第七話 編入初日から疲れるのは、ある意味お約束だと思う
休みがあっという間に終わる。実に良い得て妙だと思う。
一週間の休みも決して短くはない。むしろ毎日学校へ行っている身からすれば、立派なくらいに長いと言えるのではなかろうか。
そう思えるのも、きっと何だかんだで体に染みついているからだろう。たとえどんなにメンドくさくても、学校へ通う生活スタイルそのものが当たり前になっているのだ。
それもまた、無理もない話なのだろう。少なくとも小学校から、十年ちょいという長い時間を繰り返してきたことなのだから。
どうして学校があるんだよ。マジでダルくてならねぇや。
今日もどこぞの誰かがそんなことを話している。思えば全然変わっていない。小学校のときにも、似たような言葉を聞いたような記憶がある。
大学、そして会社勤めをするようになっても、果たして変わるのだろうか。俺はなんとなく変わらないような気がする。
人間という生き物が、そう簡単に変わらないみたいに。
ついでに言えば、魔王や神様、そしてお姫様という生き物も、皆揃って似たような感じらしい。当の本人たちがそう言っていたから、恐らく間違いない。
特に魔王は呆れた表情で、そして神様やお姫様は疲れた表情を浮かべている。だから余計その信ぴょう性は高いと思えてくる。
――昼休みとなり、食堂のテーブルに突っ伏しているその姿を見て、ほぼ確信と言っても差し支えない気が俺はしていた。
「まぁ、予想どおりではあったかな」
「そだね」
俺の呟きに松永が頷く。ちなみに今いる場所は食堂だ。ついでに言えば、お昼休み故に戦場と化している場所でもある。
パンの業者に群がる男子たち。そしてその中には一部女子の姿も。今日も何人かの男子が見事なまでに吹っ飛ばされていた。いつもの日常が戻ってきたようでなによりだ。
しかしながら、全てがいつもどおりに戻ったワケでもない。
俺たちは凄まじい注目を集めている。もはや学年などお構いなしだ。更に言えば男子も女子も関係ない。
特別留学生であるティファニーとナタリアを是非ともこの目で見てみたい。
そんな輩が、こぞって食堂に集まってきているのだ。そして少しでも長くいるために、何かしらの注文をしている。
良かったですねぇ食堂やパン業者の方々。さぞかし儲けられたことでしょう。
――念のために言っておくが、俺はちゃんと周りを見ているぞ?
またアイツかよと言わんばかりのキツイ視線が、俺に集中していることはちゃんと知っているし、むしろその類の視線が一番多いんじゃないかと思えてならないこともちゃーんと自覚しているさ。
じゃあ、どうしてここまで落ち着いていられるかというと、慌てたところでどうにもならないからである。
俺は一般人だ。ごく普通の人間なんだ。そんな俺が異世界の魔王――地球では銀髪イケメンキャラと、数年来の親友関係を築き上げてきた。その経験値を見損なってもらっては困るんだよなぁ、これが。
「……どーしてこんなに注目されなきゃならないんだろうねぇ?」
物思いにふけっていたら、ナタリアが机に突っ伏したまま呟いた。
「留学生なんざ今時珍しくもないだろうに……それともこの学校にはそーゆーのがいなかったりするのかい?」
別にそういうワケじゃないと思う。ただ二人のオーラが凄すぎるだけだ。
今朝のことを思い出す。それはもう凄かった凄かった。
特別留学生という扱い故に、急きょホームルームの時間が設けられた。そこで担任が声をかけ、編入生であるティファニーとナタリアが教室に入ってきた瞬間、ほんの数秒ほど時が止まり――弾け飛んだ。
それはもう見事に弾け飛んだと俺は思っている。
物音と歓声がしばらく鳴り止まなかった。もしかしたら永久にこのまま続くのではと思いたくなるほどに。
転校生が来たら何人かが群がり、色々と質問をしまくる。そんなよくある光景も実に凄まじかった。
綺麗だね、美人だね、彼氏はいるの、俺と運命をともにしないか。
――最後のはよく言えたもんだなぁと思う。思わず感心してしまったよ。呆気なく反撃されて沈んでいたけどさ。
あとは俺やルクトと一緒にいるのが目撃されていたからか、俺たちとの関係性についての質問も多かった。これは俺に対しても質問が来ていたな。
風戸先輩から頼まれたんだと言ったら、速攻で納得してくれたけど。
けどまぁ、二人の容姿に見惚れる展開が一番だったかな。少なくとも午前中は、授業になるようでなってなかったような気さえするし。
心なしか先生も緊張していたな。チラチラとチラ見が忙しそうだった。
――あまりやりすぎると、取り返しがつかなくなりますからね。
俺とルクトでそう言ってやったら、すぐに引っ込んでくれて本当に良かったよ。なんか今度は俺たちに対して恐怖を浮かべていたようだが、とりあえずそこは気にしなくても良いだろう。
「いや、フツーにナタリアが美人だからだと思うよ? スタイルも良いし」
ブリックパックの野菜ジュースを飲んでいた松永が苦笑する。まぁ確かにそのとおりだと俺も思う。
「どうもありがとう……でもねぇ……」
しかし本人には何か不満があるようだ。目を細めながらティファニーに視線を向けている。
それだけでなんとなく想像できてしまったのは、俺だけではあるまい。
「む、胸ばかり見ないでくださいっ!」
「ボクは別に何も言ってないんだけどねぇ。そうかいそうかい。そんなにキミはそのご立派なおムネさんに自信がおありということですか、そうですか」
「あうぅ……」
ティファニーが恥ずかしそうにたわわに実った果実を両手で抱き寄せる。同時にナタリアから黒いオーラが噴き出したような気がした。
藪蛇とはこのことか。いや、むしろやぶスネークと言うべきか。藪からスティックという言葉も非公式ながらあることだし。
そしてティファニーさん。アンタの行動は逆効果にも程があると思うんだよ。
きっと男子たちが目の色を変えたことにも気づいてないんだろうね。そして同時に女子の何人かが更なる苛立ちを募らせたことも。
――って、アンタもですか松永さん。もしかしてアレかな。胸が少しキツイですと言われたのを思い出したんかね?
そりゃまぁ、確かにパッと見だけで言えば、そんなに小さいワケではないけど、流石にティファニーの大きさに挑むには無謀過ぎるというかなんと言うか、成長期がまだ生きていることを期待するほうが得策だと思うよ、うん。
「……アキヒロクン? またなんか変なこと考えてたりしなかった?」
「滅相もない」
やはり松永の勘がムダに鋭いのは間違っている。
だからそのにらみつける攻撃を解除してくれませんかねぇ。もうこれ以上、俺の防御力は下がらないからさ。
「よぅ。皆揃って楽しそうにやってるな」
風戸先輩が降臨した。これのどこが楽しそうに見えるのかについては、メンドくさいからツッコまないでおこうと思う。
「……どーも。何かご用件で?」
「放課後、お前たち五人で生徒会室に来てくれ。話したいことがあるからな」
「話したいこと?」
「あぁ、わざわざ生徒会室に呼ぶ。この意味を理解してくれると、こちらとしては大いに助かるんだがな」
言い方は重々しい感じだが、別に大したことじゃない。要はここじゃ落ち着いて話せないから、生徒会室でってことだろう。
風戸先輩らしいと言えばらしいがな。これもまた、いつものことだ。
「分かりました。放課後に五人だけで行きます」
「あぁ。待っているぞ」
風戸先輩は片手を上げながら踵を返して去っていく。毎度のことながら、実に様になっている姿だなぁと俺は思う。
周囲のどよめきも、また別の意味に変化していた。
「風戸先輩に話しかけれて平然としていたぞ!?」
「むしろかったるそうにしてたよな?」
「俺、前々から思ってたんだ。なんとなく沢倉は裏ボスみてぇだなってさ」
「分かるわー。ラスボスらしさは城ヶ崎のほうが上だもんな」
「それこそどっかで本当にラスボスやってたりして?」
「異世界の魔王とか?」
「実はお忍びで地球に来てるんですとか?」
『あははははっ♪』
いつものことだが、周囲も実に好き勝手なことを言ってくれるもんだ。しかも後半は大体それであってるし。
まぁ、とりあえず妙な展開だけは避けられたようで良かった。
やっぱり平和が一番というモノだよな、うん。
「ねぇ秋宏くん? 私はまだ、キミからの弁明を聞いてないんだけど?」
――そうか。これが一難去ってまた一難ということか。
ボソッと放たれた松永の呟きに、そんな言葉が俺の頭の中を過ぎっていった。
◇ ◇ ◇
そしてあっという間に訪れた放課後。俺たちは生徒会室にいた。
俺やルクトは堂々としている。そしてナタリアも興味深そうに見ている。そして他二名は緊張気味――というよりなんか怯えている。
「できれば楽にしてほしいところだが……ソファーがなくて済まんな」
「いや、それもう完全に校長室レベルですから。俺でも余計リラックスできなくなっちまいますって」
「そうか? まぁとにかく、そうかしこまることはないぞ」
風戸先輩はそう言うが、多分無理な気がする。特に風戸とティファニーは。
「あの、このお部屋も、学校の一空間なのですよね?」
「無論だとも。れっきとした生徒会室だ。どこの学校にも必ず存在する、いわばお決まりの部屋というヤツだな」
腕を組みながら誇らしげに言う風戸先輩。流石にちょっと進言しておいたほうが良いような気がした。
「先輩。残念ながらそれは、致命的に説得力がないと思います」
「どうして?」
「どうしてもこうしてもありませんよ。こんな異質な空間のどこがありふれた部屋だというんですか?」
「むしろ、この学校のトップの部屋と言っても差し支えない気さえするな」
俺に続いてルクトも冷静に突っ込んでくれた。まさに絶妙なタイミングをどうもありがとうと言っておこう。
「そんな大層な部屋でもないさ。代々生徒会で受け継いできただけに過ぎんよ。そして近々、お前たちにこの部屋を譲り渡すことになるからな。今のうちに慣れておくと良いだろう」
「へいへい、もう言い返す気にもなれませんってね」
頭をボリボリ掻きながら、ルクトが吐き捨てるように言った。生徒会に入ること自体は了承しているが、素直に受けるのもなんか癪だ、という感じなのだろう。
実にルクトらしい態度だと俺は思う。故に悪いとも思っていない。
「あの……それってどういうことですか?」
と、ここでティファニーが戸惑いながら片手をあげる。その隣ではナタリアが、面白そうな笑みを浮かべていた。
「なんかボクたちも、そのセイトカイとやらに入る流れっぽいけど?」
「それで合ってると思うよ。多分もう逃れられないかも」
「やっぱりね♪」
粗方想像はしていたのだろう。ナタリアは特に拒否する様子を見せていない。むしろ面白いオモチャ的な何かを見つけましたよと言わんばかりだ。
そしてティファニーは狼狽えている。どういうことですか、私は一体どうなっちゃうんですかと涙目だ。それを必死に松永が宥めている。面倒見の良いお姉ちゃんとはこのことか。
「特別留学生扱いのキミたち二人については、沢倉から話を聞いている。まさか異世界の神様までもが来るとは、流石の俺も呆然としてしまったよ」
「マジかよ……見てみたかったぜ」
残念だったなルクトよ。だから昨日、俺が生徒会室へ行くとき、メンドくさがらずについて来ればよかったのに。
「マスコミや保護者軍団が引き下がったのは、キミのおかげだったらしいな。生徒会長として礼を言う」
「いえいえ。ただの気まぐれだから」
「それでも助かったのは事実だ。本当に感謝している」
そう。数日前に起こったマスコミや保護者たちの一斉下校的な展開は、やはりナタリアの仕業だった。
あの後すぐにご本人様登場ということもあり、なんとなく想像はしていたため、それほど驚くこともなかった。単なる気まぐれというのも本当なのだろう。むしろそのほうが神様らしいとさえ思えてくる。
ちなみにナタリアがこの学校に編入した理由も聞いている。それは――
「沢倉たちとのスクールライフを楽しんでみたくなり、わざわざ高校生として編入してきた。俺はそんなふうに聞いているんだが?」
「そのとおりだよ。ついでに言えば、それ以外の理由は一切ないかな」
あっけらかんとした表情でナタリアが言うと、風戸先輩はフッと笑った。
「流石は神様。随分と思考がぶっ飛んでらっしゃるようだな」
「お褒めに預かり光栄でっす♪」
心なしか寒い空気が流れているような気がするが、とりあえずスルーしよう。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。お前たちに頼みたいことがある」
「……雑談だけじゃねぇのか」
「無論だとも」
ルクトの呟きに、風戸先輩の笑みが深まる。
なーにを頼むつもりなんだか――厄介なことじゃなけりゃいいんだがな。




