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第十四話 番外~とあるランフェルダ執事の日記~



 私の名はファビウス。ランフェルダ王国の貴族家で執事をしております。

 数十年前、前のご当主様に拾っていただき、代替わりした今でも、仕えている家への忠誠は全く持って変わりません。

 現ご当主様もそのご子息であるハム様も、本当に頑張っておられます。ハム様は時折ヤンチャをする傾向がありますが、それもまた若さゆえのこと。いつしか立派なお姿を拝める日が来ることを、私は信じております。

 さて、この度我がランフェルダ王国に大きな動きがありました。ある種の一大事件とも言えるでしょう。

 今回は私が付けた日記を通して、それらを振り返ってみたいと思います。



 ◇ ◇ ◇



 ――秋、二十一日目。


 本日の早朝、国王様から直々に発表がありました。なんと異世界召喚を行い、勇者様を我が国にお呼びするというのです。

 我が屋敷でもご当主様や奥様が、日々その話で盛り上がっております。そしてハム様もまた、俺の剣の腕で異世界の勇者を鍛えてやるぜと、すっかり舞い上がっておられました。

 しかし、私にはどうにも胸騒ぎがしてなりません。何か良くないことが起こりそうな、そんな気がしてならないのです。

 これが単なる私の杞憂であってほしいと、心から願ってなりません。



 ――秋、二十二日目。


 本日、またしても王家より発表がありました。第二王女であるステラ様が、正式な王位継承者となるそうなのです。

 本来ならば、第一王女であるティファニー様が王位継承者であったハズ。

 つまりそれが示すことは、たった一つしかありません。

 異世界召喚は儀式に寄って執り行われます。そしてその儀式には、王家の人間による媒体が必要であると、風のウワサで聞いたことがあります。

 ティファニー様がその媒体に選ばれた。要はそう言うことなのでしょう。

 あまりここで記録するべきではないのかもしれませんが、それでも記さずにはいられません。

 恐らくですが、ティファニー様は半ば無理やり、媒体に選ばれてしまった。国王様とステラ様の策略によるモノでしょう。

 あのお二方ならやりかねません。どちらも私利私欲のためならば、何でもするような方々ですから。

 ティファニー様にも同じ血が流れているとは到底思えないほどです。



 ――秋、二十六日目。


 ついに異世界召喚が決行されました。そしてそれは無事に成功しました。

 勇者様はこちらの世界に無事到着なされました……三十人近く。

 どうやらこれは、国王様にとっても計算外だったらしく、ひとまず全員を勇者ないし勇者候補として迎え入れるとのことでした。

 媒体となられたティファニー様については、一言も話されませんでした。伏せている様子もなく、もう既に記憶の彼方へ葬り去ったのかもしれません。

 せめて、天国ないし来世で、幸せな人生を歩んでほしい。

 それが私の、せめてもの願いでございます。



 ――秋、二十七日目。


 召喚された勇者様たちの情報を小耳に挟みました。

 なんでも神から凄い能力を授かったとか。

 勇者様たちはそれを「ちーと」と呼んでらっしゃるようですが、果たしてどのような意味なのでしょうか?



 ――秋、二十八日目。


 本日、ハム様が意気揚々と家を出て行かれました。

 なんでも勇者様たちと剣の相手をするとか。勇者様たちに己の実力を見せつけてやるとかおっしゃってました。

 確かにヤンチャさが目立つハム様ですが、剣の修行もこなしておられました。それは実力として積み重なっていることも含めてです。

 しかしなんというか……嫌な予感がします。

 夜になってもハム様は帰っておらず、街で見かけたという情報もなく、王宮を出た様子も無いようなのです。ご当主様がいくら問い合わせても、門前払いされているとか。

 もしやハム様の身に何かあったのでは……杞憂であってほしいのですが……。



 ――秋、二十九日目。


 私の嫌な予感は、実に最悪な形で当たってしまったようです。

 ハム様は勇者様に打ちのめされたそうです。それも圧倒的な力で。

 どうやら神から授かった「ちーと」という能力は、それほどまでに凄まじく、太刀打ちできるモノではないようです。ハム様が長年かけて培ってきた努力を一瞬にして粉々にしてしまうほどに。

 包帯だらけのお姿となったハム様は、自室のベッドで休まれております。

 勇者様たちに相当手酷くやられたようで、未だ意識が戻らず、ケガが癒えるのも長い時間を要すると、王宮の方がおっしゃっておりました。

 痛々しいお姿となったハム様に、ご当主様と奥様は言葉を失っておられました。かくいう私も同じ気持ちです。

 私は夢でも見ているのではないでしょうか?

 目が覚めたら、いつものようにメイドにいたずらをして叱られている姿が見れるのではないでしょうか?

 どうか……どうか本当に、そうであってほしいと、心から願ってやみません。



 ――秋、三十六日目。


 あれから一週間が経ちました。ハム様は未だ目を覚ましません。

 ご当主様と奥様は、人が変わられたように思います。

 いつもはお仕事で何日も家を空けることが当たり前なご当主様は、あれから毎日必ず帰宅し、必ずハム様の様子を見ておられます。

 そして奥様は、どうしても外せないご用事などがない限りは、ずっとハム様に付き添っておられます。

 これには私もメイドも驚きました。普段はメイドや私に任せっきりだったハム様のお世話を、自ら率先して行っているのです。そして分からない部分を、堂々と私たちに質問してくるのです。

 奥様は長年の貴族夫人としての生活に慣れてしまっていたのか、ご自分で洗濯や掃除、料理をする機会は、ここ何年もなかったそうです。

 そんなご自身に対し、奥様は恥ずかしそうに俯いておられました。

 こんなことではハムを助けてあげられない。母親としてもっと恥ずかしくない人間にならなければならない。そう意気込んでおられました。

 人はここまで変わるモノなのかと、私はますます驚かずにはいられません。

 そして私自身も、もっとしっかりしなくてはならない。長年この家に仕える執事として、ご当主様や奥様の助けにならなければ。

 いつしか、ハム様が元気にお目覚めになられる日を迎えるためにも。



 ――秋、四十日目。


 勇者様たちが召喚されて二週間が経過しました。

 先日、ハム様も無事に目を覚まされ、ご当主様や奥様も喜んでおられました。かくいう私も嬉しゅうございます。お怪我のほうも順調に回復なされており、なによりでございます。

 しかし、その一方で不穏なウワサを耳にしました。

 魔界の密偵がランフェルダ王国に忍び込んでいたらしいのです。

 まぁ、それ自体は別に驚くこともありません。国の調査として送り込むことは、むしろ当たり前ともいえるでしょう。

 その密偵を、勇者様たちが追い払ったそうなのですが、いささかやりすぎともいえるほどの攻撃をなされたと耳にしました。

 あくまで聞いた話でしかありませんが、どうにも嫌な予感がします。


「もはや魔族など、我々人間が恐れるに足りん存在だ!」


 そう豪語しながら大笑いなされていた国王様に、私は不安が募っておりました。



 ――秋、四十一日目。


 私は少し気になり、勇者様についての情報を集めました。

 結論から申し上げますと、私が感じていた胸騒ぎは当たりだったようです。

 勇者様たちは神から授かった「ちーと」とやらで、毎日のようにやりたい放題しておられるそうです。

 なんでも勇者様たちのリーダーを務めておられる方が、魔王を倒すことを条件にステラ王女と婚約なされたとか。そして他の勇者様たちもまた、貴族の令嬢や町の娼婦に言い寄り、その能力を持って従えているとか。

 しかも全員揃って無理やりではなく、何故か素直に従っておられるそうです。これも恐らく能力によるモノなのだと私は思います。

 他にも色々な話を聞きました。

 たまたま上空を飛んでいたドラゴンを面白半分に魔法で撃ち落とし、それを国王様に献上してお褒めの言葉をいただいたり。冒険者ギルドに乗り込んでトップランク所持者を全員一撃で鎮め、冒険者ギルドそのものを乗っ取ったそうです。

 勇者様たちはギルドマスターとの話し合いで決まったと豪語しておられるそうですが、恐らくそれは勇者様たちがそう思い込んでるだけでしょう。神の能力と国王様の後ろ盾を使い、殆ど脅す形で話を通した可能性が高い。というより、町の人々は陰でそう思っておられるそうです。

 口に出せば何をされるか分からないため、断じて表立っていう方は一人としていませんでしたがね。この話も雑貨屋のご主人と裏口近くで息を潜めてなんとかやり取りして得た情報ですから。

 極めつけは、帰り際のことでした。

 なにやら大通りのとある場所で騒ぎが起きていたのです。

 そこは食事処でした。王都の中でも有名な一件で、ご当主様や奥様も、そこの料理を大層気に入っておられました。

 そんな店が燃えてました。膝から崩れ落ちる店主殿の後ろで、数人の少年少女が腕を組みながらニヤニヤしつつ、燃え上がる店を見つめていました。


「どこが美味い店だよ。ラーメンやギョーザがねぇ店なんざ、出す価値もねぇ」


 少年の一人が確かにそう言ってました。その「らーめん」や「ぎょーざ」というのが何かは分かりません。しかし同時に思いました。

 恐らく、あの少年少女は勇者様たちであると。

 ちょっと気に入らなかっただけで、店ごと葬り去ってしまったのだと。

 そして少年は、店主殿の娘様に目を付けられました。美人の看板娘として、町でもかなりの評判高い女性でした。

 嫌がる娘様に少年は言いました。勇者の言うことが聞けねぇのかよと。

 そして見せしめのように、店主殿を痛めつけ始めました。

 私も含め、町の方々は止めようと一歩踏み出そうとしましたが、他の勇者様たちに睨みつけられ、足がすくみました。

 娘様は涙ながらに、なんでも言うことを聞きますと約束なされてました。

 もう見てられない残酷さと、何もできない歯がゆさを胸に、私はそのまま屋敷に逃げ帰ることしかできませんでした。

 そのことをご当主様と奥様に報告しました。

 二人とも驚かれ、信じられないと涙を流しておられました。

 そしてハム様にもこのことを告げました。するとハム様は言いました。


「ファビウスが無事でよかった。アイツらは血も涙もない化け物だ。お前もアイツらについて調べるのは止めたほうが良い。俺みたいになりたくはないだろう?」


 気がついたら、私は涙を流しておりました。

 それが嬉しさなのか、悲しさなのかは分かりません。ただひたすら、ハム様の手を握りながら、私はひたすら涙を流し続けました。



 ――秋、四十二日目。


 もうこのランフェルダは、終わりへの道を辿っているのかもしれません。

 更なる絶望を感じずにはいられない情報を得ました。

 勇者様たちに、神が新たな能力を授けようとしているらしいのです。今朝早くに大聖堂へ向けてご出発なされたのも、そのためなのだとか。

 神は世界を滅亡させたいのでしょうか?

 これ以上、あの勇者様たちに能力を与えてしまえば、どんな結果が訪れるかなど手に取るように分かることでしょうに。

 それにしても、不思議なモノです。

 本日、勇者様たちの付き添いとして、国王様やステラ様も一緒に大聖堂へと向かわれました。

 おかげでランフェルダ王都はとても静かです。

 町の人々も、どこか晴れやかな笑顔を浮かべております。心なしか、空もいつもより澄み渡っているような気がします。

 ずっとこんな日が続いてほしい。思わずそう願ってしまうのは、いささか仕方がないことでしょう。

 たとえこれが、つかの間の平穏に過ぎなかったとしても。



 ――秋、四十三日目。


 勇者様たちと国王様がご帰還なされました。

 同時に全員が王都の外へ飛び出して行かれたとのことです。

 なんでも神から授かった能力は、己自身を鍛えることで真価を発揮すると言われたのだとか。

 恐らく魔物狩りでも行いに向かったのでしょう。勇者様たちが鍛えるとなれば、それぐらいしか思い浮かびません。

 しかしその夕方、妙な話を聞きました。

 数人の勇者様たちから、神の能力が消え去ってしまわれたと。



 ――秋、四十四日目。


 昨日聞いた話は、どうやらウソではなかったようです。

 神から授かった能力が、勇者様たちの中から次々と消失しているそうです。

 今朝から王都のあちこちで騒ぎ声がしていたのは、そのせいでした。昨日までは無敵だったのが、一夜にして無力な子供に弱体化なされていた。それを知った町の方々が、動かないワケがありません。

 簡単に申し上げれば、暴動が起きたのです。

 冒険者ギルドの冒険者様たちも、率先して勇者様たちを黙らせたとか。そして今まで王宮に連れていかれた娼婦や令嬢の皆様方も、それぞれの帰るべき場所へ無事に返されたとか。

 先日、不条理に連れていかれた食事処の看板娘様も、無事に御父上の元へ帰ることが出来たそうです。

 ご当主様の代理として、私がお見舞いに向かいました。

 そこで何もできなかったことを謝罪しました。店主殿も娘様も、あれは仕方がなかったことだと許してくださいました。

 そして私はこっそり、店主殿に一枚の書類をお渡ししました。

 ご当主様が店の再建費用を投資することを証明する、正式な書類です。

 再建した暁には、屋敷の方々全員で来ますと、そうお伝えしました。

 それらのやり取りは、外で堂々と行っていたのですが、勇者様たちが通りかかることはございませんでした。



 ――秋、四十五日目。


 暴動が収まり、勇者様たちの行動はすっかり鳴りを潜めてしまいました。

 一部の方々は反省して謝罪する姿が見られ、ギルドの冒険者として必死に働いているようです。その姿に町の方々も、少しは表情を穏やかにしておられました。

 いつか、異世界の方々が町と打ち解ける日もくるやもしれません。

 しかしその一方で、まるで反省していない方々もいました。

 怒り狂いながら国王様に怒鳴り込んだそうです。

 自分たちはいきなりこの世界に連れてこられた被害者だ、今すぐ俺たちを元の世界へ返せ、それが出来なければ俺たちを助けろ、と。

 国王様は当然の如く、彼らの言葉を聞き入れなかったそうです。

 ある程度の予想はしておりましたが、国王様もまた、召喚された勇者様たちのことを、国を発展させるための道具としてしか見ておられなかったようです。

 その者たちがどうなったのかは、私も存じ上げません。生きているのかそうでないのかすらも。ステラ様のご婚約がどうなったのかも含めて。

 しかし私にとっては、正直どちらでもいいことです。

 お生まれになられてから、ずっとお世話をしてきたハム様を、手酷く傷つけた者たちであることも確かであるのですから。

 ハム様はこの知らせを聞いて、愉快そうに笑っておられました。

 無理を成されておられる様子もなく、むしろスッキリされていた姿に、私はとても安心した次第でございます。



 ――秋、五十一日目。



 先日、我が屋敷に新たなメイドが来ました。

 ハム様が直々に誘いの声をかけられたそうで、なんと異世界から召喚された勇者様のお一人だとか。控えめで清楚な印象を持っており、どうやらハム様は、彼女に一目惚れをなされたようです。

 ハム様の付き人兼世話役として働いてもらっておりますが、やはり彼女のいた世界と文化の違いなどがとても大きいらしく、主人に仕える者としては、まだまだと言わざるを得ません。

 しかしここでハム様は、またしても意外な一面をお見せになられました。

 彼女の失敗に対して叱りつつも、背中を押して立ち上がらせるよう諭しておられたのです。

 それにはご当主様も奥様も、驚いておられました。かくいう私も同じです。

 大切な方ができると、人はこうも変わるモノなのでしょうか。


 色々と戸惑いは拭えませんが、今は置いておいてもいいでしょう。

 お二人の笑顔の邪魔も、したくはありませんから。



 ◇ ◇ ◇



 ――私は日記帳を閉じ、小さく息を吐きながら顔を上げます。

 あれから更に月日が流れました。ハム様もすっかり体が良くなられ、再び勉学と稽古に身を投じておられます。

 そしてその世話役である彼女もまた、日々精進なされております。他のメイドから聞いた様子ですと、少しずつではありますが、メイドとしての彼女を認めつつあるようです。

 全くもって、お二人の将来が楽しみでございます。

 先日、奥様がご当主様に言っておられました。

 あの子に貴族としての振る舞いも勉強させてみないかと。

 ご当主様は驚いておられましたが、重々しい表情を変えることなく、呟くように答えておられました。

 そうさせたいのならさせてみれば良いと。

 何だかんだでご当主様も、お二人の仲を認めてらっしゃるのかもしれません。


 異世界召喚、そして勇者様たちの騒ぎは、決して良いとは言えないモノでした。

 しかしそのおかげで、我が屋敷は大きく変わりました。

 ハム様もすっかり幼いヤンチャさが薄れ、立派な大人への階段を、世話役の彼女とともに一歩ずつ上っておられます。

 そんなお二人が作り上げるであろう我が屋敷の未来は、きっと明るく素晴らしいモノであるに違いない。

 ――少なくともこのファビウスは、心からそう信じております。



次回も番外編です。更新は土曜の0時(金曜深夜)の予定です。

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