第九話 受け継がれし生徒会室
学校が再開し、ティファニーとナタリアが編入して数日が経過した。
スタイルの良い美人留学生が二人ともなれば、それはもう学校中がウワサになるのも無理はなかったが、今はそれもすっかり鳴りを潜めている。
意外なことに二人を部活に誘う声は殆どなかった。
てっきり放課後や休み時間あたりに勧誘の嵐となるだろうと思ってたのだが、どうやら事情は少し予想と違っていたらしい。
原因は先日の神隠し事件こと異世界召喚事件だ。
隣のクラスには、運動部のエース的な存在もチラホラいたらしい。それによる影響は決して小さくなかったようだ。
戦力の低下。大事な仲間が消えたことによる意識の揺らぎ。保護者たちの心配する声や苦情などの増加。聞いた話によると、練習試合や遠征がキャンセルされる事態も増えているとか。
事件の起きた学校と関わりたくないということだろうか。それならそれで気持ちは分からなくもないけど。
とにかくまぁ、そういうことが相まってか、ここ数日で活動を自粛することを決めた部活が増えている。言い方は悪いかもしれないが、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていようということだろう。
ところがそれで収まるほど事態は甘くなかった。
そうなったらなったで騒いでいるのが、三年生の先輩たちである。
狙っていた部活の結果が出せず、大学へのスポーツ推薦が危うくなったという人がそれなりにいるらしいのだ。
そしてその話に戦慄する声も大きい。何故なら他人事ではないからだ。来年以降もこの影響が続かないとは決して限らないのだから。
そんなこんなで、各部活はてんやわんや状態となっている。ティファニーやナタリアを部活に誘う余裕などないのが現状であった。
加えて、二人の生徒会入りが決定したことも、立派な後押しとなったようだ。
なんとなく予想はしていたよ、という声も意外と多く、そこについては少しばかり驚いている。
勿論、納得いかないと抗議する声もあった。是非とも我が部へと勧誘する声も、全くないワケではなかった。
しかしその都度、勧誘者は見事撃沈されていた。
――アキ君と一緒が良いから遠慮するね。
――ゴメンなさい。私もアキヒロさんと一緒にいたいんです。
そんな二人の断り文句によって。
どうしてあんなイケメンでもなんでもないモブキャラ野郎なんかが――という憎悪を込めた声がチラホラと聞こえてきたのだが、とりあえず気にしないでおくのが良いだろうと思っている。
そして、そんな足掻きに等しい勧誘の声も完全に消えた。
何故ならば――
「本日より、沢倉秋宏を生徒会長とした、新生徒会が発足されます」
全校集会にて、正式に発表された。俺たちは風戸先輩たちの後を継いだのだ。
他のメンバーはルクト、松永、ティファニー、ナタリア。お決まりの五人が揃ってくれて、今となっては正直良かったと思っている。
実を言うと、生徒会入りしたいという二年生が、ここ数日前から来ていた。
我こそはと言わんばかりに猛烈アピールしてくるというのが基本で、あの風戸先輩ですらドン引きしていたほどである。
押しかけてきた理由もすぐに判明した。簡単に言えば内申稼ぎだ。
部活が活動自粛した影響で、得られるハズの点数を得られなくなった。そこで生徒会入りし、部活の代わりに内申点を得ようと思ったらしい。中にはスポーツ推薦を貰うこと前提でこの学校へ入った人もおり、その人たちはより必死さが垣間見えていた。
無理もない話だろう。一時的とはいえ、自粛が長引く可能性もあり得るのだ。長引けば長引くほど、部活の実績が不利な方向に行くのは確実。だとしたら、他の手段に手を出すというのは当然と言える。
しかしまぁ、どうにも安直すぎるとも言わざるを得ない。
確かに生徒会という立場はとても大きく、得られる点数はそりゃ多いだろうが、その分仕事の量も多い。去年から定期的に風戸先輩を手伝わされてきた俺が言うんだから間違いない。
それでも真面目にやりますと、まっすぐな目で断言してくるのは良いほうだ。中には生徒会メンバーという肩書きだけを欲する者もいたからな。恐らく生徒会にさえ入ってれば、仕事の実績など関係なく、点数が稼げると思ったんだろう。
しかしそれは甘い。そこらのケーキなんかよりも断然甘い。
メンバー入りしたからには、それ相応の仕事はこなしてもらう。誰かに押し付けるなどもってのほかだ。
風戸先輩は特に厳しくしていた。歴代の生徒会も、そこらへんは物凄くしっかりしていたらしい。
生徒会入りを望んでいたヤツらに、風戸先輩は仕事量を緻密な資料とともに熱心に紹介した。生徒会顧問や校長をも巻き込んで、説明会を行った。
そうしたらあっという間にいなくなった。まるで嵐が過ぎ去ったかのように。
これには流石のルクトやナタリアたちも呆然としていたな。あんなにうるさかったのは何だったんだ、という呟きには、俺も同意する。
男女関係なく来ており、またティファニーやナタリア、そしてルクトを狙ってきたのかなと思っていたのだが、そこらへんはあまり関係なかったようである。
「沢倉、そして皆、後はお前たちに任せる」
「はいっ!」
生徒会室での最後の引継ぎ。風戸先輩から告げられた俺は、気合いを込めて力強く返事をした。
この瞬間から、本当の意味で俺が生徒会長となった。
風戸先輩の表情もスッキリとしている。全ての役目を果たし終わった証拠だ。
片手を上げながら、颯爽と生徒会室を出ていく風戸先輩の後ろ姿を、俺は一生忘れない。絶対に忘れてやるもんかと、俺は思った。
そして翌日――いよいよ新体制となった生徒会の仕事がスタートした。
といっても、やることはそんなに変わらない。書類整理をしたり記入をしたり、必要があれば先生に報告する。そして指示を受けて作業に取り組む。
メンバーが総入れ替えしただけとも言えるだろうな。
まぁ、それはともかくとして――。
「承認っと……誰か手空いてる人いる?」
「あ、私空いてるよ」
「じゃあこのポスター貼ってきて。校内の掲示板全部で」
「りょーかい。ついでに期限切れのポスター剥がしてこよっか?」
「頼むわ」
俺は松永に今しがた承認のハンコを押したポスターと、留めるようの画びょうを手渡した。
「あぁ、隣のクラスの保護者たち、動き出したんだ……じゃ、行ってくるね」
ポスターを見て一言呟き、松永は生徒会室を後にした。
神隠し事件の真相を探る会。それが隣のクラスの保護者たちによって設立された団体であった。ポスターの内容もそれを知らせるためのモノだ。
――そもそも本当に神隠しが起きたのか。実は何か隠してるんじゃないのか。
そんな意見が保護者たちの間で広まっているらしい。
まぁ、神隠しなんて現実的とは言えないからな。無理もない話だ。会のタイトルからしても、その気持ちがにじみ出ているのが分かる気がする。
当然このことは先生たちも知っている。それ故なのか、学校内で派手な騒ぎは極力控えるよう、先生から全校生徒に通達された。
もっとも今更な気もするけどな。だって現に部活絡みで生徒たちが騒いでるし。まぁそれでも通達しないよりかはマシだと思うけど。
「お、マスコミをどうにかしてくれって頼んできたヤツから、また来てるぞ」
ルクトが要望書を見ながら言った。
「また張り込んでるってか?」
「いや、その逆。マスコミやジャーナリストの類は見られなくなった、おかげで町を歩きやすくなった、もう大丈夫そうです――だとよ」
「ふーん」
確かにここ数日は静かになってるよな。先日のヅライケメン的な出来事以来、特にこれといった騒ぎは起きていない。
ネット上ではかなり話題になってたんだがな。撮る人は撮られる人ってさ。
それに便乗して、他に話題のタネがあるんじゃないかと勘繰って、取材班が張り込んだりするかと思ったんだが、どうやら違ったらしい。
まぁでも、静かなのは良いことだよな。何事も平和が一番だ。
「それからついでに……異世界に飛ばされた連中も、元気にしてるらしいぞ」
「えっ?」
ルクトの呟きに俺は顔を上げた。するとルクトが視線を向けないまま続ける。
「昨夜、城の部下から連絡があったんだよ。詳しいことは調査中だが、ゲームのような異世界に飛ばされたことで、喜んでるヤツが多いってさ」
「……そうか」
とりあえず生きてはいるみたいでなによりだな。俺たちがどうにかするワケではないにしろ、情報は仕入れておくに越したことはない。
「そういえば、ナタリアは何か知らないか? 向こうの神様なら、何かしらのことに関わってたりするんじゃないのか?」
そんな俺の質問に、ナタリアは手を止めながら首を横に振る。
「ぜーんぜん。そもそもボクの管轄じゃないもん。他の神様なら知ってるかもしれないけどね」
「え、神様って他にもいるの?」
「いるよ。広い世界を一人で管理するなんて、流石に無茶ぶりが過ぎるし」
ナタリアは当たり前だと言わんばかりに答える。それを聞いた俺は、思わず呆けてしまった。
「……てっきり神様ってのは一人だけかと思ってた」
「あぁ、俺も同じこと考えてた」
「私もです」
ルクトもティファニーも呆気に取られていた。自分が暮らしていた世界だけに、その衝撃も大きそうだ。
そんな俺たちの反応に、ナタリアは苦笑する。
「あのねぇ……キミたちは神様を何だと思ってるのかね?」
そう問いかけてきたので、良い機会だからこれまで思ったことを答えてみる。
「指先一つで世界を自由に変えられる?」
「知らないうちに人の意思そのものを操ったりとかな」
「天罰を起こして雷や洪水を起こしたりすると言われてましたが……」
俺に続いてルクトとティファニーが真顔で言う。それに対してナタリアは、更に表情を引きつらせた。
「いやいや、そんなのできないから。ただ単に世界を管理してるってだけだから。中身はキミたちとそんなに変わらないからね?」
「……そうだったのか」
「意外だな」
「驚かされますね」
ナタリアの言葉に、俺たち三人は真剣に驚いていた。
「キミたちねぇ……全くもう」
頭を抱えるナタリア。どうやら俺たちは、神様という存在に相当な偏見を持っていたようだ。これは少し反省するべき点なのかもしれないな。
「そもそも世界に神様が一人しかいないんなら、ボクがこうしてこの学校に来るのはおかしいでしょ? もしそうなら、今頃向こうの世界に神様がいないってことになるんだから」
「あぁ、そういえばそうなるか。流石に自分の世界を放り出すほど、神様も愚かじゃないってことだよな。スマンスマン」
普段は明るくおちゃらけてるように見えるが、キチンと線引きはしてるハズだ。現に今だって、生徒会の仕事をちゃんとしているしな。そんなヤツがロクデナシなワケがないじゃないか。
「うん、まぁ……愚かなのがいないワケじゃないんだけど……」
「え、なんか言った?」
まぁ、の後が小声でよく聞き取れなかった。故に聞いてみたんだが、何故かナタリアは慌てた様子で手を振っている。
「いやいや、なんでもありませんことよ?」
「何そのうさんくさいお嬢様……まぁ、別に良いけどさ」
誤魔化してるのは確かだろうが、本当にヤバいことならちゃんと言うだろうし、気にしないでおくか。
それよりも、さっさとこの仕事を片づけちまわないと――って、電話か?
「もしもーし」
『あきひろくーん、ポスター貼り終わらないよー、手伝ってぇ』
松永の情けない声が聞こえてきた。どうやら相当参っているらしい。
「……今どこにいる?」
『西校舎の一階の階段の踊り場ぁ』
「じゃあそこで待ってろ。すぐに行くから」
『おねがーい』
そして電話を切り、立ち上がりながら言った。
「皆、作業中断。先に松永のポスター張りを手伝うってことで」
「へーい」
「確かに一人では大変だったかもですね」
「そだねぇ」
それぞれ立ち上がり、俺たちは生徒会室を出ようとする。その時――
「っと、悪い、電話……もしもし?」
ルクトのスマホに着信が入った。待ってると時間が勿体ないな。
「……先に行ってるぞ? 西校舎にいると思うから」
俺がそう言うと、ルクトは手を掲げて了解と示した。それを見た俺たち三人は、先に松永の待つ西校舎へ向かうことにする。
「はぁ? それってどういうことだよ!?」
扉を閉めて歩き出そうとした瞬間、ルクトの叫び声が聞こえてきた。
「どうしたんでしょうか?」
「向こうも何かのトラブルっぽいねぇ」
「だな」
さっきの着信――多分あれはハイドラさんだな。ルクトの側近の一人の。
恐らく魔王城でなんかあったんだろう。遅くなりそうだし、さっさと俺たちで済ませたほうが良さそうだ。
――その電話が、後に大きな展開を起こすことを、俺はまだ知らない。