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平助  作者: とむ
9/19

進:四

 足が地につく音

 剣が空を切る音

 剣と剣がぶつかり、弾ける音


 そこ──道場にいるのは宗次郎、山口、平助。朝食の後、宗次郎が「久々に勝負しようか」と山口を誘い、それに連れ立った平助は終わりを知らない二人の勝負を見ている。


 初動は、始まってかなり経ってからのことだった。

 お互いの呼吸を読むのに長い時間を要し、ぴくりとも動かなかった。

 沈黙を破ったのは 山口。大きく一歩前に出、宗次郎はそれを柔らかく受けた。鍔迫り合いになるのかと思いきや、またもや山口の先手が出る。それを受けると同時に宗次郎も返す。


 それからずっと競めぎ合いが続いている。

 お互い一歩も引かず、受けては返し、流すことなど無い。

 剣と剣によって響く乾いた音は、動きが速すぎて、一続きに聞こえる。

 

 汗が散る。

 同時に剣が飛ぶ。

 沈黙が流れる。


「……参ったなぁ。夢中になりすぎた」

 そう言ったのは宗次郎だ。参った参った、とケラケラ笑いながら、飛ばされた竹刀を取りに行く。

 行く先にいるのは平助。その場にうずくまっている。

「小さい平助がもっと小さくなってる」

「竹刀が当たっちまったかい?」


「痛ぇよお」

 と平助はこめかみを押さえながら顔を上げ、宗次郎に竹刀を差し出した。

「ありゃ、弦が切れてるや」

 竹刀を受け取り宗次郎は残念そうな顔をする。

「あーっ!」

 こめかみから放した手を見て平助が叫んだ。

「何だよぉ。でかい声出さないで」

「血が出ているじゃあないかい。悪かったよ」

 山口が差し出してきた手拭いを受け取り、ぶすりとした顔で宗次郎を睨みながらこめかみに当てた。


「そういえば山口。俺の得意技を受けてみて?」

 宗次郎は平助に謝りもせず山口に声をかけた。

「そりゃあ怖いね。避けちゃ駄目かい?」

「あ、避けてくれていいよ。……じゃあ、いくよ」

 二人は再び竹刀を構える。


 やっ、と大きく突きを繰り出し、続けざまに二本目の突きを出す。

 山口はどちらともかわしたが、それでもまだ宗次郎の腕は伸びてくる。まさか三本目までもがくるとは思わなかった。

 あっ、と反応しようとした頃には、山口の長身が飛んでいた。


「よっしゃあ成功。頭使った甲斐があったよ」

 面を外し、宗次郎はキラキラと嬉しそうな顔をする。

「頭使うなんて、宗次郎にしちゃ珍しいや」

 黙って見ていた平助が言った。

「いつも宗次郎は力任せだからな。いやあ、しかしさっきの突きは予想外だ」

 言葉に反し、それほど驚いたような顔には見えないが、表情が中々変わらないのが山口だ。

「実戦なら、頭、首、胸って一本ずつ下げていくんだ。 名付けて、三段突き」

 宗次郎は得意げな表情で、頭、首、胸を指差しながら答えた。


「庭にぶら下がってる木の枝みたいなのは、宗次郎のか」

 ふと思い出したように山口が言った。

「そう。吊ってある糸の長さが別々でしょ? ここ五日くらい練習してたんだよ」

「いつになく真面目だな。……何かあったのかい?」

 訝しげな顔で山口が問う。

「嫌だなぁ、そんな顔しないでよ。この前、源さんも山南さんも新八さんも左之さんも、得意技を増やしたいって話しててさ。皆三つくらいはあるのに、俺は無くて、悔しかったんだ。この技を考えるのにも三日はかかったよ」


「宗次郎は力の勝負しかしないからなぁ。さっきの試合だって、何も考えずに打ってたろ」

平助がへらっと言った。

「煩いなぁ。んなのわかってるさ」

 少し不機嫌になったのか、眉間に皺を寄せた宗次郎を見て、平助は縮こまった。


「怒んなよ。悪かったよ。……山口は何か得意技ってある?」

 自分のせいで悪くなった雰囲気を和げるために、平助は話題を山口に向けてみた。

「俺かい? 俺ゃあ……、そういや、何なんだろうねぇ」

 柔らかい口調は宗次郎の苛立った心までもを和ませるものだ。


「俺、山口に負ける時は、いつもこれでやられるよ」

 宗次郎が竹刀を左手で持って突くふりをする。

「左片手一本突き?」

 平助の指摘に宗次郎は「そう、それだ」と機嫌を損なわずに答える。

「そういえばそうかもしれないな。俺は人より左手が器用らしいから、これはなかなか使える」

「いいなあ。なんか格好いいや」

「平助には無理そうだ」

 ふふん、と鼻を鳴らして見下すような宗次郎お得意の視線を、平助は負けじと睨み返した。


「お二人とも、そんな意地になりなさんな。じゃあ平助、お前さんの得意技は?」

「お、俺?」

「平助は得意技無いんだな?」

 宗次郎がにやにやと挑発的な笑みを見せれば、負けず嫌いの平助の頭にかっと血が昇る。

「あるよ!えっと……抜き胴だ!」

「あぁ、背が低いからそれが妥当だろうな」

 うんうん、と納得したように山口が言った。

「そうだね。平助にはそれがお似合いだ」

 宗次郎はまたもや見下すような視線を一つ送り、「さあ、甘いものでも食べに行こうかな」と道場を出て行った。


 道場に二人残された。

「……山口」

「なんだい?」

「稽古しよう」

「構わんよ」


 今なら怒りで山口を倒せそうな気がした。

 しかし、怒りは動きを雑にさせるものだ。得意技だと言った抜き胴すらできないまま、「そろそろやめようか」と山口が手を止めた頃には、平助は痣だらけだった。

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