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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

短編集

好奇心が尽きないもので

作者: 影都 千虎
掲載日:2019/01/21

 グツグツと鍋の中の液体が沸騰を始めた。

 そろそろ頃合いだろう。

 私は冷蔵庫から、『世界一凶悪な毒』として名高いドラゴンの毒袋を取り出し、それをぼちゃんと鍋の中に放り込んだ。


「ふふ……ふひッ……ヒヒヒ……」


 自分でもドン引きするぐらい気持ち悪い笑いが漏れた。でもまあ、仕方がない。だってドラゴンの毒袋の毒性を試す日が来るなんて思ってもみなかった。夢みたいだ。

 勘違いしないでもらいたいが、私の仕事は薬を作ることだ。毒を作ることではない。

 ただまぁ解毒剤を作る場合、どうしても出来上がったものがどの程度の毒になら効果があるのか知っておく必要があるから、こうして毒を作ることもあるのだ。それに、毒のメカニズムを知ることでより良い解毒剤を作ることにも繋がる。

 さて、毒袋が溶けたから毒の方は完成だ。火を消して液体が冷めたら、あとはこれを()()()()()だけだが……流石に、日常的に毒を摂取してある程度の耐性がある私でも、何の備えもなしにこれを飲んだら間違い無く死ぬだろうな。それはなんというか、勿体無い。これを乗り越えたら、もっといい最凶の毒に出会えるかもしれない。そう考えるとオチオチ死んでも居られん。


「とは言え、私はまだコイツの毒を解析してないわけである」


 そして、解析のためには飲むのが手っ取り早い。

 うん、ならばここは手持ちの解毒剤を試してみつつ、もしもの時は医術師になんとかしてもらうしかないよな。

 そうと決まれば早速電話だな。とはいえ、連絡するのは医術師ではない。私はアイツらのことがあまり好きではないのでな。


「もしもし? ああ、私だ。君の大好きな愛すべき私だ。何の用だって? 決まってるじゃないか、今からちょっと実験をするんだ。やる前に連絡しろって言ったのは君だろう? で、だ、もしものときは宜しく頼むよ! じゃ!」


 受話器の向こう側では叫び声にも似た怒号が聞こえていたが、無視して私は電話を切った。これからだってのに気分を害されたくはないからね。そういった説教は何かあった時に、終わった後で宜しく頼むよ。

 さぁって、液体も冷めたことだしそろそろ飲もうか。とはいえ、鍋ごと直で行くのは流石にマナーが宜しくないので試験管に移していく。太い試験管十本分になった内の一本を持って大きく深呼吸。


 飲むぞー!


 心の中で叫ぶと、私は試験管を口へ運んで、中の液体をグイッと一気に傾けた。だがすぐには飲み込まない。せっかくの毒、じっくりと味わわなければ損だ。


「んん……」


 液体を口の中に入れてまず感じたのは、上質な肉を焼いたものに思い切り噛り付いた時の肉汁のような旨味だった。なんだこれ、めちゃくちゃ美味い。毒だとわかっていても何度でも飲んでしまいたくなりそうだ。

 口の中に含んでいるだけでは痺れのような異変は感じない。飲み込んでからでないと効果が出ないのなら誤飲する可能性が高いなぁ。美味いし。

 しばらく口の中に含んで旨味を堪能していたが、一向に何かが起こる気配がなかったので直ちに飲み込んだ。口の中にずっと液体があるってのも辛いものがあるよね。


「あとは飲んでからどのくらいで効果が出るか──」


 時間を計ろうとタイマーに手を出した瞬間、私の身体はガクンと揺れて床に倒れ込んだ。超痛い。色んなところをノーガードで強打した。泣きそうだ。だが声が出ない。ついでに身体も動かない。あっちゃー、即効性の毒だったか。

 まあ、声が出なくて動けない程度なら死ぬことはなさそうだし大丈夫だな。じゃあ、何か起こるまでゆっくり考察タイムだ。

 まず、ドラゴンが何を目的としてこの毒を持っているかだけど、まあ、どんな相手でも楽に狩りを行う為だろう。ドラゴンにもなればある程度の獲物はすぐにお口へイン出来るだろうが、獲物が動かないんだったらそれに越したことはない。私だって、動くものを食べるよりは動かないものを食べたい。そちらの方が遥かに楽だ。

 この毒をどうやって獲物に仕込むかは分からないが、油断させて飲ませることも視野に入れているだろう。だってこんなに美味しいし。肉の旨味ってところがまたミソだ。肉食の獲物をホイホイ狩れるかもしれない。

 次に、毒を喰らった獲物をどうやって処理してドラゴンが捕食するか、だ。

 ドラゴンがこの毒の耐性を持っているのか、或いはドラゴンの内臓に解毒できる何かがあるのか。後者であればドラゴンをもう少し調べれば解毒剤を作れるだろうな。前者の場合はこの毒から解毒剤を作らなきゃいけないわけだ。とすると、私は何度もこの毒を加工した毒を飲み続けるわけで、それはそれで良いのかもしれない。

 あと考えられる可能性としては──


「──ッが、はッ!?」


 急に身体が動くようになったかと思えば、私の身体は突然咳き込んで真っ赤な血を吐き出した。そして第二波がやってくる。


「ッぐ、ゲホッ、ゲホッ……」


 パタパタと真っ赤な血が溢れていく。

 ああ、なるほど、こうやって吐血させて獲物自ら毒を抜くわけだ。限界まで毒に侵された血を吐き出せば安全に食えるだろう。

 となるとこれ以上は危険だな。のんびり血を吐き続けていれば私が死んでしまう。とりあえず手持ちの解毒剤を片っ端から試してみて、どんなもんか様子を見よう。

 ああ、私としたことが、興奮のあまり解毒剤を出しておくのを忘れていたな。まあ良いさ。どうせおんなじ室内だ。かなり急を要する訳でもないし、同じ室内なら間に合わないなんてことはないさ。

 幸いにして動くようになった身体を持ち上げて、解毒剤をストックしてある棚へと向かおうとした。


「ぐッ、ぷ」


 のだが、これまでとは比べ物にならない程の強烈な吐き気に襲われて私は動きを止めた。そして、今までの倍以上の量の血を思いっ切り吐き出した。

──はは、動いたら倍以上の速度で死に至るとは恐れ入った。

 しかし困ったな。動けないとなると、本当にこのまま死ぬのを待つしかないじゃないか。いや、吐くのを我慢して棚まで辿り着ければ解毒剤を試すぐらいのことは出来るかな? じゃあ、あともう一回だけ動いてみるか。

 などと考えていたのだが、私は結局動くことができなかった。

 ぐにゃりと歪み点滅を繰り返す視界が急速に血を失い過ぎたことを訴えていて、だからといって為すすべのない私には、気を失うことしかできなかったのだ。



 重たい瞼を開けると、見慣れた天井が視界に入った。この天井は医務室だ。ということは私は生きている。なるほど、親友様が動いてくれたようだな。


「お目覚めか」


 事態が飲み込めて満足している私に冷ややかな声が浴びせられた。声の主は勿論、私の愛すべき親友様だ。


「で、何か言うことはあるか?」

「おっはよー?」


 痛い。無言で殴られた。せめて何か言ってから殴って欲しかったな。

 親友様は「あのなぁ……」と深くため息をつき、私に対して心底呆れたような表情を見せる。お、この表情をしたってことは来るな? しまった、耳栓を用意しておくのを忘れたな。いや、いいか。用意してあるのがバレたら益々長くなるしな。


「確かに、『毒の実験をするときは声を掛けろ』とは言ったが、それは電話で連絡したらオッケーって意味じゃねぇんだよ。万が一のことがあるから、何が起きてもすぐに対応できるように立合わせろって意味なんだよ。ってこれ前にも同じこと言ったよな? 何度言えば分かってくれるんだ? 確かに、連絡するようになっただけ大きな進歩だけど違うだろ、そうじゃないだろ。今回だって俺が間に合わなかったらどうしてたんだよ。部屋の中血塗れで大惨事だったんだぞ。その中で血に沈むお前を見たとき、どんだけ肝を冷やしたことが……あとちょっと遅ければお前死んでたぞ。っていうか、俺が行ったとき既に死にかけてたの分かってんのか。いや、死に掛けるの分かってて毒飲んでるんだよなお前、うん、知ってる。でも流石に死んだらダメだろ。お前だって蘇生薬は作ってないんだし……いやいやいや、蘇生薬を作ったら死んでもいいって意味じゃねぇからな、『その手があったか!』って顔してんじゃねぇよ怒られてんの分かってんのか! お前いい加減反省しろ! そんでもって毎回心配させられるこっちの身にもなれよいい加減胃に穴が空くわ! ……胃薬? ありがとう……じゃ、なくて! お前が問題行動減らせば胃薬も必要ねぇんだよ、お前の胃薬めちゃくちゃ効くけどそれよりもなによりもお前の行動がだなぁ!」


 いつもながら長いなぁ。よくもまぁ、そんなお説教の言葉がツラツラと出てくるもんだ。相槌を打つのもいい加減疲れてきた。でも、何の反応もしないでいると余計に怒られるしなぁ。ああ、難儀だ。

 しかしまぁ、私がこうして何度も実験を重ねているのは親友様が原因でもある。だって、毎回毎回勝手に死のうとしている私をしっかり助けてくれちゃうんだから。ダメだろう、それは。助かるんだったら何度でも試すさ。まだまだ私の知らないものは沢山あるからね。世界の大半を知り尽くすまでは私は懲りずに実験をするだろうよ。

 私一つの命で色んなことを知れるんだ。安いもんだろう?


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