採用
エメリアが連れてこられたのはこじんまりとした部屋で、中央にテーブルをソファが挟むように置かれていた。全体的に白と緑で統一していて、清潔感あふれる爽やかな内装だった。
二人は向かい合って座った。
「あらためまして、リズよ」
「エメリアと言います」
「エメリア、あなたは何が得意?」
「魔石作りです。質には自信があります」
「作って見せてちょうだい。お題を出すわ」
そう言って少し考えたあと、リズは楽しげにこちらを見た。
エメリアの心臓は緊張でドクドクと音を立てる。頭の中で、今までに作った作品を必死に思い返す。
大きい作品だと魔力を大量に使うし大変なので、あまり好きではない。
小さめサイズだといいな。細かい作業は得意だし。
「そうねぇ、うちの店、冒険者や騎士の男性が多いのよね。私としてはもっと女性にも来てもらいたいわ。ということで、女性が手に取りやすいものを作ってちょうだい。効果は何でもいい。時間は……、一時間。期待してるわ」
魔石の作品は、まず一気に魔力の塊を作り出す。質を一定にするためだ。そこから目的の形を削り出し、さらに形を整え、必要があればデザインやお店のマークなどを彫りつけて最後に効果をつける。
一時間なんて少なすぎる。普通、小さな品物でも数時間はかかるというのに。
だがここでうだうだ言っている場合ではない。紹介してもらったのはここが最後なのだ。絶対に合格しなくては。
魔石職人が多いと言われながら、こうして紹介される店が少ない理由。
もちろん、もうすでに職人がいるので雇う必要はないというところも数多くあるだろう。が、どれほどかは知らないが、職人が強制労働させられる店も数多くある。過労で倒れる人の数も多いと聞く。
そうしたお店はうまく立ち回って、尻尾を出さない。だから摘発することも難しい。
商業ギルドは安全と思われる店を見極め、紹介するのが一つの大きな仕事だ。
エメリアは気を引き締めて考えを巡らせる。
この街に魔石職人はたくさんいる。その中で何を競うか。質はもちろん、形、色、デザインといくつかあるが、その中でも特に注目されるのが、魔石の効果。いくつかの種類に分けられ、その種類の多さは、その人の使える魔法の多さに比例する。魔法は人によって適性があるが、努力すればあまり適性のない魔法でも少しは使えるようになる。が、できない魔法は本当にできない。
本来ならこれから学園でちゃんと勉強すべきなのだろうけど、悪役から遠ざかると決めた以上、エメリアは家の書庫で猛勉強した。思っていたよりも結構豊富に揃えてあったので助かった。
エメリアは光魔法が得意でサポート系の効果に特化しており、攻撃系の効果を苦手とする。それでも魔石の質で補い、そこそこの威力は出ているはずだ。実際に他の人の魔石と比べてみたことはないから、自分の実力がどのくらいなのかはよく分からないけど。
まあ、こうしてかけられる効果があるだけでもよしとするべきだろう。
何にしよう。定番なのは指輪や腕輪かな。ネックレスというのもアリだけど、チェーンの部分が時間がかかるから却下。ここではチェーンだけとか売ってないしね。自分で作るしかない。となれば、指輪か腕輪。
エメリアは時間がかからない指輪にした。
両手を胸の前までそっとあげた。
目を閉じて、体を流れる魔力を感じ取る。最初はこれが出来なくてやめてやろうかとも思ったけど、数ヶ月頑張ってよかったと本当に思う。
全身から手に向けて魔力を集める。そして高濃度に圧縮していく。この時の濃度が魔石の質に現れる。
目を開けて、手に全神経を集中させる。カチカチと鳴り響く時計の音も、じっと見つめるリズの視線も、全てを置き去りにして。
手のひらにほろほろとした光が現れた。エメリアはそれを、ドーナツ型に一気に固めていく。
宙で白く輝きながら形になっていくのは、いつ見ても神秘的で胸が踊る。
エメリアはこの瞬間が一番好きだった。ファンタジー感が溢れていて、日本でないことを突きつけられるから、ちょっと思うところもあるけれど。
光が弾けて、姿を現した魔石がぽとりと手のひらに落ちる。
無色透明の中にキラキラと虹色が光に反射して輝いている。雪の結晶のようで、一つ一つ形が微妙に異なる。太陽のもとに出ればより一層綺麗に輝くだろう。
これは私の、私だけの色だ。
人によって出せる色合いが違うのだ。本当に単色の人もいれば、中心が違う色だったり、グラデーションだったり。質が下がれば色が濁るが、基本的な色は一種類で変えられない。せいぜいほんの少し明暗を変えられるのが精一杯。
アイリもまた綺麗で、見るものを引き込むようなエメラルドグリーンを出す。中心に行けば行くほど青みが強くなって、思わず感嘆のため息をつくような素晴らしい色合いだ。
一緒に作った時はみんなアイリの方を褒めたけど、アイリと違った美しさを生み出せたことが、嬉しかったなぁ。
エメリアはウエストポーチからヘラと指の太さの短い木の棒を取り出した。
これは街へ行ったときに手に入れたものだ。ヘラの当たった部分がヘラに吸収され、溝ができる。これは魔力を吸収する特殊な木で出来ているためだ。溝の深さは力加減で決まるので、結構練習が必要だ。ヘラには尖った部分もあれば先端が丸い部分、へこんだ部分……と一本で様々なことができる。
木の棒はエメリアにとって指輪を作るときには欠かせないもの。女性の指輪の平均サイズが6号から9号で、1号大きくなるに従い約1ミリ大きくなる。今回は8号で行くことにする。
エメリアはヘラの平たい部分を当て、内側を少しづつ削っていく。
何度か幅を確認しつつ、納得のいくまで削り、次に外側を削っていく。ヘラのへこんだような部分を当て、なめらかな曲線に仕上げていく。
エメリアは一心不乱にヘラを持ち作業をする。
ようやく形が完成し、ちらっと時計を見るともう残り五分になっていた。
やっぱり一時間は厳しい……。本当なら模様まで彫りつけたいところだけど。
エメリアは模様を諦め、指輪に魔法吸収の魔法をかける。指輪が薄青く光る。これは魔石作りのために生み出されたと言っても過言ではない魔法だ。これがないと魔法を封じ込めることができない。
そのあとすぐに『回復』の魔法をかける。指輪はさらに青く光り、数秒して元に戻った。これで魔石は完成だ。
「出来ました」
「うん、時間ぴったり。それじゃあ見せてもらうわね」
リズはエメリアの渡した指輪をいろんな角度から見たあと、手のひらに乗せてじっと見つめた。
エメリアはドキドキしながらそれを見守った。
「……、よくこの短時間で……。色も綺麗、技術も申し分ないわね。……うん、合格!」
あ、時間が短いという自覚はあったのね。
満面の笑みのリズが映って、ようやく実感が湧いてくる。
「あ、ありがとうございます!」
エメリアはパァッと笑みを浮かべた。
ここが、私の出発点。
アルバイト、頑張ろう。
その日はリズの夫、マレットにも挨拶を済ませ、一緒に晩御飯を食べた。
賑やかで、穏やかで。誰かと一緒に食べれたのが嬉しくて、ちょっと泣きそうになったのは秘密だ。