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第十話 魔界からの客人、ハイドラ登場



 その夜――神妙な面持ちでルクトは言った。


「ハイドラが来るってさ。俺たちに直で相談したいことがあるんだと」


 それを聞いた俺は、頭の処理が追い付かず硬直した。生徒会の仕事の疲れを、学食の美味い晩飯でじっくり癒そうとしていた考えが吹き飛んだ。

 ひとまずこれだけは聞いておこうと思う。


「……なんでまた急に?」

「勇者絡み……つまりは隣のクラスの連中絡みで、ちょいと厄介な流れになっちまってるらしいんだよ」

「んで、こっちに来るって?」

「そーゆーこと」


 ルクトが頷き、俺は考える。勇者絡みか――なんか嫌な予感がするな。


「その相談、ティファニーやナタリアにも参加してもらうか? 一人でも異世界関係者が多くいれば、何かと心強いだろ」

「あぁ。もうこの際だから、松永にも加わってもらおう」

「結局は生徒会メンバー全員ってか」

「そうだな――っと、電話か」


 ルクトのスマホに着信が入る。少しばかりやり取りした後、ルクトが俺にスマホを差し出してきた。


「アキ、ハイドラから電話」


 わざわざ俺にも話を通したいってことか。相変わらず律義な人だ。


「もしもし、秋宏ですが」

『ご無沙汰しておりますアキヒロ殿。ハイドラでございます。いつもルーファクト様がお世話になりまして、誠に感謝しております』


 相変わらずハイドラさんの声は重々しい。前にルクトが撮影したハイドラさんの写真を見せてもらったのだが、典型的な全身を包み込む禍々しい鎧姿だった。ルクト曰くイケメンらしい。やはり異世界の実力者は皆そうなのだろうか。まぁ別にどうでも良いけど。


「ルクトから聞きましたよ。こっちに来て相談したいことがあるとかで」

『……おっしゃるとおりにございます。とんだご迷惑を……』

「それはいいですよ。貴方がつまらない相談を持ち掛けるとも思えませんし」

『ありがとうございます。早速明日、お邪魔したいと思います』

「分かりました。ちょうど明日からは連休ですからね」


 カレンダーを見てみると、確かに祝日を挟んでの連休となっている。来訪のタイミングとしてはバッチリだろう。

 そして電話をルクトに戻し、数分後に通話を終えた。

 それから俺たちは夕食を摂りに食堂へ。ちょうど松永たち三人もいたので、明日ハイドラさんが来ることを話した。できれば明日の話し合いに、同席してくれないかと頼む意味も込めて。

 最初は少し戸惑っていたが、三人ともすぐに快く了承してくれた。

 異世界絡みなら自分たちも満更無関係じゃない、と。

 ――ルクトがハイドラさんの秘蔵写真を見せ、それで女子どもが速攻で釣られたことについては、見なかったことにしよう。

 まぁ、そもそも秘蔵ってのが俺にもよく分からんのだがな。恐らく鎧を脱いだ姿かなんかなのだろう。俺も見たことないから、なんとも言えないのだが。

 そういえば――ハイドラさん、明日は流石に私服だよな。ということは、素顔が拝めるってことじゃないか。それはまた楽しみだ。

 恐らく女子たちの反応からして、相当なイケメンなのだろう。しっかりこの目で確認してやるわい。

 ――と、なんやかんやで翌日を迎えたのだが。


「アキヒロ殿、こうしてちゃんとお会いするのは、初めてでございますね。改めましてハイドラと申します。いつもルクト様がお世話になっております」


 ハイドラさんが低い声とともに、深々とお辞儀をする。ちゃんとルーファクトではなく、こっちで使っている名前を呼んでるあたり、徹底してるなぁと思わず感心してしまった。


「こちらこそどうも、沢倉秋宏です。その……ハイドラさんの素顔、なかなか渋いですね」

「ははっ、城の連中からもよく言われますよ」


 そんな苦笑するハイドラさんを、改めて観察してみる。まぁ、イケメンと言えばイケメンだが、どちらかというとコワモテなオッサンと言うべきだろうか。

 後ろに控えている女子たちのほうをチラッと振り返ってみると――


「…………」

「…………」

「…………」


 三人揃って無言だった。これは一体全体どういうことだと言わんばかりに、ハイドラさんを見て呆然としている。

 とりあえず、隣でニヤついているルクトにでも聞いてみようか。


「なぁ、昨日お前が見せた写真って……」

「数十年前のだな。親父に仕えてた時の写真を取り込んで、色鮮やかに仕上げ直してみたんだ」

「あ、そうなの」


 よくもまぁ、そんなリスキーなことをするもんだ。流石は魔王様ってか。まぁ、それはともかくとして。


「……まずは場所を移さないか? ちょいと目立ってる感じなんだが」


 周囲を見渡すと、寮に残っているヤツらが野次馬よろしく俺たちを見ている。ダンディーなオッサンってのは、やはり人を引きつけるモンなのかね。


「生徒会室なんてどうだ?」

「良いねぇ。そこなら落ち着いて話せそうだよ」


 ルクトの提案にナタリアが賛成する。


「確かに食堂とかだと、目立つことに変わりはないでしょうし」

「私も賛成!」


 ティファニーや松永も頷いた。俺も皆の意見には賛成である。受付には、ルクトの親戚のオジサンが来ていると説明すりゃいいだろうしな。

 ――というワケで、俺たちはハイドラさんを連れて受付を済ませ、生徒会顧問の宮内先生にもこのことを話し、生徒会室で話す許可をもらった。

 ハイドラさんが先生方に挨拶した際、何人かの女の先生は頬を染めていた。やはり渋いオジサンはモテるようだ。

 それはさておき、俺たちはさっさと職員室を後にし、生徒会室へ向かう。休日だけあって人も全然いない。

 これが平日だったらどうなっていたか。きっと大騒ぎになっていただろうな。


「落ち着く建物ですね。学生を学ばせるために、力を尽くしてるのが分かります」

「はぁ」


 ちょっと大きいぐらいのありふれた校舎だと思うんだがな。まぁ、褒めてくれるのは素直に嬉しいが。

 もしかしたら、異世界の学び舎ってヤツは、日本のソレとはえらい違いなのかもしれない。テレビでも海外の視察者が、日本の技術や建物に感激するみたいにな。

 こっちでは当たり前でも、あっちでは当たり前じゃない。文化が違えばそれだけ差も大きくなるだろう。ハイドラさんの反応が、それを如実に表しているといっても過言ではない。少なくとも俺は、そんな気がしていた。

 ――さて、そんなこんなで生徒会室に到着!

 熱いほうじ茶を淹れてお茶菓子も用意。今日は近くの和菓子屋で買ったお饅頭とどら焼きにございます。やっぱり客人へのおもてなしは重要ですね。

 そういえばナタリアやティファニーも和菓子は初めてだっけ。喜んでくれるだろうかと少しばかり心配したが、それが杞憂であったと数分後に発覚する。


「ん~っ♪ なにこれメッチャ美味しいんだけど♪」


 ナタリアがどら焼きに感激していた。まるで某ネコ型ロボットのように、とっても幸せそうな笑顔だ。蕩ける笑顔とはこのことか。


「このオマンジュウというのも美味しいですね」

「えぇ。恐らく製造の仕方や、材料の質からして違うのでしょう。こんなに美味しいとは思ってもみませんでしたね」


 ティファニーやハイドラさんにも、好評のようでなによりだ。そして皆が食べ終わりそうなタイミングで、ルクトが切り出した。


「さーて、美味い菓子も食ったことだし、ボチボチ話を始めていこうぜ」

「分かりました。不躾ながら確認したいのですが……」


 ハイドラさんが目を細めながら周囲を見渡す。それに対し、ルクトは小さく笑いながら言った。


「盗聴の心配はねぇよ。チラッと確認してみたが、仕掛けられてる様子はねぇ。聞き耳を立ててるヤツも特にいねぇし、心配しないで話して良いぞ」

「――ありがとうございます」


 冷めかけたほうじ茶を一口含み、ハイドラさんは話し始めた。


「まず、ティファニー様やナタリア様に、改めてご挨拶申し上げます。ランフェルダの王女様と、我が世界の神様にお話を聞いていただけること、心より光栄に思っております」


 深々と頭を下げるハイドラさんを見た二人は、数秒ほど顔を見合わせ、そして困ったような笑みを浮かべた。


「顔を上げてよ。今のボクたちは、ただの女子学生さ。そんなに頭を下げられるような立場でもないよ」

「ナタリアさんのおっしゃるとおりです。どうぞお気軽に接してください」

「ありがとうございます」


 幾分スッキリしたような様子となったが、ハイドラさんの表情はすぐに重々しいそれに切り替わる。


「数日前、ランフェルダに送っていた密偵が、ボロボロの状態で戻ってきました。幸い治療が間に合い、すぐに目を覚ましましたがね。そこで私はその密偵に問いただしたところ……先日召喚された勇者たちにやられたとのことでした」


 なるほど。そりゃ災難なことだったな。まぁ、それならそれで疑問はあるが。


「その勇者たちってまさか……」

「えぇ、ルクト様が先日送ってくださった資料のとおりでした」

「やっぱり隣のクラスの連中だったか」


 忌々しそうにルクトが呟く。無理もない。大事な部下が同じ学校の連中にやられたんだからな。

 しかしそうだとすれば、やはりどうしても疑問に思うことがある。


「勇者って、そんなに最初から強いもんなのかな? 密偵が不覚を取るって、相当なことなんじゃ……」

「あぁ、それは俺も疑問に思ってた。いくらたくさん人数がいても、ヤツらは戦闘のせの字も知らないようなド素人に過ぎない。そしてそのやられた密偵が、自分からドジを踏むとも思えねぇ。何かしらの裏でもない限りはな」


 淡々と語るルクトは、そのままどうなんだ、と言わんばかりの視線をハイドラさんに向ける。

 するとハイドラさんは、今度は俺のほうを見てきた。


「アキヒロ殿に一つお尋ねしたいことがございます。こちらでは、勇者召喚を軸とした物語が広まっておられるそうですね?」

「えぇまぁ、結構多いですね。召喚される際に、神様から無敵同然な能力を授かる展開もザラですよ。こっちではチートと呼ばれてたりします」

「……おいおい、まさか!」


 俺の答えに反応したのはルクトだった。俺も自分で言ってて内心、途轍もなく嫌な予感がしていた。


「恐らく、そのまさかでしょう。今回ランフェルダに召喚された勇者たちは、神様から強大な力を授かって呼ばれたと広められていました。流石に単なる宣伝でしかないと思っていましたが、よもや本当だったとは……」

「こっちじゃ最近、そーゆー類いのラノベとかが流行ってるのも確かだからな。さぞかしソイツらは喜んでたんだろうぜ。チートキターとか言ってな」


 空を仰ぎながら苦笑するルクトに、ハイドラさんは重々しそうに俯く。


「密偵の話では、実際そう言ってたらしいです」

「マジか……」


 あちゃーという感じに手のひらで目を隠しながら、ルクトは再び空を仰ぐ。嫌な予感が的中しちまった感じか。まさか本当にチートないし、それに準ずる能力を貰って召喚されるとはな。


「魔族の密偵を勇者たちが見つけ出し、見事虫の息まで追い詰めた。ランフェルダ国王はこれ見よがしに、そう全世界に向けて発信しております」

「露骨なアピールと脅しってか? 全く分かりやすい国王様だこって」


 ルクトが呆れ果てた表情を浮かべると、ティファニーも穴があったら入りたいと言わんばかりに身を縮こませる。


「本当に恥ずかしい話です。お父様はきっと、既に魔族の方々に勝ったつもりでいるのでしょうね。ふんぞり返って大笑いする姿が目に浮かんできます」

「ティファニー様も、ご苦労成されたようですね」

「えぇ、もう昔の話ですけど」


 ハイドラさんの言葉に、ティファニーが苦笑する。この数日で色々と考えが吹っ切れたと見える。薄々思ってたが、このお姫様ってばかなりたくましいな。


「……アキヒロさん? 何か変なこと考えてませんか?」

「別に」


 そして何気に松永に似てきている気もする。つーか俺、別に変なこと――もしかして、たくましいって思ったことか? それは禁句だったってことデスか?

 はぁ――全く分からんもんだねぇ、女子ってのはさ。


「コホン。ところで、まさかとは思いますけど、勇者のリーダー的存在が、王家ないし貴族の誰かと結婚の約束みたいなのをしたとか……」

「えぇ、それも密偵から報告されてますね」


 したのかよ。ついでにもう少し突っ込んで聞いてみるか。


「確か、ランフェルダにはもう一人王女様がいたよな? 魔王討伐を条件に、勇者とその王女様が婚約した……みたいな?」

「よくお分かりになりましたね。まるで見てきたかのようですよ」


 適当にテンプレを述べてみただけだったんだが、どうやらビンゴだったらしい。

 となると、更に考えられるのは――


「勇者たちもチートを手に入れたことで、かなり調子に乗ってるとか?」


 俺の呟きにルクトが反応する。


「あり得そうだな。密偵とはいえ、魔族を追っ払ったことも、存分に拍車をかけてるだろうし。そこらへん、何か情報は得てないのか?」

「いえ、そこまでは……申し訳ございません」

「いいさ。十分用心して調べるよう、伝えておいてくれ」

「はっ!」


 こうして見ると、本当に上司と部下って感じだな。年齢からすれば、圧倒的にルクトのほうが下なのだろうが、ハイドラさんは心の底からルクトに忠誠を誓っていることがよく分かる。

 まぁ、それはともかく――


「問題は勇者たち……いや、正確にはチート能力と言うべきか?」

「そうだな。それがあるから厄介なんだ。ならばそれを取り除いちまえば良い。問題はそれをどうやって行うかだが……」


 俺とルクトは揃って腕を組みながら唸る。ここで松永が、何かを思いついたような反応を見せた。


「ねぇ、そもそもチートって、神様が授けたんだよね? だったらさ……」


 松永がナタリアを見る。そういえばアテならあるじゃないか。


「ナタリア。お前の知り合いに、チートを与えられそうな神様っていないか?」

「……いるよ。すっごい心当たりがある」


 重々しい口調でナタリアが答えた。


「一応言っておくけど、ボクに頼られても困るよ? 神の判断は絶対なんだ。一度与えた能力を取り消すなんてことはできない。ましてや付与した神を、ボクが裁くこともできない。それこそ、よほどの例外がない限りはね」


 ナタリアの目が、俺たちを鋭く射抜いた気がした。心なしか語尾も強まっていた気もする。まるで有無は言わさないよと言わんばかりだ。

 そこに松永とティファニーが、黙ってられないと言わんばかりに立ち上がる。


「あの、ナタリアさん。本当に無理なんですか?」

「そうだよ。友達を助けると思って……」

「ボクだってできることならそうしたいさ!」


 やや感情的にナタリアが叫ぶ。意外と人情的な部分があるんだなぁと、思わず感心してしまったのはここだけの話だ。


「でも、何もなく動くことは無理なんだよ。さっきも言ったでしょ? よほどの例外でもない限りは……っと、ゴメン。電話みたいだ」


 ナタリアは着信の入ったスマホを取り出し、話し始める。どうやらこの数日の間にしっかりと買っていたらしいな。まぁ、そこはどうでも良い話か。

 別に生徒会の仕事中というワケでもないから、電話に出ること自体を咎めるつもりはないんだが――なんかナタリアの話している声のトーンからして、単なる友達からって感じでもなさそうだな。

 例えて言うなら、ルクトが部下の人と話しているみたいな感じだろうか。

 もしかしたら今ナタリアが話しているのも、似たような感じなのかもしれない。異世界を管理する神様は他にもいるって話だから、そのうちの誰かという可能性は大いにあり得るだろう。

 ――神様同士がスマホで通話か。

 ちょっぴり想像してみたけど、結構シュールな気がした。


「はあっ? それ本当なの!?」


 と、思っていた矢先にナタリアが叫ぶ。驚いて椅子をガタンと派手に音を立ててしまったが、ナタリアは構わず話を続けていた。


「ちょうど皆も一緒だから、ひとまずこのことを話すよ。また後で連絡して!」


 そう言ってナタリアは通話を終えた。なんかただならぬ雰囲気だが、一体何があったんだろうか。


「……前言を撤回しなければならなくなった。早くチートをなんとかしないと、異世界が壊されちゃうよ!!」


 ナタリアが慌てた様子で叫ぶ。どうやら、よほどの例外とやらが、起きてしまったらしい。



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