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令嬢エメリア商売記  作者: 夜葉
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ヒロインじゃない

 もしも、受け入れがたい現実に直面したら。


 あなたはどうしますか?


 そう、例えば、この世界が実は乙女ゲームの世界でした、なんていう、決して軽々しくは言えない内容だったとして。





 高熱を出したせいで、そのもしもに気づいてしまった、一人の幼い少女。

 最初はそりゃあもう大はしゃぎだった。大好きな世界で、好きなキャラ達に会える。

 もしかしたら、攻略対象の人たちと恋に落ちることだって……!

 誰も見ていないのをいいことに、ベットにゴロゴロと転がって、期待に胸を膨らませた。

 まるで夢のような話だった。




 熱が引いて一週間後、婚約者候補と会わされることになり、エメリア・ラズライトは一人浮かれていた。7歳である。

 その時の父の声は淡々として、こちらをちらりとも見てくれなかったけど、婚約者候補の名前が攻略対象だとわかって楽しみな気持ちのほうが勝った。

 確か、うちより爵位が一つ上の子爵で、薬師だったかな。ちょっと言葉が鋭い、意地悪なキャラだった気がする。

 楽しみと不安とで、前日の夜は中々寝付けなかった。





 精一杯に着飾って、応接間で待つ。時間がたつにつれて緊張も高まっていく。

 しばらくして、コンコン、とノックの音が聞こえてきた。返事が裏返りそうになる。心臓がバクバクしている。

 扉から現れたのは、ふわふわの金の髪に、暖かな陽の射す森の緑の瞳、かわいらしい天使のような顔をした男の子だった。

 思わず見とれ、すぐにはっとして挨拶をしようと口を開こうとした瞬間、目の前の綺麗な男の子は、目をぱちぱちとさせて無邪気に言い放った。



「妹の方がずっとかわいいね」



 微笑みかけた口元が中途半端に固まる。

 何を言われたのか理解出来なかった。

 それが徐々に脳に浸透して、エメリアは自然と俯いた。目に入ったのはレースがたくさん使われた、水色のふわっとしたかわいいデザイン。少しデザインが幼すぎるような気がしたけど、普段ドレスなど数着しか持たない彼女にとって、今回の新しいドレスはとてもお気に入りだった。着古したものばかりだったので、おそらく父の面目のために新調したのだろうとは思っている。

 妹がかわいいのは知っている。これまで会ってきた婚約者たちも、みんな妹のほうに行ってしまったから。


 自慢の妹なんです、とでも言ってさらっと流せばいいだけだ。

 一言、でもそのたった一言が出てこない。


 あなたには、私を私として見てほしかった。


 結局、まともに挨拶もできず、視線を振り切るように頭を下げて部屋へと駆け戻る。

 男の子はエメリアの急な行動にポカンとしていた。

 廊下ですれ違った侍女がこっちを見て眉をひそめたけど、そんなのどうでもよかった。


 事実。彼の言ったことは事実。私だって分かってるよ、そんなこと。でも何も初対面で言わなくったっていいじゃない?


 エメリアは一番隅にある自分の部屋に駆け込むと、ベットに飛び込んで声を殺して泣いた。

 前世の知識は増えても、精神は7歳のままのようだった。




 アイリ・ラズライト。

 ラズライト男爵家に生まれた、エメリアの一つ下の妹だ。たくさん甘やかされて育ったはずなのに、傲慢なところがなく、誰に対しても優しい。マナーも勉強も魔法の才能も、エメリアの遥か先を行っている。容姿だって完璧。艶のあるピンクブラウンの髪は緩やかに波を打ち、ぱっちりとした同色の瞳は希望と幸福で満ちている。今はまだ幼さが前面に出ているが、これからますますきれいになっていくのは想像に難くない。

 エメリア・ラズライト。

 ラズライト男爵家の長女だ。魔力が異常に高く、魔力の暴発を恐れられ、ひとり離れで暮らしている。

 エメリアはベットから抜け出し、鏡の前に立つ。

 ダークブラウンの髪はぱさぱさで艶もなく、泣きはらした目は充血し、水色の瞳も輝きがない。特徴としてつり目がちなことが挙げられるが、平凡な顔と言われても納得してしまう顔立ちだ。


 完璧な妹と比べられるのは別に初めてではなく、またかという思いの方が強かった。

 毎度毎度、私と婚約話が持ち上がる人たちは、みな全てアイリの虜だった。

 それでも、慣れることはなく、心の傷は増えるばかりで。


 エメリアは深呼吸をする。


 ヒロインは妹。私じゃない。ヒロインは周りに助けてくれる人がたくさんいるけど、私はそうじゃないから、自分で道を切り開いていくしかない。


 自分は所詮脇役で、アイリのようになれるわけではない。

 頑張ればアイリを蹴落とすこともできるのかもしれない。でも、アイリはエメリアに笑いかけてくれた初めての人だ。時々こっそり様子を見に来てくれて、人らしい感情を教えてくれた。蹴落とすなんて、できるはずもなかった。アイリのためを思うなら、学園に入学しないほうがいい。別に義務というわけではないから。

 でもどうしても、ファンとして攻略対象たちを一目は見たくって。



 悩んだ挙句、エメリアは物語の始まりを無視して自立することを決める。

 彼らの噂は聞けるしね。命は惜しいし。私のキャラは死亡率の高いことで有名な悪役令嬢、エメリア・ラズライト。物語に参加しなければ、きっと死亡フラグは回避できる、と思いたい。

 エメリアはどのルートでもわりと序盤で死んでいく。生まれ変わった身としては絶望しかない。

 でも現状を嘆くだけじゃ何も変わらないしね、頑張ろう!


 エメリアはまず、どんな仕事があるのかを調べるために、こっそりと家を抜け出した。

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