第十二話 イレギュラーな存在、それは秋宏!?
オーティスは神の兵士たちによって連行されていった。
去り際に物凄い表情で睨まれたが、正直なところ凄く困る。だって俺たちは何もしてないんだし。
まぁ、それについては後でこのルナディールさんとやらに釘を刺すとして、だ。
――俺がイレギュラーな存在ってどういうことよ?
全くもってワケが分からんな。まさか俺の聞き間違いってことは――どうやらなさそうな感じっぽいし。
「えぇ、確かに私はそう言ったわ」
「ですよねぇ……って俺、口に出して言いましたっけ?」
「ううん、ただなんとなくそう思っただけよ」
ルナディールさんはニッコリと笑う。なんとまぁ、女神のような眩しい笑顔をなさるお方だ。実際神様だから、そのとおりな気もするんだけど。
つーかこの人、なんとなくって言ってたけど、普通に俺の心を読み取ったんじゃないかとも感じられる。神様のトップ的な人なんだろうから、それぐらいできても不思議ではないと思えなくもないが。
――まぁ、そんなことはどうでも良い。今は聞かなきゃならないことがある。
「俺がイレギュラーってのは、どういうことなんですか?」
「言葉のとおりよ。例えて言うなら、特殊であって特殊を持たない。それがキミという存在なの」
なるほど、ますます分からん。
「あのぉ、もう少し分かるように説明してもらって良いですか?」
おずおずと松永が片手を軽く挙げながら問いかける。心の中で思わずナイス質問と呟いたのはここだけの話だ。
「分かっているわ。今から詳しく話すけど……」
「ここだけの話にしろってことだろ? そんな心配しなくても誰にも言わねぇよ。つーか言ったところで、誰も信用してくれねぇだろうし」
「確かにな」
ルクトの言葉に俺は苦笑する。
信用してくれないだけならまだ良いだろう。下手したら笑いのネタにされて、違った意味で広まりかねない。余計なことはしないに限るということだ。
「そう言っていただけてなによりです。では改めて、お話ししましょうか」
「松永。ルナディールさんにお茶、用意してもらえるか?」
「あ、うん。分かったー」
「ルナディール様。どうぞ、こちらにお座りください」
ナタリアの案内でルナディールさんが開いている席に腰を下ろす。そして松永が淹れた熱いお茶が置かれ、いよいよ話が始まるのだった。
「異世界転移や転生に対して、我々神は基本的に関与しない。これについては、恐らくナタリアから聞いていると思います」
「えぇ、ごく稀に例外があるみたいなことも聞きましたね。もっとも今回は、全くの見当違いだったっぽいですけど」
俺がそう相槌を打つと、ルナディールさんが苦々しい表情を見せる。
「そうなんです。関与しないと言いましたが、それを好ましく思わない神が少なからずいることも確かなんです。そしてその者たちを我々が食い止めるには、残念ながら限界があります」
「まぁ、その気持ちは分からんでもないけどな」
「私も同感です」
ルナディールさんの言葉に、ルクトとティファニーが同意する。二人もそれぞれ大きな立場を経験しているからか、分かる部分も大きそうだ。
「ですから我々は、別の対策を取りました。異世界召喚の対象となる世界の中で、もっとも多く召喚されている世界――地球の人々に、我々神は、ささやかな能力を与えることといたしました」
「ささやかな能力? それがアキのイレギュラーと関係が?」
「えぇ……特定の神の能力を無効化させる力を、地球の人々からランダムに選び、付与したのです。あくまでそういう体質を持っているというだけで、普通の人間であることに変わりはありませんけどね」
無効化能力――そんなモンが俺の中に備わっていたのか。
ルナディールさんの口ぶりからして、俺以外にもたくさんいるっぽいな。恐らくそれで幾度となく、神様が仕向けた異世界召喚をはじいてきたのかもしれない。
まぁ、だからと言って、地球で暮らす分には何も変わらないんだよな。重たくないオマケを持っているだけに過ぎず、何の異世界的特殊能力を持っていないこともまた確かだ。
やはりルナディールさんの言うとおり、俺は普通の人間に値するのだろう。
それならそれで別に良い。ただ――ほんのちょっぴりだけ、小さくため息をつく程度にガッカリした。あくまでここだけの話だけどな。
――まぁ、そんなことより、ちょいと疑問があるから聞いてみようか。
「俺たちが異世界召喚を免れたのは分かりましたけど、隣のクラスが異世界に飛ばされちまってたのは何でですかね?」
俺がそう尋ねると、またしてもルナディールさんが苦々しそうに俯く。
「正直、我々もオーティスを甘く見ていたと言わざるを得ません。彼は実に愚かではありますが、紛れもない天才でもありました。地球の人々に宿る無効化能力をすり抜ける方法を編み出し、それをほぼ実現可能状態にまで仕上げていたのです」
裏で上手いこと動いてたってことか。見るからに抜け目のなさそうな感じだったもんなぁ。
「もっとも、まだ未完成ではあったようですけどね。だから秋宏さんたちのクラスから、その隣のクラスへ座標がはじかれたと推測されます」
「本当だったら、秋宏くん一人でこの学校の全範囲が賄えるハズだったの。それぐらい無効化能力の適用範囲は広いんだ。オーティスの天才さが、皮肉にも十分に証明されたってことなんだよ」
「なるほどな。アキが異世界ゲートをくぐれない理由が、ようやく分かったぜ」
ルナディールさんとナタリアの言葉に、ルクトがため息交じりに頷いた。
心なしか凄く残念そうでもある。絶対に俺を異世界に連れて行くって息巻いてたもんな。それがマジで叶わないと分かった瞬間でもあるワケだ。
まぁ仕方ないよな。元々そういう運命に恵まれなかったってことで、諦めるしかないだろう。ルクトも苛立った表情を浮かべてはいるが、頭の裏をガシガシ掻きむしってるあの姿は、同じことを考えている証拠だ。
「秋宏さん、そして皆さん。この度は多大な迷惑をかけてしまいました。神を代表して、心からお詫びいたします」
「気にしないでください。こうして無事だったんですから」
ルナディールさんの謝罪に対し、俺は軽く手を上げながら言った。
「それよりも、またこんなことが起こるほうが怖いんですが……」
「勿論、重々承知しております。今回の件につきましては、私たちでしっかりと後始末を付ける所存です。皆さんにこれ以上の迷惑をかけないことを約束します」
ハッキリとそう言ってくれたルナディールさんだが、その瞬間、重々しい表情に切り替わった。
「ただ――その前に解決すべき問題があります」
これについては、もうアレしかないだろう。
「オーティスが勇者たちに与えたチートのことですね?」
「えぇ、このまま放っておけば、世界は崩壊してしまいます。早急になんとかしなければなりません」
予想どおりの言葉に、俺も皆も頷く。そこにルクトが両手を頭の後ろで組みながら口を開いた。
「でもよ、強制的に消すってのはできねぇんだろ? さっきオーティスのヤツが言ってたのが本当であればの話だが」
「それは本当です。それでも、今回ばかりは流石に行き過ぎてますし、上に話せば理解を示してくれるとは思いますが……」
歯切れの悪いルナディールさんに対し、ナタリアがため息交じりに言う。
「その申請も……恐らくすぐには通らないですよね」
「えぇ。上のほうでムダに時間をかけた話し合いからスタートするでしょう。いくら緊急事態と言えど、そこは避けられないと思うのが賢明ですね」
そうしたらどう考えてもそれなりに時間がかかってしまうな。そうなれば手遅れになる可能性も高くなってしまう。
「……ルナディール様が訴えるというのは?」
「そこはお前の力の見せ所だ、と言われて終わりですよ」
やや表情を引きつらせるナタリアに、ルナディールさんがサラッと答える。
しかしまぁ、なんというかそれは――
「典型的な縦社会の構図だな」
――あ、思わず喋ってしまった。
「返す言葉もありませんね」
良かった。苦笑されただけで怒られることはなさそうだ。
それにしても、どうしたもんかねぇ――取り除くのが難しいか。なんか与えるのは簡単そうな感じなのに。
――与える?
「そうか……逆だ」
「ん? どうかしたのか?」
俺の呟きにルクトが首を傾げる。ちょうどいいから聞いてもらおう。
「逆だよ。取り除くことが出来ないなら、与えればいいんだ!」
「……何言ってんだよ? 与えたところでチートが消えるワケが……そうか!」
「気づいたか?」
「あぁ!」
俺とルクトは立ち上がり、互いに指を突き出し合う。こうしてすぐに分かってくれるあたり、流石は腐れ縁と言ったところか。
「ねぇ……私たちにも分かるように話してもらえる?」
松永が声をかけてきた。他の女性三名も、ワケ分からなさそうにポカンとした表情を浮かべている。まぁ確かに今のやり取りだけじゃ、伝わるワケないな。
「ゴメンゴメン。つっても難しいことじゃないさ」
「そうそう。要するに――」
ルクトは目を閉じながら言った。
「チートが消える能力を勇者たちに与える――そういうこったろ?」
視線を合わせてくるルクトに、俺は強く頷いた。
「そっか。例えばレベルアップか何かする度に、チート能力が少しずつ消えていくみたいな……そんな感じ?」
「ピンポーン♪」
更に松永が言いたいことを要約してくれた。おかげで話が早くて助かる。
今のやりとりで、ルナディールさんにも伝わったみたいだし。
「……盲点だったわ。確かにそれなら、無理なく出来るかもしれない」
ルナディールさんは立ち上がり、そして俺に近づいてくる。
「ありがとうございます。秋宏くんのおかげで、解決の光が差し込みました」
「いえ。あ、でも今の提案で、全て上手くいきますかね?」
「そこは私が責任を持ってなんとかします。いくらでもやりようはありますから」
ニッコリ微笑むルナディールさんに、俺は何故か背筋が震えた。
「……まぁ、お役に立てたようでなによりッスわ」
よく見てみると、ルクトも表情を引きつらせながら半歩ぐらい下がってるし、ティファニーと松永は身を寄せ合って震えている。ナタリアは座ったまま冷静さを保っている感じではあるが、冷や汗が頬を伝っていた。
「そろそろ私はお暇します。まだ私には、するべきことが山積みですからね」
「じゃあ私も一緒に……」
立ち上がるナタリアだったが、それをルナディールさんは静かに右手を軽く挙げながら制した。
「今のあなたは神ではなく、地球の学校に通う学生です。自ら選んだ選択肢を投げ出すことを、私は絶対に許しませんよ」
「ルナディール様……」
神の仕事はいいから、学校生活を楽しみなさい――ってところかねぇ。
本当に良い人だ。いや、良い女神様だ、と言うべきかな。
「秋宏さん、そして皆さん。どうかナタリアを、よろしくお願いいたします」
『――はいっ!』
ナタリアを除く俺たち四人は、ルナディールさんに強く頷き返す。それを見たルナディールさんは、満足そうに微笑み、そして帰っていった。
ようやく静かになった生徒会室。外はいつもの風景が広がっていた。
青空に雲が浮かんでおり、遠くをヘリコプターが横切っていく。グラウンドからは威勢の良い掛け声が聞こえる。多くの運動部が数日から数ヶ月の自粛を決断したのだが、自粛をせずに通常活動する運動部もあるからな。
なんにせよ、至っていつもの学校だ。さっきの出来事など、まるで最初からなかったかのように思えてくる。
「はぁ……一時はどうなるかと思ったよ」
松永が疲れた様子で、椅子にドカッと深く座り込む。
「ある意味今回も、アキヒロさんに救われた、ということでしょうか?」
「そうだねぇ。イレギュラーな存在の秋宏くんに感謝しないとね」
「チート対策も思いついてくれたし、色々な意味でイレギュラーな感じだよ♪」
女子三人が次々と好き勝手に言ってくる。正直あまり嬉しさは感じない。だって何もしてないし。謙遜じゃなく、本当にその場に立ってただけだし。
「つーかアキ、お前よくオーティスを相手に、あんな平然としてられたな」
「ルクトまでなんだよ?」
そんなに俺を持ちあげて楽しいのかと思ったが、ルクトが少し慌て気味に違う違うとサインしてきていた。
「いや、あの禍々しい感じは相当だったぜ? 俺ですらまともに動けなかったし、あっちの二人なんざ、ビビッて全然声すら出せてなかっただろ」
ルクトが松永やティファニーに視線を向けると、松永がむくれながら言う。
「むぅ、悔しいけど言い返せない」
「正直言わせていただくと、凄まじく怖かったです」
松永を宥めつつ、ティファニーも言った。
まぁでも、確かに今思うと、何で俺は幾分冷静でいられたんだろうな。
少し考えてみると――思い当たる節が見つかった。
「あー……前にルクトで似たようなことあったからな。中学んとき、それで散々ビックリさせられたからかもしんない」
「慣れちゃったってこと?」
「そんな感じかなぁ。実際前にコイツ――」
松永に対して頷きつつ、俺は親指でクイッとルクトを促しながら思い出す。
「ゴーストタウン化していた無人のアパート群を、でっかい魔法一発で、跡形もなく消し去ったことがあったんだ」
「あぁ、金がないとかどうとかで、壊すに壊せてなかったアレか」
そうなのだ。数年前に住人全員が退去したにもかかわらず、立ち入り禁止にして何年も放ったらかしになっていたアパート群。
夜になれば当然真っ暗。怪しい人間が忍び込んで何かをしないとも限らない。そして幽霊かなんかが出るというウワサも流れた。なにより見た目からして、まさにあれはゴーストタウンそのものだった。
「真夜中で誰も見られてなかったから良かったがな。傍で見てた俺は、思わず腰を抜かしちまったよ。おまけに翌朝は大騒ぎさ。昨日まであった無人アパートが跡形もなく消滅。そこにはでっかいクレーターがあったときたら……」
「サイレント隕石が降ってきたーって、新聞にも出てたな。随分とまぁ、懐かしい話を思い出したもんだ」
「よく言うよ。自分でやらかしたくせに……って、二人ともどした?」
いつの間にか松永とティファニーが、やけに引きつった表情を浮かべてこっちを見ていたことに気づいた。
「……それ、私も新聞で見て、実際友達と現地まで行ったこともあるんだけど、あれってルクトくんの仕業だったんだ……」
そう言えばかなりでっかく取り上げられてたっけ。わざわざ県をまたいで見に来た人もいたらしいからな。
「じゃあ去年の夏に近くの海が、モーゼみたく真っ二つに割れたのも……」
「三年くらい前に、ランフェルダの大陸の端っこにある森が、一夜にして地面ごと根こそぎ消滅したこともあったんですけど……」
「あ、それどっちも俺だわ」
ルクトがあっけらかんとした様子で答えると、二人は絶句した。ナタリアですらも苦笑している。
松永とティファニーは、無言のまま二人で顔を見合わせ、やがて頷き合った。
「やっぱり秋宏くんはイレギュラーだと思う」
「えぇ。力を持たないにもかかわらず、ルクトさんと一緒にいられるのは、やはり私たちですら想像に及ばない何かがあるとしか思えません」
「確かにねぇ。それはボクもなんとなく考えてたよ」
ナタリアまで加わり、三人はまたしても好き勝手言ってくれる。全く失礼だな。俺は紛れもない普通の人間だというのに。
『それは絶対にない(と思います)!』
――何で三人揃ってそんな強く断言するんだ? つーかどうして俺の考えてることが分かったんだろ? もしやエスパーか?
「エスパーなワケねぇだろ。全部お前が声に出してただけだ。ついでに今のもな」
「マジか……」
やらかしちまったとはこのことか。流石に恥ずかしすぎて顔を背けてしまう。
――と、その時ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。ハイドラ、ただいま戻りました……どうかなさいましたか?」
「なんでもないから、気にしないでくれ」
呆然としながら問いかけるハイドラさんに対し、ルクトはため息をつきつつ、投げやり気味に応えるのだった。