突然の助っ人
キィ……と古めかしい音を立てて開く扉。
だがそんな音も今は激しい雷雨にかき消され、黒い人影はするりと中へ入り込んだ。
そんな部屋の主はのんきにベッドですやすやと眠っている。
人影は何かを探すそぶりをし、目的のものを覗き込んだ。伸ばした手が見えない何かにバチッと弾かれる。
人影はギッとベッドの方を睨みつけ、舌打ちしてまた闇へと消えていった。
青い魔法の残滓が漂い、つけられた虹色の魔石のストラップが揺れていた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
早いもので、エメリアが魔石店ノアに来てからもう一週間が経とうとしていた。
繰り返し同じ魔石を作るだけでも、以前とは比べ物にならないほど、エメリアの日々は充実していた。毎日が楽しい。それもきっとリズやマレットがいるおかげだろう。彼らのおかげで、エメリアの世界は大きく広がった。
料理も少しずつ出来るようになってきているし、一番簡単なポーションの作り方も教わった。
「今日はね、店番を頼もうと思うの。ちょっと在庫が切れそうなものがあるから、マレットと出かけてくるわ。そんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ〜。助っ人を呼んでるから」
「助っ人?」
リズが口を開く前に、カランっと扉の小さな鐘がなる。
ぱっと視界に綺麗な青が入り、鋭い金の眼差しがエメリアを貫く。
「……え」
動揺をあらわにするエメリアをよそに、アルベルトはスタスタと近づいてくる。相変わらずの美しさで、道行く女性が数人そっと大きな窓から覗き込んでいる。エメリアが顔を向ければ、慌ててどこかへ行ってしまった。
「エメリア、知ってると思うけど紹介するわ。今日一日助っ人を頼む冒険者のアルベルトよ。そしてアルベルト、こっちがうちのアルバイトのエメリアよ」
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
ぎこちなく挨拶して、今日の仕事内容を確認する。
エメリアはいつもと同じく魔力補充用を作ること。但しレジもしながら。魔石を作り終えればあとはレジだけという気楽なものだった。
リズいわくアルベルトは護衛。
私がちゃんとできるかの見張り代わりだろうか、と考えてしまう私は疑いすぎなのだろうか。でもきっと私一人残していくのが怖いから、暴力的な揉め事が起こっても対処できるようにってことだよね。
リズは手早く何かの書類をカバンに突っ込み、マレットとともに出ていく。
その時に、マレットの上着のポケットから小さな何かが転げ落ちた。
「……ん? マレットさん、何か落としましたよ。……マレットさーん!」
ドアから呼びかけるが、外には姿が見当たらない。
だめだ、仕方ない、帰ってから渡そう。
そう思って握った手を開き、エメリアは目を見開いた。
エメリアが作った魔石であった。
なんで私の魔石を……? あ、これこの前多めに作ってって言われたやつかな。え、でも今行ってるのって在庫補充だよね? 魔力を使うようなことするのかな……。きっと一応持って行こうってことだよね。
店の商品には森で取れる薬草や冒険者たちが持ってきた魔物のツノやツメがある。
店の商品でリズたちが仕入れてくるもので、そんなに魔力を使うものはなかった気がしたが、無理矢理に納得し、胸の内のモヤモヤは見て見ぬ振りをした。
ふと気づけば立ちっぱなしのアルベルト。
ずっと立たせておくのも気が引けて、とりあえず椅子を引っ張ってきて、レジの内側に置く。
「アルベルトさん、この椅子どうぞ」
「ああ、ありがとう」
そう言って座るなり足と腕を組んで壁に寄りかかり、ぼーっとし始めたアルベルトに、エメリアはどうして良いかわからなくなった。
うーん、何を喋れば良いのかわからない……。
もともとアルベルトも口数が多い方ではないのだろう。つい最近までろくに人付き合いのなかったエメリアに、この沈黙を破る方法はわからなかった。
でも無理して喋らなくても良いんじゃ? 居心地悪いわけではないし。私は私の仕事をすれば良いしね。
そう言い訳をして、エメリアは作業道具をレジ近くに持ってくる。
レジの仕事は前から少しずつ教わっていたので、何もなければ大丈夫なはずだ。たぶん。
レジの内側には、端の方にものが置けるような小さなスペースがあるので、そこで作業を開始する。
時々来るお客をさばきながら、お昼頃には必要な魔石はすべて作り終えてしまった。
ここでエメリアは重大なことに気づく。
お昼ご飯!! 何も聞いてない!
エメリアだけならまぁ、ちょっと一食抜いても大丈夫だがしかし。アルベルトはどうだろう。
ここでお昼を出さなかったら、やっぱり印象悪いかな……。いや、どうなんだろう。
ちらりと様子を伺うが、眠そうにしているだけで、お腹が空いているかはわからない。
悩んだ挙句、作ることにした。
魔石のベルを設置して、ようがあればベルに触れるよう書置きをする。お客が来てベルに触れれば、エメリアの持つ魔石が振動するように簡単な伝達魔法を施し、こちらの様子をじっと見ているアルベルトに向き直った。
「ちょっと何か作ってきます。おやつっぽいかもですけど。甘いの大丈夫ですか?」
「ああ」
たった一言。
でも返事がもらえたことが嬉しくて、エメリアは思わず笑みを浮かべて二階へと上がる。
以前リズに教えてもらったのは、じゃがいもを使った いももち というものだった。
大きいじゃがいも二つを薄く切って茹でて、熱いうちにマッシュ状に。それに片栗粉を大さじ4〜5を入れ粉っぽさがなくなるまでよく混ぜる。丸く平たい形に整えて、フライパンにバターをひいて両面をこんがり揚げ焼きにする。そこに しょうゆ : 酒 : 砂糖 をそれぞれ 1 : 1 : 2 の割合で作ったタレを入れ、絡める。これだけでもいいが、のりで挟むと手が汚れないし、より美味しい。まあ好みがあると思うので、のりなしも用意する。
この国では珍しいしょうゆとのり。ここで出てきた時には、懐かしさに思わず泣きそうしなってしまった。故郷の味というものは、やはり格別だ。
どうやって手に入れているかはわからないけれど、ここに来て良かったと心から思う。
大皿に乗せた いももち を下へ運ぶ。さすがにレジのところでは、と思ったので、いつもの作業部屋へと持っていくことにする。
作りかけの指輪や腕輪を端に寄せ、机を拭いて中央に置いた。
「アルベルトさーん! できましたよー」
そうして姿を現したアルベルトとともに食べ始める。
うん、美味しいと思うけど、どうかな。アルベルトさんの口に合うといいんだけど。
アルベルトはじっと手の中の いももち を見つめ、思い切ったようにかぶりついた。
……毒は入ってませんよ?
ぱちぱちと瞬きをするアルベルトはちょっと幼く見えて、エメリアは微笑ましくなった。
「……うまい」
ぼそりと、でも確かに発せられたその言葉に、エメリアは嬉しくて満面の笑みを浮かべ、再び皿に手を伸ばした。
ここで出てきた いももち は、私が家庭科の調理実習で習ったものです。多分検索したら出てくるんじゃないでしょうか。
美味しいですよー。