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【一日目】2 もう一人の新米

第一章にあたる【一日目】パート2です。【一日目】はパート5まで続きます。

     2


「少しは見られる格好になったわね」

 新調した装備に身を包んだ三人を、アルディラは一転して上機嫌で迎えた。元々さばさばした性格なのだろう。

「戻ってきたか」

 低い声とともに、大柄な人間の男がのそりと現れた。

 止まり木亭の店主バートラム。妻のアルディラとは対照的に物静かで、落ち着いた雰囲気の持ち主だ。

 鍛え上げられていると一目で分かる肉体には圧倒的な存在感があるが、アルディラと違って威圧感を感じさせないのはゆったりとした動作のおかげだろう。

 ――こういうのを貫禄って言うんだろうな。

 英雄と呼ばれた戦士を前に、ジャスパーは身が引き締まる思いだった。



 かつて王宮に敵対し、魔王とまで呼ばれた大魔術師がいた。魔王アルウィンは地下迷宮の深奥で魔物に守られ、王宮が投入した軍をも退けていたが、最終的にはとある冒険者たちによって討伐された。止まり木亭の店主夫妻がその一員であることは近隣に広く知られている。

 魔王を討伐した彼らは莫大な褒賞金を与えられ、さらにバートラムは近衛騎士、アルディラは宮廷魔術師として王宮に招かれた。それは冒険者にとって考えうる最高の名誉だったが、彼らはその誘いを一蹴し、当時の迷宮前駐屯地に冒険者の店を建てて居ついてしまった。

 魔王は死の間際に一つの呪いを残した。それは王宮に対する脅威が絶えぬよう、彼の死後も迷宮に魔物が召喚され続ける魔術だったと伝えられる。このため王宮は駐屯地に軍を常駐させ、迷宮内の魔物を掃討し続けねばならなかった。しかし迷宮は下層になるほど強力な魔物が徘徊し、一方で通路が狭く細かくなっていくため、大軍による掃討は深部まで行き届かず膠着状態が続いた。

 変化が訪れたのは止まり木亭の設立から間もなくだった。バートラムとアルディラは私費を投じて冒険者の宿を建て、各地から多くの冒険者を呼び寄せた。二人はさらに国外からバッタモンド商会を誘致し、迷宮に挑む冒険者たちを支援する独自のネットワークを形成していった。

 冒険者たちの活躍は目覚ましかった。彼らは軍が入り込めない迷宮深部を隅々まで探索し、また迷宮上層から次第に魔物を駆逐していった。

 無論、冒険者たちは無償で動いているわけではない。

 迷宮に召喚される魔物は時として希少な宝石類や、現代では再現不可能な魔法技術を使って作られた武具や装飾品などを所持していることがあり、それらの金銭的価値は極めて高い。また、魔物によってはその肉体が魔術触媒の原料や高級食材となるため、各地から収集依頼が寄せられるようになった。

 こうした品々が冒険者たちに日々の糧をもたらし、また止まり木亭を中心とするネットワークはその流通を握ることで財を成すという好循環が生まれた。

 王宮軍による掃討は急速に必要性を減じ、やがて駐屯地から撤退するに至った。駐屯地跡が「ダンジョン村」と呼ばれ始めたのはその頃からだ。現在では三ヶ月に一度、小規模な王宮軍が迷宮上層部を掃討して回るが、それが儀礼的な行軍に過ぎないことは近隣の誰もが知っている。

 バートラムとアルディラの先見の明を讃えると同時に、王宮の無能を揶揄する意味で二人を「王宮泣かせの夫婦」と呼ぶ者も少なくない。

 しかし彼らは富を貯め込まず、莫大な資金を投じて村はずれに特殊な訓練施設を建て、剣技や魔法の上達を望む者に無料で開放した。どう考えても回収が望めない無謀な投資であり、この行動には誰もが首をかしげた。

 止まり木亭の夫妻が富や名声にこだわらず、ダンジョン村からも動かない理由は様々に噂されている。しかし真相は本人が黙して語らぬ、あるいは質問者を拳で黙らせてしまうために、未だ謎に包まれていた。



「新米がもう一人いる。一緒に連れて行け」

 バートラムが親指で指した先に、一人の少女が立っていた。

 地味な黒のローブに黒の三角帽子。すらりとした脚も黒のハイソックスで隠れている。手にした杖は先端部が大きくカーブを描き、細長い渦状に巻かれたような意匠が凝らされていた。

 小柄で華奢な体躯。物憂げな雰囲気の漂う深緑の瞳。束ねた金髪からわずかに覗く尖った耳。帽子の下でひそやかに咲く花飾り。

 ――やっぱりなんか危なっかしいわ。

 ルピニアは口の中で小さくつぶやいた。服装こそ違えど、その少女から受ける印象は先ほどと変わらなかった。

「なんや、あんたも冒険者やったんか。山向こうの里から来たんか?」

「は、はい、そうです」

 少女は小さく会釈した。

「魔術師のアトリです。よろしくお願いします」

「うわあ……。綺麗、お人形さんみたいだよ」

 エルミィ――エルムが目を輝かせた。彼の追求する可愛らしさとは方向性が異なる、儚げで繊細な美しさがアトリにはあった。

「……ん?」

 ジャスパーは鼻をひくひく動かしながら、ルピニアとアトリを交互に見た。

「なんや。乙女の匂いを嗅ぐなんてヘンタイか」

 視線を向けられたルピニアが顔をしかめた。

「いや、二人ともずいぶん違う感じがしたから」

「違うってどんなふうに? ボクには分からないけど」

 エルムが首をかしげた。彼とて人間族に比べれば嗅覚が鋭いが、犬の〈ルーツ〉を持つジャスパーには遠く及ばない。

「アトリは花の匂いがする」

「え……あの」

 アトリが身を固くした。

「ルピニアはそうだな、なんか大きな木の幹――」

「ええ加減にしとき」

 ルピニアがジャスパーの頭をひっぱたく小気味良い音が響いた。



「エド。ちょっとおいで」

 アルディラは離れたテーブルで仲間と談笑していた男を呼びつけた。

 やってきたのは人間族の青年だ。体躯はやや細めながら、筋肉が引き締まっている。腕力よりも身軽さを身上とする前衛と見て取れた。

 整った顔立ちからは、どこか抜け目のない印象を受ける。服装も白いシャツの上に薄い青の上衣、ごく薄い茶色のズボンと派手さはないものの、それぞれのデザインは洒落ていると言って差し支えない。所作と外見のいずれにも隙を感じさせない青年だった。

「この子たちを見てやってくれないかしら。クエストはこれ」

 突きつけられた羊皮紙を前に青年は顔をしかめた。

「また子守かよ。たまにはまともな仕事を回してほしいもんだ」

「いやならさっさと借金をお返し」

 にべもないアルディラの返答に青年はため息をつき、羊皮紙を受け取った。

「エドワード」

 バートラムが低い声で口を挟んだ。

「こいつらを無事に連れ帰ったら金貨十枚だ」

「任された」

 エドワードは目を見開いて即答し、一転して真剣な目つきで四人を順に見ていった。

「……なるほどな。解除師がいねえのか。しかも前衛が少ねえときた」

「あとは頼んだわよ」

 アルディラは満足げに、バートラムは無言で、それぞれの担当するカウンターへ戻っていった。



「解除師のエドワードだ。呼びにくければエドでもいい。ただし俺を呼ぶときは必ず先輩をつけろ」

「はい、エドワード先輩」

「はいな、センパイ」

「はい、先輩!」

 エルムがひときわ元気の良い返事を返した。エドワードは満足げにうなずき、次いでジャスパーに顔を向けた。

「ジャス公、返事はどうした」

「なんだよそれ。オレはジャスパーだぞ」

「一人前になったらそう呼んでやる。当分はジャス公だ」

 ジャスパーは不満げに顔をしかめていたが、やがて渋々と答えた。

「……分かったよ、センパイ」

 今に見てろ、とつぶやくジャスパーを尻目に、エドワードは先ほどの羊皮紙をあらためた。

「クエストの期限は三日か。この内容なら日数に余裕があるな。お前ら、今日一日は訓練に当てるぞ」

 ジャスパーは首をかしげた。

「訓練ってなんの?」

 エドワードの顔が険しくなった。

「ジャス公。その剣と盾を同時に使えるか? 鎧は身体になじんでいるか? 戦闘中、アトリがお前を巻き込まねえで魔法を使えるように動けるか?」

 ジャスパーには返す言葉がなかった。

「覚えとけ。ダンジョン舐めたら死ぬぞ」

パート3へ続きます。

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