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【一日目】5 女子会

第一章にあたる【一日目】パート5です。

     5


 ルピニアはドアを軽くノックした。

「アトリ、起きとるか」

「は、はい」

 木製のドア越しに小さな返事が聞こえた。

「入ってもええか? ウチ、他の里のエルフは初めてでな。いろいろおしゃべりしたいんや」

「ど、どうぞ……」

「そんならお邪魔するで」

 ルピニアはドアを引き開け、軽い足取りで敷居をまたいだ。声色は微妙だった気もするが、ともかく了承は得ている。

 アトリはベッドに腰掛け、肩越しにこちらを見ていた。

「アトリも椅子が気に入らんか。ウチの部屋のも、なんか腰が落ち着かん。安い部屋やし文句言えんけどな」

 予想が当たったことにルピニアは気をよくした。同じ宿で同じランクの客室だ。部屋の構造や備え付けの家具は、入る前から見当が付いている。部屋の隅には小さな机と椅子があるが、アトリがそちらを選ばなかったところを見ると、建付けに難があるのは自分の部屋だけではないのだろう。

 アトリは髪の手入れをしていたのか、ベッドの上には櫛と手鏡があった。そのどちらにも花柄の意匠が見て取れる。シンプルで上品な印象を受けるデザインだ。ルピニアは記憶をたどってみたが、花そのものの造形には見覚えがなかった。

「花が好きなんやな」

「え……はい」

 アトリはあいまいにうなずいた。

「ウチの里あたりじゃ見かけん気がするけど、なんて名前なんや?」

「櫛のほうは南に咲くミズユリ、鏡のほうはルエリアという花だそうです」

 ルピニアは首をかしげた。書物で得た知識の中でも思い当たるものがない。

「やっぱり聞かん名前や。どっちも南の花なんか」

「そう聞いています」

「色はどんな感じなんや?」

「わたしも実物は見たことがなくて……」

「まあ山向こうの里なら、ウチのとこより北やしな。……ん? そんなら南の花を彫ってあるんは、ますます珍しいんやないか」

「……遠くからの交易品だそうですが、もらい物なので由来がよく分からないんです。すみません」

 アトリは申し訳なさそうに答えながら、櫛と手鏡を布袋に収めた。

 ――第一の矢、ハズレ。

 ルピニアは内心で肩をすくめた。丁寧に扱っていることからも分かる。あれは彼女にとって大切な品なのだろう。それでいて由来が分からないというのは奇妙な話だが、あまり深く詮索しても良い結果に繋がる気がしない。

「ウチの里の連中は、髪も目も地味な色ばかりでな。アトリみたいに綺麗な金髪は見たことないわ」

 心に二本目の矢を番えつつ、ルピニアはベッドの反対側へ回り込んだ。

「アトリの里はどんな感じや? 髪とか目とか、いろんな色のエルフがおるんか?」

「そう……ですね。金髪は多いです」

「里ごとに違うんやろか。赤とか茶色が多い里もあるんかな」

「どうなんでしょう……わたしも他の里のひとは初めてですから」

 答えたアトリの表情は固かった。

 ――第二の矢、ハズレ。

 ルピニアは早々に追及を断念した。手応えがないどころか拒絶の気配すら感じる。この話題を続けるのは得策ではなさそうだ。

「なんや、ひょっとしてそれで緊張しとるんか? アルディラはんやないけど取って食べたりせんで」

 ルピニアはベッドの反対側の角に腰を下ろした。

「あ」

 ルピニアが座った反動で身体が浮きかかり、アトリは慌てたように両手でブランケットを掴んだ。

「なんやアトリ、ずいぶん軽――」

 ルピニアは口から出かかった言葉を慌てて止めた。

 ――これじゃウチがやたら重い・・・・・・・・ことになるやんか。

「あー、うん。ところで昼間のことなんやけどな」

「訓練のことでしょうか?」

「せや。あれ見て分かったやろ。男どもはいまいち頼りにならん。明日はウチらがしっかりせなあかんな」

「エドワードさんもですか?」

 アトリが不思議そうに聞き返した。ルピニアは心の中で快哉を叫んだ。ようやく手応えがあった。

「いやいや、エドは大丈夫やろ。なんたってセンパイやから。問題なんはジャスパーとエルムや」

「エルム? そういえばどうしてエルミィさんをそう呼ぶんですか?」

「あいつ、実は男なんやで」

 ルピニアは声をひそめて顔を近づけた。とっておきの秘密を共有する。打ち解けるには有効なはずだ。

「バッタモンド商会で採寸しとったら分かったんや。店員が大騒ぎしとった。ウチもすっかりだまされたわ。男であの服が似合うなんて詐欺やと思わんか。妙にセンスがええんも余計に腹立つわ」

 アトリはきょとんとした。

 それ以外に目立った反応はなかった。意外すぎて実感が湧かないのかもしれない。

「そういう顔もするんやな」

 ルピニアは笑ってみせながら、第三の矢も外れたことを悟っていた。



 ――考えるんや。里のことを聞かんでも、話題くらいいくらでもあるはずやろ。

「……ところでアトリの名前は何からとったんや? なんか本で読んだ気がするんやけど。動物やったかな」

「はい、渡り鳥の名前です。……ルピニアさんの名前は『ルピナス』からですか? 髪と瞳の色」

 ルピニアはいたずらっぽく笑った。ようやく相手から質問が来た。これを逃す手はない。

「おしい、半分正解やな。もう半分は『ルプス』や。女性形なら『ルピア』になるやろ」

 アトリはかすかに眉を寄せた。

「ええと……古エルフ語ですよね? ……ええと」

「なんや、古語は苦手なんか? オオカミや。物騒な名前やろ」

「青紫の狼ですか」

 アトリは不思議そうにルピニアを見つめていたが、やがて小さくうなずいた。

「でも狼は賢くて仲間想いですし、ちょっと素敵です」

「ありがとな。けど里の連中が言っとった。下手な男よりウチのほうがよっぽどオオカミやって。乙女に何を言うんやって怒ったら『ほら見ろ』とか抜かしよった。失礼な話やろ。遠慮せんで噛みついたればよかったわ」

 アトリはあいまいにうなずいた。どう反応して良いのか分からないといった様子だった。

 ――第四の……もうええわ、矢が尽きるまで試したる。



「そういやアトリの標準語はずいぶん綺麗やな。誰に習うたんや?」

「それは、その。一族で言葉に詳しいひとというか……」

 アトリが答えにくそうに視線を下げた。

「ああ、無理に言わんでええよ」

 ルピニアは慌てて両手を振った。

「ちょっとうらやましかったんや。ウチに教えてくれたんは人間の行商人でな。今考えるとえらく訛っとる奴やった。今朝アトリも驚いとったろ。ウチは里を出るまで気づかんかった。まったく、これのどこが標準なんや。今度会うたら問い詰めたるわ」

「でも通じなかったり聞き取れなかったりはしませんし、それほど問題はないと思います」

「通じることは通じるし、ええんやけど。村に来る途中で子供に道を聞いたんや。なんて言いよったと思う? 『お姉ちゃん、しゃべらなければ美人なのに』やって。ひっぱたいたろかと思ったわ」

「子供の言うことですから……」

 アトリは困ったように眉を下げた。笑って良いのか迷っているようにも見えた。

「そこは笑うてええとこなんやけどな。真面目に返されると悲しいやんか」

「……すみません」



「それにしても魔法使いはええな。なんちゅうかエレガントで憧れるわ」

「弓を持ったルピニアさんも、颯爽としていて素敵でした。わたしには真似できません」

 アトリのまなざしに羨望の気配を感じ、ルピニアは内心で首をかしげた。たしかにアトリは腕力がなく弓に向いていないが、そういった資質に対して強い憧れでもあるのだろうか。

「褒めてもなんも出んよ。……出てもせいぜいこのくらいやな」

 ルピニアは開いた左手を腰の辺りに引いた。

「タネも仕掛けもございます、や。――〈開け〉」

 一瞬身を固くしたアトリの前に、ルピニアは握った左手を差し出した。その手は一本の矢を掴んでいた。

「……見えざる袋の術ですか」

「知っとったか。さすが本職の魔術師やな」

「間近で見たのは初めてですけど……急に古代語なんて使わないでください。驚きました」

「すまんすまん」

 わずかながら語気を荒げたアトリに驚きつつ、ルピニアは手を引き戻した。握っていた矢が再び消失した。

「わざわざ覚える魔術師は珍しいって聞いとったし、見せびらかしたかったんや。……けどウチが使える術はこれだけ。だいぶ勉強したんやけど、他はさっぱりやった。結局ウチには魔法の才能がなかったんやな。昼間のアトリは正直うらやましかったわ」

「あの、今日会ったばかりのわたしに、そんなことまで話してしまって大丈夫なんですか」

「むしろアトリには知っといてほしいんや。火力のウチらはパーティの要になるやろし、ウチが魔法のド素人やないって知っとれば戦い方も変わってくるやろ」

「それは……そのとおりですね」

 アトリはぎこちなくうなずいた。

「まあウチは射手やし、魔法はおまけや。とっておきも他にあるし。それはアトリも同じやろ」

「固有技能、ですか」

 アトリが眉を寄せた。

 固有技能とは妖精族が各人一つだけ持っている独自の能力だ。その種類はきわめて多岐にわたり、また外見や家系などから推測することも事実上不可能であるため、隠し玉として秘密にする者は少なくない。

「でも、わたしのは……その」

 気まずそうにうつむいたアトリに、ルピニアは慌てて両手を振った。

「いやいや、無理に言わんでええよ。実はウチのもちょっと恥ずかしい」

「……すみません」

 つぶやくように応えるアトリの表情は固かった。

 ――降参や。矢が尽きてしもうた。

「おっと。ずいぶんお邪魔してしもうた」

 ルピニアはベッドから立ち上がった。アトリの身体がまた揺れたが、今度は両足で持ちこたえたようだった。

「なんかすまんな。押しかけてベラベラしゃべって」

「いえ。……楽しかったです」

 アトリは笑ってみせた。力の無い笑顔だった。

「そんならお休み。明日はよろしくな」

 軽い足取りを意識しつつルピニアはドアを閉めた。



 遠ざかる足音を聞きながらアトリはうつむいた。

「……ごめんなさい、ルピニアさん」

 膝の上で握った拳がかすかに震えた。



「……鉄壁やった。まいったわ」

 自室へ戻ったルピニアはため息をついた。アトリとは明日に備えて打ち解けておきたかった。それがこうも頑なに拒絶されてしまうと、先が不安になる。

 とはいえ不満を抱くのも筋違いと分かっていた。

 アトリは真面目で誠実だ。彼女は他愛のない話も身を入れて聞き、質問には真剣に答えようとしていた。何らかの理由で答えにくい時は言葉を濁していたが、問いを適当にはぐらかしたりはしなかった。

 触れられたくない話題なら、はっきり断ってほしいと思わなくもない。しかし共通の話題も分からない状態で、身の上を詮索するなと言ってしまっては元も子もない。アトリはわざわざ部屋まで訪ねてきた自分を無下にできなかったのだろう。

 ベッドに腰掛け、アトリとのやり取りを思い返す。

 先ほどは無理にでも距離を縮めようとして、彼女が触れてほしくないらしい話題を次々と突いてしまった。口数が多い自覚はある。それでも普段の自分なら、あれほど強引で迂闊なことはしないはずだ。

「あかん。考えれば考えるほどアホなことをしとった。ウチも焦っとるんやろか」

 自分は図太い方だと思っていたが、ダンジョンへの初挑戦を前にしてはさすがに緊張していたのかもしれない。それゆえパーティの連携に不安を覚え、焦ってアトリと打ち解けようとした。その結果が先ほどの強引な会話攻めだ。さんざん問い詰められたアトリこそいい迷惑ではないか。

 収穫があったとすれば、アトリの緊張の度合いがひどいと気づけたことだ。男性陣に細かい配慮を期待するのは酷だろう。彼女を気遣うのは自分の役目だ。

「後ろはウチが支えなあかん。……よし」

 ルピニアは両頬をぴしゃりと叩き、勢いよく立ち上がった。

「こうなったら詫び代わりや。明日は必ずアトリを笑わせたる」

第二章、【二日目】へ続きます

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