第二話 ルクトの正体を知っている二人
今朝の事件発生から数時間が経過した。
夕方になった今でも、校舎――特に職員室付近では、保護者軍団とマスコミ軍団が押し寄せている。
まぁ、保護者が来ているのは分かる。学校から連絡があったんだろうし、我が子を心配して駆けつけるというのも、極めて自然なことと言える。
しかしマスコミに関してはどうだろうか?
学校側が知らせたというのは、まずあり得ないだろう。今回の件は、どう転んでもマイナスな評価は避けられない。それを少しでも避けるべく、むしろマスコミに知られてはならない、という考えに至るのが自然な気がする。
とはいえ、考えられる可能性も色々ある。インターネットのSNSだ。
この学校にも生徒はたくさんいる。スマホを使って書き込んでいるヤツは、一人や二人ではないだろう。一応先生たちも忠告はしていたが、果たしてどれだけ効果があったことやら。
しかも今回に限って言えば、そんじょそこらのいじめ事件とはワケが違う。
シチュエーション的に、ラノベでよくあるクラス全員が異世界召喚された状況によく似ている。それを考えて興奮したヤツも、少なからずいたに違いない。
――まぁ、似ているどころか、異世界召喚そのものなんだけどな。
とにかく今回の件が、外部に漏れ出ることは避けられなかった。したがって、マスコミ軍団が押し寄せてくることも、想像の範囲内と言える。
もっとも先生たちだけでなく、俺たちからしてもいい迷惑ではあるんだが。
「マスコミのヤツらウザすぎ!」
「これじゃコンビニに行くことすらできねぇよな」
寮の廊下を歩いていると、とある男子二人の文句が聞こえてきた。
マスコミ軍団は職員室付近だけでなく、正門や裏門にも待機しているのだ。こっそり出てきた学校関係者を捕まえ、取材するつもりなのだろう。
そのしつこさと熱意と根性の凄まじさは、呆れを通り越して凄いとすら思えてくるから、不思議なモノである。
とはいえ、俺たちからすれば迷惑以外の何物でもない。
なにせ寮は学校の敷地内にあるのだ。つまり外へ出るためには、必ず正門か裏門を通らなければならず、必然的にマスコミ軍団という名のボスモンスターと対峙する羽目になる。
生徒たちも好き好んで挑もうとは思っていない。最初こそ、興味本位とテレビに映りたいがために、不用心に顔を出していたヤツらも何人かいたのだが、帰ってきたときには辟易としていた。
そして言っていた。アレは人間じゃない、血も涙もないモンスターだと。
その話はたちまち寮全体に広がり、静かになるまで校内を移動することも控えようじゃないかと、そんな通達がさっき来たばかりだ。
幸い、寮の前にマスコミ軍団の姿はないが、生徒会長と寮長の判断により、正面玄関を締め切ることが決定された。おかげで出入りは、学食へ通ずる裏口のみとなってしまった。
寮で暮らしている生徒は少なくないため、そりゃあ文句の声が多くなるのも無理はない。じゃあルクトはどうやって抜け出したんだという疑問もあるが、そこは考えるだけムダである。
なにせアイツは、文字通りの異世界チート持ちなのだから。
さて、そんなチートな男が保護してきたお姫様だが、未だ目を覚ましていない。
少なくとも命に別状はなく、次元を超えたショックによるモノだと、ルクトは予測していた。
時差ボケに近いイメージとのことだが、彼女の場合、決してそれだけとは言い切れないだろうと、俺は思っていた。
ティファニーと呼ばれるお姫様は、勇者召喚の媒体となっていた。その際に受けた負担は相当だったハズだ。それこそこうして生きているのが、奇跡としか言いようがないくらいに。
更に言えば、外傷も全然ないのだ。これに関してはルクトも驚いていた。
召喚儀式というのは、ダイレクトに魔力を浴びまくる。たとえ運よく生き残ったとしても、体の数ヶ所が使用不能になっていても不思議ではないとか。
ルクトが魔法で治したのではと俺は思ったが、そんな魔法は使えないとルクトは胸を張って堂々と断言していた。偉そうに言うことでもないような気はしたが、とりあえずそこらへんはスルーしておいた。
「あーきひっろくんっ♪」
弾むような声が後ろから聞こえた。振り向いてみると、一人の顔見知りである女子生徒がそこにいた。
「松永……いつの間に」
「秋宏くんがボケッとしてるからだよ……なーんてね」
イタズラっぽく笑う彼女の名は、松永ゆかり。俺やルクトのクラスメートだ。
ちなみにルクトの正体を知っている一人でもあり、何かと三人一緒に行動することが多い。周囲からも固定グループとして認識されているほどである。
去年の入学式直後ぐらいに、たまたまルクトが魔法を使っている場面を松永が目撃していなければ、こうして友達になることもなかっただろう。あのときはかなり焦ったもんだが、今となっては良かったと思っている。
まさに結果オーライというヤツだな、うん。
「そんなことよりも、さっき部屋でラジオ聞いてたんだけど……」
ラジオねぇ。まさかとは思うが――
「まーた、ルクトくんが抜け出して暴れてたんだね? しかもなんか、誰かを運んでたっぽいじゃない?」
あぁ、やっぱりそれか。きっと松永は、そのことを尋ねに来たのだろう。
しかしこれは好都合かもしれんな。ここで味方を増やせしておけば、何かと楽になるような気がする。
「……それについて話したいことがあるんだが、ちょっと来てもらっていいか?」
「ここじゃ話せないことなの?」
「まぁな」
流石に異世界のお姫様を運んできましたとは言えないわな。まぁ、話したところで誰かが聞いてたとしても、恐らく信じない――いや、やっぱりダメだ。異世界云々抜きに、女の子を連れ込んだってことばバレるのはマズすぎる。
やっぱりここで話さないのが得策だな。
「俺も興味があるな」
その声に俺は、思わずビクッとしてしまう。
どうにも聞き覚えのある、ネチっこく付きまとうかのような低い声。どうしてか俺に目を付けている、三年の先輩の声。
恐る恐る振り向いてみると、ニヤリとした笑みが見えてしまった。
風戸龍之介先輩。この学校の生徒会長だ。
ルクトと同じく絵に描いたようなイケメンであり、見た目はメガネをかけた物静かなインテリ系、しかしその中身はかなり情熱的ときている。
そのギャップに驚く者も多く、かくいう俺もその一人だった。
ついでに言えば、そのギャップについていけず、モテそうなのにモテない道をひたすら突き進んでいる人でもある。
最初は必ずと言って良いほどキャーキャー言われるのだが、翌日には少しばかり引いたような表情で遠巻きに観察する。例えるならばそんな感じだろうか。
現に隣にいる松永も、風戸先輩に対して、思いっきり表情を引きつらせている。
面倒な人が出てきたなぁと、そんな言葉が聞こえて来るかのようだ。
「城ヶ崎が何かしでかしたことは分かっている。よもや、今朝の一件にも関係しているとかではあるまいな?」
「あー、その……」
俺は思わず言い淀んでしまう。風戸先輩もルクトの正体を知っているため、異世界云々について隠す理由はどこにもない。
しかしながら、どう答えたモノか。
そんな感じで答えに詰まっていると、先輩が目をスッと細めた。
「なるほど、それなりに無関係ではなさそうだな」
相変わらず勘が鋭い――いや、俺がハッキリ答えられなかったのも良い証拠か。
風戸先輩に下手な誤魔化しは効かない。それは火を見るよりも明らかだ。しかし現時点で話せるほど、俺も状況をまとめきれてないことも確かだ。
「……色々と整理したら伝えに行きますから、それまで待ってもらえませんか?」
「分かった。急ぎはしない」
風戸先輩が頷いてくれて良かった。今は正直、それ以外に言いようがなかったからな。
しかしどうしてかな。風戸先輩がフッと小さく笑う姿が、どうにも俺の中に不安という二文字を駆け巡らせるのは。
「今朝の一件で、恐らく生徒会も忙しくなってくることだろう。その際にはお前たちにも声をかけるつもりだ。期待して待っていたまえ」
そう言って風戸先輩は踵を返し、片手を上げながら去っていった。
まるで今の言葉は、釘を刺してきたようにも感じる。絶対逃がさないから覚悟しておけと、そう言われたかのようであった。
「風戸さん……本気で秋宏くんを、生徒会長にしようとしてるみたいだね」
「あぁ。ついでに言えば、ルクトもメンバー入り決定だし、松永も庶務かなんかで入れさせようとしてるっぽいぞ」
「……マジッスか?」
「マジ」
どうして私まで巻き込まれるの、と言わんばかりの松永には悪いが、もう逃れることは不可能だ。少なくとも俺はそう思っている。
風戸先輩が俺に目を付け始めてからも色々とあったが、ルクトが異世界人で魔王でもあると知ってからは、更に声をかける回数が増えた気がする。
なんとなく、ルクトと二人で想像してたのだ。もしかしたら俺たちを生徒会入りさせるつもりじゃないかと。
シャレのつもりで笑いながら行ったことが、まさか本当になるとは、流石に予想すらしていなかった。
ある日、俺とルクトが生徒会室に呼び出された。そこでは生徒会メンバー全員が待機しており、異様な空気を解き放っていたのを覚えている。
そこで風戸先輩から直々に言われたのだ。俺を次期生徒会長に、そしてルクトを次期副会長に推薦すると。
どうやら風戸先輩が一人で決めたことだったらしく、他の現生徒会メンバーには全く話していなかったらしい。だから皆揃って驚いてたんだ。え、何それ聞いてないんだけど、みたいな。
無論、俺とてすぐに頷いたワケではない。むしろ抵抗したほうだ。
ハッキリ言ってメンドくさい。役職を与えられるのは光栄なのかもしれないが、色々と表に出たり面倒な仕事をしなければならなさそうで、想像しただけでもゲンナリとしてしまう。
しかし、さっきも言ったと思うが、風戸先輩に誤魔化しは通用しなかった。
下手に足掻くよりも、素直に頷いたほうが楽になれる。心の底からそう思えてしまうくらいにだ。
まぁ、そんなわけでだ。俺が今年度中に、生徒会長の椅子に座ることは、既に決定事項となっている。
ルクトも誇らしげに頷いていた。そして帰り際に俺に言った。
こんなことは滅多にないことだぞと。魔王という立場を持っている俺が言うんだから間違いないと。
それを言われたときには、流石に何も言い返せなかった。
同時に思った。仕方がないから腹を括ろうと。
別に俺一人でやれと言われているワケでもない。ルクトとも長い付き合いで気心も知れている。そう考えれば幾分、気が楽だとも言えた。
「松永が俺たちと一緒に行動していることは、先輩もよく知ってるからな。三人とも部活してないから、入るのに不都合もないだろうって言ってたよ」
「あー……なるほどねぇ……」
松永が脱力しながら項垂れる。どうやら諦めたようだ。
「まぁ、松永の場合は庶務かなんかって言ってたし、気楽なほうだろ」
「どうだろうねぇ」
そんな会話をしながら、俺たちはルクトたちが待つ部屋へと向かった。
どこかで、まるで熟年夫婦みてぇだな、という声が聞こえたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。
◇ ◇ ◇
「んーっ! んんーっ!!」
彼女は一生懸命声を出しているが、如何せん言葉になっていない。
ティファニーこと異世界のお姫様のなんとも言えない姿に、俺も松永も呆然と立ち尽くしてしまっていた。
俺たちが部屋に戻ってきた瞬間、その光景が飛び込んできた。
青白く光っている何かで縛り上げられており、同じく青白く光っている何かで猿ぐつわをさせられ、まともに喋れない状態となっている。それでもティファニーは必死に、涙目で俺たちを睨みつけながら叫んでいた。
何を言ってるのかは正直分からないが、なんとなく予想はできる。
早くこれを解きなさい、もしくは殺すなら早く殺しなさい、といったところか。
その隣では、良い仕事をしたぜと言わんばかりに、額の汗を拭う仕草を見せるルクトがいた。このままじゃ埒が明かないから、とりあえず質問してみよう。
「ルクト、コレって一体何事?」
「起きたら急に暴れ出しちまってな。仕方ないから黙らせた」
「いやいや、全然黙ってないと思うんだけど」
「なぁに些細な問題さ。いやー、実に良い仕事をしたぜ」
あらら、本当に俺が予想した言葉を言ってしまったよこの男は。しかも額の汗を拭う仕草を繰り返してるし。
それはともかくとして、この状況を一体どうするべきだろうか。
まぁ、どうするもこうするも、なんとかして落ち着かせて、彼女と話をするのが一番なワケなんだが――ここまで怒り狂ってると、かなり面倒だなぁ。
「とりあえずルクト。この部屋に結界を張ってくれないか? このお姫さま、どう見ても爆発寸前で危なすぎる」
「そうだな。ちょっと待っててくれ」
ルクトが目を閉じて魔力を動かし始める。部屋全体が青白く染まっていくのを確認したところで、俺はティファニーに恐る恐る話しかける。
「あのー、俺の友達が粗相をしてしまったことは謝りますんで、とりあえずどうか落ち着いてくれませんか?」
「んん、んんんーっ! んんんんん、んんんーーっ!!」
あ、多分だけどこのお姫様、殺すなら殺せって言ったな。
「私たちは武器も何も持ってないですよ。アナタに危害を加えるようなこともできませんし、するつもりもありません。このバカにもよく言って聞かせますから、どうか落ち着いて、私たちと話をさせてもらえませんか?」
松永が一歩近づきながら、ティファニーに優しい声色で語り掛けた。ちなみにバカというのはルクトのことだ。
どうやら松永が言ったことに不服があるらしく、結界を張り終えて振り返りながら文句を言い始めた。
「おいおい、バカってのは俺のことかよ。これでも緊急事態の対処を……」
「いいから黙っとけ」
俺はルクトの頭にチョップを入れてやると、ルクトは「おぶっ!」という声とともに膝をつく。場合が場合なだけに、少し強めにツッコんだのだが、どうやらかなり効いたらしいな。
「アキぃ……お前そんな容赦なくやるこたぁねぇだろうが……」
「もっと穏便に済ます方法もあっただろ。頼むから少し黙っててくれ」
「そうだよルクト君。これ以上迷惑をかけないで!」
「う……いや、俺はこれでもまお……」
「「それ以上言うな!!」」
俺と松永のツッコミがシンクロする。危ない危ない、思わずルクトに魔王と言わせてしまうところだったぜ。
――ん? なんか知らんが、ティファニーがいつの間にか黙ってるな。しかもワケが分からなさそうな視線で俺たちを見ているし。
とにかく好都合だ。このタイミングを逃す手はあるまい。
「お願いします。信じられないのなら、どうか俺の目を見てください」
そして俺はしっかりと目を開き、ティファニーの目を見る。
「私からもお願いします!」
そう言いながら松永も、俺の隣に来て、真剣な表情でティファニーを見た。
どうかこれで伝わってほしい。そんな願いとともに、俺たちはお姫様のルビー色の目を見る。
やがてティファニーはスッと目を閉じつつ、体の力を抜く。さっきのような睨みとは違う、穏やかな目をしていた。
どうやら少しは信じてくれたらしく、俺と松永も安心しながら笑みを浮かべた。
「縛られてる姫さんと見つめ合う……傍から見ると凄い光景だよな」
とりあえずルクトには、もう一度ビシッとチョップを食らわせておこうと思う。