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第三話 学校へ通うことになりました



 ティファニーってやっぱりお姫様なんだなぁ、と俺は改めてしみじみと思う。

 用意した座布団に足を崩して座る姿は、どこか気品に溢れているように見えてならない。更に学食へ行って用意してもらったおかゆを食べる姿も同じくだ。

 同じ女子である松永も、同じような感想を抱いているから尚更だ。

 俺と松永の説得が効いたらしく、ルクトが拘束を解除した後も、暴れることなく大人しくしてくれた。この世界について説明し終え、ルクトのことについても話しておこうと思ったその時、くぅ~と可愛らしい音が聞こえた。

 顔を赤くしてお腹を押さえていたティファニーの表情は、恐らく今後も忘れることなどできないだろう。

 そして俺は学食へおかゆを貰いに行った。同じ女子である松原が残ったほうが良いとなると、必然的に俺が行くしかなかったのだ。ティファニーからすれば、ルクトは未だ信用に至らない人物だ。そんなヤツのメシなど、目の前に出されても食べたくはないだろうからな。

 余談だが、このおかゆは学食のメニューに常備されているモノだ。

 寮生活をしていて体調不良に陥った学生たちのために、病人食のメニューも取りそろえられているのだ。

 今回はまさに、その学校側の配慮に救われたという形になる。

 更に余談になるが、部屋に張ってもらった結界は既に解除されている。ここは角部屋だし、隣は空き部屋だから、壁越しに話を聞かれる心配もない。

 外に誰かいればルクトがすぐ察知するため、安心して話ができるというワケだ。

 ――そろそろ話を戻そう。

 ティファニーがおかゆを食べながら、続きを聞かせてくださいと言ってきた。お言葉に甘えて話を再会したのだが、ルクトの正体を話した瞬間、食べていたおかゆをむせさせてしまったのは、いささか申し訳なかったかとは思っている。

 それでもティファニーはなんとか落ち着きを取り戻し、俺たちの話を聞いてくれたのだった。

 なかなか強い子だと、思わず感心してしまったのはここだけの話だ。


「なるほど……お話は大体分かりました」


 おかゆを食べる手を止めつつ、ティファニーが目を閉じた。


「魔王ルーファクトが異世界で呑気に学生をしていることについて、小一時間ほど問い詰めたい気持ちでいっぱいなのですが、それだと話が凄まじく脱線してしまうことは明らかなので、ひとまず置いておくことにします」


 あぁ、うん。それはありがたいことだ。

 ちなみにルーファクトってのは、ルクトの本名だ。そして城ヶ崎という苗字は、偽名を決める際に俺が適当に挙げたのが採用されたのだ。まぁ、これは別にどうでもいい話か。


「窓から見える景色……町並みや建物からしても、明らかに私が知っている世界とは違うことがよく分かります。そして、勇者召喚儀式の媒体となった私が、こうして生きている……それもアキヒロさんたちのお話で、大いに納得ができますね」

「そう言ってもらえてなによりだ」


 俺がそう言うと、ティファニーは茶碗とレンゲを置き、深々と頭を下げる。


「先ほどは取り乱してしまい、本当に申し訳ございませんでした」

「いいさ。無理もない話ってもんだろ」

「そうだよ。しかも魔王であるルクトくんがいたんだから、尚更だよ」


 確かに松永の言うとおり、ティファニーにとってこの腐れ縁の存在は、悪い意味で大きかったことだろう。

 何せ自分たちの世界では脅威と呼ばれていた存在が、目の前にいたのだから。


「えぇ……済みませんが、やはり話を魔王ルーファクトのほうに移させてもらえないでしょうか? どうしても色々と聞きたくて仕方がないので」

「俺たちは別に構わないが……」


 どうするという問いかけを込めて、俺はルクトを見る。するとルクトは、小さく笑いながら肩をすくめてきた。


「良いよ。遠慮せずになんでも聞いてくれや。特に隠してることもねぇから、殆どのことは答えられると思うぜ」


 ルクトの不敵な笑みに、ティファニーは一瞬驚く。

 そこまで驚かなくてもとは思ったが、やはり魔王という固定概念の大きさは、相当なモノなのだろう。


「まず確認させてほしいのですが……貴方は四年前、次元の裂け目を通ってこの世界へやってきた。それ以降、この世界で学生生活を送っていた」

「あぁ。思いのほか気に入っちまったんでな。こっちじゃ城ヶ崎ルクトって名前で過ごしてるよ。できればアンタにも、ルクトって呼んでもらえると助かるんだが」

「……分かりました。ではルクトさんと呼ばせてもらいます」


 疑問は色々とありますけど、ひとまずここは納得しておきます。そんな副音声が聞こえたような気がした。

 まぁ、実際のところ、考えたところで余計に混乱するだけだろうからな。

 城ヶ崎ルクトは、この地球に実在する人物として認知されている。とどのつまり戸籍がしっかり存在しているのだ。

 ルクト曰く、魔法でなんとかしたとのこと。住民票や編入手続きなどの書類関係も含めてだ。もうなんでもアリだと思い、今でも完全にスルーしている。改めて問いただすつもりはない。

 ティファニーにも、これらのことはボカして話した。詳しく話せば話すほど、なんとなく拗れるような気がしたからだ。ルクトもそう思ったのか、あくまで重要なポイントのみに絞って話していた。

 とはいえ、内容的にティファニーを苦い表情にさせるには、十分過ぎるレベルであることに変わりはなかったが。


「つまりルクトさんは、こっちで暮らしている間は、魔王の仕事はごく最低限しかしていなかったと、そういうことですか?」

「あぁ、それで合ってるぞ」

「でしたら!」


 ティファニーが突如、感情的に叫びながら立ち上がった。


「でしたら二年前の事件については、どう説明するおつもりですかっ!?」


 それを聞いた俺は、ルクトのほうを向いてみる。しかしルクトは、目をパチクリさせていた。まるでワケが分からんぞと言わんばかりに。

 俺も事情がよく分からないため、とりあえず聞いてみることにした。


「……二年前、何があったんだ?」

「ランフェルダ王国に、大量の魔族が押し寄せてきたんです。魔王ルーファクトの命令だと、魔族たちはご機嫌よろしく叫んでました」


 それはもはや戦争といっても過言ではなく、被害も尋常ではなかったらしい。

 王国騎士や冒険者たち、そして先代の勇者が必死に立ち向かったが、多くの死傷者を出したそうだ。

 更に先代の勇者が、魔王と直接対決させろと申し出たらしい。その勇敢な姿に、人々は光が差し込んだかのようだったとか。

 しかし、魔族はその声に応えることはなかった。嘲笑いながら不意打ちを浴びせてきたそうだ。そして先代の勇者は、それが原因で大傷を負ってしまい、引退を余儀なくされたとのこと。

 先代の勇者は魔王を討伐したときには、ティファニーと結婚する約束を正式に交わしていたらしいが、その話も消滅してしまったそうだ。


「そんなことがあったのか……けど妙だな」

「どうしてですか? もしかして、私がウソを言っているとでも?」

「あぁ、いや、そうじゃないんだけどさ……ちなみにそれ、二年前のいつだ?」

「……秋から冬にかけてですが」


 ティファニーの答えを聞いた俺は、改めてルクトと顔を見合わせる。

 やはりおかしい。どう考えてもおかしいのだ。何故ならば――


「その時って、ちょうど受験の時期だったよな?」

「あぁ。毎日のように塾に通って、この学校に受かるべく勉強していたな」


 そうなのだ。編入こそは魔力を駆使して色々と操作したルクトも、受験に関しては正々堂々挑みたいと言い出したのだ。

 寮生活のできる高校へ受かろうと、二人で一緒に進学塾へも通い出した。夏休みも冬休みも、特別講習に参加し、必死に勉強して合格を掴み取った。

 つまりランフェルダ王国に魔族が攻めてきていた頃、ルクトは受験戦争に追われてずっと地球にいたのだ。異世界戦争に加担しているヒマなどなかったハズだ。

 少なくとも俺の記憶上では、ルクトは魔王の仕事に関わっておらず、合格通知をもぎ取るまでは、連絡も取り合ってすらいなかった。

 春あたりに幹部の一人から、是非とも受験に打ち勝ってくださいと応援されたのを覚えている。確かその時は異変なんてなかったと思うが――


「……やっぱりそんなことした覚えがねぇな。ちょっと確認してみるわ」


 どうやらルクトの与り知らぬところで、起こった出来事のようだ。珍しく慌てた様子でスマホを取り出し、城に連絡を入れている。


「ねぇ、何がどうなってるの?」

「二年前の事件は、ルクトさんの指示だったのではないのですか?」

「もう少し待ってみようぜ。多分すぐに分かると思う」


 問い詰めてくる松永とティファニーに、俺はそう返した。ちょうどルクトが電話越しに魔王城の幹部の一人と話しているようだった。

 時折驚いたような声を出し、そして戸惑いと怒りを入り混ぜた感情的な声も聞こえてくる。こりゃもう、嫌な予感しかしないな。


「――ひとまずの話は分かった。あとで詳細をまとめて報告してくれ。じゃあな」


 ため息をつきながらルクトがスマホを切り、そして――


「すまん。俺んとこの部下が、盛大にやらかしちまっていたようだ」


 ティファニーに土下座をするのだった。そんなルクトに、俺は問いかける。


「……どういうことなのか、分かるように話してくれないか?」

「あぁ、勿論だ」


 そしてルクトの口から、二年前の真実が話される。

 簡単に言えば、ルクトは勝手に名前を使われただけだった。とある魔族部隊が、大きな実績欲しさにでっち上げたことだったのだ。魔族の力を見せつければ、事後報告でも絶対に喜んでくれるに違いないと、勝手に思い込んだうえで。

 しかしここで、その魔族部隊の隊長はポカをやらかしてしまう。

 軍隊資金を横領していたことが発覚し、過去にも相当やらかしていたことが次々と明かされていった。

 隊長がルーファクトという名前を好き勝手に使っていたことも判明し、今回の大規模侵攻にも疑問を持つ声が出た。

 結果、その隊長は全てをはく奪され、秘境で強制労働させられているとのこと。


「なるほど……そういうことだったんですね」


 粗方話を聞いたティファニーが、ため息交じりにそう呟いた。

 ちょっと予想外だな。言い訳しないでください、みたいなことを叫び出すかと思ったんだが。


「やけにアッサリと納得したな。てっきり俺は、言い訳するなみたいなことを言われるかと思ってたんだが」


 あ、ルクトも同じことを考えてたんだな。


「まぁ、その気持ちがないと言えばウソにはなりますが……良いように名前が使われる気持ちも分かりますから。私にも似たような経験はありますし」


 なるほど。王女様ってのも色々と大変らしい。立場が大きいんだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。


「先代の勇者様もそうでした。傍から見れば、世界の平和を守る輝かしき英雄。しかしその実態は、単なるお父様の都合の良い操り人形。勇者様の手柄はお父様が全て横取り。そしてお父様の失態は、勇者様の失態として広げてました」

「……小さい王様だな」

「全くですよ」


 思わず呟いてしまった俺の言葉に、ティファニーは苦笑で応えてくれた。

 どうやら失言には至らなかったみたいで良かった。よく見ると、松永もホッとした表情を浮かべている。

 そしてルクトは、違いないと言わんばかりにケタケタ笑っていた。どこまでもマイペースなこの男の神経が、時々無性に羨ましくて仕方がない。


「先代の勇者様が不遇に扱われている姿を、私はずっと見てきました。そんな彼を私はどうしても救いたかった。婚約者になったのも、それが大きな理由です」

「なるほどねぇ」


 ルクトが頷き、そしてティファニーに言った。


「だったら、元の世界へ帰るか? アンタ一人を連れて帰ることぐらい、俺の力ならなんてことねぇ。どうせランフェルダじゃ、アンタは死亡扱いされているだろうからな。そのまま引退した勇者の元へ行けばいいだろ」

「あ、そっか。向こうはティファニーがこっちにいることを知らないんだっけ」

「確かめる術すらねぇだろうからな」


 俺の言葉にルクトが苦笑する。つまりティファニーは、もう王女でもなんでもない存在だということだ。ルクトの言うとおり、引退した先代勇者と隠居するという選択肢も、大いに可能と言うことだ。

 ――しかしティファニーは、悲しそうな表情で首を横に振っていた。


「残念ながら、それはもう叶わない話です。先代の勇者様は、もういませんから」

「え、それってまさか……」


 嫌な予感がして尋ねてみると、ティファニーは首を縦に傾けた。


「引退された数日後に、暗殺されてしまいました。お父様は魔族の仕業だと憤慨しておられましたが、果たしてそれも本当のことなのかどうか……」


 なんとも胡散臭い話だな。案外、ランフェルダの王様が仕向けたことだったりするんじゃないかねぇ。役立たずの勇者など邪魔でしかない、とか言い出してさ。

 ――チラッと考えてみたが、なんとなく本当のような気がしてきた。

 どちらにせよ、これまでの話を聞いた限りじゃ、ランフェルダって国はかなり黒い感じだ。飛ばされた隣のクラスの連中は、本当に大丈夫なんだろうかな。

 あんまり良い予感はしないが、無事でいることを祈ろう。

 人間って生き物は、案外しぶとかったりするからな。たとえピンチになっても、なんやかんやで生き延びている可能性は、十分にあり得る気はする。

 ただ――残酷な手に走りやすいのも人間の特徴なんだよな。

 自分たちの好都合のために、不都合のヤツを蹴落とす。そして落とした側は決まってこう言うんだ。ヤツは俺たちのために犠牲となった素晴らしき者だと。

 そしてそれは隣のクラスの連中だけじゃない。恐らく異世界側――ランフェルダの人間とて例外ではないだろう。

 結果的に、ティファニーを犠牲にして勇者召喚を行ったことになるが、果たして向こうの王様たちはどう思っているのやら。

 今しがた聞いた、ティファニーの王様に対する口ぶりからして、あまり良い期待はできないのかもしれないな。

 まぁ、なんにせよだ。運悪く飛ばされた隣のクラスの諸君。幸運を祈る。


「ところで、ティファニーさんはこれからどうするの?」

「そうですねぇ。元の世界へ帰ったところで、行くところなどありませんから。王国へ戻っても騒ぎになるだけでしょうし」

「跡取りの問題とかは?」

「妹がいるので大丈夫ですよ。私が媒体になると決まった瞬間、妹を正式な跡取りにすると、お父様は正式に発表していましたから」


 だとしたら、無暗に戻れば消される可能性もあり得るな。松永とティファニーの会話を聞きながら、俺はそう思った。

 元の世界へ帰るという選択肢自体を取り消したほうが良いかもしれない。言い換えればティファニーは、こっちにいたほうが安全だと言うことだ。

 となれば、ひとまず今後は――


「学校にでも通ってみるか?」

「えっ?」


 ティファニーが目を見開きながら俺を見ている。心の中で呟いたつもりだったんだが、口に出てしまっていたようだな。

 それはともかく、折角だから提案させてもらうとしよう。


「いや、行くところないんだろ? だったらティファニーも、この学校に通ってみたらどうかなーって思ったんだけど……」


 俺がそう言った瞬間、ルクトと松永が表情を輝かせた。


「そりゃ良い考えかもな」

「うんうん♪ ここなら寮もあるし、私たちもいるから良さそうだよね。ちなみにティファニーさんって、今は何歳なのかな?」

「え、えぇっと……十七です。誕生日を迎えたばかりです」

「じゃあ、俺たちと同じ学年だな」


 俺はそう言いながらルクトを見ると、ルクトも分かってると言わんばかりに、笑みを浮かべながら頷いた。


「戸籍やら編入の手続きやらは、俺が魔法でなんとかしてやるよ。俺たちのクラスに来れるよう、上手く仕向けてやるさ」

「あ、だったら寮は、私の部屋に来ればいいよ。二人部屋なんだけど、ちょうど今は一人なんだよね」

「というわけで、ティファニーさえ良ければ決定だけど、どうする?」


 俺たち三人から視線を向けられたティファニーは、少し考える素振りを見せ、やがてゆっくりと頭を下げた。


「……よろしくお願いします」

「じゃあ、ちょっくら動き出すとするか!」

「私ちょっと、部屋から予備の制服持ってくるね。ティファニーさん、その恰好じゃ動き辛いだろうし」


 ルクト部屋を飛び出していき、それに続いて松永も楽しそうに鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。

 そして二人きりとなった部屋で、ティファニーが俺に視線を向けてくる。

 ――かなり神妙な表情で。


「アキヒロさん、貴方は一体何者なのですか?」


 いや、何者って言われても――そんな大層な存在じゃないんだがなぁ。

 とりあえず、正直に答えてみようか。


「至って普通の人間だよ。異世界の魔王と腐れ縁ってだけのな」

「……それのどこが普通なんですか」


 何気に失礼だな。俺はルクトと違って、何の能力も持ってないというのに。しかもティファニーの様子からして、明らかに俺を勘ぐってるし。

 まぁでも、ここは放っておいても良いだろう。俺がただの人間であることは、すぐにでも分かることだからな。

 そして数分後、松永が持ってきた制服をティファニーが着てみた。

 ――胸が少しキツイです、という言葉が放たれた瞬間、松永の笑顔がピシッと凍り付いたのは、恐らく気のせいではないだろう。



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