第六話 異世界の神様がやってきた
驚愕の事実! なんと異世界の神様が現れた!
そして俺はそれを認めていた。不思議とデタラメな感じはしなかった。
理屈抜きに信用できてしまうとでも言えば良いのか――俺の体の細胞全てが認めている、そんな感じだ。そして俺は、それを妙だとすら思わない。
これも神様を名乗るナタリアの力なのか。そう言われたとしても、普通に納得できるような気が俺はしていた。
「神様まで来ちゃうなんて……流石に予想外過ぎだよぉ……」
おぉ、どうやら松永も、俺と同じことを考えていたようだな。
無理もない話だ。異世界人を遥かに超えた存在が現れたともなれば、お腹もいっぱいになるというモノだろう。
――まさかとは思うが、これ以降立て続けに出てきたりはしないだろうな?
例えば宇宙人とか、未来人とか、超能力者とか。
本当に出てきたら出てきたで面白いのかもしれないが、やはり色々と疲れが出てきそうだから勘弁願いたい。異世界人や神様が出てきたんだから、もう少し増えたところで大して変わらんだろうというツッコミは受け付けない。
「……ふぅん。どうやらそこの彼は、意外と冷静なようだね。ボクの正体に驚いてこそいるみたいだけど」
ナタリアが俺を下から覗き込むように見上げてくる。そういえば神様が目の前にいるってこと忘れてたわ、ついうっかりな。
ルクトたちをチラ見してみると、俺に対して驚いた表情をしていた。なんでお前はそんなに落ち着いてるんだよみたいな感じで。
いや、だってさぁ。神様って言っても、見た感じ普通な女の子そのものだし。
とても大きな力や気を秘めているとは思えんのよ。ただ単に俺がそーゆーのを読み取る力がないだけだと思うが。
なにより俺の場合、こーゆーのは数年前に、他ならぬルクトで十分過ぎるほど味わっている。ルクトの行動に散々驚きまくったおかげで、色々と耐性がついてしまったのかもしれないな。
――もう少し増えたところで大して変わらない、というツッコミに言い返せないかもしれない。よくよく考えてみたら、普通にそんな気がしてきたし。
まぁ、それはさておき、少しばかりナタリアという少女と向き合ってみよう。
体が細くて可愛い女の子。しかも自分のことをボクと呼ぶ、いわゆるボクっ娘というヤツだ。まさか実際に聞けるなんて――思わず感激しちまったよ。もう驚きは通り越してしまったね。
「いや、あのさ……そんなに真剣な顔して見つめられると、照れるんだけど……」
おっとっと、ついガン見してしまったらしい。いかんいかん、考えごとをしていたから気づかなかったよ。
まぁその、何だ。とりあえずルクトがコイツ何者、と言わんばかりの驚きの視線を送ってきていたり、松永が一体キミは何を考えてるのかな、と言わんばかりのジト目をしていることについては、とりあえずスルーしておきたいと思う。
ティファニーに関しては――驚いているのか戸惑っているのかよく分かんない表情だった。とりあえずこっちもスルーしておいていいだろう。
とにかくナタリアに謝らなければだな。
「ゴメンゴメン。神様なんて珍しかったからさ」
「いや、むしろこうして出会うこと自体ありえねぇから」
「……それもそうか」
ルクトの冷静なツッコミに、俺は頷くことしかできなかった。
「どうやらキミの場合、魔王君から受けた影響が、かなり強いみたいだね」
ナタリアが苦笑気味にそう言ってくる。確かにそれは言えてるだろうと思った。実際それ以外に心当たりないし。
「まぁ、それは別に良いや。そんなことよりもさぁ……」
アッサリ引き下がったナタリアは、そのままルクトのほうを向く。アッサリ過ぎて逆に戸惑った俺は、普通なほうだと思いたい。
「わざわざあんなところへ来なくても、町中で話しかけてくれればよかったのに。人気のない場所ならたくさんあったでしょ?」
ふーむ、確かにナタリアの言うことは一理あるな。
人があまり歩かない裏路地――少し考えてみただけで数ヶ所は思い浮かぶぞ。わざわざこんな自然公園へ来るよりも、よっぽど近いし手っ取り早い。
それはルクトもよく分かってたとは思うんだが、何かしらの考えでもあったんだろうかねぇ。
「最初はそう思ったがな……流石に正体が分からねぇんじゃあ、俺でも無暗なことは出来ねぇよ」
どうやらルクトなりの考えはあったようだ。そこらの裏路地じゃ、逃げるのも暴れるのも不都合だったってところかな。
「ふーん、なるほどね。それでボクをここに誘導したんだ?」
「あぁ、ここなら多少暴れたところで、被害も少ないだろうと思ったんだよ」
「そっかそっか。よーく分かったよ。キミが言うセリフでもない気はするけどね。普段からラジオの人たち相手に、好き放題遊んでるでしょ?」
「……知ってたのか」
「当然だよ。神様を甘く見てもらっちゃ困るってね♪」
この言い方だと、ナタリアは前々から俺たちのことを見てたっぽいな。だとしたら下手な言い訳とかも通じなさそうだ。初対面だったとしても、簡単に見破られそうな気はするが。
「で? カミサマであるアンタが、俺たちに何の用があるってんだ?」
ルクトがナタリアに尋ねる。実に不機嫌そうな様子だが、そこまで苛立つ理由があるんだろうか。
「ワザと俺に気配を読み取らせたのも、俺たちと接触したかったからだろ?」
「ありゃりゃ、そこまで気づいてたんだねぇ。流石は魔王様だ♪」
へぇ、そうだったのか。ここに来るとき、ルクトの様子が妙におかしかったのはそのせいか。
――って、なんでナタリアはまた俺のほうを見るんだ?
「キミとは一度話してみたかったんだよねぇ……サワクラアキヒロ君?」
「俺と?」
「そう、キミと♪」
ふーむ、ナタリアはどうやら俺に用があるらしい。
しかしどうしてそんなにワクワクしたような表情を浮かべているのだろうか。俺は何の特殊能力もない、至って普通の人間そのものなんだけどな。
「ボクは前々から、キミに興味があったんだ。魔王君と数年に渡って親友関係を続けていながら、未だ大きな騒動に巻き込まれていない。これはある意味、とても凄いことだと思うんだよね」
「あぁ、それは俺も思ってたわ」
そうなんだよ。ルクトは特に俺に対して気を使っていることはない。本当に好き勝手に動き回っているのだが、それでも俺が騒動の中心に位置していることは、実のところ全くと言って良いほどないのだ。
現実はこんな感じかと、大して気にしていなかったのだが、神様であるナタリアからしても、これは不思議な案件だったようだな。
「魔王君がこの地球で暮らし始めてからも、全く自重して来なかったよね? だからキミもすぐさま騒動に巻き込まれるに違いないと思っていたんだよ。けどそうはならなかった。何かと上手く巻き込まれずに済んできた」
「全くの蚊帳の外ってワケでもなかったけどな」
「うん。何かしらの手段で、キミは騒動の詳細を常に把握していたよね」
「スマホ一つで、ラジオやインターネットはバッチリだからな」
どこで誰がどう掴んでいるのかは知らないが、何か騒動があれば、それはすぐにネット上で記事として公開される。それが今の世の中だ。
特にネットの記事ってのは、話題になりそうだと判断されればすぐに書かれる。それがどんな些細なことだったとしてもだ。
たまにあるんだよな。こんなのわざわざ記事にするほどでもないだろ、と言いたくなるような内容のヤツとかさ。
けど、俺からしてみればそれは凄くありがたかったりする。何故ならルクトの起こした騒動も、ネット記事の対象となっているからだ。
だからすぐに把握できる。これまでも何度、記事を読みながら笑ったことか。
例えるならば――創作マンガを読んでいる気分だったってところかねぇ。
何せ現実味のないことばかりだからな。摩訶不思議な冒険を、世間もそう簡単に認識はできないだろうさ。
かくいう俺も、ルクトと知り合っていなかったら、世間と同じくガセネタも良いところだと笑い飛ばしていただろう。
「キミは巻き込まれるレッドラインの一歩手前を常にキープし続けてきた。紛れもない普通の人間でありながら、どこか普通じゃない人間。そんなキミをボクはずっと目を付けていたのさ」
軽く手振りをしながら淡々と語るナタリア。その姿はどこか神々しい気がする。まぁ神様だから当然なのかもしれないね。
それにしてもアレだな。自分のことを目の前で語られるのはテレるもんだな。前に出ることもなかったから尚更だ。
「やっぱりキミにはボクたちの想像もつかない何かがある気がしてならない。だからこそ途轍もなく興味深い♪」
舌なめずりするかのような笑顔に、今度は背筋が震えた。
華やかな雰囲気が急に冷え込んできたよ。このままブリザード全開になっちまうんじゃないか。ダイヤモンドダストは勘弁してほしいところだが――と、なんだかよく分からなくなってきた。
「まぁ、なんだ。とりあえずカミサマに危険がねぇってことは分かったよ」
そこにルクトが割り込むように入って来てくれた。いやぁ、本当にありがとう。やはり俺の親友が魔王なのは間違っていない。
「で、これからアンタはどうするつもりなんだ? 挨拶したかったってだけとも思えねぇんだけど?」
「そうだねぇ。折角日本に来たんだし、ちょっと遊んでいくよ。また近いうちに会うことになると思うから、その時はよろしくねっ♪」
そう言い残してナタリアは去った。忽然と姿を消してしまったのだ。風で木の葉に包まれることもなく、瞬きをした直後にはもういなかった。
「……疲れたな。今日はもう帰ろうぜ」
「どうする?」
「なんかもう遊ぶって気分じゃなくなっちゃったね。ティーちゃんも、案内の続きはまた今度でいいかな?」
「えぇ。楽しみにしていますわ」
ルクトの提案に賛成した俺たちは、そのまま自然公園を後にした。
後ろから子供の賑やかな声がたくさん聞こえてくる。どうやら公園に集まってきたらしい。
皆きっと疑問にすら思わないんだろうな。さっきまであそこに俺たち以外、誰一人としていなかったなんてさ。
「そう言えばさっき、私に対して変なこと考えてたでしょ? このまま忘れると思ったら大間違いなんだからね?」
「……なんでこのタイミングでそれを言うかなぁ」
意外なしつこさを見せてくる松永に、俺は深いため息をついた。
◇ ◇ ◇
それから、あっという間に数日が過ぎた。
もうすぐ休みも終わる。学校のほうも少しは落ち着きを取り戻したようだ。
ティファニーの編入と入寮も、正式に認められた。更には松永と同室ということも決まり、それを知った二人は抱き合って喜んでいたっけかな。
その喜びから、俺に対する不満も吹き飛んだらしい。本当に良かった。
しかしその一方で、俺は疑念を抱いていた。ナタリアという異世界の神様的存在についてだ。
また近いうちに会うことになると言っていたが、果たしてそれはいつのことか。この数日、全く音沙汰がないのが妙な不気味で仕方がない。
ちなみにだが、ティファニーは女子寮の人気者と化していた。
どうやらコミュニケーション能力にも長けているらしい。流石は王女様と言ったところか。
まぁそれについては、俺たちのメンバーだからというウワサもあるとか。
――俺たちのメンバーだからって何だよ?
別にグループを作った覚えなんざ、これっぽっちもないんだけど。
「秋宏くんにそんなつもりはなかったとしても、周りはそう思っているんだよ」
「全く心外だなぁ……ポテト美味いな。お代わりしよ」
松永の言葉にため息をつきつつ、俺は新しい皿を手に立ち上がる。
ちなみに今は朝メシ中だ。寮生の多くが帰ってきていないということもあり、お代わりがしやすいというビック的なチャンス到来だったりする。
勿論、ルクトやティファニーも一緒だ。それ故なのか、俺たちは完全に注目の的となっている。もはやそこまでして見る価値はないと思うんだけどなぁ。
――と、そこに。
「おはよう、相変わらずお前たちは注目されてるな」
毎度おなじみ風戸先輩が現れた。とりあえずお代わりしたポテトの皿を置いて、挨拶をしなければだな。
「あ、風戸先輩。おは……」
――ようございます、という続きの言葉は出せなかった。先輩の後ろにいる存在に驚いたからだ。
どうして彼女がここにいる? 何故この学校の制服を着ている?
そんな疑問が頭の中をグルグル駆け巡っていたが、もはや答えは一つしかないも同然ではないかということも、心の奥底では分かっていた。
ただ、目の前の現実を認めたくなかっただけで。
ルクトも松永も、そしてティファニーも目を見開いていた。口を開けたまま言葉が出ない。いや、正確には出してるつもりが、全く出ていないというべきか。
そんな驚愕な表情を浮かべる俺たちに、彼女はニッコリ笑う。
「やっほー、アキ君にルクト君♪ 私ことナタリアさんが来ましたよー♪」
そう、ナタリアだった。異世界の神様が女子高生になっていた。
全く持ってワケが分からんぞ。いや、少なくともナタリアがこの学校に入ろうとしていることはなんとなく分からんでもないのだが、それにしては唐突過ぎるにも程があるような気がしないでもない。
とりあえずまぁ、アキ君というのは俺のことを指しているのは分かる。恐らくルクトが使っているあだ名から拝借したのだろう。
今はそんなことどうでもいいだろう、というツッコミは野暮というモノだ。
「その様子だと、知り合いであるというのは本当のようだな」
風戸先輩がフッと笑った。それはもう面白いモノを見つけたと言わんばかりに。
「彼女、ナタリア・アルヴァーティは、ティファニー君と同じく、特別留学生として我が校への編入が決定した。折角だからお前たちと同じクラスになるよう、校長に進言しておいてやった。二人のことはお前たちに任せる」
それはつまり、俺たちで異世界のお姫様と神様の面倒を見ろってこと?
うわーマジッスか。こりゃとんでもねぇ展開だわ。こりゃ潔く腹を括るしかないっぽいな。逃れることなんざ出来なさそうだし。
――って、なんか風戸先輩が俺に近づいてきたんだけど、一体何だろうか?
「あのナタリアも、異世界絡みか?」
「っ!?」
俺は驚いて風戸先輩を見る。先輩は口元をニヤリとさせていた。
「彼女が普通でないことはなんとなく分かる。神隠し事件のせいであれだけ大騒ぎしていたのに、編入手続き自体はとてもスムーズに行われていたからな。何かしらの裏があるとは思っているんだよ」
まぁ、確かになぁ。タイミング的にも無関係と思うほうが不自然か。風戸先輩が勘ぐるのも分かる気がする。
「……色々と整理したら伝えに行きますから、それまで待ってもらえませんか?」
「分かった。急ぎはしない」
ティファニーのときと全く同じやり取りをした俺たち。風戸先輩はナタリアを残してそのまま去っていった。
周囲からの注目が更に集まる中、俺は自然と苦笑していた。
こーゆー展開になるんじゃないかとシャレのつもりで考えていたが、まさか本当になっちまうとはな、と。
「まぁ、とりあえず……これからよろしくね、アーキ君っ♪」
弾むような声でナタリアは笑う。その表情はどこまでも明るく、どこまでも眩しく見えた気がした。
ストックが尽きたので、連日更新はここまでとさせていただきます。
今後はできれば週一ペースで更新したいと思っています。




