英雄
視線が痛い。主に女性の。
こういう時、やっぱりアルベルトは女性に人気なのだと改めて思う。
前を通り過ぎるたびに小さな歓声があがる。しかし同時に陰口も聞こえてしまうわけで。
「……誰よあの子」
「信じらんない。アルベルト様と一緒に歩こうなんて……」
「……自分の顔、分かってるのかしら」
クスクスと笑う声が、耳にこびりついて離れない。
太陽が上からジリジリと照りつけてくる。
せめて、帽子をかぶってくればよかった。そしたらこのチクチク刺さる視線も、太陽の光も遮ることができたのに。
少しづつ、歩く速度が遅くなる。アルベルトはこちらの様子を気にせずに、少し先を歩いている。ちょっと離れたって、多分気付かれない。
離れればきっと、私の陰口はアルベルトさんには聞こえない。聞かれたくない。あの人は強いから。こんな陰口でへこんでる私を見たら呆れてしまうだろう。
そもそも、呆れられるだけの関係を築けているかも分からないけれど。
出かける時は軽かった心が、あっという間に沈んでいく。
「…………遅い」
「ご、ごめんなさい」
先を行っていたアルベルトがこちらを振り向き、眉を寄せている。道行く人も、みんな自分を責めているような気がした。
「わざとです」なんて言えるはずもなく。苛立って舌打ちするアルベルトに慌てて謝り、駆け寄った。
今日は機嫌が悪い……。いや、街に出るといつもこうみたいだから、平常? リズさんとマレットさんの前では穏やかなのに……。
エメリアが何か話しかければ一応答えてくれるが、それでもやはりリズたちとしゃべる時よりかなりそっけない。まあ普通に会話してくれるだけ、ありがたいのだが。
そこでエメリアはハッと気づいた。
もしかしてアルベルトさん、リズさんが好きなのでは……?
きっとそうだ! だってリズさんとしゃべる時はなんだか楽しそうだし、表情も少し豊かになる。マレットさんとリズさんを切なそうに見つめていた時もあったし。リズさん、明るくて美人だからなぁ。でも、リズさんにはマレットさんがいるから……。
胸にちくりとした痛みを感じ、首をかしげる。
考えれば考えるほどにそうとしか思えず、なぜか気持ちもさらに沈み込んでいく。
今一緒に歩いているのがリズさんじゃなくて、がっかりしたかな……。
目が潤み始めて、慌ててぱちぱちと瞬きをした。
「……英雄」
「本物……」
ひそひそと聞こえてくる断片的な言葉。相変わらず人々はアルベルトに注目している。
英雄? ああ、確か街を襲ったドラゴンを倒して王国を救ったって設定にあったような……? あれ、なんだろう。頭にもやがかかってるみたい。あんまり思い出せない。まだ何かあったはずなんだけど。……後で思い出すよね、きっと。
まあ何はともあれ、確かにそれなら、と人々の興奮具合にも納得がいく。
ドラゴンにもいろんな種類がいる。巨大で、たった1匹で国をあっという間に滅せるほどの戦闘力を持つ。
一つ、有名な話がある。ドラゴン関係の本を開けば必ずと言っていいほど見る話。
人間がまだ魔法をうまく扱えていなかった頃、彼らはすべての生き物の頂点に立つ絶対王者だった。
しかしある時、恐ろしいほどの魔法の才能を持った一人の男が現れる。彼は村人を困らせているドラゴンの討伐を頼まれ、見事に成し遂げた。
しかし帰ってきた彼の顔は曇っている。彼は村人に「本当にあのドラゴンが悪さをしていたのだろうか」と尋ねた。
すると村人は笑ってこう答えた。
「いいや? もう二百年くらい経つが、一度も被害なんてなかったよ。でもほら、いると困るだろ? 存在自体が邪魔だよなー」
彼は怒り狂った。
元々、彼はドラゴンによる被害が深刻だと聞いて渋々討伐に乗り出したのだ。
ドラゴンは知能が高く、むやみやたらに攻撃したりしない。きちんと頼めば手を貸してくれることもある。一部の地域では神とまで崇められているのだ。
彼が討伐したドラゴンは穏やかで、とても村に被害を出すようには見えなかった。
彼はドラゴンに手をかけたこと、村人たちの話をうのみにしてしまったことを深く後悔した。
それから彼は姿を消し、数年後、人間の住む大陸から遠く離れた大陸に、巨大な王国を築き上げる。国民は皆人間に迫害を受けた人ならざるもの。攻撃してくる人間を圧倒的な力で容赦なく叩きのめす。国民たちは魔族と呼ばれ、彼はその王として君臨した。魔王誕生である。
それから何千年、魔王は何度も交代し、かつては初代魔王のよって抑えられていた魔族が暴走。人間たちは度々襲撃を受けるようになった。
そこで登場するのが、ドラゴンだ。
彼らは基本的に中間の立場を取っているが、中には人間の味方をするものも、魔族の味方をするものもいる。
数は減っているものの、今でもその力は衰えておらず、討伐の際は必ずSランク以上と決まっている。
アルベルトにとって、ドラゴンは大切な存在だったはずだと記憶している。
前を歩くアルベルトの顔は見えない。彼はドラゴンを倒した時、どんな気持ちだったのだろう。
突然立ち止まったアルベルトにぶつかりそうになり、慌てて避けた。
いったいどうしたのかと前を向けば、そこにはゲーム画面で見たままの姿の学園が、どっしりと建っていた。
「わぁ……!」
思わず感嘆のため息を漏らす。
何と荘厳な建物だろう。巨大な門から続く道には、脇に噴水があり、太陽の光にキラキラと輝いている。驚くべきは、その足元。何と宙に浮いている。受け皿に溜まった水が上にのぼり、丸い物体に吸収されて上から噴き出し、また受け皿へと循環している。
画面越しではなく、実際に今ここに存在していることに、とても感動した。
こういうのを見ると、魔石を作りたくなってくるなぁ。最近はあんまり大きいの作ってないや。気分転換に、帰ったら今ある魔力全部注いで作ろうかな。
「おい、行くぞ」
「あ、はい!」
見とれて足が止まっていた。すでにアルベルトは遠くへ行っている。一人置いていかれることに不安になったエメリアは急いで後を追った。