追:四
支度金一人五十両
応募者予想五十人
「五十両」という金に誘われてか、浪士組の応募者は予想をはるかに上回った。そのため支度金は十両に削られ、それで幾人かの応募者は減ってしまった。減ったと言っても、約230人の隊が編成された。
その頂点に立つ清河を平助は同門として誇らしく思ったが、以前に増して活動が勁烈になった清河に、恐ろしさまで感じた。──裏の目的があるのではと考えているからかもしれないが。
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道場を畳んでの出発に近藤が義父に何度も頭を下げている頃、平助を始め食客たちは荷物をまとめていた。
今まで人にすがるように、しかし自由に生活していた平助の荷物は、他の者と比べると少ない。
常日頃、外出先で面白いものを見つけると、好奇心で拾ってきたりしている新八や左之助。
「なんだこれ!? 拾ったことあったか?」
「こんなのいらねェ」
ゴミのようなものが出て来たり、本を読み始めてしまったりと、なかなか荷物をまとめることができないようだ。それはそれで彼ららしい。
そんな二人を横目に、平助は黙々と作業を続ける。そこへ、のんびりと山南がやってきた。
どこから持って来たのか、扇子を半開きにして顔の半分を隠し、にこにこと近づいてくる。
「山南さん。ご機嫌ですね」
平助もつられてにこにこと笑い、「そんな扇子持ってたの?」と扇子について問う。
「これね、左之助にもらったんだ」
と半分だけ開いていたのを全部開く。
全体的に桜色で、流れるように桜が散りばめられている可愛らしい扇子だ。女物だから、どこかの女にでも貰ったのだろう。それを左之助が持っているのを想像すると、笑えてくる。
「左之さんがそんなものを? 可笑しいな」
「だろう? 似合わないなんて新八が言うものだから、捨てられる所だったんだ」
「それをもらったって訳ですか」
そうだよ、と山南は扇子を丁寧に閉じ、平助によってまとめられた荷物の横に胡座をかいて座る。
「平助には無駄な物が無いんだね、荷物がすっきりしている」
「長く使えれば、それでいいんだ」
癖になったのかな、とはにかむ。
「そうだね。それが一番良い」
山南の同意に嬉しくなり、また笑う。山南といるといつも、このような緩やかな空気が漂う。
「山南さん。京は、怖いですか」
心配していたことを尋ねた。
月代を剃り、ハルに別れを告げ、こうして荷物をまとめていると急に現実感を抱き、──清河のこともあるのだろう──京の悪い噂に恐怖を感じていた。
「それは……何故かな?」
山南は少し不機嫌な色を出した。もう決めたことを今更怖がるなとでも言いたげだ。平助は詫びて言う。
「いきなりごめんなさい。先日聞いた清河先生の話で、妙に怖くなって。先生は本当は何がしたいんだろうと余計な考えをしてしまうし、辻斬りとか押し借りだとか、京の悪い噂がやけに思い出されて。実際に俺が行くんだと思うと……」
そこまで言って口をつぐんだ。自分の弱さを改めて感じ、思ったことが上手く言えなくなる。
山南は再び扇子を広げ、その小さな桜を一つ一つ目でなぞった。
「……朝起きたら、今日は死ぬ番だと心に決めなさい。そうすれば、物に動ずることはない」
先程の平助の言葉に対する返答ではない。ゆっくり、はっきりした口調でそう言った山南の心情が読めず、平助はきょとんとした顔だ。
「……誰の言葉だか知っているかい?」
「恥ずかしいけど知りません。なんだか、いかにも武士って感じの言葉だ。誰なんです?」
また偉人伝を聞かせてくれるのか、とわくわくして山南の答えを待つ。
「藤堂高虎」
その名前に、平助の心臓は一瞬大きく音を立てた。藤堂の名を聞くと、未だに緊張してしまう。
「そう、戦国時代の武将だよ」
いつもと変わらぬ山南の声音を聞いて一度深呼吸し、平助は再び笑顔を作る。
「そんなかっこいい言葉を遺したんだ」
「そうさ。わたしの好きな言葉だ。剣に自信はあっても、脱藩した頃は、毎日を恐れて暮らしていたからね」
そんな頃もあったんだよ、と山南の機嫌は戻り、楽しそうに昔語りを始めた。
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出立前に浪士組が集められた時に久々に清河を見たが、相変わらずの気迫と貫禄だった。その姿にたじろいだ者は多かっただろう。山南と共に挨拶に行った際には、大袈裟ではないかと思うほど浪士組への参加に感謝され、これからの苦労を労わられた。もちろん顔色を変えずに人懐っこい顔で対応したが、胸はやはり騒いだ。
隊が編成された時や道中には様々な困難や事件が待ち構えていたが、二月になり、浪士組一行は何とか無事に京へ入ろうとしていた。