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第五話 王女様は意外と順応性が良いらしい



 学校の周辺は静かだった。あれだけ騒がしかったのがウソのようだ。

 保護者やマスコミの軍団はもういない。何故か分からないが、皆こぞって学校から去ってしまった。特に帰ったフリなどもせず、本当に。

 あの風戸先輩ですら首を傾げていた。そんなウワサが寮にも流れてきており、本当に驚いたんだなぁと、思わずしみじみしてしまう。

 しかし、本当に何故だろうか。誰かが何かを仕掛けた可能性は高そうだが。

 改めて思い出してみると、あの現象はあまりにも突然過ぎた。自然に起こった出来事ではないだろうし、恐らく誰もが出来るような普通の方法でもないだろう。

 例えばそう――魔法とかな。

 そんな非科学的なことをやってのけるヤツが親友にいるからこそ、こんな考えも普通にできてしまう。そんな俺もきっと普通ではないのだ。今更だけど。

 まぁ、とにかく学校から外に出やすくなったのは、俺らからしてみれば好都合の一言でしかない。

 何故この結果が訪れたのかについては、もはやどうでも良い。むしろこのチャンスを活かさないでどうする。

 そんな考えに至ったのは俺だけではなかった。

 廊下のほうが騒がしく、一回のロビーに降りてみると、正面玄関がしっかりと解放されており、実家に帰省しようとする学生たちで溢れかえっていた。

 人目を忍ぶ必要もなくなり、堂々と帰れることに皆が嬉しそうであった。まぁそりゃそうだよなと、小さく笑いながら思っていたその時だった。

 ――ティーちゃんに町を案内してあげたいから、秋宏くん一緒に来て。

 そんな松永からのお誘いの電話があったのは。


「いやー、なんか知らないけど、マスコミとか帰っちゃったみたいだからね。このチャンスを逃す手はないかなって思ったんだ」


 ガタンゴトンと揺れる電車のシートに座りながら、松永が話す。外に出るという意味では、やはり彼女も似たようなことを考えていたようだ。


「美味しいゴハンやスイーツとか、きっとティーちゃんも気に入ると思うよ」

「えぇ、本当に楽しみです♪」


 ちなみにティーというのは、ティファニーのあだ名である。松永と無事仲良くなれたことをキッカケに、松永が付けたのだそうだ。

 それはともかくとしてだ。今は隣で、華やかなガールズトークの真っ最中。俺は完全に蚊帳の外。

 寂しくないと言えばウソにはなるんだが――それ以前に、俺は本当に必要だったんだろうか。別にいなくても良かったんじゃないかと思えてならない。


「凄いですね。バスや車、そして電車という、とても速い乗り物がたくさんあるんですから」

「向こうの世界だと、確か乗り物って馬車ぐらいなんだよね?」

「はい、地上の乗り物ではそんな感じですね。あとは船ぐらいでしょうか」

「いずれにしても、こんなに速く移動できるのはないってところかな。空を飛ぶ乗り物とかは?」

「研究自体はされてますが、今のところはまだ……向こうには空を飛ぶ魔物も、決していないワケではありませんし」

「ドラゴンとかもフツーにいるんだっけ?」

「えぇ。私も何度か見たことあります」


 うーむ。ティファニーと松永が、楽しそうに会話を弾ませているな。そしてやはり俺は会話に入る余地すらなさそうな感じだ。

 ちなみに周囲に人は普通にいるのだが、至って気にしていない様子だ。

 恐らくオンラインゲームか何かについて話していると思っているのだろう。俺も最初はゲームの世界が実在しているのかと思ったくらいだし。

 まぁ、とりあえず、このまま付いてってみようかね。目に入るモノ全てに驚くティファニーを見るのも楽しいし。

 ――そして俺たちは、終点の大きな駅に着いた。

 電車を降りて駅を出ると、やはり人が多い。そして駅前故に車も多い。ちょうど昼ということもあり、飲食店にもたくさんの人が入っていた。

 海外からの留学生や観光客も多いため、それほどティファニーが目立つということもなかった。もっとも、スタイル抜群の金髪美人であることは確かであり、そっち方面で男から注目を浴びることはチラホラとあったが。

 ――だからね? 別に俺をカタキのように睨む必要はないんだよ?

 そもそも二人っきりならまだしも、ちゃんと松永という女子もいるのだ。きっと彼女にも注目している男が――いると思うけどな、一人くらいは。


「秋宏くん? なんか変なこと考えてない?」


 突如、松永が振り向きながら、恐ろしく低い声を出してきた。どうして女子という生き物は、こうも怖い表現を簡単にできるんだろうかね。

 とりあえずコイツの質問に答えておこう。


「めっそうもない」


 うし、ちゃんと返せたぞ。ここで下手なことを言わないのが吉だ。言えば言うほど深みにハマっちまうのは目に見えているからな。

 しかしなぁ――どうにも松永の表情が晴れないのは、恐らく気のせいじゃない。そればかりか更に疑いを増したという感じだ。

 ――ねぇ、今あからさまに気持ちこもってなかったよね、そうだよね?

 そんな無言の視線を俺は受けている。どうすりゃいいんだよ全く。


「あの……あれってハンバーガーですよね?」


 ティファニーがファストフード店の店頭ポスターを指さした。

 そう言えばルクトから聞いたことがあるが、向こうの世界にもハンバーガーなどのサンドイッチ系はあるらしい。味はこっちのファストフードのほうが圧倒的に美味しいとのことだが。

 しかしこれはチャンスだ。話題を逸らすことが出来るぞ。


「あぁ。食ってみるか?」

「……食べたいです」

「よし」


 恥ずかしそうにしながらも頷くティファニー。それに対して俺は小さくガッツポーズをする。

 恐らく世の男子ならグッとくること受けないなのだろうが、残念ながら今の俺はそれどころではない。今のガッツポーズも、これで話題を逸らせて嬉しいぞという合図に過ぎない。

 だから松永さん。もう俺を睨まなくていいんですよ?

 俺は純粋に地球のハンバーガーの美味しさを、ティファニーに心行くまで味わってほしいだけなんだからさ。


「はぁ……全くもう……」


 深いため息とともに松永が呟いた。どうやら俺は根競べに勝利したらしい。いやぁ本当に良かった良かった。


「あとでしっかり問い詰めてやるんだから」


 なんか不穏な言葉が聞こえてきたけど、今はひとまず気のせいということにしておこう。折角の楽しい時間を空回りさせてはいけないからな、うん。

 ――決して単なる現実逃避ではないことを、念を押して言わせてほしい。



 ◇ ◇ ◇



 結論から言おう。ティファニーは地球の食べ物にご満悦であった。

 ハンバーガーなどのファストフード、そしてアイスクリームなどのスイーツ。ランフェルダの王宮でも、こんなに美味しいのは食べたことがないと大絶賛。まるでどこぞのバラエティ番組を見ているみたいだ。海外の人が、日本の食べ物なり乗り物なりを褒めているみたいなアレ。

 まぁ、とにかくだ。意外とお姫様の順応性が良くて助かったと思う。

 この調子なら日本で暮らしていくことも苦にはならないだろう。むしろ一生こっちで暮らすとか言い出すかもな。そうなったらなったで、日本人としては嬉しい限りではあるが。

 あと余談ながら、松永の意識も完全に切り替えられたようだった。ティファニーの喜ぶ姿につられたのだろう。

 なんにしても良かった。これでムダな追及はないだろう。俺の平穏な生活は保たれたのだ。

 ――と思っていたら、ポケットに突っ込んでいる俺のスマホが振動した。

 誰からの着信でしょうかねぇっと――おっ、ルクトからだ。


「もしもしー?」

『よぉ、アキ。こっちのほうはやっと粗方片付いたぜ。今からそっち行くわ』

「行くって場所は……」

『大丈夫。俺にかかればなんてこたぁねぇ。それじゃまた後でな!』

「お、おいちょっと待て――」


 電話が切れた。確かに今、俺たちがいる場所はオープンテラスのカフェだが、ピンポイントで居場所を当てられるとは――いや、アイツならできそうだな。


「誰? ルクトくん?」


 松永が訪ねてきた。ケーキの生クリームをほっぺたに付けながら。その光景が妙に似合っている気がするのは、果たして俺だけだろうか。


「あぁ。こっちに来るって」

「……今の会話、居場所を教えた感じはしませんでしたが」

「なんてことないってさ」


 俺がそう答えると、ティファニーがワケ分からなさそうに首を傾げる。

 すると――後ろから俺の両肩をポンと叩きながら――


「そうそう。なんてことないんだって♪」

「おわあぁっ!?」


 ルクトが話しかけてきた。そして俺は思わず大きな声を出してしまった。

 松永やティファニーも揃って驚く中、ルクトはしてやったりと言わんばかりのニヤニヤした笑みを浮かべている。それに若干イラつきながらも、俺は問いかけずにはいられなかった。


「お前、どうやって……」

「ケータイのGPS機能だよ。最近のってホント精度高いんだよな」

「……あぁ、そういうこと」


 そういやスマホって、そーゆー機能もしっかりしてるんだったっけか。

 てゆーか思い出したわ。ルクトと一緒にスマホ買った時、互いにGPSでどれだけ居場所を特定できるか確認しあったんだ。

 それ以来、全くといって良いほど使ってなかったから忘れてたな。位置情報とかの設定も特に変更してないから、ルクトが俺の居場所を突き止められるのは、当然と言えば当然か。

 ――現地人よりも異世界人のほうがスマホ使いこなしてんじゃねぇか、っていうツッコミが思い浮かんだが、ひとまず考えなかったことにしよう。


「まぁ、仮にアキが位置情報機能をオフにしてたとしても、それならそれで見つけるぐらいなら造作もない話だけどな」

「……あぁ、そうかい」


 もうツッコむ気力も失せた俺は、ため息交じりにそう返した。

 それから俺たちはカフェを後にして、再び町中を歩きながら話した。

 粗方やることは終え、ティファニーの編入も問題なく決定になるとのこと。それを聞いたティファニーと松永は、輝くような笑顔で喜んだ。

 俺も安心したような笑みを浮かべていたと思う。これからはこの四人で、ほんの少しだけ騒がしい学校生活を送ることに対し、どことなく楽しみだという気持ちを抱きながら。

 そのままルクトを先頭にして歩く。きっとこのまま、ゲームセンターにでも行くのかもしれないな。

 いつも行ってるところなら、広いし明るいし女子にも人気の場所だ。意外とこのお姫様が熱中してしまうこともあり得るだろう。それならそれで悪くはない。それだけこっちに馴染んでくれている証の一つでもあるからな。

 俺もゲーセンは久々だし――って、あれ?


「なぁルクト。ゲーセンに行くんじゃないのか? そっちは反対方向だぞ?」


 そう。気がついたら俺たちは、いつも歩いている道とは真逆のほうへスタスタと進んでいたのだ。別に知らない道ではないが、普段は全く来ない。確かこの先に店らしい店はなかったと思うんだが――


「少し歩くことになるが、この先に自然公園があるだろう? そこなら広々としていて静かだし、色々と話もしやすいと思ってな」

「……ゲーセンには行かないってことか? まぁ俺は別に構わんけど」


 妙な感じがした。ルクトの口調がえらく真剣なのだ。

 バカバカしいことを企んでいる感じではない。どこか妙にピリピリしているような気さえする。

 近くを走り回る小さな子供たちの叫び声が、風に乗って遠くへ飛んでいく。まるで俺たちの周りだけが、結界かなんかで遮断されてしまったかのように。


「何かあったのですか?」

「さぁな。俺にもよく分からん」

「えー、何それ?」


 ティファニーの問いにルクトが答えると、松永が不満を漏らす。まぁその気持ちは分からんでもない。

 とりあえず俺からも進言しておこう。


「黙ってついてってみようぜ。コイツが何も考えなく動いてるとも思えんし」

「そうですね。それに、自然公園というのも興味はあります」

「……しょーがないなぁ、もう」


 ティファニーが賛同してくれたからか、松永も渋々頷いてくれた。ティファニーさんマジグッジョブってな。

 それから十数分ほど歩いた俺たちは、特に何事もなく自然公園に辿り着いた。

 中に入ってどんどん奥へと進んでいくんだが――少し様子がおかしい。今日に限って人が全然いないのだ。いつもなら小さい子供を連れた親子などが当たり前のようにいるんだが――恐ろしくしんと静まり返っている状況だ。

 どうにも不気味だ。広い場所にポツンと俺たちだけ。風が吹いてガサガサと揺れる木の音が、更にその不気味さを助長させている。

 それでもルクトは進んでいく。迷いのまの字すらないかのように、脇目も振らず奥へと進んでいく。

 空は青く晴れているというのに、どうして気持ちが晴れないのだろうか。

 まぁ、この状況が酷く不気味に感じているからなんだけどさ。

 ――と思っていたら、ルクトが足を止めた。


「どうしたんだ?」


 立ち止まりながら問いかけてみるが、ルクトは答えない。

 無視は良くないだろう――と、言いたいところだが、恐らく何かあるのだろう。その証拠に――


「何でしょうか、この妙な感じは……」


 ティファニーが周囲を見上げながら呟く。それに対して松永は、ワケが分からなさそうにルクトとティファニーを交互に見ていた。


「え、な、ど、どうかしたの?」

「少し落ち着け松永」


 宥めるつもりで声をかけてみたが、松永は更に慌て出した。


「いやいや、逆にどうして秋宏くんは落ち着いてるのさ?」

「そりゃ異世界出身の二人が反応してるからな。異世界絡みの何かがあるんだろうってことぐらいは、なんとなく想像がつく」

「あー……そういえばそうだねぇ」


 松永もなんとなくながら納得してくれたようである。

 とりあえず黙って様子を見ていよう。てゆーか、それ以外にできることがあるとも思えんし。


「コソコソ隠れてないで、いい加減出て来いよ!」


 ルクトが叫んだ。俺たち以外に誰かがいたということだろうか。


「ふぅん。やっぱり気づいてたんだ」


 どこか楽しそうな声とともに、不自然な風が音を立てて吹き付ける。その風は大量の木の葉を舞い散らせ、目の前の視界を遮った。

 そして風が止むと、いつの間にか一人の人物が笑顔でそこに立っていた。

 肩あたりまで伸びているサラサラな銀髪。細くて色白な体。顔立ちからして女に見えるが、果たしてどうだろうか。声からして女の子っぽいんだが、普通に女顔で声変わりしていない男もいるからなぁ。


「流石はルクト君……いや、魔王ルーファクト君だねぇ♪ 異世界で最強の魔王と呼ばれているだけのことはあるよ」

「っ……お前!」


 ルクトの正体を知ってるってことは、やはりコイツも異世界人ということか。

 まぁ、ただ者ではなさそうだが、せめて危険がないことを祈ろう。


「おっといけない。まだ自己紹介をしてなかったね」


 謎の人物が苦笑しながら俺たちに近づいてくる。

 そして先頭に立つルクトを素通りし、その斜め後ろにいた俺の正面に立ち、笑顔で右手を差し出してきた。

 ――てゆーか、何で俺に?


「始めまして、ナタリア・アルヴァーティです。異世界の神様をやっています♪」

「はぁ、これはご丁寧にどうも……へっ?」


 握手を交わした瞬間、俺は思わずマヌケな声を出してしまった。



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