【一日目】3 ご指導、ご鞭撻
第一章にあたる【一日目】パート3です。パート5まで続きます。
3
四人はエドワードに率いられ、訓練場と呼ばれる村はずれの一画に赴いた。
広い敷地の半分以上は更地で、剣術や弓術、格闘などの実践訓練に使われているようだった。いくつか建っている小さな倉庫には、模擬戦闘で用いる木製の武具や弓の射的などが大量に収められているらしい。
敷地の奥、山に面した側には横に長い建物が一棟あった。こちらは魔法の修練場であり、建物内にある部屋はいずれも特殊な魔術によって通常の空間から遮断されているという。
「要するに、中で派手に魔法を使っても問題ねえってことさ」
エドワードの端的な説明を受けつつ、四人は敷地の隅で空いた場所に陣取った。
敷地内ではいくつもの冒険者グループが模擬戦闘を行っており、武具を打ち合わせる音や気合の声などが絶え間なく聞こえてきた。ざっと三十人前後はいるだろうが、どの集団も種族や性別、年齢が様々で統一性がない。手にしている武器も剣に槍、鈍器に弓と多様だった。グループに属さず、一人で素振りや型の稽古を繰り返す者も少数ながらいるようだ。
しかし、実力の離れた冒険者から指導を受けている者たちはさらに少数らしく、一見して初心者と分かる四人は周囲から浮いていた。
「……なんか初心者お断りって感じがせんか。ここは誰でも使うてええって聞いとるんやけど」
ルピニアが訝しげに周囲を見回すと、エルムも不思議そうな表情を浮かべていた。
「そうだね。止まり木亭もバッタモンド商会も、初心者に親切だったのに。ここは例外なのかな?」
「新米を鍛えても、普通は金にならねえからだ。気が向いたら教えてやる奴もいるが多くはねえ。俺も仕事でなけりゃ面倒なことはしねえよ」
「それじゃ、なんでアルディラさんはオレたちに金を貸してくれたんだ?」
「まともな装備もねえ新米が、ダンジョンで勝手にくたばるのは迷惑なのさ。依頼は果たせねえ、死体はゴロゴロなんてことになってみろ。店の信用に関わるだろ」
エドワードは肩をすくめた。
「だから最初くれえは手厚く世話して、稼げる冒険者を育てるほうが得ってわけだ。ま、そんな甘い話は独り立ちしたら終わりだ。ベテランに教えてほしけりゃ自分で金を払えってことさ」
「なかなかうまくいかないんだね」
エルムの目には訓練場が育成の場ではなく、同程度の実力を持つ者たちが技を磨きあう場所と映った。それは必ずしも店主夫妻の意図に沿った使われ方ではないように思えたが、現実は理想通りに行かないということなのだろう。
「金が絡むと面倒なんやな」
言いながら、ルピニアは離れた場所から好奇の目を向けてきた男を睨みつけた。男は何事もなかったように剣の素振りを始めたが、時おり横目で様子をうかがっているのは明らかだった。
「いやな気分や。ウチらを見て何が楽しいんやろ」
「ほっとけ。そのうち飽きるだろ」
「右だの左だの指示するときは、必ず相手にとっての左右を言ってやれ。自分から見た左右じゃねえぞ」
「ただし前と言ったら今パーティが向かっている方向だ。こいつだけは誰がどっちを向いてようが関係ねえ。絶対に間違えるな」
四人はエドワードの思いがけない真剣さに驚きながらも聞き入った。ダンジョン内で維持するべき隊列、前衛を魔法や弓で誤射しないための合図、静かに行動せねばならない時のハンドサインなどなど。それらは冒険者の間で共有され磨かれてきた、生き延びるための技術と心得だった。
「次だ。誰が何をできるか見せてもらう。お前らもじっくり見て知っておけ、命を預ける仲間なんだからな」
最初の実演はルピニアだった。複数並べられた射的を、ルピニアは続けて正確に射抜いてみせた。次の矢を番えるまでの時間差も四人が想像していたより小さい。その代わりに矢の刺さる深さはいまひとつだった。エルフの筋力が人間や獣人に比べて劣るためだ。
「やるじゃねえか」
「ウチは狩人の家系やしな。弓だけならそれなりに訓練しとる」
「弓を使うときも眼鏡を外さねえのか? そいつは近くを見るためのもんだろ」
「エルフは遠くを見るとき目の使い方を変えるんや。ウチは遠くから近くへ戻すんはまだ苦手でな。切り替えに慣れたら使わんようになる」
答えながら、ルピニアは的に刺さった矢を引き抜いて状態を確認した。何本かは再使用に足ると見て矢筒に戻したが、矢じりの状態が良くないものは残念そうに廃棄した。
「ケチくせえな」
「矢を使い切ったらウチはおしまいやろ。第一もったいないやんか」
いたって真面目な反論にエドワードは肩をすくめた。
アトリの実演は魔法修練場に場所を移して行われた。
部屋はいずれも広く、石床とレンガの壁および天井で囲まれた単純な造りだった。出入り口の扉以外には部屋の外に通じる箇所がなく、窓のない倉庫を思わせる。しかし天井や壁がぼんやりと発光しており、外光がなくとも視界に困ることはなかった。
部屋の中央には金属製の細い柱が立っており、その先端には人間の頭ほどの大きさの球体が取りつけられていた。術を放つ際の標的らしい。
「殺風景だな。それになんか息がつまる」
ジャスパーが眉をひそめた。不自然なほど匂いのない空気と密閉感は居心地が悪かった。
「仕方ないやろ。家具なんか置いても吹っ飛ぶだけやし、外に術が漏れたらあかんしな」
「たしかにこれだけの結界があれば安心ですね。わたしの術ではどうやっても壊せそうにないです」
レンガの壁を撫でながらアトリがつぶやいた。
「そこらの魔術師じゃ一生持てねえ、頑丈な練習場なんだとさ。遠慮しねえで使ってみろ」
アトリは簡単な説明を加えつつ、いくつかの術を披露した。拳大の炎を飛ばし、敵一体を燃やす火弾の術。ある程度の範囲に火弾をばら撒く火花の術。一定範囲内の生物を眠らせる睡魔の術。ジャスパーにとってはどれも初めて見るものばかりだった。
眠らされる以外に実害がないという睡魔の術を受けてみたジャスパーは、強烈な眠気にまったく抵抗できなかった。石床に倒れても痛みを感じず目が覚めないほど深い眠りを、彼は生まれて初めて体験した。
「……たしかに訓練が必要だな、これ」
エドワードに叩き起こされたジャスパーは、頭を振ってうめいた。合図もなしにこの術を使われたら、確実に敵と一緒に眠ってしまう。前衛が少ないパーティでは致命的な事態につながりかねない。
アトリは風や水の精霊に力を借りる術、大別して精霊魔法と呼ばれる系統の術も何種類か習得しているものの、それらは屋外でなければ使いづらいと補足した。
「ずいぶんいろいろと使えるんだな。お前さんもそういう家系なのか?」
「……はい。そういうことになると思います」
アトリの返答は歯切れが悪く、エドワードは訝しげな顔をしたが詮索しなかった。
ジャスパーとエルムは木製の剣と杖を渡され、エドワードと模擬戦を行った。ジャスパーが最前線で敵を打ち倒す前衛であるのに対し、エルムは状況に応じて前進しルピニアとアトリを守る中衛となる。このためジャスパーには主に突破力が、エルムには防御力が求められた。
ジャスパーの攻撃はエドワードにことごとく避けられ防ぎ止められ、反対にエドワードの攻撃を防ぐことはままならなかった。しかし獣人ならではの力と速さ、持久力についてはエドワードも感心した。ジャスパーに足りないものは技術と経験であり、こればかりは一朝一夕で身に着けられるものではなかった。
「ジャス公は素振りして剣と鎧を身体になじませろ。盾の使い方とフットワークはそのあとだ」
エルムの戦闘訓練は念のためという意味合いが強かったが、ここで当のエルムとジャスパー以外の三人は驚愕することになった。エドワードが手を抜いた攻撃を繰り出した瞬間、エルムは独特の動きで剣を回避しつつ、エドワードの懐にするりと入り込んだ。そのままエドワードの腕を掴み、流れるような動きで投げ飛ばす。
「うおっ!?」
虚を突かれたエドワードは頭から地面に叩きつけられるところだったが、寸前で受身を取り一回転して立ち上がった。
「おいおい、すげえじゃねえかエルミィ。これなら自衛はなんとかなるな」
「たくさんジャスパーを投げたからね♪」
エルムの練習台を務めてきたジャスパーは、間接的ながらエドワードに一矢報いてしたり顔だった。
しかし獣人とはいえ〈ルーツ〉がリスであるエルムは、腕力や持久力においてさほど秀でたものを持っておらず、戦闘が長引くと息が上がった。
「エルミィはぎりぎりまで前に出るな。お前さんがやられて治療術を使えなくなるのが一番まずい」
他の三人が一息ついている間もジャスパーの訓練は続いていた。
盾で攻撃を止める。剣で受け止め、打ち払い、受け流す。体勢が崩れた敵を即座に突く。右手と左手の連携を滞りなく行うには、地道な繰り返しで身体に動きを覚えこませるしかなかった。
十分な持久力があるはずのジャスパーの表情は固い。腕が疲労するより先に、皮鎧の縁が当たる脇や肩、腰周りが痛みを訴え始めていた。新調した鎧がまだ固く身体の動きについて来ないことに加え、鎧に当たって痛むことなく身体を動かせる範囲、いわゆる可動範囲が把握できていないためだ。
鎧を身体になじませるとは、単に鎧の可動部をほぐすことを意味しない。鎧の形状が許す範囲内で自在に動くためには、自分自身の動きの無駄をなくす必要があるのだと、ジャスパーは理解し始めていた。
「そろそろきつそうだな。エルミィ、治療してやれ」
「は、はい」
近くで待機していたエルムが走り寄り、ジャスパーの背中に手を当てた。聖句の詠唱とともに手のひらが淡い光を放つ。ジャスパーの全身の痛みは溶けるように和らいでいった。
「ありがとな」
「うん、どういたしまして」
口調こそ普段通りだが、エルムの笑顔もわずかに固い。持久力に優れるジャスパーが、短時間でこれほど消耗したところを見るのは初めてだった。
「治療術は及第点ってところだな。誰が何をできるか、これでだいたい分かっただろ」
エドワードは手をひらひらさせながら宿の方向へ歩き出した。日はすでに暮れかけ、周囲にいた冒険者たちも大半が引き上げていた。
「そんじゃ解散だ。朝の鐘が鳴ったら鎧を着けて止まり木亭に来い。寝坊すんなよ」
「あのひと、まだいるね」
木剣や射的を片づけ、倉庫から出たエルムは不思議そうにつぶやいた。
「どうかしたのか?」
「訓練の間ずっと、あのひとにちらちら見られてたような気がして」
ジャスパーはエルムの視線を追った。一人の男が黙々と受身を練習している。たしか自分たちに少し遅れて現れ、素振りや受身を一人で繰り返していた男だ。時折こちらを気にするように視線を向けられていた気もする。
「初心者が珍しいんじゃないか。ここは経験者のほうが多いみたいだし」
「経験者にしては基礎練習しかしてなかったよ。それに昼からずっと休みなしで続けてなかった?」
「たしかに熱心だよな」
ジャスパーらが見ている間に男は汗を拭き、服の土を払って立ち去ろうとしていた。
「帰っちゃうみたいだね。何かボクたちに言いたいことがあるのかと思ったんだけど」
「勘違いだろ」
ジャスパーは肩をすくめた。練習熱心というには度を越しているかもしれないし、視線が少々気になったのも事実だが、これといって何かされたわけでもない。
ふと横に目をやると、去り行く男の背をアトリが無言で見つめていた。
「アトリもあのひとが気になるのか?」
「い、いえ……」
アトリが身を固くした。ルピニアはじろりとジャスパーを睨んだ。
「あんたが驚かせてどうするんや。初対面で匂いなんか嗅いどるからやで」
「そんなにいやだったのか? だったら謝る。ごめん」
「あ、いえ、そういうわけではないんです」
頭を下げかけたジャスパーを、アトリは慌てたように制した。
「止まり木亭であのひとを見かけた覚えがないので、ちょっと気になっただけです。登録して間もない冒険者なのかもしれません」
「見かけた覚えがない? アトリは前から止まり木亭にいたのか?」
「住み込みで働いていますから」
「ああ、それでルピニアが顔を知ってたのか」
納得してうなずいたジャスパーだったが、なおも首をかしげているエルムを見て顔をしかめた。
「まだ何か気になるのか」
「……ジャスパー、あのひとの匂いを覚えてる?」
「分かるわけないだろ。ここはひとの匂いだらけだぞ」
「それもそうだね。たくさんひとがいたし」
エルムは思案顔で訓練場の出口を眺めていたが、不意に片手で腹を撫でて笑った。
「ボクたちも戻って夕食にしようよ。おなか減っちゃった」
パート4へ続きます