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平助  作者: とむ
3/19

幼:二

 しばらく歩いて、長介の家の前に来た。

「おおお、でっかい家だ」

 と平助は感嘆の声を上げた。


「ただいま。お琴、勇介。いるかー?」

 おかえりなさいませ──三つ指をついて迎えるお琴と呼ばれた女性は、長介の妻だ。

 その後ろから、勇介であろう少年がついてくる。

「父ちゃんおかえり──誰? そいつ」

 目をぱちくりさせて、長介の後ろに隠れるようにしていた平助をまじまじと見た。

「平助ってんだ。身内がいなくなってしまったらしくてな。一人になっちまうから、一緒に暮らせねぇかなと思ったんだ。……だめか?」


「だめじゃねぇよ!」

 と即答した勇介。予想外の反応に、平助は逆に戸惑ってしまう。「だめじゃねぇよ。一人より大勢が楽しいだろ? 俺は一人っ子だから、兄弟ができたみてぇだ」

「そうですね。その方が賑やかですから」

 お琴も微笑んだ。


 こうして、平助はこの家族の一員となった。

 家族というものをよく知らない平助は、九つにしてようやく年相応の生活に触れることができた。



 ■■■



「平助ー。捕れたかー?」

「まだー。勇介はー?」


 ──一八五四年(安政元年)初夏

 二人は近くの川で褌一丁で釣りをしていた。天気もよく暑い日で、周りには同じく釣りをしている子どもたちがいる。

 勇介と平助は兄弟のようになり、その家族は平助をすんなりと受け入れてくれた。


 ここに来てから二年弱。今までできなかったことができるようになった。遊びをたくさん覚えた。二人の親と兄弟という存在を覚えた。喧嘩の仕方も覚えた。

 たくさん泣いて辛かった分、たくさん笑って遊んだ。店の手伝いで小遣いをもらったり、勇介やその友達から遊びを教えてもらったりして、平助にとって充実した日々だ。


「全然捕れねぇや。周りの奴らに捕られたかなぁ……」

 勇介は膨れっ面で舌打ちする。

「そうだな、俺らより先にここにいたしなぁ……もう魚いないのかなぁ」

 もうやめようか、と勇介が道具を片付け始めたので、平助も片付け始めた。


 道具を担ぎ、二人で小石を蹴りながら家へ向かう。

 家までもう少しという頃、後ろから慌てた足音が迫ってきた。


 誰かが二人の横を走って通りすぎたと思ったら、その男は知る名を叫んだ。

「長さんがああ!」

 二人は顔を見合せ、何かあったのだろうかと走り出した。


 家に着くとさっきの男がいて、息を切らしながらまた叫んでいる。

 その側には慌てた顔のお琴。

「落ち着いて下さい。一体何が」

「長さんがっ、き、斬られた……!」


 場の空気が、一瞬凍った。

「長さんが、斬られた……」

 お琴は信じられないと言いたげに目を見開き、声を震わせ「本当に?」と確認する。

「ああ本当だ……こんな縁起でもねえ冗談なんかねえよ。長さん、喧嘩を止めようとしてて──」

「勇介!」

 勇介が飛び出して行ったのを涙でぼやけた視界の端で捉え、お琴は叫ぶ。


 勇介の後に、平助も続いた。

 走っても、長介がどこにいるかはわからない。

「さっき、あの茶屋の近くで人が斬られたらしいよ」道で話している声を聞き、その場所へ走る。


「長さん……」

 筵が被せられてある体と、その傍で地に手をついて何か謝り続ける若い男。

「父ちゃん!」

 それを見るや否や勇介は筵を返し、その赤を揺さぶる。しかし、長介は起きるはずなく、ただ力無く揺さぶられた。

「誰が……なんで! こんな……」

 嗚咽まじりの声で平助も膝を折る。


 勇介に向かって若い男が声をかけた。

「本当にすまなかった、お前の父ちゃんなのか……申し訳ねぇ……俺が喧嘩なんてしなければ……。この人を斬ったのは別の奴だなんて、俺が言っていいことじゃあねぇんだが……」


「私が、見ていました……」

 周りにいた人々の中から、茶屋の娘がおずおずと出てきた。

「この方を斬ったのは、左のこめかみから頬にかけて大きな刀傷がある人です。樋口小十郎、と言っていました。喧嘩を仕掛けてきたのもその人でした。長さんはそれを止めようとして……」

「なんでだよ!父ちゃん、悪いことしたかよ! おかしいだろ……」

 なんで、なんで……と、勇介はその場に泣き崩れた。


 樋口小十郎

 その名を決して忘れまいと誓った平助だった。


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