日常
ヒヨリが食堂に向かう途中、いつもの通り二人の従姉妹がヒヨリを待ち伏せしていた。
「もう姉さまったら相変わらず遅いんだから~。」
と黒い目の愛らしい少女が言う。
「アサナ、ヒヨリ様は早朝の修行があることぐらい分かっているであろう。」
先ほどの黒い目の少女がアサナというらしい。双子であろうか、これを発言した少女はそのアサナにそっくりである。但し、こちらは、赤に近い目の色をしていた。
それにしても従姉妹に様付けとはいささか不自然ではないか?
ヒヨリもそれが嫌らしく、
「ユウナ、わざわざ様なんてつけないでよ。私たち血縁同士じゃないの。」
「御意!」とユウナと呼ばれたその不自然少女。
「いや、だから、その、位が違うからってそんな仰々しくしないでって。」
月立国のフォン山に住む巫女は三種類に分かれている。下位から順に黒巫女、赤巫女、青巫女となる。
その位の分け方は至極単純。
目の色だ。
巫女になりたい(あるいは強制的に巫女にならせられた)者はその目の色の通りの位の巫女になるシステムとなっているのだ。(ちなみにこの三色以外の目の色のものはフォン山の巫女にはなれない(!)。)
だから、当然親戚内でも目の色が違えば、位が変わってくる。
具体的にいえば、ヒヨリが青、ユウナが赤、アサナが黒の目を有しているため、三人全員の位がちがうということになるのだ。
どうやら、三人は食堂に着いたようだ、が、勿論席はバラバラだ。
アサナは右端の一番人数の多い、よく言えば賑やか、悪く言えば品のないというか、子どもっぽいというか、のテーブルに
ユウナは中央の、右よりは少し上品な、けれども下位の巫女を見下し、上位の者を僻むことに余念がない者も多いテーブルに
そして、ヒヨリは最も厳粛な、全く無駄話のない、つまり、息抜きの出来ないテーブルに
彼女たちにとってこれが当たり前の事であった。
勿論、小さな嫉妬や憧れ、羨みと言ったものは彼女たちの中にもあったけれど、この制度を根本から疑問に一度も思ったことはなかったのである。
話はヒヨリのことに戻る(戻る、と言うほどの大した話もしていないが)、が。
ヒヨリは食事の時間になると毎度どこかの体調が悪くなった。
他のテーブルではヒヨリと同い年ぐらいの子も何人もいたが、青巫女(正確には巫女を引退した者もいるが)のテーブルには、子どもと言う子どもはヒヨリを除いて一人しかおらず、後は、年寄りの頭の固いおじさまおばさま(ヒヨリ曰く)ばかりなのだ。
その一人と言うのも将来ヒヨリと結婚することになっているソラという少年だった。
「ヒヨリさん、いい加減受け容れてくださいよ。」
ソラの父親が言う。
「あなたが私たちの息子と結婚することは貴女とソラが生まれた時から決まっていることなのですから。」
青巫女が身分の違うものと結婚することは、絶対できないタブーだ。特にその代の青巫女が一人しかいないときなどは。
ヒヨリとソラはこの代唯一の碧眼であり、貴重な番いである。
まるで、家畜のようであるが、これが代々守られてきた青巫女のルールなのだった。このルールがなければ青巫女は今存在していない。次は自分たちがそのルールを守る番だ。ヒヨリはそのことは頭では認識していた。頭では。
「ねえ、姉ちゃんそんなに俺、嫌かな。」
ええ、嫌ですよっ。
ヒヨリはそう叫びたかった。ソラは悪いやつではないのだが、やはり、下位の巫女に対して不遜だしヒヨリに対しても天狗だ。
「そうそう。」
このフォン山の総領役であるヒヨリの祖母が初めて口を開いた。
「今晩、修業が終わった後、私の部屋にきなさい。遅刻はもちろん厳禁ですよ。」
この山で暮らすものにとってこの老婆の言うことを聞かないというのは爆風雨(暴風などとは比べ物にならない)の山の中を一人で歩くのと同じだ。(よく分からない例えであるが、ヒヨリはこの言葉を何べんも彼女の母親から聴かされている。)
ヒヨリは片目でソラを片目でその女魔王を睨み付けながら、承諾の返事を返した。