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平助  作者: とむ
13/19

進:八

 午後の稽古には間に合った。

 いつもより調子が良く、宗次郎でさえも負けさせた。


「平助ぇ。お前、どうしたの?」

 汗だくの顔を手拭いで覆い、鬱陶しいような顔で言うのは宗次郎。

「平助な、コレができたんだ」

 悪戯っぽく片目を瞑って、新八は小指を立てる。

「殴るよ」

「殴ってから言うかよ」

 左頬を押さえて新八が喚いた。


「仲良くなってきたか?」小突いて言うのは左之助だ。

「まだそんな事言えないよ。早速嫌われたかもしんないんだからさ」

 平助の発言に、皆が目を丸くする。

「えっ……お前、どんな口説き方しちまったんだ?」

 にやにやしつつ新八が言う。

「口説いてない!」


「へー。色恋でそんなに舞い上がれるなんて、平助もまだまだガキだね」宗次郎はつまらなそうだ。

「舞い上がってない!」

「まぁ、俺はそういう類の話は苦手なモンでね。楽しんで下せえ」

 そう言った宗次郎は、手拭いを乱暴に肩に引っ掛け、すたすたと道場から出て行ってしまった。


「お前、宗次郎怒らせたぞ」

 一瞬冷たい空気が漂った道場に、新八の声が響いた。

「俺は何も悪い事ぁ言っとらん」

左之助は知らぬふりをする。

「後でのされるかもな」

「やめてよ新さん、怖い事言うなんていけず」


「でよ、どうだったんだ?」

 道場には三人以外に誰もいないのを良い事に、新八は平助の首に引き締まった腕を回してニカッと笑う。

「怖いよ新さん……!」

「おい、俺は何も言ってない」

「見られてたんだ」

「何を」

「俺が、人を斬るところ」


「何言ってんだよお前……」

「悪い冗談よせ」

 慌てる新八に、真顔で言う左之助。

「冗談じゃない。俺は、人斬りだ」

「人斬りって、おめぇ……」

「歳さんから聞いてないの? 斬ったんだ。怒りのままに。 そんな姿 見られたくなかった」

 腕を胸の前で交差して自分を抱きしめ、震える身体を止めようとする。


 何を言えばいいかわからず、驚き、悲しみの目で見つめる新八と左之助。

「笑ってくれたから俺は何も気にしなかったけど、今考えたら、無理して笑ってたのかな?」

 不安気に眉を下げ、泣きそうな顔の平助の頭を新八は乱暴に撫でた。


「新さん?」

「俺ぁロクな事ぁ言えねぇがよ、理由はどうあれ笑顔は笑顔だ。それ見てテメェが嬉しい顔すりゃ嬉しく思うだろうよ。嬉しく思ってくれたなら、いいんじゃねぇか?」

「でも……」

「ああ、ぐだぐだすんな。そんなに気になるんなら聞いて来りゃいいじゃねえか」

 頭をかきむしり、苛立つ新八は平助の頭を押す。


「平助も男じゃろ。好いた娘は信じられんか?」

 左之助が真面目な顔で新八に同意する。

「……ごめん、なんか自分の事ばっか考えてた。ハルちゃんを信じてみる」

 元来の素直な平助。照れたような表情でにっこりと笑い、水で絞った手拭いで顔を拭う。

「その調子だぜ、平助」

 片目を瞑って白い歯を見せる新八は頼もしげだ。

「早う仲良くなって俺らに紹介しろやい」

 左之助がからかうものだから、平助は真っ赤になった顔を手拭いに埋めた。



■■■



 軽やかに弾む足音

 風になびく髪


「ハルちゃん!」

「平助さん」

「ごめん、稽古長引いた」

「一生懸命でいいじゃないですか」

 そんなありきたりな会話が愛しく感じる。ハルの顔を見る平助は目を細めて微笑む。


「行こうか」と歩き出す目的地は甘味処。

 平助が毎回菓子を持って来るものだから、ハルにとって甘党の印象がついてしまった。「平助さんに行ってもらいたくて」と誘われたのだった。

「確かに俺は菓子は好きだけど、甘党ってわけじゃないからね?」

「でも、お好きなんでしょう?」

「うん。試衛館にはね、もっと甘党な奴がいるんだ。俺と同い年なのに、もう免許皆伝もらった奴なんだけどね……」

 平助が楽しそうに話す試衛館の事。幸せそうな平助を見ると、自然と微笑んでしまうハルだ。


 しばらく歩けば目的地に到着する。老舗であろうその風情と、見た目よりも広い店内。がやがやと響く客や店員の声は、店の人気を表している。

「ここの餡蜜は天下一品ですよ」

「じゃ、餡蜜にしようかな。…それと、団子を」

「またお団子?」

「さっき話した甘党の奴へのお土産だよ」

 平助の、そんなさり気無い優しさ。そんなところがハルは好きだ。


 楽しい、愛しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

 手土産の団子を片手に、蝉の鳴く空の下をぶらぶらと歩く。ハルを家へと送り、次に会う約束をして にへらとした顔で試衛館へ帰る。帰れば、新八と左之助にその日の報告。ほとんどがのろけ話になってしまうが、二人は平助をからかいながら楽し気に聞く。


 そんな──想いをはっきりと伝えないままの日々は、瞬く間に過ぎていった。


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