初日
エメリアは目を覚ますと、ベッドから飛び降りて大きく伸びをした。
窓からの朝日が清々しい気持ちにさせてくれる。
パパッと動きやすい服に着替えて、朝食を食べに移動する。下はお店、上は居住スペースだ。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
そう言ってにっこり返してくれるマレットとリズ。エメリアは挨拶の大切さが身にしみて分かった。
本を片手にコーヒーを飲むマレットと料理をするリズを見て、ありふれた家族の図に少し顔を曇らせて俯いた。
だが俯いたのは一瞬で、顔をあげた時にはもう笑みが浮かんでいた。
「手伝います、と言いたいところですけど、料理は苦手で……、ごめんなさい。代わりにお皿洗いとか頑張るんで」
「あら、別にいいのに。でも助かるわ。……そうだ! 休みの日に一緒に料理の練習しましょうよ」
驚いたあと嬉しそうにリズが言った。
突然の提案に目を丸くして、いいのかと遠慮がちに尋ねれば、もちろん! と元気よく返ってくる。
嬉しくて頬が緩んでしまう。
「じゃあ、お願いします!」
「そうこなくっちゃ! じゃ、朝ごはんも出来たし、食べましょうか」
そうして食事を済ませたあと、お店の方に移動して説明を受けた。
「あなたには魔石作りを担当してもらおうと思ってるの。今まで質が悪いものしか手に入れられなかったから、高いものも仕入れようかと悩んでたんだけど、あなたがいるなら問題ないわ。ランクは分かる?」
「はい。魔石の質に応じて分けられるやつですよね。確か冒険者ランクと一緒でF〜A、S、SS、SSSだったと思います」
「そう、その通りよ。昨日あなたが作ってくれたやつはSの領域だったわ。よっぽど作り慣れていないとできない。…………久々ね」
「え、そんな上だったんですか!?」
最後にリズが何かぼそりと呟いた気がしたが、エメリアの頭は、初めて聞く自分の魔石の評価でいっぱいだった。
「知らなかったの?」
「はい……」
リズの驚いたような声に呆然と返す。
せいぜいAランクかと思ってた。でも今までただひたすら魔石のことだけに費やしてきたからなぁ。魔石作り向いてたのかも。
それに鑑定の魔法持ってないから、自分のランクなんて知る機会もない。小遣い稼ぎはあんまり大きいのを作らなかったから、結構安めで買い取られたし……。
そんなこんなで一通りお店の中の商品の配置と作業場所を確認する。私の作業場は昨日の面接と同じ場所で、結構広かった。
役割としては、リズさんががレジ兼仕入れ、マレットさんがポーションなどの液体関係、私が魔石関係だそうだ。
このレイテット王国では魔石職人も多いが、ポーションを作る人も意外と多い。ポーションの方が魔石よりも安価で手に入れやすいという理由から。でも魔石の方が効果はいいので、魔石を使う人もいる。
「魔石は三つの大きさを作ってもらおうかしら。見本はこれ」
そう言って三つの魔石を手渡される。ノルマは大きい方から20、30、40。エメリアは遠い目をした。
どんどん指示を出していくリズ。エメリアはそれを頭に叩き込みながら、今日作るものを考える。
「基本的にただの塊の魔力補充の魔石を優先してね。効果はいらないわ。今日は初日だから、作り終わったら自由にしてていいわ。明日からは何か売り物を作ってもらうけど。……何か質問は?」
「大丈夫です」
「何か聞きたいことがあったらいつでも聞いてね」
そう言ってリズは商品整理に行き、エメリアは見本の魔石を抱えて作業部屋へと入った。そこではすでにマレットがポーション作りを始めていて、エメリアもすぐに作業に取り掛かることにした。
黙々と作業を続ける二人。エメリアはこの空気が嫌いではなかった。互いに何かに没頭する時間。わからないことがあれば答えるというスタイル。
お昼になるかという頃に、エメリアは作業を終えてしまった。もともと魔力量は人一倍多かった。魔力を使いすぎれば気絶してしまうが、そんなこともなく。結局昨日と同じ指輪を作ることにした。誰でも手が届きやすいようにとランクを低めに、大量に作るために、魔力の質を下げて。それと別にちょっとランクが高めのものも作ることにした。
早速製作に入り、指輪を2個、腕輪を1個作った時、ヘラの先端からメキメキと蕾のようなものが生えてきた。
じっと見守っていると、それは次第に花開いていく。花の中央にあったのは、今までヘラが吸収してきた魔力の塊だった。虹色の強い透明の粒。大きさは親指の爪ぐらいで、エメリアが取ると花は散ってしまい、元のヘラに戻った。
この現象はよくあることで、ヘラが溜め込んだ魔力を返してくれるのだ。作業が中断される時もあるが、ほっとけばだんだん大きくなるだけだし、ゴミが出ないと思えばなんてことはない。その粒はヘラを通すことにより、魔力がさらに濃縮されて色味が強くなる。つまり、ワンランク上の魔石を作ることができるわけだ。小さいけど。
指輪も飽きたので、エメリアはそれを使って何か別の作品を作ることにした。
エメリアはまずこぶし大より少し小さめのやや楕円形の塊を作った。そこからヘラを取り出し、外側をツルツルにする。
続いて横長になるようにして上と下を決め、ヘラと同じ素材の薄い木の板を取り出す。ウエストポーチから。実は魔法で中を拡張している。
それに下の部分を二分の一くらいになるまで軽く押し付け、吸収させて平らにする。ここでまた花が咲いて粒が一つできた。板の端なのでほっとくことにする。以前中央に咲かれた時は本当に邪魔だった。
それが完了すると、今度はヘラで中身を削り始めた。
間違っても板の上に落とさないように板は脇にどけ……ようとして手が滑り、手の中の魔石が一直線に板へと落ちていく。まるでスローモーションのように。
顔が驚愕で歪む。
ギリギリで空中でキャッチし、ホッと安心のため息を漏らす。板をどかすためにヘラを置いていたのが正解だった。
心臓を落ち着かせて作業を開始する。
削りすぎて穴があかないように慎重にヘラを動かす。丸く膨らんだ部分を当てて綺麗なドーム型にする。ふちの部分は分厚めに。
もう少し薄いほうがいい気もするが、まあいいだろう。
やりすぎて穴あけちゃう方が怖いもんね。
エメリアは一番上に小さな輪っかを作って魔石で接着し、ウエストポーチから太めの白い糸を取り出す。
それを適当な長さに切り、先端を内側に魔石でくっつけた。先に先端は魔石で丸く包んでくっつけているので、糸は綺麗にまっすぐ垂れている。
次に取り出したのは、ヘラや板と同じ木で作られた直径5ミリほどの短い棒。先端は鋭く尖っていて、細かい模様をつける時に使用する。
それを机の上に立てた後、一気に周りを魔石で固めた。だんだん内側が吸収されていき、穴が広がっていく。ある程度吸収されたら、棒をそっと引き抜いて周りをツルツルの曲面にする。そしてそれを魔石に繋いだ糸に通し、花の粒をさっき通したのがふちに当たるように場所を決める。
エメリアは再び棒を手に取ると、花の粒の中心に素早くつき刺し引き抜いた。見れば僅かに穴があき、貫通している。そこに糸を通し、さっき決めた位置へ持っていくと、魔石で穴を塞いで固定した。
ここまできてなんだけど、この部品は魔石使うと重くなって心配なんだよね……。薄くすればいいかな。
エメリアは作り出した塊から板を押し付けて長方形にし、机の上に置いて上から板をかぶせる。横から様子を見ながら、ギリギリまで……。
「……あ」
き、消えた……!
気を取り直して何回か挑戦し、5回目でようやくギリギリの薄さに仕上げることができた。
それに棒で小さめの穴を開けて糸をくくりつけ、ほどけないようにボンド代わりに魔石で固める。
できたのは、そう、風鈴。
続いて風鈴が内側に入るくらいの大きさの三日月の形に魔石を作り、土台に固定する。固定した三日月のてっぺんに小さく穴を開けて、風鈴と糸で繋いぐ。
これで完成だ。
夏の風物詩、風鈴。その中でも置き風鈴と言われるものだ。室内の風通しの良いところに置き、その音色を楽しむ。
だがせっかく魔石で作ったのだ。何か効果をつけたい。
エメリアは悩んだ末、ある一つの効果をつけることにした。
青い光が風鈴を包み込む。
どこからか入ってきた風で、光のおさまった風鈴がちりん、と澄んだ音を立てる。ちゃんと効果を出しているそれに、エメリアは目を細めた。
拡張魔法を施した袋に、腕輪とともに衝撃緩和の魔法をかけて一緒に入れる。それをさらにウエストポーチにしまった。
風鈴は、これから暑くなるのに備えて、アルベルトに助けてもらったお礼として差し上げようと考えている。
だがこちらはかさばるし、エメリアが思いつきで作ったもので、風鈴よりも腕輪とかのほうがいいかもしれないので、どちらかを選んでもらおうと思う。
真夏になる前には渡したいな。
ここの夏はとても暑いのにクーラーも扇風機もないから、本当に参ってしまう。
エメリアはリズの呼ぶ声に応えて、他の魔石を抱えて歩き出した。