第十一話 チートを与えた愚かな神様
ナタリアの同僚――いわゆる他の神様が、やらかしたらしい。
詳しい事情を聞くために、ナタリアは席を外している。そしてハイドラさんも、落ち着くまでは私も席を外したほうが良さそうですと言って、静かに生徒会室から出て行った。
別に気にしなくていいと思うのだが、ハイドラさん曰く、神の事情を無暗に耳にするとロクなことにならない、とのことだった。ましてや自分の世界のこととなれば尚更であると。
その理屈で言えばルクトも当てはまる気はするのだが、ルクトはハイドラの友達という扱いであり、なおかつ今は地球という世界で暮らしている存在。だから例外が通用することでしょうと、ハイドラさんは予想していた。
まぁ、なんとなく理屈は分かる。内容的に俺や松永のほうが圧倒的に部外者ではあるのだが、ナタリアの関係者という意味では、ハイドラさんのほうが完全にお客さん扱いなのだから。
――別にどっちもどっちな気はするけど、本人もそう言ってることだしな。
とりあえずナタリアも戻ってきたし、詳しい事情を聞いてみよう。
「まず、前置きがてら、幾つか話しておきたいことがあるんだ」
熱いお茶をズズッと一口すすり、ナタリアが切り出した。
「神が勇者たちに能力を授けたということなんだけど、本来これは違法なんだ」
「そうなのか?」
「うん。少なくともボクたちの場合、神の役割としては極力見守るだけ。世界のバランス調整を兼ねて、ごく稀に異世界召喚や転生は行うけどね」
ナタリアの言葉に俺は思わず驚いてしまった。あくまで世界を創造した存在でしかない、ということなのだろうか。
「じゃあ、隣のクラスが召喚されたのが、そのごく稀な例ってことか?」
ルクトの問いかけに、ナタリアは静かに首を横に振る。
「確かに最初はそうだと思ってたんだけどねぇ。実は全くのイレギュラーだったことが判明したんだよ。おかげで神の世界は大騒ぎさ」
「うわぁ……それガチの不祥事じゃん」
松永の呟きに、返す言葉もないと言わんばかりに、ナタリアは苦笑する。
「でも、やっとその謎も判明した。あの世界を見守る神の一人の仕業だと、さっき連絡が来たんだ」
「そういえば、何人かで見守ってるとおっしゃってましたね」
ティファニーの相槌にナタリアは頷いた。
「そう。まぁ簡単に言えば、そのうちの一人が実績欲しさにやらかしたんだよ。厳重に保管していたチート能力まで勝手に持ち出して、それを召喚された勇者たちに惜しみなく与えちゃったんだってさ」
「それで、オーバースペックな勇者たちがたくさん出来上がっちまったと?」
「そーゆーこと。しかもその愚かな神はどこかへ逃げちゃうし、それでまた騒ぎはムダに大きくなる一方だし、もう踏んだり蹴ったりだよ」
ここまで苛立ちを募らせるナタリアも珍しい。要はそれだけ厄介な状況を指しているということだ。
オーバースペックな連中が暴れれば、自ずと世界のバランスは崩れてくる。
既にあちこちで目立った動きが見られているらしいが、それでも今はまだマシだといえる状況とのことだ。勇者として目覚めたばかりであるが故に、その力を使いこなせていないと見れなくもないからだろう。
しかし、時間が経てばその考えも変わってくる。そしてその時間は決して長くはないだろうな。
素手でオリハルコンを握りつぶしたり、ドラゴンをワンパンで仕留めたりすることなんざ朝飯前。不自然なレベルのハーレムを築いたり、どこぞの国を乗っ取って王様となり、更なる好き放題をやらかす可能性だって十分あり得る。
ぶっちゃけチートはなんでもアリだ。反則や正々堂々という言葉を、どこかへ置き忘れてきたかのように。
――それだけならまだしも、人そのものを置き忘れるのが一番怖いかもな。
自分の欲望が実現できるのであれば、多少の犠牲はやむを得ない。どんなに大きな犠牲ですら、自分が持つチートに比べれば大したことはない。そう平気で笑いながら言い飛ばす姿が、恐ろしいを通り越して哀れに思える。
救いようのない大バカ者。そんなのはマンガやラノベの中だけで十分だ。
「ちなみに現時点では、ドラゴンをワンパンで仕留めたヤツがいるみたいなんだ」
おっと、どうやら俺の想像が的中しつつあるようだ。
「それだけでも色々と崩壊してる気はするが、エスカレートすれば収拾がつかなくなっちまうだろうな」
「……うん。アキ君の言うとおりだよ」
とどのつまり、ナタリアがさっき言ったように、異世界の崩壊に繋がる。いわばルクトやティファニーの故郷が消滅するということになるのだ。
早急にどうにかしなければならないということだが――
「どうにかできるもんなのか?」
率直な疑問を投げかける。いくら神様といえど難しいことはあるだろうし。
「……してみせるよ。ここで逃げたりしたら、神の名が廃るってね!」
気合を入れながら返事をしたナタリア。そこに着信音が鳴る。どうやらナタリアのスマホからのようだ。
「もしもし、お疲れさまです。はい――分かりました、すぐ向かいます!」
着信を終えてナタリアが立ち上がる。神様の上司からだろうか?
「緊急招集が来たから、ちょっと行ってくる」
「気をつけてな」
やはりそんな感じだったらしい。慌てて生徒会室を飛び出したナタリアを見送ったところで、自然と深いため息が出てしまう。
改めて考えてみると、なんとも厄介なことだよなぁと思う。
元凶は神様だが、実行犯は同じ学校に通っていた連中だからな。きっと本人たちには悪気なんざ一切ないんだろうから、余計に厄介だ。
「ねぇ、私思ったんだけどさ、そのチートって能力、神様の特権か何かで強制的に消したりできないのかな?」
松永の意見に、俺は思わず目を見開く。
「確かに神様だったら、それぐらいのことはできそうだよな」
「でも、ナタリアさんはその考えを口に出してはいませんでしたよね?」
「そういえば……」
ふーむ、ただ単に考え付かなかったか。それとも最初からできないことなのか。
「答えはカンタンだよ。したくてもできないのさ。神と言えど、割と面倒な部分が多いからね」
「なるほどねぇ……ん?」
ちょっと待ってください。今、誰が喋ってたんでしょうか?
ここには俺、ルクト、松永、ティファニーの四人以外に誰もいないハズ。なのにあからさまに知らない声が聞こえてきたのは、どういうことなのか。
俺は恐る恐る声のしたほうを見ると、そこには――
「……アンタ誰?」
見知らぬ青年がそこに立っていた。ルクトですら気づかなかったらしく、驚いて立ち上がっていた。
「人にモノを頼むときは、まず自分からって教わらなかったかい? まぁいいや、答えてあげるよ」
上から目線で見下した笑みを浮かべつつ、ソイツは誇らしげに言った。
「僕の名はオーティス。ナタリアと同じ神様ってヤツさ!」
――また面倒そうなヤツが現れたもんだな。
もしかして、ナタリアが言ってた愚かな神様って、コイツのことなんじゃ?
「ついでに明かしておくが、召喚された勇者たちに能力を与えたのは僕だ」
あ、やっぱりそうだったのか。ってことはアレかな。タイミングを見計らって逃げてきたってところか。流石に野放しにしていて、そのまま逃げられたとは思いたくないが。
「ルール違反だとかワケの分からんこと言われて捕まってたが、この僕にかかればタイミングを見計らって逃げるなんざ、造作もなかったよ。慌てふためくマヌケな神どもの顔が目に浮かぶようだ」
予想は当たっていたらしい。だが喜んでいる余裕は一ミリもない。何故なら目の前にいるのは神だ。それもナタリアとは違う、明らかな危険物そのものだ。
ルクトが立ち上がり、戦慄した様子で身構えているのが良い証拠だ。それだけヤバいヤツであることがよく分かる。
よくよく見れば、このオーティスとかいう神様。笑ってはいるけど薄っぺらい感じなんだよな。仮面を張り付けたとでも言えばいいんだろうか。
お世辞にも好感は持てない。むしろ不気味という単語が良く似合うほどだ。
「全く……高貴な神であるこの僕が追われる身とは……忌々しいにも程があるよ」
オーティスの笑顔が闇に染まる。
怖い。なんというかもう、怖いの一言しか思い浮かばないくらい怖い。それ以外の言葉が全くもって思い浮かばないほど怖い。言葉が違うだけで同じことしか言えないくらいに怖くて怖くて仕方がない。
チラッと他三人を見ているが、殆ど俺と似たような気持ちのようだ。
松永やティファニーは絶望に満ちた表情で身を寄せ合っている。そしてルクト。顔からあんなに冷や汗を噴き出させているのは始めて見た。やはりそれだけヤバいということなのだろう。
――え? そんな俺はどうして冷静でいられるんですかって?
そうでもしてないと発狂しそうなくらい追い詰められてるんだよ、察しろ!
「ところでさっきから何も言ってこないが……僕に何か言いたいことでもあるんじゃないのか? 睨んでないで遠慮せず言えばいいじゃないか。それともそんな言葉すら出てこないほど、お前たちの知能がダメダメだということなのかな?」
盛大に見下してくるオーティス。それも敢えてやってるんじゃない。心の底からそう思ってやってるんだ。
恐らく俺たちの返事なんざどうでも良いんだろう。現にコイツは、俺たちとコミュニケーションを取ろうとはしていない。会話のキャッチボールをするつもりなんざ毛頭ない。ただ一方的にボールを投げたいだけとしか思えない。
「だとしたら申し訳ないことをしたね。神である僕は、お前たちのような人間のことなんざ理解できないから。だって分かるだろ? 盤上の駒の気持ちを、お前たちだっていちいち考えたりはしないだろう?」
――正直かなり怖いんだが、とりあえず何か言葉を返してみようか。
俺はそう思い、口を開いた瞬間――
「あぁ、別に答えなくていいよ。僕が正しいのは分かってるから。お前たちの答えなんざゴミくず同然なのも分かり切ってるから」
オーティスはそう言った。近づかないでと言わんばかりに、手のひらを俺たちに向けてピラピラと前後させながら。
どうやらまたしても、俺の予想が当たったようだ。ここまで分かりやすいとは流石に予想していなかったがな。
あまりにも自分勝手かつ傲慢。そして俺たちのことは盤上の駒扱い。いわば生きてる人として見ていないということだろう。
これもある意味、典型的な神様の姿な気がする。
実際こうしてお目にかかってみると、とんでもなく恐ろしい存在なのだと、改めて思い知る。下手に足掻けば自分の首を絞めるだけだ。そしてこの状況を打開できる気も全くしない。チャンスが生み出される気がしないのだ。
そんなチャンスはこの僕が潰してあげるよと、目の前にいる神様の笑みがそう言っているような気がした。
「マジで言いたい放題言ってくれるな……何も言い返せねぇけどよ」
ルクトが表情を歪ませながら呟く。それに対してオーティスは、演技じみた意外そうな表情を浮かべた。
「ふぅん? 魔王ともあろうキミが負けを認めるんだ?」
「そこまでバカじゃねぇさ。動くどころか喋るだけでも命取り同然ってな」
「……ハハハッ! 流石は魔王君。よく分かってるじゃないか♪」
オーティスは勝ち誇った笑みで俺たちを見下す。
「さっきもチラッと言ったと思うけど、僕からすれば、お前たちは盤上の駒でしかないんだ。いわばオモチャだ。どれだけ壊れようと構いやしない。壊れたオモチャは捨てればいいんだから」
やれやれ困ったもんだと言わんばかりに、オーティスは首を横に振る。あまりの物言いに俺は呆然としてしまっていた。ここまで暴言が似合う人物が他にいるだろうかと思いながら。
「ルナディールも本当にバカだよ。世界を大事にしろなんて、くだらない寝言にも程がある。盤上が壊れたらそれは捨てて、新しいのを作ってしまえば、それで解決する話だというのに……どうしてそんなカンタンなことが分からないんだろ?」
そのルナディールとやらが誰なのかは分からないが、恐らく神様の上の立場的な人なんだろうな。
「まぁ、そんなことはどうでも良いさ……よくも僕の計画を邪魔してくれたね。そんなキサマらには責任を取って異世界へ行ってもらうよ。これは命令だ!」
遂に口調までも変わった。というか計画の邪魔ってどういうことだ。まるでワケが分からんぞ。
「やれやれ、揃いも揃って俺の言いたいことが分からないとはね。人間はどこまでもバカでマヌケなんだか……あぁ、違うか。ボクの頭が良すぎるだけか。神でもワケ分かんないヤツはたくさんいるもんな。特にナタリアのお嬢がいい例だよ」
オーティスから見て、ナタリアは普通じゃない神様らしい。そもそも神って時点で普通を軽く飛び越してる気がするんだが。
「仕方がない。特別に高貴で天才な神であるこの俺様が、と・く・べ・つ・に、お前たちに教えてやるとしよう。感謝したまえ♪」
特別を強調に協調を重ねた。大事なことだから二回言ったんだろう。
「本当はね、異世界へ飛ばすのはキサマらの予定だったんだよ」
「……にゃんだって?」
俺は思わず呆けた声を出してしまった。どうして『にゃん』と言ったのかも本当に分からない。噛んだのかそれとも混乱していたのか、はたまた両方か。
「その世界がくみ上げた異世界召喚魔法に、神である僕が座標を指定したんだ。その座標はキミたちのクラス……抜かりはなかった。けれど何故か、隣のクラスに座標がズレてしまったんだよねぇ。これには流石の僕も驚きを隠せなかったよ」
じゃあ、下手したら俺たちが異世界に飛ばされていたのか。そうなったらなったでどうなっていただろうか。
少なくとも、魔王であるルクト――いわゆる討伐対象がそこに現れるということになるワケだから――
「異世界召喚したらなんと魔王が現れた。そんな現象を見てみたかったんだけど、その目論見が外れてしまった。それが悔しかったから、召喚された人間たちに能力を与えることにしたのさ」
なるほど、神様的には単なる道楽のつもりだったってことね。そうやって異世界が大騒ぎする姿を見て、ゲラゲラと笑いたかったんだろう。
恐らくチートを与えたのも、些細な代わりのつもりだったんだろうな。反則的な能力を持った勇者たちが世界のバランスを崩す。そんな姿を見るのもまた一興だと思ったってところか。
しかしオーティスはやりすぎた。安直にチートを与え過ぎた結果、神の世界も大騒ぎとなり、こうして逃げてくる羽目になった。
まぁ、自業自得も良いところだと思うが、オーティスからしてみれば、けしからんの一言なんだろうな。自分の行動に間違いはない。周りが怒っているのがむしろ間違っているんだ。きっと心からそう思い込んでいるのだろう。
「しまいっぱなしだった能力を、この僕がわざわざ使ってやったと言うのに、どうしてあそこまでカンカンに怒ったんだか……全く高貴かつ天才エリートであるこの僕を否定するとは、神も随分と廃れたもんだよ」
実に分かりやすい反応の連続だ。さっきから文句の内容が似たり寄ったりだし。
それだけ積もり積もらせてるってことなんだろうが、それを俺たちにぶつけられても凄く困る。言ったところで聞いてくれやしないんだろうけど。
「そこで僕はこう思った。廃れたんなら直せばいい。直すためには僕自身が手柄を立てるしかない。そのためにも当初の予定を完遂させてやる。今ここで、キサマら全員を異世界へ飛ばしてやるのさ!」
いよいよオーティスがどうかしてきたな。マジでヤバい感じだぞ、これは。
「魔王だけじゃない。ここには異世界召喚儀式で犠牲になった王女もいる。その王女が元気な姿で召喚されれば、また一段と面白くなるだろうな」
まぁ、少なくとも大変なことにはなるだろう。国が大騒ぎになるだけでは済まないかもしれない。コイツにとっては一番望ましい展開かもしれないが。
「更にナタリアを連れ戻し、僕の下で目いっぱいこき使ってやる。彼女の能力は極めて優秀だからな。彼女が出した結果を利用して、僕は更に上へ上り詰めてやろうじゃないか。まさに良いこと尽くめだ。想像しただけでワクワクするよ♪」
きっと今のオーティスは、バラ色の人生という名の未来を思い浮かべているに違いない。同じ神様であるナタリアでさえも、出世コースを歩くための道具にしか思ってないというのも、また典型的と言うか何と言うか。
――そう思っていた矢先、オーティスが目をギラつかせてきた。
「さぁ、そろそろムダ話を終えて実行に移そうか。いくら叫んでもムダだぞ? この部屋の周囲には結果を張っておいた。誰も気づくことはない。呑気に敷地を散歩している魔王の部下でさえもな!」
ハイドラさんのことか。どうやらあの人は無事のようだ。
「構わねぇさ。アイツが巻き込まれずに済むならな」
ルクトもそれを安心したらしく、ここでようやくいつもの強気な笑みを見せた。それで状況が打開できるわけでもないのだが、らしくないよりかはマシだ。少なくとも俺はそう思う。
――いよいよ始まった。オーティスが力を発動し、生徒会室に光が包まれる。
俺たちの足元には大きな魔法陣が。もはや成す術もない。このままオーティスの思惑どおり、俺たちは異世界へ飛ばされるのだ。
幸いルクトが一緒だから、最悪な展開だけは避けられるだろうが――
「愚かな人間どもよ。神の邪魔をした罪、今ここで償いやがれ!」
魔法陣の光が俺たちを包み込んだ。その瞬間――魔法陣が消滅した。
「なっ……こ、これは……キサマら何をしたぁっ!?」
呆然としていたオーティスが、俺たちに向かって怒鳴りつける。どうやら俺たちの誰かがやったと思い込んでいるようだが――ルクトもティファニーも、そして松永も戸惑いながら首を横に振っていた。
「ちぃっ……まぁ良いさ、もう一度展開するまで……はあっ!」
オーティスは再び魔法陣を展開するが――再び同じように消えてしまった。
まるで不思議な力によってかき消されたかのように。
「バ、バカな……あ、あり得ない、こんなことは決してあり得ない!!」
オーティスは激しく動揺する。
「これは何かの間違いに――」
「そこまでだ!!」
突如、どこからか声が聞こえてきた。周囲を見渡してみると、天井に緑色のオーラを纏った穴のようなモノが出来上がっていた。
――そこから飛び降りてきたのは、俺たちがよく知る人物であった。
「ナタリア!」
思わず叫ぶ俺の声に反応せず、一緒に降りてきた兵士らしき人物たちとともに、オーティスを睨みつける。
そして――
「確保!!」
『うおおおあぁぁーーーっ!!』
兵士らしき人物たちが一斉にオーティスに雪崩れ込み、あっという間に彼を捉えてしまった。
そして天井の緑色の穴から、もう一人、白いローブに身を包んだ金髪の女性が下りてきた。ハイドラがその人物にビシッと敬礼する。
「ルナディール様! オーティスの身柄を確保いたしましたっ!」
「ご苦労さま」
そしてナタリアは、俺たちのほうへ駆け寄る。
「アキ君、それに皆も大丈夫!? ケガはない?」
「あ、あぁ、俺たちはなんともないが……」
「そう。本当に良かった」
心の底から安心したかのように、ナタリアは笑みを浮かべ、深く息を吐いた。
「くっ……ルナディール、さま……」
「オーティス、貴方ともあろう者が気づかないとは、情けないことですね」
「な、何を言って……」
取り押さえられたオーティスを、ルナディールと呼ばれた美女が呆れ果てた表情で見下ろす。
そうか、この人がさっきヤツが言っていた人ってことか。
「貴方の力が不発に終わったのも、この場にイレギュラーな存在がいたからです」
「イ、イレギュラー?」
なんかよく分からんけど、さっきの魔法陣が消滅したのは、単なる偶然じゃなかったようだ――って、なんでルナディールさんとやらは、こっちを見てるんだ?
「ねぇ――沢倉秋宏くん?」
ルナディールさんはそう言いながら、意味ありげな笑みを浮かべた。
それに対して俺は、自分で自分を指さしながら、ただただ呆然とすることしかできないのであった。




