強盗
食べ終わった皿も片づけ、エメリアはいよいよ暇になった。
今日はなんだかお客が少ないなぁ。暇だ……。
ふとアルベルトを見れば、剣の手入れをしていた。少し俯いているためか、さらりとした前髪が目にかかっている。磨かれた窓からの光が降り注ぎ、部屋全体が輝いている。
絵になるなぁと思いながらぼーっと見つめていると、ふとアルベルトが怪訝そうにこちらを向いた。
「どうした」
「い、いや、なんでも……。そういえば、どうして今日の依頼を受けたんですか?」
見とれていたなんて、恥ずかしくてとても言えない。
でもとっさに思いついた話題は、その場しのぎには結構いい質問だった。
「……アンタがどうなったか、気になっていたからな」
思わぬ言葉に、エメリアはぽかんとする。
当の本人は再び剣の手入れを始めており、エメリアはうろたえた。
「……私、ですか?」
「ああ」
他に誰がいる、とばかりに言い切ったアルベルトに、エメリアは言葉を詰まらせる。
「私今、幸せです。……とっても。これも全部、アルベルトさんのおかげなんです。本当に、感謝しても仕切れない」
「ああ」
心配、してくれたんだろうか。でも心配まではいかなくても、気にかけてくれたのは確かで。
やだなぁ、もう。ここに来てから涙腺が緩くなっちゃって。
そう軽く返事をしたアルベルトはきっと知らないだろう。
あの時アルベルトさんが助けてくれたから、今の私がいるんです。
アルベルトたちと出会う前のエメリアは、取り繕ってはいたが本当にもう限界に近かった。
周囲からの冷たい視線、態度。話し相手もおらず、ストレスはたまる一方で。三年ほど街にも行けなかったため、人と触れ合う機会などないに等しく、家を出ようにも警備が強化され、両親に直談判に行っても、アイリに会いに行っても出かけていらっしゃいますの一点張り。数回張り込みをして両親を捕まえ、やっと家を出る許可をもらったのだ。それまでずっと、ずっと魔石を作り続けることで心を保ってきた。
そんな壊れそうだった私を、光の中に引っ張り上げてくれた。
嬉しい。心配してくれる人がいるって、こんなにも胸があったかくなるものなんだね……。
視界がぼやけて、慌てて上を向く。
泣いたら困らせちゃう。
上を向いてぱちぱちと瞬きをしていると、突然ドアがバタンと乱暴に開いた。
「全員動くなああぁぁ!」
入ってきたのはいかにもなゴロツキ数人で、巨大な剣やら杖やらを持っている。
急なことに驚き、エメリアはうろたえた。
これは、強盗!? こういう時ってどうしたらいいの?
……ん?何か言ってる。いや待って、全員一気にしゃべらないで! 私わかんないから!
とりあえず、何か、何か言わなきゃ。
「い、いらっしゃいませー。何をお探しですか?」
口をついて出てきたのは、最近やっと言い慣れてきたセリフだった。
ゴロツキたちが殺気立ち、アルベルトは呆れたようにため息をつく。
ごめんなさい……。……もう、こうなりゃヤケよ!
今は私が店番をしてるんだから。私が店を守らなきゃ。それに、私には魔法があるでしょう? 普段魔石ばっかりで、魔法自体は滅多に使わないけど。
ゴロツキたちは青筋を浮かべ、武器を構える。エメリアの背に冷や汗が伝う。
「……ふざけてんのかテメェ」
「いえ全く。ただ荒事を持ち込んだだけなのでしたら、すぐにお引き取りください!」
その言葉とともに、自身とアルベルトにバリアを張る。ついでに、店の商品棚や玄関以外のドア周辺にも。対魔法用なので、物理でこられた場合はどうしようもないが。
「チッ! 遠慮はいらねぇ。思いっきりやっちまえ!」
「させるわけないだろ」
そう言って飛び出したアルベルトは、雄叫びをあげて突っ込んできた相手の首に次々と手刀を入れていく。
どさっと最後の一人が倒れ、アルベルトはくるりと方向転換した。俯き表情の見えないアルベルトを、エメリアは不安げに見守る。
やがてエメリアの前で立ち止まったかと思うと。
「い、だだだ! いひゃい! いひゃいれす!」
「うるさい。黙って引っ張られてろ」
思いっきりエメリアの頬を引っ張った。
笑ってるのに目が笑ってない。かなりご立腹の様子に、しゅんと肩を落とす。美形の人が起こると迫力がすごい。
「そ、そんにゃぁ」
確かに、相手を煽ってしまった自覚はあるが。
アルベルトは手加減なしに力を込めてくる。
カラン、と再びドアの鐘がなった。
ひょこっと姿を現したリズの目に入ったのは、床に転がる数人の男たちと、なぜかアルベルトに頬を引っ張られているエメリア。
「あら? あら! きゃーっ! ついに、ついにあなたにも春が来たのね!アルベルト!」
「何を言っ……」
「大丈夫! 全部言わなくても分かってるわ」
「いや分かってな……」
「今までずっと女の子に興味なしだったから、男色家なんて噂されて私心配で……」
慌てて反論しようとするアルベルトの言葉を聞かず、リズは興奮してまくし立てた。
アルベルトは諦めたのか、遠い目をして明後日の方向を向いている。
エメリアは解放された頬を指で揉みほぐしていた。
アルベルトさん、男色家……? でも否定してないし。噂だからかな。ゲームではそんな設定なかったと思うんだけど。うーん、気になる。
「リズ、落ち着きなさい」
ようやく暴走するリズを止めたのは、後からやって来たマレットだった。苦笑いしてエメリアに状況説明を求める。
「そうか、店番ご苦労様。大変だったね。今から衛兵に連絡してくるから、アルベルト、見張っておいてくれ」
「待ってマレット! 私も行くわ!」
ふふ、これで二人に進展が……というリズの呟きは聞かなかったことにし、苦笑していってらっしゃいと二人を送り出す。
なんだか喉が乾いたので、お茶を入れてアルベルトにも手渡す。
「お疲れ様です」
「ああ、ありがとう」
お茶を一口飲んで、エメリアは先ほどからずっともやもやする問いをぶつけることにした。
「アルベルトさん」
「ん?」
「……だ、男色家なんですか?」
「ゴホッ!」
アルベルトは飲んでいたお茶で咽せた。