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平助  作者: とむ
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幼:三

 長介が死んでひと月。慌ただしい日々が過ぎ、ようやく安定してきた。

 人々から好かれていた長介のこと。お琴や勇介に慰めの言葉をかける者は減ることがなく、それが余計に二人から長介を忘れさせなくしてしまう。


 この頃から、勇介とお琴の、平助に対する態度も変わっていった。


 ある日、店の手伝いで平助はお琴が整えた着物を店頭へと運んでいた。

 それが終わり、勇介と一緒に居間にいた時、お琴に呼ばれた。

「これは何だい?」

 指を差して指摘された所は、さっき平助が頼まれて着物を置いた場所。理由がわからず、お琴を見た。

「置く場所はここじゃないだろう!今まで何度間違えたんだい!」

「あ……すみません……」


 平助は呟き、のそのそと正しい場所へと移動させる。

「もたもたして、そんなに私をイラつかせる気かい! 全く、前から鈍臭い子だねえあんた!」


 確かに、場所を間違えてしまうことは何度かあったし、勇介と二人で怒られることもあった。しかし、自分だけがこれほどうるさく言われたことはない。むしろ、着物を引きずってしまっても「洗えば売れるから」と許してくれたことさえあったのに。


 またある日の朝。

「平助起こさないの?」という勇介の声が夢の中で響いた。

「いいんだよ。勇介、ちょっと話があるんだ」

 とお琴の声。

 平助は緊張しながら二人の会話に耳をそばだてた。


「ねえ。父ちゃんさぁ、平助のことで何か隠してなかったかい?」

「え? 平助の母ちゃんが死んで、身寄りがいないからうちに連れて来たって……」

「それは知ってるよ、そんなことじゃなくてさ、何故身寄りがいないのかとか……」

「なんで? いないからいないんじゃないの?」

「どう見ても普通の子じゃないだろう? ほら、あの子、お前と同い年なのに知らない遊びが多かったじゃないか」

「……そうだね」

「そうだろう? あたしはね、あの子はここに来るまで隠されていた子なんじゃないかって思うんだよ。……もしかして、父ちゃんの隠し子なんじゃないかって……」

「そんな……母ちゃん……」

「もしかしたらそうなんじゃないかって思いながらね、あんたとあの子を我が子のように育ててきたつもりだよ。あたしは今まで我慢してた。……勇介、あんたは本当にあの子を兄弟だと思うかい?」

「うん……でも、平助は悪くないのに──」

「何を言ってるんだい!父ちゃんを奪った女の子どもなんか、どんな風に育てられたのかわかりゃしないよ!」

「でも平助は」

「父ちゃんはあんなに優しい顔をして、あたしらを裏切ったんだ!それと同じさ。あの子は確かに可愛い顔をしてるけどね、何を考えてるかわかりゃしないよ!」

「母ちゃん、平助起きちゃうよ……」

「知らないよ、寧ろ聞いちまえばいいんだ。そしたら勝手に出て行くさ」


 聞くに堪えず途中から布団で耳を塞いでいたが、お琴の声も段々大きくなってきたので結局全部聞いてしまった。


 鼓動が速まる。体全部が心臓のようだ。涙と声は布団に吸い込まれた。


 一年半かけて築いてきた楽しい生活は、音を立てて崩れ始めた。


 平助は、焦りを感じていた。

 予感していなかった急激な変化は平助を困惑させ、表情だけでなく思考でさえも暗くさせる。


 俺は元々いなかった奴だし、長さんやこの人たちは関係なかったんだし、頼まれてこの家に来たわけじゃないし。

 でも、長さんのことを一番信じているのは俺だけなんだ。勇介もお琴さんも、勝手な想像で長さんを悪者にしている。



 お琴の、勇介と平助に対する態度は明らかに変わってしまった。勇介も、最近は平助を置いて別の友達と遊んでいる。

 無口で無表情になった平助に、二人は話しかけることもなくなった。


 長介がいた頃は一人になることがなかったため、久々の孤独は平助の心の消えかけていた古傷を生々しく抉った。しかしそれが二十日も続けば、平助の焦りすら消えていた。



 ■■■



 皆が寝静まったある夏の夜。

 部屋の隅の、敷かれずにたたまれた布団の隣。

 平助は刀を抱いて足を投げて座り、壁にもたれている。


 少し前から、この家を出て行こうと考えていた平助は、今夜それを実行しようと準備し出発する時を待っていた。

 空が白み始めるまでの時間は長かった。

 その間、平助はいろいろ考えた。高猷のこと、母のこと、刀のこと──。


 今、父は何をしているのだろう。

 本妻の子は、俺と似ているのだろうか。後を継ぐのは彼なんだろうな。

 あっちからしてみれば、俺なんかただの一人の他人なんだろう。

 母と俺がどうなったか知っているのだろうか。

 気にかけてなどいなかったのだろうか。

 そもそも、知り合ったきっかけは何だったのだろうか。

 何故、刀をくれたのだろう。

 情けをかけたのだろうか。売って、金にでもしろと?


 「何故」と問いかけても答えが出るはずはないのに、疑問はいくらでも出てくる。

 思えば、今までこれほど深く考えたことはなかった。

 平助の思考には、いつもひっそりと父がつきまとう。


 自分ばかりがこんなに気にしているなんて格好悪いと、高猷の存在にも自分の考え方にも苛ついた。そんな風に苛つく自分に呆れ、父のことよりも自分のことを考えよう、と平助は深呼吸した。


 頬に刀の鍔が当たる。金属製のため、ひやりとしたそれは、平助を現実に引き戻した。

 こんなに暑かったのだろうかと改めて思ってしまうと、途端に汗が出てきた。じめじめして息苦しい。


 冷たい鍔を首に当て、そういえば、と考える。(俺、刀の使い方とか知らないな)

 やはり男として剣術に憧れは持っていたが、道場に通いたいなんて言うのは気が引けて、言えずじまいだった。

 もう、これからは一人だし、どこかの道場に入り浸ることもできるのかな。

 一人になることに不安を感じていたが、よくよく考えれば自由になれるということだと思い直し、未来に初めて期待した。


 ──薄明るくなり、中身の少ない風呂敷包みに一本を捩じ込むと、勇介とお琴が寝ているかどうかそれぞれの部屋をそっと確認し、「お達者で」と呟き玄関を出る。


 門を出て振り向き、第二の我が家に一礼して平助は駆け出した。


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