第十三話 日常は少し騒がしいくらいがちょうどいい
あれから数日――特に何事もなく、俺たちはいつもの生活を送っていた。
正式に生徒会入りしたことで少々忙しさは増したが、ルクトや松永たちも、それぞれ自分なりにやりがいを感じているようで、なによりだった。
それから先日の件については、ルナディールさんからの手紙により、良い方向に事が進んでいるらしかった。俺が提案したチート対策が採用され、早速実行に移されたと書かれていた。
余談だが、手紙と一緒にお高い菓子折りまで届いた。表紙には『神まんじゅう』と筆文字で書かれており、開けてみると美味しそうな和菓子が。
――もはや神関係ないじゃん、と思ったのはここだけの話としておこう。
思わぬオヤツが手に入り、三人の女子はとても喜んでいた。
えー、どうしよー、また増えちゃうー。
そんなことを言いながらも、率先してモシャモシャ食べていた松永を、俺とルクトが冷めた目で見ていたことは言うまでもない。
そして案の定、立派な見返り的数字が降り注いだらしい。
今も三人揃ってジャージに着替え、校内清掃のおばちゃんたちを手伝っている。したがって生徒会室にいるのは、俺とルクトの二人だけなのだった。
「掃除のおばちゃん、なんかスッゲー感謝してたよな」
ルクトが書類を日付順に整理しながら呟く。
「あぁ。この学校広いからな。人手は多いほうが良いんだろう。ましてや生徒の自主的な手伝いとなれば、先生たちも笑顔になるさ」
「だよなぁ。松永が言ってたんだが、あの掃除の手伝いが良い運動になって、数字減少の成果もでたらしいぜ?」
「それでバイト代替わりにオヤツもらったって、言ってたような……」
「言ってたな。ったく、何のための手伝いなんだか」
苦笑するルクトに俺も釣られてしまう。確かにツッコミどころ満載ではあるが、松永らしいとも思えるんだよな。
余計なことを言っても痛い目見るだけだし、とりあえず放っておこう。
「アキが提案したヤツ、ちゃんと付与されたんだってな」
「あぁ。この手紙にはそう書いてある。なんかルナディールさんが、直々にランフェルダへ降臨して、勇者たちに付与したらしい」
「実はハイドラから連絡があってな。偵察隊がその様子を見ていたんだそうだ」
「そうなのか?」
俺が驚いた様子を見せると、ルクトが苦笑気味に頷いた。
「こないだ、ここで何があったのかを、ハイドラに粗方話したろ?」
「あぁ。結果的に慌てさせるだけになっちまったけどな」
あの日、ルナディールさんが帰ったのと入れ替わりで、校内の散策に出ていたハイドラさんが戻ってきた。
事が事なだけに、話すのを少しためらったが、内容が内容でもあるため、全て話したのだった。
それからは結構大変だった。ハイドラさんを宥めるので必死だった。
青ざめたかと思いきや、涙目でルクトに詰め寄り、大丈夫ですかお怪我はありませんかなどと、凄まじい勢いで問い詰めた。
そして今度は土下座して謝罪した。大事な時にお傍に入れなかったことを、どうかお許しくださいと叫んだ。大丈夫ですからと声をかければかけるほど、ハイドラさんの流す涙を増やすばかりになってしまった。
まぁ、それでもなんとか落ち着かせ、魔界へ帰ってもらったんだけどな。
――見てのとおり、俺たちはなんともありませんから、気にしないでください。
そう言ったんだけど、やはり黙っているような人ではなかったようだ。
「前に深手を負わされた偵察隊のヤツがいただろ? ソイツの弔い合戦みてぇな気持ちもあったらしい」
「いや、その人フツーに生きてるだろ? 順調に回復してるって聞いたけど?」
「言葉のアヤだ。言っただろ、気持ちだってよ」
ルクトはケラケラと笑う。もうなんかツッコむ気も失せた。
「……それで? その付与された様子ってのは、どんな感じだったんだ?」
「おぉ、そうだった」
ルクトがやや前のめりになりつつ、話を始めていった。
「なんでも最初の仕掛けとして、国王と姫さんに夢のお告げをしたらしい。勇者連中の勇敢で素晴らしき行動に敬意を表し、更なる能力を付与するとな」
「ほぅ。なんともファンタジー的な出だしだねぇ」
「それから勇者連中をランフェルダにある大聖堂へ集めた。そこでルナディールさんが自ら姿を見せた。その神々しさは凄まじかったんだそうだ。傍にいた国王や姫さんもビックリ仰天ってな」
「神様って、そうそう降りてくるようなもんじゃなくね?」
「まぁ、それが一番大きいだろうな。だからこそ、国王や姫さんも、神の姿見たさにくっ付いて来たんだろうしよ」
まさかとは思うが、国王やお姫様が一緒に来たのは、自分たちにも何か能力がもらえるのではと期待していたからじゃないか?
素晴らしい勇者たちの面倒は自分たちが見てきた。だからそんな自分たちも、素晴らしき存在のハズだから、きっと神は能力を与えてくれる。神はちゃんと評価してくれるに違いない、と。
――チラッと想像してみたけど、なんかあり得るような気がしてきた。
「それで、神様ことルナディールさんは、勇者連中全員に追加で能力を付与した。アキが提案したのをベースとしたチート対策の能力をな」
「勇者たちには、更に強くなれる能力とか言ったりしたんかね?」
「あぁ。なんかそんな感じだったらしいぞ。勇者連中ははしゃいでたそうだ。これでますます俺TUEEEに磨きがかかっちまうな、って叫んでたらしい」
「……でも、その得た能力を確認されたらヤバくないか? チート消滅とか書かれていたりしたら」
「ルナディールさんはこうも言ってたそうだ。その能力はレベルアップすることで初めて確認できます。それだけ特殊極まりない能力なのです、ってな」
ほほぅ。そう来ましたか。それはまぁ、なんと言うか――
「上手いこと仕立て上げたもんだな。それで気づいたときには後の祭りってか」
「勇者連中は、早速レベルアップを目指して動き出しているそうだ。その先に何が待っているのかも全く知らずにな」
「めでたい連中だねぇ」
その光景が目に浮かんでくる。思わず笑いが込み上げてしまった。そこにルクトが笑みを浮かべたまま、どこか呆れたようなため息をつく。
「めでたいのは勇者連中だけじゃねぇさ。国中が総出を上げて大喜びだってよ」
「へぇ、そうなの?」
「神から能力を与えられるってこと自体が珍しいからな。それが追加でとなれば、騒ぎたくなるのも無理はねぇさ」
「ふーん、そんなもんか」
「まぁ所詮は、つかの間の夢に過ぎねぇけどな」
そこらへんについては、ルナディールさんからの手紙にも書いてあったな。ただ醒めるだけじゃ済まさなそうな気もするけど。
――ここで携帯の着信音が鳴り響く。俺のじゃないということは、ルクトか。
「電話だ。もしもーし……おぉ、ハイドラか」
ハイドラさんからの電話らしい。報告だけだったらしく、すぐに通話が終わる。
「重傷を負った偵察員の意識が戻ったらしい。特に異常もないそうだ」
「そうか。良かったじゃん」
「ハイドラのヤツも張り切ってたよ。この調子で魔界全域を落ち着かせるってさ」
「……それはむしろお前の役目なんじゃないのか?」
「あぁ、俺もそう思ったが、学業を優先させろって言われちまったからよ」
それはまた、ハイドラさんらしいと言うかなんというか――まぁとにかく、色々と落ち着きそうでなによりだな。
そう思いながら俺は、まだ片づけてない書類に手を伸ばした。
「ところで、最近増えたよな。団体の立ち上げや屋外の特別活動とか」
「だな。運動部の多くが自粛ムードだからこそだろうよ」
「そういうことか」
騒がしいのは異世界だけじゃない。どれだけ世界が違おうと、様々な場所で様々な出来事が繰り広げられている。
そんな騒がしさと静けさの狭間で生きているのだ。
そして今日もまた、静かなところに騒がしさが舞い込んでくる。
「失礼します!」
一人の男子生徒が入ってきた。ネクタイの色からして一年生のようだ。
「風戸先輩、城ヶ崎先輩! ウチの部が大変なんです。力を貸してください!」
息を切らせつつも必死に頼み込んでくる様子に、俺とルクトは顔を見合わせる。
そして――
「何があったんだ?」
「ひとまず、落ち着いて分かるように説明してくれ」
俺とルクトがそう言うと、男子生徒は汗ばんだ顔を上げながら返事をする。
「は、はいっ!!」
――こうしてまた、騒がしい何かが始まる。きっとこれからも、カタを付けては新たに舞い込んでくるのだろう。
でも、それならそれで良い気はする。
何もなさすぎるのもつまらない。静かすぎるのも退屈だ。
世の中平和が一番だが、少しくらい騒がしいほうが、日常としては一番なのかもしれない。
――なんとまぁ、ガラにもないことを思ってしまったもんだ。
俺は苦笑しながらそう思った。
◇ ◇ ◇
時が流れるのはとても速い。その言葉はあながちウソではないと思う。
実際、ここ数ヶ月は本当にあっという間だった。
既に文化祭や体育祭は終了しており、おまけに学校側は神隠し事件の影響で自粛ムード真っ最中。加えて大学受験も本格的に始まるということで、これ以上の学校行事は皆無に等しかった。
しかし、あくまでそれは学校側が執り行わないというだけの話に過ぎない。生徒側が自主的に何かへ参加するとなれば、話は別だった。
――まぁ、早い話、ナタリアとティファニーが色々と興味を持ったのだ。
羽根募金や地域のイベント、そして自然公園の清掃活動やキャンプ教室の手伝い等々。それらに俺たち生徒会メンバーが、ボランティア活動で片っ端から参加する羽目となってしまった。
これには学校側も気を良くしてしまった。
生徒が自主的にボランティア活動をすることは、良いアピールになる。そう言って笑顔でゴーサインを出してきた。ボランティア部もないため、余計に嬉しそうな感じだったのは、恐らく気のせいではないと思われる。
そんな感じで大忙しな毎日だった。
冬休みという名の年末年始も似たような感じで、とにかく俺たちは五人で過ごすのが当たり前となっていた。
クリスマスも大晦日も、そして正月も。騒いだり飲んだり食べたり、寒い中あちこち走り回ったり、それはもう色々とやった。盛りだくさんという言葉じゃ足りないくらいだ。
ルクトとナタリアが率先して動くのは予想どおりだった。しかしここで意外だったのがティファニーだ。
大人しそうに見えて意外とアクティブだったのは、正直驚いた。
王女としてがんじがらめな生活を送らされていた反動じゃないのかと、そう予想したルクトは、間違ってないような気がすると俺は思った。
そしてそれらに対し、しょうがないなぁと言わんばかりの表情で松永がサポートに回り、俺が総監督的な立場として、指示を出したり根回ししたりしていた。
勿論その都度、それなりの見返りはもらっている。苦労するだけで報われないキャラなんざゴメンだからな。
おかげで人脈が増えたり新しい備品が増えたり、まぁ色々と手に入った。
先生からは、転んでもタダでは起きないタイプだなと言われた。何故か呆れたような苦笑を浮かべていたのだが、まぁとりあえず気にしなくても良いだろう。
――そんな感じの冬を俺たちは過ごした。
ここ数年で一番の濃さを誇る冬だった気がする。そしてそんな濃さに馴染んでいる俺がいた。我ながら順応性が高いと、少しばかり誇らしくさえ思う。
そんな俺たちの新・生徒会の行動っぷりが、今後も学園名物として語り継がれていくことになるのだが、それは俺たち自身も知らないことであった。
そして――あっという間に冬が開け、季節は春。
いよいよ風戸先輩たちが、この学校から巣立つときがやってくるのだった。
◇ ◇ ◇
笑顔、涙、そして賑やかな声。今日ばかりは絶えなくても良いことだと思う。
卒業式というのは毎年そんなモノだ。
俺たちは生徒会として、卒業式の運営をメインで携わった。むしろ事実上、この卒業式こそが初の大仕事でもあった。
生徒会長としての重みが、ここにきて改めて分かったような気がした。しかし同時に、俺は一人ではないということも、心から身に染みた。
卒業式は無事、大施工を収めた。ルクトたちがいてくれたおかげだ。
生徒会室に戻るなり、俺はメンバーにお礼を言った。
「皆のおかげで、卒業式は大成功に終わったよ。本当にありがとう」
深々と頭を下げると、最初にルクトが笑いながら、俺の肩を叩いてきた。
「ハハッ、なーに言ってんだよ。トップであるお前に俺たちがついていくのは、当たり前のことじゃねぇか」
「そうですよ。アキヒロさんは胸を張っていればいいんです!」
「ティーの言うとおりだね。アキ君のおかげで、ボクも盛り上げられたんだしさ」
「むしろ私たちがお礼を言いたいよ。秋宏くんのおかげだってね」
ティファニー、ナタリア、松永も続いて笑顔を見せてくれる。その表情に偽りがないこともよく分かる。
クサい言い方かもしれないが、良いメンバーに恵まれて幸せだと、俺は思う。
「皆の言うとおりだ」
突如、声が聞こえてきた。そして生徒会室のドアが開かれる。
「よぉ」
「風戸先輩!」
卒業証書の入った筒を手に、風戸先輩が現れた。
「去年、あれだけのイザコザがあったにもかかわらず、こうして無事に見事な卒業式を執り行った。お前が立派に務めを果たしている証拠だ」
風戸先輩が俺に向かってそう言った。
いつもの何か企んでそうな怪しげな笑みとは程遠い、穏やかで心の底から嬉しそうな、優しいお兄さんっぽい笑み。普段からもっとそんな感じで笑っていればなぁと思うが、それはそれで風戸先輩っぽくないような気がする。
「やはり沢倉を選んだ、俺の目は正しかった……その調子で頑張れよ!」
「――はいっ!」
そしていつものように、メガネをキランと光らせ、強そうな笑みを見せた。俺は思わず嬉しくなり、言葉も強めになった。
やはり俺にとっては、いつもの風戸先輩のほうが良いらしい。
「お二人ともカッコいいですぅ……」
「うんうん、ボクもなんだか惚れ惚れしちゃったよ♪」
「確かにヤバいかもだねぇ」
女子三人が何か呟いているみたいだが、別に気にしなくて良いだろう。
――そして俺たちは、校門まで風戸先輩を見送りに行った。
夕焼け空がうっすらと赤く広がっている。なんともタイミングの良いムードではないだろうか。
「じゃあ、これで本当にお別れだ。すぐに引っ越しで遠くへ行っちまうからな」
そう。風戸先輩の進学先は、他県の国立大学だ。入試の成績も良かったらしい。伊達に三年間、学年トップを守り通してはいないということか。
「風戸先輩、改めまして……卒業おめでとうございます!」
「なんだかんだで、アンタには色々と世話になった。いつかまた会いてぇッスね」
「ハハ……城ヶ崎も最後までらしいな。ま、お前はそれで良いさ」
風戸先輩は苦笑し、そして改めて俺たちを見渡し、片手を上げながら踵を返す。
「じゃあな!!」
「さよならーセンパーイっ!!」
声を上げながら、大きく手を振る。去りゆく風戸先輩を、俺たちは見えなくなるまで手を振り続けるのだった。
やがて風戸先輩の姿も見えなくなり、俺たちはしばし無言となった。
「行っちまったな……」
「あぁ」
ルクトの呟きに頷き、込み上げてくる何かを押しとどめるかのように、俺は振り向きながら明るい表情を浮かべた。
「さてと、んじゃ俺たちは、卒業式の後片付けにでも行こうか」
俺がそう言うと、女子たち三人はゲンナリとした表情を浮かべ出した。
「……そーいえばそれもあったんだっけ」
「ざっと見積もっても、かなりの作業量でした。すぐには終わらないでしょうね」
「徹夜は覚悟したほうが良さそうだね。ま、それはそれで良い思い出かな♪」
「そう言い切れるナタリアが羨ましい限りデスヨ」
「諦めましょうゆかりさん。やらなければ終わりませんから」
「ですよねー」
そう言いながら、三人はトボトボと戻っていく。そんな後ろ姿を見ていると、ルクトが苦笑を浮かべた。
「卒業か……来年は俺たちもなんだよな」
「まぁ、そうなるな」
確かにルクトの言うとおり、来年は俺たちが卒業生だ。それは別に分かり切ったことだと思うが、どうかしたんだろうか。
「……魔界のことも、あんま放ったらかしとくワケにはいかねぇしなぁ」
その呟きを聞いた瞬間、俺の中で時が止まったような気がした。
考えてみれば当然の話だ。ルクトは魔王という立場。いつまでもこの世界で楽しく遊んでいるワケにもいかないことぐらい、俺も分かっていたハズだ。
けれど、心のどこかで思っていたのかもしれない。
ルクトはずっと、俺と一緒にいる。ルクトが好き勝手暴れて楽しそうにしている姿を、俺はこれからも見続けることが出来ると。
そんな未来はあり得ない。どう考えても、どうあがいてもあり得るワケがない。
ルクトが魔界へ帰る日が来ることは、絶対に避けられない。
それは俺も、自分なりに理解したつもりであった。
「悪い。らしくねぇこと言ったな。忘れてくれ」
ルクトはそう言ってるけど、残念ながらそんなの無理だ。それが確かな現実として訪れる以上、忘れてはいけないモノじゃないか。
――ここらへんで一つ、腹を括らなければならないと俺は思った。
いつどのタイミングで別れが訪れるかは分からない。
ならばせめて、その時が来た際に悔いが込み上げてこないように、今を、そしてこれからを全力で楽しむ。
俺はあくまで普通の人間に過ぎない。しかしそれでも、異世界の魔王と腐れ縁になれたのだ。こんな普通じゃない展開を自然消滅させるのは、あまりにも惜しいと思うのは普通だろう。
――絶対に繋がりを断たせてやるもんか!
俺は心の中で、そう強く誓った。
「秋宏くーん、ルクトくーん、早く来てよーっ!」
遠くから松永の叫び声が聞こえる。なんだか若干怒っている感じがした。
「……行こうぜ」
「おぅ」
俺とルクトは苦笑しつつ、一緒に松永たちの元へ、駆け出していくのだった。
これからの日常にどんな騒がしさが待ち受けているのか、それをどことなく楽しみに思いながら。
あと、番外編を少しだけやった後、エピローグにしたいと思います。