第十六話 そして数年後……腐れ縁は途切れそうにもない
入学した者はいつか卒業する。言ってみれば当たり前のことだ。
そんな当たり前のことも、いざ目の前にしてみると、色々感慨深いモノがある。卒業証書を片手に舞い散る桜を見上げながら、俺はそう思った。
あれから特に異世界絡みの大きな騒ぎが起こることもなく、学校を中心にそれなりの騒ぎを織り交ぜつつ、賑やかな日々を過ごした。
そして今日、俺たちは卒業する。三年間世話になった寮ともお別れだ。やはり少しは寂しく感じるもんだな。
結局、隣のクラスの連中は、異世界へ飛ばされたまま帰ってきていない。手がかりが得られないまま、流れるような時が過ぎた。それ故に飛ばされたヤツらの親御さんたちも、徐々に諦めの声が増えてきているのが現状だ。
流石にあんまりかと思い、ルクトやナタリアを通して一時帰還だけでもと考えてはみたのだが、それはそれで難しいと判断された。
何故なら連中は既に、かなりの人数がこの世を去っていると判明したからだ。
勇敢に魔物に立ち向かったが、力及ばず散った――みたいな感じであれば、どれだけ美談だったことか。事実はそう綺麗なモノではない。
チートを悪用したツケを払わされる形で、無様な去り方をした。残念なことに、殆どのヤツらがそんな感じだったと、ハイドラさんから教えてもらった。
一応俺も、ルナディールさんに聞いてみた。
そもそもの原因は神側にあるのだから、少しでも情状酌量の余地はあったんじゃないかと。
しかしルナディールさんは、首を横に振った。ここまで見事に拗れている以上、もうどうしようもないと言われてしまった。
まぁ、これも予想どおりではあった。むしろ予想どおり過ぎて、思わず深いため息が出たくらいだ。
どう聞いても、自業自得な部分が大きいのも否めない。授かったチートを悪用しなければ、それで済む話だったとツッコまれれば、確かに何も言い返せない。
やはりどうしても色々とややこしくなってしまうことは避けられず、自分たちの中にしまっておくことにしよう。
そう結論付け、生徒会メンバーを中心に皆で密かに頷き合うのだった。
冷たいと言われればそれまでだが、俺としても好き好んで面倒なことはしたくないからな。
――さて、そろそろ俺たちの話に戻ろうか。
まず結論を言わせてもらうと、俺たち五人の進路は、見事バラバラとなった。
「俺は魔界へ帰るよ。そろそろ魔王に戻って仕事をしないとだからな」
「大学へも行ってみたいけど、やっぱボクも、神として色々とするべきことがあるからね」
そう言ってルクトもナタリアも、それぞれ高校卒業を機に、元の場所へ帰ることが決まった。
「私は春から、ゆかりさんと一緒に暮らすことになってるんです」
「ルームシェアってヤツだね。進学したら実家を出なさいって、お父さんたちからも言われてたし」
松永とティファニーは、同じ大学へ進学。なんでもティファニーは、松永の家族にえらく気に入られたという話だ。
まぁ、気品溢れるおしとやかさを持ってるからな。分からん話ではない。
「アキも大学からは一人暮らしするんだろ?」
「まーね」
そして俺も、地方の大学でのんびり過ごそうと考えている。こんな感じで、俺たちはそれぞれ別々に歩くことになったのだ。
意外なことに、それを皆揃ってアッサリと受け入れていたから驚きだ。
流石に少しばかり寂しいという気持ちはあった。しかし皆がそれぞれそう決めたのだから仕方がない。
「じゃあ皆、色々とありがとう」
「おう、またな」
「ボクも楽しかったよ♪」
「こちらこそ、皆さんには本当に感謝しています」
「またね。たまにメールとか送るから♪」
そう言って、俺たちは固い握手を交わして別れた。
なんだかんだでずっと一緒に行動していたというのに、ここまでアッサリなのかよと思えてくるが、これはこれで悪くはないんじゃないかという気もしていた。
少なくとも、変に湿っぽくなるよりかは良いだろう。それぞれがやることを決めて前へ進もうとしているのだから。
それに俺は思うのだ。俺たち五人は、またどこかで揃う時が来ると。
当たり前のように繰り広げていた、あの生徒会室みたいな出来事が起こるんじゃないかと、俺はそう思えてならなかった。
否――そうであってほしいと、俺は願っていた。
だってやっぱり、これっきりなんて寂しいじゃないか。自他共に認めた腐れ縁という名の絆が、こんな簡単に切れるなんて、流石にあんまりじゃないか。
そう思いながら俺は、再び澄み渡る青空を見上げるのだった。
――そしてそんな願いは、見事叶えられることとなる。
数年後、想像もしていなかった形で。
◇ ◇ ◇
鳴り響く電話、パソコンのキーボードを叩く音、お得意様と話し合いをする声。至ってどこにでもある事務所の光景そのものだ。
そんな場所に俺はいる。所長の席に俺は座っている。
もうすぐ行われる月一定例会議用の資料をチェックしているところに、一人の女性スタッフが歩いてきた。
「所長。今朝頼まれてた書類、メールで送っておきました。確認お願いします」
「はーい、どうもです」
返事とともに書類を受け取った瞬間、俺は小さなため息をついた。
「……つーかさ、別に俺ら以外誰もいないんだから、そんな他人行儀じゃなくても良くないか、ゆかり?」
「そういうわけにもいきませんよ。あくまで今はお仕事中なんですから。それに、妻が夫を下から支えるという意味で考えれば、自然なことですよ♪」
「はぁ……まぁ仕事中ってのに、異論はないんだがなぁ……」
俺は再度ため息をついた。
今の会話でなんとなく分かったと思うが、彼女は沢倉ゆかり。旧姓、松永。俺の嫁さんで、事務所の庶務全般を引き受けてくれている。
なんつーかアレだ。少なくとも俺とゆかりの腐れ縁は途切れるどころか、更に固く実を結ぶ形になったってところだな。
一応言わせてもらうが、特に何かロマンス的なことがあったワケでもない。大学時代になんとなく付き合い始め、卒業後に今の事務所を構えると同時に、俺たちは籍を入れた。
プロポーズも至ってアッサリしたモノだったんだよな。
『……折角だし、結婚するか?』
『うん、さんせー♪』
確かこんな感じだったと思う。後でティファニーに話した際、頭を抱えながら唸っていたのを覚えている。
『なんでそんなムードのカケラもないんですか? ゆかりさんもどうしてそうアッサリと受け入れちゃうんですか!?』
『いや、だってなんかこう、秋宏くんらしいなーっていうか……』
『だあぁーっ、もうこの人たちはあぁーっ!!』
俺はその瞬間、絶句した。普段落ち着いていていかにも清楚なお嬢様なティファニーが、あんなに両手で頭を掻きむしりながら叫ぶとは。
取り乱した人間のキャラの変貌が以下に凄まじいか。それを俺は改めて思い知ったような気がした。
まぁそんなワケで結婚した俺たちは、夫婦でこの事務所を構えている。
表向きは至って普通の多目的ビジネス事務所。ネットを活用した人材派遣や、商品の売買が主な内容のヤツだ。
しかしその実態は――
「ところで、また魔界支部のほうから要望が来たみたいですね?」
「あぁ。こっちのインスタントラーメンは、下手な高級料理以上なんだとさ」
「魔界にある貴金属や、人間界で採取できる鉱石は、こっちじゃお宝同然として扱われるモノばかりなんですけどね」
「それだけ異世界ってのは、こっちとじゃ見る目も価値も違うんだろ」
異世界と地球を結ぶ取引を主な仕事としている事務所だ。当然そこには、現魔王である俺の昔馴染み――ルーファクトことルクトが関わっている。
ちなみにこの事務所は本部でもある。つまり俺は異世界絡みの会社のトップでもあるということだ。
そもそもこのビジネスを考えたのもアイツであり、本来ならアイツ中心で展開するべきだろうと思っていたのだが、何故かそのトップに俺がいる。
ルクト曰く、アキが上にいてくれたほうが安心だから、だそうだ。全く意味が分からんぞ。
ちなみに魔界とメインで取引する関係上、魔界にも支部がある。支部長は当然の如くルクトだ。
そして――
「あ、電話。私が出ますね――」
うちの事務所の電話は、営業先――それも魔界支部からのが九割を占めている。となるとその相手も、大体決まっているモノだ。
「所長、十二番に浜崎さんからお電話が入ってます」
「はいよ」
やっぱりだな。俺はゆかりに返事をしつつ電話を取った。
「もしもし」
『魔界支部の浜崎と申します。いつもお世話になっております』
ハッキリとした口調でそう言われた俺は、思わず顔をしかめてしまう。
「……どーも。何度も言ってるけど、そんなかしこまらなくてもいいぞ? 俺たち同級生じゃないか」
『あくまで僕は、沢倉さんの部下ですから。線引きはしっかりしておかないと』
「そうか。まぁでも、確かにごもっともな意見だわな。俺も気を付けるよ」
『沢倉さんは大丈夫ですよ。なにせ我々のトップなんですから』
「いや、だからこそ気を付けるべきだと思うが……」
『流石ですね。ウチの支部長が認めるのもよく分かりますよ』
「はは……そりゃどーも」
電話の相手は浜崎健治。数年前、異世界に飛ばされた隣のクラスの一人だ。
そして今は魔界支部の営業部長を務めている。その役割上、こうして俺と話す機会も多いというワケだ。
数年前、彼は魔王として戻っていたルクトと再会。それをキッカケに、地球へ帰る手段を手に入れた。
そして地球へ帰還し、彼は親御さんたちとこっそり再会。
嫁さんである魔族のお嬢さんを紹介がてら、異世界の存在を明かしたのだった。
その話題を広めないようにすることは難しくなかった。何故なら、彼の親御さんは神隠し事件の会に入っておらず、その会自体も数年前に綺麗サッパリ解体されてしまっていたからだ。
どうして解体されてしまったのか、その真偽は不明のままだ。
会の皆さんが心身ともに疲労を蓄積させ、体を壊したりして生き、運営を続けることが困難だと判断されたというウワサもあるが、本当かどうかは分からない。
まぁ、とにかく浜崎の家族さんたちは、それでどうにか落ち着いた。
そして現在、彼は異世界で暮らしている。嫁さんとの間に子供もいて、こないだ家族三人で事務所に挨拶に来た。幸せそうで羨ましい限りだった。
「それで? 何か問題でも起こったのか?」
『いえ、ウチの支部長が会合がてら、そちらへ行きたいと申しておりまして』
「そうなのか? だったら直接アイツから連絡くれれば……」
『あ、いえ、それがですね……』
妙に歯切れが悪いな。やっぱり何か問題が――と、そこにインターホンが鳴る。誰かが事務所にやってきたようだ。
――おいおい。
「よぉ、アキ。久しぶりだな」
ゆかりがドアを開けると、黒のロングコートに身を包んだルクトが現れた。
「ルクト……つまりはそういうことか」
『えぇ、まぁ、その、はい。是非とも驚かせたいとかなんとか……』
「……分かったよ。後はこっちで受け持つわ」
『よろしくお願いします』
俺は浜崎との電話を切り、改めてルクトを見上げる。
「わざわざこんなことしなくても良いだろうに」
「まぁ、そう言うなって。折角懐かしいヤツらも連れてきたんだからよ」
「懐かしいヤツら?」
俺が首をかしげると、ルクトの後ろからもう二人ほど入ってくる。
その姿に、俺もゆかりも目を見開いた。
「ティーちゃん? それにナタリアも……」
「どうも、お久しぶりです」
「やっほー♪」
なるほど。こりゃ確かに懐かしいし、驚かされちまったわ。
まさかあの頃の生徒会メンバー五人が集結するとは、思ってもみなかったな。
「近々、この近くで喫茶店をやる予定なんです。よろしかったら、是非ともいらしてくださいね。ささやかですが、引っ越しのご挨拶です」
ティファニーが紙袋を掲げながらニッコリと笑う。どうやらお店で使ってるのと同じコーヒー豆を持って来てくれたらしい。
「ボクも神の仕事で、地球調査チームの一員になったんだ。それでボクは、この町を拠点に活動することになってね。もしかしたら、アキ君の事務所に依頼するかもしれないから、ヨロシクぅ♪」
ウィンクしながら、どこまでも軽いノリで言うナタリア。全くコイツも相変わらずのようだな。
「俺も時々こっちに遊びに来るからよ。手伝えることがあったら、なんでも言ってくれよな。力になるぜ」
ルクトが俺の机に持たれながらニッと笑う。あぁ、やっぱり相変わらずだ。
皆も、そして恐らく俺も、誰一人として変わってなんかいないんだ。
毎日のように、集まっていたあの頃から。寮の部屋や食堂、そして生徒会室で楽しく笑ったりしていた、あの頃から。
「秋宏くん」
ゆかりが俺に微笑みかける。それに俺は小さく頷いた。
「あぁ、これからも、色々とよろしく頼むな」
俺が笑みを浮かべてそう言うと、皆も頷きながら笑い返してくれる。
また始まるのだろう、少しばかり騒がしい日常が。高校時代の続きとも言える、賑やかで忘れることのできなくなりそうな、長い長い日常が。
どうやら俺たちの腐れ縁は――決して途切れそうにもないらしい。
これにて本作はオシマイとなります。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。