入所できる運びになった。これで火の始末や徘徊の心配はなくなるし、急に病気になっても看てもらえる。幹雄は心から安堵した。

 幹雄の家に引き取られ、一の宮市民(犬)になったサニーに白内障が見つかり、医者通いしている。

「サニー、哲子姉さんのお見舞いに一緒に行くか」

 幹雄の膝に乗り、サニーは飼い主の手をぺろぺろと舐めた。 

                     了                                   

  







 明後日は立秋だというのに、気温は朝から二十七度だった。今日も猛暑日になるだろう。

 本田幹雄は妻の幸代と一緒に尾張一の宮市の自宅を八時に出発し、富山へ向かった。墓参りのためである。実家の両親はすでに他界し、姉が一人いる。お盆を避けたので、東海北陸自動車道は渋滞もなく、予定通り午後一時前に着いた。

 玄関のドアを開けた瞬間、なにかが腐敗したような、強烈な悪臭が鼻を突いた。

「わぁ、何だよ、この臭いは。哲子(さとこ)姉さんいるの?」

 幹雄は玄関で声を張り上げた。

 幹雄より八歳年上の哲子は七十六歳になる。独身を通し、総合病院の看護師を定年まで勤めた。退職後は中学校の保健室に勤務し、民生委員も務めた。今はシーズー犬のサニ―と暮らしている。 

 郵便受けにはハガキやダイレクトメールが溜まり、玄関の鉢物は枯れていた。

 幸代が素早く入って、廊下の窓を開け始めた。エアコンをつけているからか、真夏なのに締め切っている。幹雄はトイレ、風呂場と窓を開けて風を通した。奥から哲子が出てきた。

「誰かと思ったら、幹雄け、何しにきたが?」

「昨日、墓参りに行くと電話しただろう」

「そうだったっけ」

首を傾げる哲子は少し痩せたように見えた。彼女の後ろから、サニーが付いてきて冴えない声で吠えた。今日はいつもの元気がない。賢くて運動好きな小型犬だが、不機嫌そうな顔である。

「ひどい臭いだね。気持ち悪くならないの?」

 幹雄には耐えがたい臭いなのだ。サニ―が哲子の足元に纏わりついている。白い犬の毛が哲子のスカートに幾筋も付いていた。幹雄が居間のガラス戸を開け放すと、強い日差しが差し込んだ。

「いったいなんの臭いなの」

 幸代は原因が特定できず、嫌悪感を滲ませた。

 しばらくおもちゃの骨で遊んでいたサニ―は、部屋の隅のバスタオルに寝そべった。幹雄は部屋中を眺め回した。2LDK平屋建ての家は、哲子が総合病院を退職した十五年前に建てた。バリアフリーの住みやすい間取りとなっている。新築のお披露目がついこの間のような気がした。ソファに座ってテレビの旅番組を観ている哲子の顔色を窺うように話しかけた。

「姉さん、体の調子はどう? サニ―の食事や散歩はさせているの。元気ないように見えるけど」

「大丈夫だよ」

 子供みたいに溺愛していたのに、あまり気にかけていないようだ。サニ―は見るからに毛並みが悪かった。おそらく風呂にも入れず、ブラッシングもしていないのだろう。悪臭の源はサニ―に違いなかった。

「昼ご飯は食べたの?」

「昼ご飯? 食べてない」

「まだなら、幸代になにか作ってもらおう。それから母さんの墓参りに行こう」

 幹雄はキッチンをかたずけている幸代に頼んだ。

「姉さんに簡単な昼ご飯作ってあげてよ」

 幹雄はサニ―の器に新しい水を入れ、ドックフードを与えた。頭を撫でようと思ったが、臭くて出した手をあわてて引っ込めた。

 犬の抜け毛やほこりが溜まり、毎日掃除をしているとはとても思えない。

 半年前に来た時より、だいぶん基本的な生活力が落ちている。物忘れがひどいくらいに軽く考えていたが、問題は深刻な状況なのかも知れない。

 幸代が冷やし素麺と土産に持参した守口漬けとを居間のテーブルに並べた。

「いただきます」哲子は嬉しげに箸を持ち、守口漬けをこりこりと食べた。

「サニ―臭いね。いつ風呂に入れたのよ」

「いつだったかな。ペットショップでシャンプーしてもらったがやけど」

 素麺に気を取られ、哲子の答えは曖昧だった。言葉が記憶と乖離して、ただ意識の上を滑っていくようである。

 幸代が呼んだので、幹雄はキッチンへいった。

「冷蔵庫の中、納豆と漬物しかないわ。野菜は腐っているし、焦げ付いた鍋が三つもあるのよ。お義姉さん、ガス消すのを忘れるのね」

「危ないなあ。サニ―の面倒も看れなくなっている。それにこの臭いは我慢できないよ」

「窓を開けても消えないね。閉め切っていたから、犬の臭いが床やカーテンにも染みついているんじゃない。お義姉さんは軽い認知症かも知れない。一人で話し相手もいないから」

 幸代は心配そうに眉をひそめた。

「困ったな、何を訊いても要領を得ないし」

「かかりつけのお医者さんはないのかしら。引き出しに薬がないか、探してみるわ」

 哲子は食べ終わったところだった。

「食後に薬は飲まなくていいの?」

「朝だけ飲むよ」

「どこの医者にかかっているの?」

 哲子はあそこ、あそこと言い、外を指差した。

 幸代が引き出しから薬袋を見つけた。薬が少し残っている。薬袋に医院名と電話番号が記されていた。土曜日は午後一時までとなっている。日付は約二カ月前で、毎日飲んでいるのか怪しかった。

「月曜日に医者へ問い合わせてみよう。とりあえず墓参りをしてきてから、隣の家に気付いたことがないか訊いてみるよ」

 幸代は食べ終わった食器を手早く片付けた。

「お義姉さん、着替えて行きましょう」

「着替えてどこへ行くが」

「墓参りだよ」

 墓参り、と言ったのは三回目のはずだ。

 哲子が着替えてきた紺の長袖は暑苦しく見える。

「長袖は暑いから、半袖の方がいいですよ」

 幸代は哲子の部屋から半袖のブラウスを取ってきて着替えを手伝った。呼ぶと尻尾を振ってきたサニーを、哲子は抱き上げた。

「サニ―は置いて行こう。すぐ帰って来るから」

 幸代が戸締りをしている。幹雄は哲子を車の後部座席に乗せた。

 墓は車で十分もかからない菩提寺にある。開祖は室町時代という浄土真宗の寺である。静寂の中、杉の大木が濃い陰を落としていた。駐車場には車はなく、エンジンの音に気付いて、寺務所から黒い作務衣姿の若住職が出てきた。

「若はん、権現(ごんげ)はんはお元気ですか」

哲子が大声で訊く。権現はんとは住職のことをいう。哲子が訊いたのは若住職の父親だった。

「父は三年前に亡くなりました」

 忘れたのか、と住職は怪訝な顔をした。

 墓地から東の空に青い立山連峰が張り絵のようにくっきり見えた。故郷の変わらない雄大な風景だ。幹雄が蝋燭と線香に火を点けた。若住職のお経が流れると、哲子はナンマンダブと手を合わせ、(こうべ)を垂れた。

 父は幹雄が十二歳のときに、母は三十一歳の時に他界した。墓参りを済ませ、いつもなら心が晴々するところだが、今日はなんだか気が重い。車で家に帰る途中、幸代が話しかけた。

「あなた、これからどうしますか?」

「帰ったら隣の家に訊いてみる。あんたはペットショプを調べてシャンプーを予約してくれ」

 哲子の家へ入ると、またあの悪臭が襲ってきた。息を殺して急いで家じゅうの窓を開け放す。

 幹雄は隣家の須藤さんを訪ねた。

「隣の本田哲子の弟です。いつも姉がお世話になっています」

「県外におられる弟さんですか」

 六十歳ほどの奥さんが親しげに笑顔を見せた。墓参りに帰省したと告げ、最近の哲子の様子を尋ねた。

「犬と散歩したり、車にワンちゃんを乗せて出かけられたけど、最近お見かけしませんよ。ゴミの掃除当番を忘れるとか、回覧板が本田さんのところで止まっていると苦情が出ています」

 須藤さんは言い難そうに教えてくれた。

「すみません。他にもご迷惑かけていることありませんか。最近もの忘れが多いようです」

民生委員の名前と電話番号を教えてもらい、幹雄は今後ともよろしくと頭を下げた。

 家では、幸代が風呂場の掃除をしていた。

「行ってきたよ、民生委員の電話番号を聞いてきたからかけてみる」

「お風呂の掃除が終わったら、お義姉さんにお風呂に入ってもらおうと思って。それからペットショップを調べて電話したら、空きは早くて明日の午後三時だったから予約したわ」

「そうか、ありがとう。今日はビジネスホテルに泊まろう。この臭いじゃ眠れないよ」

 風呂掃除を終えた幸代は、一の宮の息子に今日は帰れないと電話した。事情を訊かれたが、詳しいことは帰ってから、と短く切った。

 哲子は入浴を拒んだが、幸代は勧め上手だった。

「一緒に入りましょう。汗かいたから、さっと流すだけでも気持ちいいですよ」

 かたくなな哲子の気持をほぐし、嫌な顔もしないで哲子に接してくれる。

 体を洗ってもらい、キャーキャー言っている哲子の声が風呂場から聞こえてきて、幹雄は子どもの頃、行水した夏の日を思い出した。もう六十年近く前の母の顔がおぼろげに蘇ってきた。

 両親を早く亡くしたから、介護とは無縁だと思っていたのに、突然哲子の遠距離介護に直面するとは思わなかった。しかも、それはまだ始まってもいなくて、これからが問題だった。

 幹雄はスマホで検索して、ホテルを探した。ビジネスホテルを三カ所当たったが、空き部屋がなかった。だが、悪臭にまみれたこの家に泊まる気がしなかった。

二人が風呂に入っている間に、教員だったという民生委員の伊沢さんに電話した。

「突然すみません。私は大町の本田哲子の弟です。久しぶりに帰省しましたら、姉の様子が変わっていまして、日常生活に介助が必要みたいなのです」

「本田さんなら良く存じています。一カ月に一回おひとり様の家を訪問しているのですが、最近物忘れが多いなと心配しておりました」

 声色が温かく、人柄の良さが伝わってくる。

 介護のことがまるで分からないと言うと、伊沢さんは哲子の状態を詳しく聴いた。

「まず介護認定を受ける必要がありますね」

 最初に市役所の介護保険課に連絡して面接してもらう。家族の同席が必要である。要支援、または要介護の認定を受けたら、ケアマネージャーと相談して受けられる支援を決めるという流れだった。ペットの世話は支援に入らないという。

 包括地区センターから介護保険課に連絡してもらうことになった。急なので認定員が月曜日に来てくれるとは限らない。認定員の都合によっては、滞在が長引きそうだが、手際よくことが運びそうで、幹雄は伊沢さんに礼を述べた。

 六時前になると、日は緩やかに暮れなずむ。

 二人が風呂から上がって、暑いと言いながら冷たい水を飲んだ。幹雄は民生委員から聴いた話を、手短に報告することにした。

「介護保険課から何しに来るの」

 汗を拭きながら哲子が不審そうに訊く。

「買い物とか、料理とか、姉さん一人で大変だろう。誰かお手伝いしてくれる人がいるといいよね」

「一人でできるちゃ」

「できるけど、忘れたりするだろう。片付けとか洗濯を一緒にしてくれる人がいると楽できるよ」

「お手伝いさんを雇うがけ。お金がかかるがやろう」

「お金の心配はいらないんだよ。話だけ聞いてみよう」

 必要ないと言う哲子は呆けているとは思えなかった。頃合いを見て、幸代は立ち上がった。

「これからカーテンやシーツを洗濯しようと思うの。あなた、レースのカーテン外してもらえる。お義姉さん、夕飯に食べたいものありますか」 

「ラーメンがいい」

「暑いのに熱いラーメンかい? 冷し中華にしたら」

 姉と弟がもめているのを見て、幸代は頬をゆるめた。哲子の部屋でシーツと枕カバーを取り換え、散らばった汚れ物を集め、まとめて洗濯機に入れた。幹雄はレースのカーテンを外した。厚手のカーテンはやめにした。洗濯の所要時間は四十五分と赤いランプが点いた。

「姉さんにラーメンを注文して、俺たちはどうする?」

「出前を取るの? それまでに洗濯も終わるから、お義姉さんが食べ終わったら、ホテルへ行きましょう。疲れたわ」

「ごめん、ホテル空いてなかったんだ。でもここで泊まりたくないよ。臭くて頭が痛くなってきた」

「困ったね。仕方ないから、除菌消臭スプレーと芳香剤、たくさん買ってきてよ。それと弁当を三つ」

「分かった。ほかに必要なものはないか」

「明日のパンと牛乳もいるね。奥の部屋を掃除して。思いっきりスプレーして臭いを消すしかないでしょ」

「俺は車で寝る。暑い時だから、一晩ぐらい大丈夫だ」

 そう言い捨てて、幹雄は買い物に出かけた。

 夕食は鮭弁当とインスタントラーメンを食べた。悪臭の中では、味もなにもあったものじゃない。幹雄は缶ビールを二本飲んだ。

 哲子はテレビを観ながらあくびをした。

「姉さん、サニ―を外でおしっこさせてきてよ」

「あんたさせてきて」

「嫌だよ。臭いから。サニ―は姉さんと行きたがってるよ」

「そうかな。サニ―、散歩にいこう」

 散歩と聞いて、サニ―は尻尾をせわしなく振る。外はもう暗いので、幹雄も哲子に付いて行った。

帰ってから幹雄は壁やふすまや天井にも消臭スプレーを吹き付け、全ての部屋の隅に脱臭剤を置いた。幸代は奥の部屋をお湯で拭くと汗だくになり、「入浴した甲斐がないわ」とこぼした。鼻も麻痺してきたのか、少しは臭いが薄らいだような気がした。

 九時になると哲子が寝室へ引き上げたので、幹雄は段ボールにサニ―を入れてベランダに出した。

「一日だけ我慢しろよ」

 サニ―の目を見ないで言い訳をした。

 幸代がエアコンをつけ、窓を開けっ放しにして布団を敷いた。熱帯夜で寝苦しそうだ。ともかく今日はよくやった。

「お疲れさん。ありがとう、助かった。明日、サニ―のシャンプーは俺が連れて行く」

「午前中、いっしょに買い物しませんか。ひとりのときはお義姉さんがガスは使わないように、お惣菜を作っておこうと思って。ガスの元栓を締めておくほうがいいでしょう」

「車にも乗らないように、キーを隠しておくよ。友達の親が車で迷子になって県境までいったと聞いたことあるから」

「心配しだしたら切りがないけど、ケアマネさんや民生委員に相談すればなんとかなりますよ」

 幸代は楽観的に言い、電気を消した。車で寝るつもりなのに布団を敷いてくれたので横になったが、幹雄はなかなか寝付けなかった。

 父は薬品会社の部長だったが、癌で亡くなった。裕福な家に生まれた母は上品な人だった。それまで経済的な苦労はなかっただろうに、父の会社の下請けに就職して、朝早く仕事に行った。哲子は看護師になったばかりだったが、給料を母に渡し、幹雄を大学まで出してくれた。還暦を過ぎたころ母は肝臓を悪くして、哲子の病院に入院していた。母の最期を看てくれたのも哲子だった。責任感が強く家族思いで、母の自慢の娘だった哲子が、認知症かもしれないとは、まだ信じ難かった。たとえ症状が進んでも、哲子には最後まで尊厳を持って生きてほしいと思った。


 翌朝、幹雄は庭に出てストレッチ体操をして、深呼吸した。鳥の囀りが青空に吸い込まれていく。

 パンを焼く香ばしい匂いが立ち込める頃、哲子が起きてきた。

「おはよう。よく眠れた? コーヒー飲む?」

 幹雄が庭にいるので、哲子は少し驚いたようだ。

「あれっ、あんたたち昨日からいたよね」

「午後からサニ―をシャンプーに連れて行こうと思って、泊まったんだよ。姉さんも一緒に行く?」

「行くちゃ」

 哲子はベランダのサニーにおはようと言った。

「お義姉さん、パン焼きましたけど食べますか」

「食べまぁす。ハムエッグもお願いね」

 哲子は食欲旺盛だ。 

 幸代は昨夜洗ったシーツなどを日当たりのいい場所に干した。幹雄は家中に掃除機をかけることにした。居間は特に念入りにテレビの裏側からソファの上までかけ、哲子の部屋は隅々まで手を抜かなかった。幸代が居間の床を拭いた。窓を開けているときはまだいいが、閉めると悪臭はたちまち息を吹き返してくるのだ。

「姉さん、家の権利書とか通帳や実印はどこに置いているの。きちんと保管している? 誰にでも見せたり、預けたりしたらだめだよ」

「はい。クローゼットの中の金庫に入れている」

「自分で管理できないと思ったときは、僕に相談してね」 

 哲子が理解しているかどうかは分からなかった。

 幹雄と幸代は午前中スーパーで買い物をした。幸代は作る予定の献立を書き出してきていた。

 きんぴら、胡麻和え、根菜の煮物、卵焼き、ハンバーグ、ポテトサラダ、ひじき、おひたし。普通の惣菜だが、これが一番飽きないのである。

 幸代は野菜を刻み、湯がき、芋を茹でて潰し、胡麻をすって和えた。おいしそうな匂いをさせ、楽しそうに三時間もかけて作った。出来立てをテーブルに並べ、哲子に見せた。哲子の健康と安全を願って作ってくれた惣菜は、色鮮やかだった。

「小分けして冷凍室に入れておきますから、食べる分だけ電子レンジでチーンしてくださいね」

「こんなにたくさん作って、幸ちゃんすごいね。味見していい?」

 哲子と幸代の会話がほほえましい。幹雄が高校生のころ、哲子が弁当を作ってくれた。お菜は卵焼きと塩鮭だけの日の丸弁当だった。そんな記憶はもうないだろう哲子が愛おしく、切ない思いがせり上がってきた。

「さあ、おかずも出来たし、昼ご飯にしようか」

 幹雄が皿を並べると、哲子は卵焼きを一切れつまんで口に入れた。

 午後三時の予約に合わせ、幹雄と哲子はペットショップへ向かった。サニーは後部座席の段ボール箱の中に鎮座している。

かつては田んぼが広がっていた所に、食品スーパーや百円ショップ、本屋、洋品店や飲食店が並ぶショッピングモールが出来ていた。広い駐車場はいっぱいだ。

 ペットショップのウインドーには精気のない子犬や子猫たちが新しい飼い主を待っていた。

犬猫のかわいい服や何十種類のシャンプー、消臭スプレー、ドッグフードや缶詰、首輪や布団まで様々なグッズも販売している。

「子犬は六カ月を過ぎても売れなかったら、処分されるのです」

 低い話し声が聞こえた。

「お待たせしました。こちらのシーズー犬ですね」

 トリマーらしき白衣の若い女性が、申込書に住所氏名の記載を求めた。幹雄が記入した。

「では、二時間したらおいでください」

 白衣の女性はサニーを連れて奥へ行った。

「二時間あるから、お茶でも飲もうか。姉さんの欲しいものがあれば買いに行ってもいいよ」

 哲子がアイスコーヒーを飲みたいと言うので、喫茶店に入った。BGMのピアノ曲が流れる店内に三組の客がいた。席に座り、アイスコーヒーとチーズケーキを注文した。哲子と二人で喫茶店に入ったのは初めてだった。

 幹雄はペットショップのパンフレットを見ながら、飼い主が健康でないと、ペットを飼うのは無理だと改めて思う。

「ケンネルとは『犬小屋』という意味だそうだよ。犬はケンと読むし、寝る場所だからケンネルなのか」

 我ながら下手な駄洒落だ。哲子がケーキをおいしそうに頬張っている。

「サニ―を飼って何年になるの?」

「何年かなぁ」

 哲子は考えるしぐさを見せた。言葉は鸚鵡(おうむ)返しで、感情がこもっていないことに気付く。

「一日のスケジュールは決めているの?」

「スケジュールって?」

「毎日することだよ。これからもサニ―の世話やってよ。ときどきシャンプーしたり、毎日散歩させてやらないとだめなんだよ」

「やれると思うけど」

「姉さんは年取ったらどうしたいの? 家にヘルパーに来てもらうか、デイサービスへ行くとか」

「家にいたい」

 姉にとっては、なにひとつ変わったことはなく、今までどおり家で生活できると思っている。

「そろそろサニ―を迎えに行こうか」

「サニ―は家におるよ」

「さっきシャンプーに連れて行っただろう」

「……そうだったね」

 会話は嚙み合っているのだろうか。自信がない幹雄は喫茶店のドアをゆっくり押した。

 ペットショップで気になることを言われた。

「サニ―は皮膚病にかかっています。円形脱毛があるので、獣医に見せた方がいいですよ」

 不潔なのと、栄養失調からだろう。言葉を持たないペットが憐れだった。


 月曜日の朝、哲子を病院へ連れて行った。清潔で明るい待合室に数人の患者がいた。哲子は受付嬢と親しげに話している。

 哲子が診察を終えたあと、幹雄はひとりで医師と面談した。幹雄よりかなり若い医師は、看護師だった哲子と懇意だったと言い、親身に聴いてくれた。

「姉は物忘れがひどく、ガスの取り扱いが心配です。食事したのを忘れたり、掃除、洗濯、入浴など日常の段取りができなくなっています」

「ご飯を食べたのを忘れるのは認知症ですね。認知症は臭覚が衰えるのですよ。進行を遅らせる薬を出しましょう」

 医師は「まだお若いのに」と小声で言い添えた。

 午後、市役所から介護認定に来てくれることになった。包括支援センターのケアマネージャーが強く要請してくれたお蔭だった。

 認定員とケアマネは四十歳前後の女性たちで、二人は和顔で自己紹介した。ケアマネは民生委員だった哲子とは顔見知りだった。

「臭いがひどくて。これでも大分薄くなったのですが」

 幸代が言い訳するように微笑した。

「なんの臭いですか」

「動物や生ごみだと思います」

 居間のソファに座っている哲子の前で、認定員がにこやかに問診を始めた。

「こんにちは。本田さん、少しお話聞かせて下さい。お名前と生年月日お願いします」

「本田哲子。昭和十七年二月二十七日生まれ」

 今日は何年の何月何日ですか。何曜日ですか。体の痛いところはないですか。食事や入浴に困ったことはないですか。鍋を焦がしたことはないですか。薬を飲み忘れたことはないですか。認定員はゆっくり質問していく。哲子はひとりでできます、忘れたことはありません、とためらわず答えた。

「お昼ご飯は何を食べられたが?」

「まだ食べていません」

「さっき食べたでしょ」

 おもわず幸代が言葉をはさんだ。

サニ―が哲子の足元で寝そべっている。 

「ワンちゃんかわいいですね、何犬ですか」

「スージー犬です」

「散歩はいつ行かれるの」

「……」

「これからご家族にお聞きしますけど、困っていることありますか」

「はい。あちらでお茶を飲みながらお話ししてもいいですか。伊沢さんとケアマネさんもどうぞ」

 幹雄は哲子の聞こえないところで話したかった。幸代が哲子に緑茶と羊羹を勧めている。

「家の臭い、ひどいでしょう。今一番心配なのは火の取り扱いです。焦げた鍋が三個もありました。物忘れがひどくて、ご飯を食べたか、薬を飲んだかを忘れることがあります。それに犬の世話が出来なくなっているので、臭いし不潔なんですよ。昨日ペットショップで皮膚病に罹っているといわれました」

「ご飯を食べたのを忘れるのは、認知症でかなり重度です。寝たきりの方より始末が悪いのですよ。    とりあえず訪問ヘルパーさんに来てもらうことにしてはどうでしょう、ケアマネさんはどう思われますか」

 認定員がケアマネの意見を求めた。

「ヘルパーさんにペットの世話は頼めません。犬は手放すしかないかも知れないね。一人の時は火を使わないようにして、デイサービスも組み合わせるといいと思います」

「デイサービスへいくときは、本人が納得しないと難しいし、軽い認知症なら誰かの支援があれば、家でも安全に過ごせます」

「慣れてきたら、デイサービスも使いましょう。介護認定が下りるまで一カ月かかるのですが、明日から介護支援は使えます。最初は週二回、二時間ずつ来てもらうということで」

 週二回では足りないような気がした。

「ひとりで外出して迷子になったりする場合もありますから、認知症の場合はグループホームに入って、見守りの介護士のもとで普通の生活をするのが安全だし、ご本人のためになると思いますよ」

 伊沢さんが細かく説明をしてくれる。

 グループホームは約十人の集団生活で、能力に応じて家事の手伝いもする。庭で花を育てたり、犬と遊んだり散歩することが出来る。介護施設とは大きく違うことが分かった。介護のプロでも認知症患者ひとりひとりが違うので、対策も簡単には決められないようだ。

 伊沢さんの言うように、グループホームがふさわしいと思われた。

「私たちは今夜、一の宮へ帰ろうと思っています。妻がおかずを一週間分作って、冷凍しておきました。火を使わないようにと思って」

 訪問介護の曜日と時間については、あとからケアマネが連絡してくれることになった。

「ガスは止めるとして、忘れることが多い初期の段階なので、様子を見ましょう。私も頻繁に訪問します。デイサービスやショートステイの施設も見学なさってはどうですか」

 ケアマネが(すす)めてくれた。一時間あまりで面接は終わり、相談員たちが帰ったあと、幸代が真剣な顔で切り出した。

「あなた、私ここに一週間泊まろうと思うの。知らないヘルパーさんが来たら、お義姉さんはパニックになると思う。明日サニ―をお義姉さんの車で病院へ連れて行くわ」

「それは助かるけど」

 母親を心筋梗塞で亡くした幸代は、母親にできなかった介護を義姉にしてくれるのか。幸代にそんなに負担をかけてもいいのかと、幹雄は言葉に詰まる。

「あなたは仕事があるし、私にできることはやるつもり。でも、これからサニ―はどうするの」

「貰ってくれる人は見つからないだろうな。子犬だって売れ残ったら、処分されるらしい。飼い主が病気になったら、保健所に連れて行くことになる」

しかし、サニ―を見殺しにする勇気はない。

「うちで引き取るにしても、息子の家族に相談しないとだめだ。子供たちの協力は不可欠だよ」

 ペットを最期まで看取るのは当然だが、飼い主も六十五歳を過ぎると明日は分からない。声をひそめて話していると、哲子がキッチンへ来た。

「なんの話しとるが」

「お義姉さん、サニ―が病気なんだって。明日お医者さんへ連れて行こうね。いつもどこの病院で予防注射しているの?」

「えーっと、あそこ、あそこ」

 またしても要領を得ない。

「私、しばらくお義姉さんと一緒に住んでもいい?」

 幸代が哲子の手を取り、顔を覗き込んだ。

「うん、いいよ」

 子供の様に甘えた哲子の声だった。

 迷った末、幹雄はひとりで帰ることにした。五時半に出発すれば十時過ぎには着けるだろう、と腕時計を見て深いため息をついた。

 一の宮に帰った翌日、幹雄は息子夫婦に犬のことを相談した。

「哲子伯母さんが認知症になったんだよ。伯母さんは施設に入れ(はい)ても、犬は行くところがないんだ。サニーはもうお婆さんだけど、お前たちが協力してくれるならうちに引き取ろうと思う」

「伯母さんの家族だから、最期まで看てやろう」

 息子たちは気持ちよく賛成してくれた。

 幸代からは毎晩八時ごろ電話がかかってきた。

「今日は雨で閉め切っていたから、悪臭がひどかった」

「お義姉さんは日によって違うのよ。分かっている日とぼーっとしている日があって。ヘルパーのやり方にいちいち指図するし、悪臭とお義姉さんのせいで、ヘルパーさんもやりにくそう」

「お義姉さんは看護師だったから、ヘルパーに上から目線なので、嫌われるようです」

 幸代もそれがストレスになっているという。

「同居して感じたのは、認知症は普通のことが自主的にできないから、管理してくれる人が必要なの。食事時にひとりにするのは心配だし、犬の世話は無理です。やはり、早くグループホームを見つける必要があるわ」

 同居してみると、新たな問題点が浮き彫りになってきた。自分の老後も考えさせられた。

次の週末、幹雄が哲子の家を訪れると、窓は開け放されていた。居間だけエアコンで程よい温度に保たれていた。

「サニー、元気だったかい」

 幹雄が頭を撫でると、前足でズボンにじゃれついた。哲子はこざっぱりとした服装で、顔色がいい。

「こまめに換気しているのだけど、こんなもんよ」

 室内の臭いは半分ほどに薄れていた。

「お義姉さんは私の言うことはよく聞いてくれますよ。お願いすれば手伝いもしてくれます」

 週二回の訪問ヘルパーには簡単な掃除、洗濯と入浴介助を頼むことにした。訪問介護だけでは料理まで手が回らない。

「お義姉さんが勤めていた病院に『おたすけクラブ』という互助会があるそうなの。ヘルパーの来ない日は料理とか犬の散歩も頼めるから、使ってみるのもいいと思う。入れ替わり新しい人が来る不安もあるけどね」

「使えるものは何でも使ってみよう。そのうちいい方法が見つかるかもしれない」

 それから幹雄と幸代は定期的に哲子の家へ通った。幸代が単身、高速バスで行くこともあった。サニーのことも心配だったのである。


 大陸の寒波が南下して、急に寒さが増した十二月中旬の土曜日。昼ごろ幹雄の携帯が鳴った。

「ケアマネの高畠です。本田さんが腹痛と嘔吐で、さきほど入院されました。腸閉塞の疑いがあるので、今日来ていただけますか」

 ヘルパーが見つけ、救急車で運ばれたというのだ。幹雄は冷静に受け止めた。いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。今度こそ、サニーを連れてくることになるだろう。

「入院は長引くかもね。私は退院されるまで向うにいますから、着替えを多く持っていくね」

 すぐに息子に状況を説明してから、二人は車で富山へ向かった。

 幸い手術は避けられ、哲子の容態は徐々に回復したが、退院後のひとり暮らしは無理だと医者は言った。

「この際、病院を変わると言ってショートステイに移ってもらいましょう。本田さんたちの負担も軽減しないと、家族の方が倒れてしまいますよ」

 ケアマネと伊沢さんは顔を見合わせ頷き合った。

「今まで地域に貢献された本田哲子さんです。安心して暮らしてもらう為に、早くグループホームを見つけますから」

 みんなの親切が幹雄と幸代を力づけた。

 騙したように入れた施設は、おむつや車椅子の入居者が多い介護付き高齢者ホームだった。哲子は看護師気取りで入居者の世話をするのでスタッフから「おじゃま虫」と呼ばれていたらしい。

ショートステイは二カ月利用したが、期間に制限があった。退所してからは訪問ヘルパーと「おたすけクラブ」を頼み、週末は幸代と幹雄が交代で泊まった。

 待ち詫びたグループホームが見つかったのは桜が咲き始めた三月終わりのことだった。やっと四月から入所できる運びになった。これで火の元や徘徊の心配はなくなるし、急に病気になっても看てもらえる。幹雄は心から安堵した。

 幹雄の家に引き取られ、一の宮市民(犬)になったサニーに白内障が見つかり、医者通いしている。

「サニー、哲子姉さんのお見舞いに一緒に行くか」

 幹雄の膝に乗り、サニーは飼い主の手をぺろぺろと舐めた。 

                     了                                   

  










      哲子とサニー

 

             山本栧子
















明後日は立秋だというのに、気温は朝から二十七度だった。今日も猛暑日になるだろう。

本田幹雄は妻の幸代と一緒に尾張一の宮市の自宅を八時に出発し、富山へ向かった。墓参りのためである。実家の両親はすでに他界し、姉が一人いる。お盆を避けたので、東海北陸自動車道は渋滞もなく、予定通り午後一時前に着いた。

玄関のドアを開けた瞬間、なにかが腐敗したような、強烈な悪臭が鼻を突いた。

「わぁ、何だよ、この臭いは。哲子(さとこ)姉さんいるの?」

 幹雄は玄関で声を張り上げた。

幹雄より八歳年上の哲子は七十六歳になる。独身を通し、総合病院の看護師を定年まで勤めた。退職後は中学校の保健室に勤務し、民生委員も務めた。今はシーズー犬のサニ―と暮らしている。 

郵便受けにはハガキやダイレクトメールが溜まり、玄関の鉢物は枯れていた。

幸代が素早く入って、廊下の窓を開け始めた。エアコンをつけているからか、真夏なのに締め切っている。幹雄はトイレ、風呂場と窓を開けて風を通した。奥から哲子が出てきた。

「誰かと思ったら、幹雄け、何しにきたが?」

「昨日、墓参りに行くと電話しただろう」

「そうだったっけ」

首を傾げる哲子は少し痩せたように見えた。彼女の後ろから、サニーが付いてきて冴えない声で吠えた。今日はいつもの元気がない。賢くて運動好きな小型犬だが、不機嫌そうな顔である。

「ひどい臭いだね。気持ち悪くならないの?」

 幹雄には耐えがたい臭いなのだ。サニ―が哲子の足元に纏わりついている。白い犬の毛が哲子のスカートに幾筋も付いていた。幹雄が居間のガラス戸を開け放すと、強い日差しが差し込んだ。

「いったいなんの臭いなの」

幸代は原因が特定できず、嫌悪感を滲ませた。

しばらくおもちゃの骨で遊んでいたサニ―は、部屋の隅のバスタオルに寝そべった。幹雄は部屋中を眺め回した。2LDK平屋建ての家は、哲子が総合病院を退職した十五年前に建てた。バリアフリーの住みやすい間取りとなっている。新築のお披露目がついこの間のような気がした。ソファに座ってテレビの旅番組を観ている哲子の顔色を窺うように話しかけた。

「姉さん、体の調子はどう? サニ―の食事や散歩はさせているの。元気ないように見えるけど」

「大丈夫だよ」

 子供みたいに溺愛していたのに、あまり気にかけていないようだ。サニ―は見るからに毛並みが悪かった。おそらく風呂にも入れず、ブラッシングもしていないのだろう。悪臭の源はサニ―に違いなかった。

「昼ご飯は食べたの?」

「昼ご飯? 食べてない」

「まだなら、幸代になにか作ってもらおう。それから母さんの墓参りに行こう」

 幹雄はキッチンをかたずけている幸代に頼んだ。

「姉さんに簡単な昼ご飯作ってあげてよ」

幹雄はサニ―の器に新しい水を入れ、ドックフードを与えた。頭を撫でようと思ったが、臭くて出した手をあわてて引っ込めた。

犬の抜け毛やほこりが溜まり、毎日掃除をしているとはとても思えない。

半年前に来た時より、だいぶん基本的な生活力が落ちている。物忘れがひどいくらいに軽く考えていたが、問題は深刻な状況なのかも知れない。

幸代が冷やし素麺と土産に持参した守口漬けとを居間のテーブルに並べた。

「いただきます」哲子は嬉しげに箸を持ち、守口漬けをこりこりと食べた。

「サニ―臭いね。いつ風呂に入れたのよ」

「いつだったかな。ペットショップでシャンプーしてもらったがやけど」

素麺に気を取られ、哲子の答えは曖昧だった。言葉が記憶と乖離して、ただ意識の上を滑っていくようである。

幸代が呼んだので、幹雄はキッチンへいった。

「冷蔵庫の中、納豆と漬物しかないわ。野菜は腐っているし、焦げ付いた鍋が三つもあるのよ。お義姉さん、ガス消すのを忘れるのね」

「危ないなあ。サニ―の面倒も看れなくなっている。それにこの臭いは我慢できないよ」

「窓を開けても消えないね。閉め切っていたから、犬の臭いが床やカーテンにも染みついているんじゃない。

お義姉さんは軽い認知症かも知れない。一人で話し相手もいないから」幸代は心配そうに眉をひそめた。

「困ったな、何を訊いても要領を得ないし」

「かかりつけのお医者さんはないのかしら。引き出しに薬がないか、探してみるわ」

哲子は食べ終わったところだった。

「食後に薬は飲まなくていいの?」

「朝だけ飲むよ」

「どこの医者にかかっているの?」

哲子はあそこ、あそこと言い、外を指差した。

 幸代が引き出しから薬袋を見つけた。薬が少し残っている。薬袋に医院名と電話番号が記されていた。土曜日は午後一時までとなっている。日付は約二カ月前で、毎日飲んでいるのか怪しかった。

「月曜日に医者へ問い合わせてみよう。とりあえず墓参りをしてきてから、隣の家に気付いたことがないか訊いてみるよ」

 幸代は食べ終わった食器を手早く片付けた。

「お義姉さん、着替えて行きましょう」

「着替えてどこへ行くが」

「墓参りだよ」

墓参り、と言ったのは三回目のはずだ。

 哲子が着替えてきた紺の長袖は暑苦しく見える。

「長袖は暑いから、半袖の方がいいですよ」

 幸代は哲子の部屋から半袖のブラウスを取ってきて着替えを手伝った。呼ぶと尻尾を振ってきたサニーを、哲子は抱き上げた。

「サニ―は置いて行こう。すぐ帰って来るから」

 幸代が戸締りをしている。幹雄は哲子を車の後部座席に乗せた。

墓は車で十分もかからない菩提寺にある。開祖は室町時代という浄土真宗の寺である。静寂の中、杉の大木が濃い陰を落としていた。駐車場には車はなく、エンジンの音に気付いて、寺務所から黒い作務衣姿の若住職が出てきた。

「若はん、権現(ごんげ)はんはお元気ですか」

哲子が大声で訊く。権現はんとは住職のことをいう。哲子が訊いたのは若住職の父親だった。

「父は三年前に亡くなりました」

 忘れたのか、と住職は怪訝な顔をした。

 墓地から東の空に青い立山連峰が張り絵のようにくっきり見えた。故郷の変わらない雄大な風景だ。幹雄が蝋燭と線香に火を点けた。若住職のお経が流れると、哲子はナンマンダブと手を合わせ、(こうべ)を垂れた。

父は幹雄が十二歳のときに、母は三十一歳の時に他界した。墓参りを済ませ、いつもなら心が晴々するところだが、今日はなんだか気が重い。車で家に帰る途中、幸代が話しかけた。

「あなた、これからどうしますか?」

「帰ったら隣の家に訊いてみる。あんたはペットショプを調べてシャンプーを予約してくれ」

哲子の家へ入ると、またあの悪臭が襲ってきた。息を殺して急いで家じゅうの窓を開け放す。

幹雄は隣家の須藤さんを訪ねた。

「隣の本田哲子の弟です。いつも姉がお世話になっています」

「県外におられる弟さんですか」

 六十歳ほどの奥さんが親しげに笑顔を見せた。墓参りに帰省したと告げ、最近の哲子の様子を尋ねた。

「犬と散歩したり、車にワンちゃんを乗せて出かけられたけど、最近お見かけしませんよ。ゴミの掃除当番を忘れるとか、回覧板が本田さんのところで止まっていると苦情が出ています」

須藤さんは言い難そうに教えてくれた。

「すみません。他にもご迷惑かけていることありませんか。最近もの忘れが多いようです」

民生委員の名前と電話番号を教えてもらい、幹雄は今後ともよろしくと頭を下げた。

 家では、幸代が風呂場の掃除をしていた。

「行ってきたよ、民生委員の電話番号を聞いてきたからかけてみる」

「お風呂の掃除が終わったら、お義姉さんにお風呂に入ってもらおうと思って。それからペットショップを調べて電話したら、空きは早くて明日の午後三時だったから予約したわ」

「そうか、ありがとう。今日はビジネスホテルに泊まろう。この臭いじゃ眠れないよ」

風呂掃除を終えた幸代は、一の宮の息子に今日は帰れないと電話した。事情を訊かれたが、詳しいことは帰ってから、と短く切った。

 哲子は入浴を拒んだが、幸代は勧め上手だった。

「一緒に入りましょう。汗かいたから、さっと流すだけでも気持ちいいですよ」

 かたくなな哲子の気持をほぐし、嫌な顔もしないで哲子に接してくれる。

 体を洗ってもらい、キャーキャー言っている哲子の声が風呂場から聞こえてきて、幹雄は子どもの頃、行水した夏の日を思い出した。もう六十年近く前の母の顔がおぼろげに蘇ってきた。

 両親を早く亡くしたから、介護とは無縁だと思っていたのに、突然哲子の遠距離介護に直面するとは思わなかった。しかも、それはまだ始まってもいなくて、これからが問題だった。

 幹雄はスマホで検索して、ホテルを探した。ビジネスホテルを三カ所当たったが、空き部屋がなかった。だが、悪臭にまみれたこの家に泊まる気がしなかった。

二人が風呂に入っている間に、教員だったという民生委員の伊沢さんに電話した。

「突然すみません。私は大町の本田哲子の弟です。久しぶりに帰省しましたら、姉の様子が変わっていまして、日常生活に介助が必要みたいなのです」

「本田さんなら良く存じています。一カ月に一回おひとり様の家を訪問しているのですが、最近物忘れが多いなと心配しておりました」

 声色が温かく、人柄の良さが伝わってくる。

介護のことがまるで分からないと言うと、伊沢さんは哲子の状態を詳しく聴いた。

「まず介護認定を受ける必要がありますね」

最初に市役所の介護保険課に連絡して面接してもらう。家族の同席が必要である。要支援、または要介護の認定を受けたら、ケアマネージャーと相談して受けられる支援を決めるという流れだった。ペットの世話は支援に入らないという。

包括地区センターから介護保険課に連絡してもらうことになった。急なので認定員が月曜日に来てくれるとは限らない。認定員の都合によっては、滞在が長引きそうだが、手際よくことが運びそうで、幹雄は伊沢さんに礼を述べた。

六時前になると、日は緩やかに暮れなずむ。

二人が風呂から上がって、暑いと言いながら冷たい水を飲んだ。幹雄は民生委員から聴いた話を、手短に報告することにした。

「介護保険課から何しに来るの」

 汗を拭きながら哲子が不審そうに訊く。

「買い物とか、料理とか、姉さん一人で大変だろう。誰かお手伝いしてくれる人がいるといいよね」

「一人でできるちゃ」

「できるけど、忘れたりするだろう。片付けとか洗濯を一緒にしてくれる人がいると楽できるよ」

「お手伝いさんを雇うがけ。お金がかかるがやろう」

「お金の心配はいらないんだよ。話だけ聞いてみよう」

 必要ないと言う哲子は呆けているとは思えなかった。頃合いを見て、幸代は立ち上がった。

「これからカーテンやシーツを洗濯しようと思うの。あなた、レースのカーテン外してもらえる。お義姉さん、夕飯に食べたいものありますか」 

「ラーメンがいい」

「暑いのに熱いラーメンかい? 冷し中華にしたら」

姉と弟がもめているのを見て、幸代は頬をゆるめた。哲子の部屋でシーツと枕カバーを取り換え、散らばった汚れ物を集め、まとめて洗濯機に入れた。幹雄はレースのカーテンを外した。厚手のカーテンはやめにした。洗濯の所要時間は四十五分と赤いランプが点いた。

「姉さんにラーメンを注文して、俺たちはどうする?」

「出前を取るの? それまでに洗濯も終わるから、お義姉さんが食べ終わったら、ホテルへ行きましょう。疲れたわ」

「ごめん、ホテル空いてなかったんだ。でもここで泊まりたくないよ。臭くて頭が痛くなってきた」

「困ったね。仕方ないから、除菌消臭スプレーと芳香剤、たくさん買ってきてよ。それと弁当を三つ」

「分かった。ほかに必要なものはないか」

「明日のパンと牛乳もいるね。奥の部屋を掃除して。思いっきりスプレーして臭いを消すしかないでしょ」

「俺は車で寝る。暑い時だから、一晩ぐらい大丈夫だ」

 そう言い捨てて、幹雄は買い物に出かけた。

夕食は鮭弁当とインスタントラーメンを食べた。悪臭の中では、味もなにもあったものじゃない。幹雄は缶ビールを二本飲んだ。

哲子はテレビを観ながらあくびをした。

「姉さん、サニ―を外でおしっこさせてきてよ」

「あんたさせてきて」

「嫌だよ。臭いから。サニ―は姉さんと行きたがってるよ」

「そうかな。サニ―、散歩にいこう」

散歩と聞いて、サニ―は尻尾をせわしなく振る。外はもう暗いので、幹雄も哲子に付いて行った。

帰ってから幹雄は壁やふすまや天井にも消臭スプレーを吹き付け、全ての部屋の隅に脱臭剤を置いた。幸代は奥の部屋をお湯で拭くと汗だくになり、「入浴した甲斐がないわ」とこぼした。鼻も麻痺してきたのか、少しは臭いが薄らいだような気がした。

九時になると哲子が寝室へ引き上げたので、幹雄は段ボールにサニ―を入れてベランダに出した。

「一日だけ我慢しろよ」

 サニ―の目を見ないで言い訳をした。

 幸代がエアコンをつけ、窓を開けっ放しにして布団を敷いた。熱帯夜で寝苦しそうだ。ともかく今日はよくやった。

「お疲れさん。ありがとう、助かった。明日、サニ―のシャンプーは俺が連れて行く」

「午前中、いっしょに買い物しませんか。ひとりのときはお義姉さんがガスは使わないように、お惣菜を作っておこうと思って。ガスの元栓を締めておくほうがいいでしょう」

「車にも乗らないように、キーを隠しておくよ。友達の親が車で迷子になって県境までいったと聞いたことあるから」

「心配しだしたら切りがないけど、ケアマネさんや民生委員に相談すればなんとかなりますよ」

 幸代は楽観的に言い、電気を消した。車で寝るつもりなのに布団を敷いてくれたので横になったが、幹雄はなかなか寝付けなかった。

父は薬品会社の部長だったが、癌で亡くなった。裕福な家に生まれた母は上品な人だった。それまで経済的な苦労はなかっただろうに、父の会社の下請けに就職して、朝早く仕事に行った。哲子は看護師になったばかりだったが、給料を母に渡し、幹雄を大学まで出してくれた。還暦を過ぎたころ母は肝臓を悪くして、哲子の病院に入院していた。母の最期を看てくれたのも哲子だった。責任感が強く家族思いで、母の自慢の娘だった哲子が、認知症かもしれないとは、まだ信じ難かった。たとえ症状が進んでも、哲子には最後まで尊厳を持って生きてほしいと思った。


翌朝、幹雄は庭に出てストレッチ体操をして、深呼吸した。鳥の囀りが青空に吸い込まれていく。

パンを焼く香ばしい匂いが立ち込める頃、哲子が起きてきた。

「おはよう。よく眠れた? コーヒー飲む?」

幹雄が庭にいるので、哲子は少し驚いたようだ。

「あれっ、あんたたち昨日からいたよね」

「午後からサニ―をシャンプーに連れて行こうと思って、泊まったんだよ。姉さんも一緒に行く?」

「行くちゃ」

哲子はベランダのサニーにおはようと言った。

「お義姉さん、パン焼きましたけど食べますか」

「食べまぁす。ハムエッグもお願いね」

 哲子は食欲旺盛だ。 

幸代は昨夜洗ったシーツなどを日当たりのいい場所に干した。幹雄は家中に掃除機をかけることにした。居間は特に念入りにテレビの裏側からソファの上までかけ、哲子の部屋は隅々まで手を抜かなかった。幸代が居間の床を拭いた。窓を開けているときはまだいいが、閉めると悪臭はたちまち息を吹き返してくるのだ。

「姉さん、家の権利書とか通帳や実印はどこに置いているの。きちんと保管している? 誰にでも見せたり、預けたりしたらだめだよ」

「はい。クローゼットの中の金庫に入れている」

「自分で管理できないと思ったときは、僕に相談してね」 

 哲子が理解しているかどうかは分からなかった。

 幹雄と幸代は午前中スーパーで買い物をした。幸代は作る予定の献立を書き出してきていた。

 きんぴら、胡麻和え、根菜の煮物、卵焼き、ハンバーグ、ポテトサラダ、ひじき、おひたし。普通の惣菜だが、これが一番飽きないのである。

幸代は野菜を刻み、湯がき、芋を茹でて潰し、胡麻をすって和えた。おいしそうな匂いをさせ、楽しそうに三時間もかけて作った。出来立てをテーブルに並べ、哲子に見せた。哲子の健康と安全を願って作ってくれた惣菜は、色鮮やかだった。

「小分けして冷凍室に入れておきますから、食べる分だけ電子レンジでチーンしてくださいね」

「こんなにたくさん作って、幸ちゃんすごいね。味見していい?」

 哲子と幸代の会話がほほえましい。幹雄が高校生のころ、哲子が弁当を作ってくれた。お菜は卵焼きと塩鮭だけの日の丸弁当だった。そんな記憶はもうないだろう哲子が愛おしく、切ない思いがせり上がってきた。

「さあ、おかずも出来たし、昼ご飯にしようか」

 幹雄が皿を並べると、哲子は卵焼きを一切れつまんで口に入れた。

 午後三時の予約に合わせ、幹雄と哲子はペットショップへ向かった。サニーは後部座席の段ボール箱の中に鎮座している。

かつては田んぼが広がっていた所に、食品スーパーや百円ショップ、本屋、洋品店や飲食店が並ぶショッピングモールが出来ていた。広い駐車場はいっぱいだ。

 ペットショップのウインドーには精気のない子犬や子猫たちが新しい飼い主を待っていた。

犬猫のかわいい服や何十種類のシャンプー、消臭スプレー、ドッグフードや缶詰、首輪や布団まで様々なグッズも販売している。

「子犬は六カ月を過ぎても売れなかったら、処分されるのです」

 低い話し声が聞こえた。

「お待たせしました。こちらのシーズー犬ですね」

 トリマーらしき白衣の若い女性が、申込書に住所氏名の記載を求めた。幹雄が記入した。

「では、二時間したらおいでください」

 白衣の女性はサニーを連れて奥へ行った。

「二時間あるから、お茶でも飲もうか。姉さんの欲しいものがあれば買いに行ってもいいよ」

アイスコーヒーを飲みたいと言うので、喫茶店に入った。BGMのピアノ曲が流れる店内に三組の客がいた。席に座り、アイスコーヒーとチーズケーキを注文した。哲子と二人で喫茶店に入ったのは初めてだった。

幹雄はペットショップのパンフレットを見ながら、飼い主が健康でないと、ペットを飼うのは無理だと改めて思う。

「ケンネルとは『犬小屋』という意味だそうだよ。犬はケンと読むし、寝る場所だからケンネルなのか」

我ながら下手な駄洒落だ。哲子がケーキをおいしそうに頬張っている。

「サニ―を飼って何年になるの?」

「何年かなぁ」

 哲子は考えるしぐさを見せた。言葉は鸚鵡(おうむ)返しで、感情がこもっていないことに気付く。

「一日のスケジュールは決めているの?」

「スケジュールって?」

「毎日することだよ。これからもサニ―の世話やってよ。ときどきシャンプーしたり、毎日散歩させてやらないとだめなんだよ」

「やれると思うけど」

「姉さんは年取ったらどうしたいの? 家にヘルパーに来てもらうか、デイサービスへ行くとか」

「家にいたい」

 姉にとっては、なにひとつ変わったことはなく、今までどおり家で生活できると思っている。

「そろそろサニ―を迎えに行こうか」

「サニ―は家におるよ」

「さっきシャンプーに連れて行っただろう」

「……そうだったね」

 会話は嚙み合っているのだろうか。自信がない幹雄は喫茶店のドアをゆっくり押した。

 ペットショップで気になることを言われた。

「サニ―は皮膚病にかかっています。円形脱毛があるので、獣医に見せた方がいいですよ」

不潔なのと、栄養失調からだろう。言葉を持たないペットが憐れだった。


 月曜日の朝、哲子を病院へ連れて行った。清潔で明るい待合室に数人の患者がいた。哲子は受付嬢と親しげに話している。

哲子が診察を終えたあと、幹雄はひとりで医師と面談した。幹雄よりかなり若い医師は、看護師だった哲子と懇意だったと言い、親身に聴いてくれた。

「姉は物忘れがひどく、ガスの取り扱いが心配です。食事したのを忘れたり、掃除、洗濯、入浴など日常の段取りができなくなっています」

「ご飯を食べたのを忘れるのは認知症ですね。認知症は臭覚が衰えるのですよ。進行を遅らせる薬を出しましょう」

医師は「まだお若いのに」と小声で言い添えた。

午後、市役所から介護認定に来てくれることになった。包括支援センターのケアマネージャーが強く要請してくれたお蔭だった。

 認定員とケアマネは四十歳前後の女性たちで、二人は和顔で自己紹介した。ケアマネは民生委員だった哲子とは顔見知りだった。

「臭いがひどくて。これでも大分薄くなったのですが」

 幸代が言い訳するように微笑した。

「なんの臭いですか」

「動物や生ごみだと思います」

居間のソファに座っている哲子の前で、認定員がにこやかに問診を始めた。

「こんにちは。本田さん、少しお話聞かせて下さい。お名前と生年月日お願いします」

「本田哲子。昭和十七年二月二十七日生まれ」

 今日は何年の何月何日ですか。何曜日ですか。体の痛いところはないですか。食事や入浴に困ったことはないですか。鍋を焦がしたことはないですか。薬を飲み忘れたことはないですか。認定員はゆっくり質問していく。哲子はひとりでできます、忘れたことはありません、とためらわず答えた。

「お昼ご飯は何を食べられたが?」

「まだ食べていません」

「さっき食べたでしょ」

 おもわず幸代が言葉をはさんだ。

サニ―が哲子の足元で寝そべっている。 

「ワンちゃんかわいいですね、何犬ですか」

「スージー犬です」

「散歩はいつ行かれるの」

「……」

「これからご家族にお聞きしますけど、困っていることありますか」

「はい。あちらでお茶を飲みながらお話ししてもいいですか。伊沢さんとケアマネさんもどうぞ」

 幹雄は哲子の聞こえないところで話したかった。幸代が哲子に緑茶と羊羹を勧めている。

「家の臭い、ひどいでしょう。今一番心配なのは火の取り扱いです。焦げた鍋が三個もありました。物忘れがひどくて、ご飯を食べたか、薬を飲んだかを忘れることがあります。それに犬の世話が出来なくなっているので、臭いし不潔なんですよ。昨日ペットショップで皮膚病に罹っているといわれました」

「ご飯を食べたのを忘れるのは、認知症でかなり重度です。寝たきりの方より始末が悪いのですよ。    とりあえず訪問ヘルパーさんに来てもらうことにしてはどうでしょう、ケアマネさんはどう思われますか」

認定員がケアマネの意見を求めた。

「ヘルパーさんにペットの世話は頼めません。犬は手放すしかないかも知れないね。一人の時は火を使わないようにして、デイサービスも組み合わせるといいと思います」

「デイサービスへいくときは、本人が納得しないと難しいし、軽い認知症なら誰かの支援があれば、家でも安全に過ごせます」

「慣れてきたら、デイサービスも使いましょう。介護認定が下りるまで一カ月かかるのですが、明日から介護支援は使えます。最初は週二回、二時間ずつ来てもらうということで」

 週二回では足りないような気がした。

「ひとりで外出して迷子になったりする場合もありますから、認知症の場合はグループホームに入って、見守りの介護士のもとで普通の生活をするのが安全だし、ご本人のためになると思いますよ」

 伊沢さんが細かく説明をしてくれる。

 グループホームは約十人の集団生活で、能力に応じて家事の手伝いもする。庭で花を育てたり、犬と遊んだり散歩することが出来る。介護施設とは大きく違うことが分かった。介護のプロでも認知症患者ひとりひとりが違うので、対策も簡単には決められないようだ。

伊沢さんの言うように、グループホームがふさわしいと思われた。

「私たちは今夜、一の宮へ帰ろうと思っています。妻がおかずを一週間分作って、冷凍しておきました。火を使わないようにと思って」

 訪問介護の曜日と時間については、あとからケアマネが連絡してくれることになった。

「ガスは止めるとして、忘れることが多い初期の段階なので、様子を見ましょう。私も頻繁に訪問します。デイサービスやショートステイの施設も見学なさってはどうですか」

ケアマネが(すす)めてくれた。一時間あまりで面接は終わり、相談員たちが帰ったあと、幸代が真剣な顔で切り出した。

「あなた、私ここに一週間泊まろうと思うの。知らないヘルパーさんが来たら、お義姉さんはパニックになると思う。明日サニ―をお義姉さんの車で病院へ連れて行くわ」

「それは助かるけど」

母親を心筋梗塞で亡くした幸代は、母親にできなかった介護を義姉にしてくれるのか。幸代にそんなに負担をかけてもいいのかと、幹雄は言葉に詰まる。

「あなたは仕事があるし、私にできることはやるつもり。でも、これからサニ―はどうするの」

「貰ってくれる人は見つからないだろうな。子犬だって売れ残ったら、処分されるらしい。飼い主が病気になったら、保健所に連れて行くことになる」

しかし、サニ―を見殺しにする勇気はない。

「うちで引き取るにしても、息子の家族に相談しないとだめだ。子供たちの協力は不可欠だよ」

 ペットを最期まで看取るのは当然だが、飼い主も六十五歳を過ぎると明日は分からない。声をひそめて話していると、哲子がキッチンへ来た。

「なんの話しとるが」

「お義姉さん、サニ―が病気なんだって。明日お医者さんへ連れて行こうね。いつもどこの病院で予防注射しているの?」

「えーっと、あそこ、あそこ」

 またしても要領を得ない。

「私、しばらくお義姉さんと一緒に住んでもいい?」

 幸代が哲子の手を取り、顔を覗き込んだ。

「うん、いいよ」

 子供の様に甘えた哲子の声だった。

 迷った末、幹雄はひとりで帰ることにした。五時半に出発すれば十時過ぎには着けるだろう、と腕時計を見て深いため息をついた。

一の宮に帰った翌日、幹雄は息子夫婦に犬のことを相談した。

「哲子伯母さんが認知症になったんだよ。伯母さんは施設に入れ(はい)ても、犬は行くところがないんだ。サニーはもうお婆さんだけど、お前たちが協力してくれるならうちに引き取ろうと思う」

「伯母さんの家族だから、最期まで看てやろう」

 息子たちは気持ちよく賛成してくれた。

幸代からは毎晩八時ごろ電話がかかってきた。

「今日は雨で閉め切っていたから、悪臭がひどかった」

「お義姉さんは日によって違うのよ。分かっている日とぼーっとしている日があって。ヘルパーのやり方にいちいち指図するし、悪臭とお義姉さんのせいで、ヘルパーさんもやりにくそう」

「お義姉さんは看護師だったから、ヘルパーに上から目線なので、嫌われるようです」

幸代もそれがストレスになっているという。

「同居して感じたのは、認知症は普通のことが自主的にできないから、管理してくれる人が必要なの。食事時にひとりにするのは心配だし、犬の世話は無理です。やはり、早くグループホームを見つける必要があるわ」

 同居してみると、新たな問題点が浮き彫りになってきた。自分の老後も考えさせられた。

次の週末、幹雄が哲子の家を訪れると、窓は開け放されていた。居間だけエアコンで程よい温度に保たれていた。

「サニー、元気だったかい」

 幹雄が頭を撫でると、前足でズボンにじゃれついた。哲子はこざっぱりとした服装で、顔色がいい。

「こまめに換気しているのだけど、こんなもんよ」

 室内の臭いは半分ほどに薄れていた。

「お義姉さんは私の言うことはよく聞いてくれますよ。お願いすれば手伝いもしてくれます」

 週二回の訪問ヘルパーには簡単な掃除、洗濯と入浴介助を頼むことにした。訪問介護だけでは料理まで手が回らない。

「お義姉さんが勤めていた病院に『おたすけクラブ』という互助会があるそうなの。ヘルパーの来ない日は料理とか犬の散歩も頼めるから、使ってみるのもいいと思う。入れ替わり新しい人が来る不安もあるけどね」

「使えるものは何でも使ってみよう。そのうちいい方法が見つかるかもしれない」

 それから幹雄と幸代は定期的に哲子の家へ通った。幸代が単身、高速バスで行くこともあった。サニーのことも心配だったのである。


大陸の寒波が南下して、急に寒さが増した十二月中旬の土曜日。昼ごろ幹雄の携帯が鳴った。

「ケアマネの高畠です。本田さんが腹痛と嘔吐で、さきほど入院されました。腸閉塞の疑いがあるので、今日来ていただけますか」

 ヘルパーが見つけ、救急車で運ばれたというのだ。幹雄は冷静に受け止めた。いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。今度こそ、サニーを連れてくることになるだろう。

「入院は長引くかもね。私は退院されるまで向うにいますから、着替えを多く持っていくね」

 すぐに息子に状況を説明してから、二人は車で富山へ向かった。

 幸い手術は避けられ、哲子の容態は徐々に回復したが、退院後のひとり暮らしは無理だと医者は言った。

「この際、病院を変わると言ってショートステイに移ってもらいましょう。本田さんたちの負担も軽減しないと、家族の方が倒れてしまいますよ」

 ケアマネと伊沢さんは顔を見合わせ頷き合った。

「今まで地域に貢献された本田哲子さんです。安心して暮らしてもらう為に、早くグループホームを見つけますから」

 みんなの親切が幹雄と幸代を力づけた。

 騙したように入れた施設は、おむつや車椅子の入居者が多い介護付き高齢者ホームだった。哲子は看護師気取りで入居者の世話をするのでスタッフから「おじゃま虫」と呼ばれていたらしい。

ショートステイは二カ月利用したが、期間に制限があった。退所してからは訪問ヘルパーと「おたすけクラブ」を頼み、週末は幸代と幹雄が交代で泊まった。

待ち詫びたグループホームが見つかったのは桜が見ごろの三月終わりのことだった。やっと四月から入所できる運びになった。これで火や徘徊の心配はなくなるし、急に病気になっても看てもらえる。幹雄は心から安堵した。

幹雄の家に引き取られ、一の宮市民(犬)になったサニーに白内障が見つかり、医者通いしている。

「サニー、哲子姉さんのお見舞いに一緒に行くか」

 幹雄の膝に乗り、サニーは飼い主の手をぺろぺろと舐めた。 

                     了                                   


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