赤い箱
小さくて、他のものより弱く見えるそれは、とっても美しくてなんだか素敵なんです。
自分の持っているぶんだけでは物足りないのです。
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「最近、ここらへんで妙な事件があるんだけど知ってる?」
「あ、知ってる!確か・・・」
昼休み。友達が何やら会話しているようだったが、私の耳にはあまり入ってこなかった。
というのも、今日は近所に住む友達の家に遊びに行くことになっていて、それが楽しみで仕方なかったからだ。
彼女はいつでも明るくて、私は大好きだった。そんな子のお家にはじめておよばれしたのだ。仲がいいことを認めてくれたような気がして、とてもわくわくせずにはいられなかった。
「ここがあたしの部屋だよ~。ゆっくりしていってね!」
学校からそのまま家に案内された私は、彼女の部屋の女の子らしさに驚いた。全体的に白やピンク色でまとめられていて、あちこちにぬいぐるみが置かれている。私は自分の部屋の散らかりようを思い出して、少し情けなくなった。
しかし私は気をとり直してもう一度部屋の中を見回した。今で言う、女子力の高いアイテムというものが揃っている。特に私の目を引いた机の上は、ピンク色の可愛い小物が綺麗に並んでいた。
ただ、少々不自然な物があった。
真っ赤に塗られた、片手で持ち運びができるほどの大きさの箱。
ひとつだけ異なるどぎつい色をしていたからか、それは私の目に印象深く映った。
単純に気になり、手にとりながら何気なく中に入っているものが何なのかたずねてみた。その瞬間、私の手から箱が消えた。とりあげられたのだ。
「この箱には触らないでね。あたしだけの宝物だから」
彼女はいつもの明るい笑顔を見せて言ったが、一瞬その顔に表情が消えるのを私は見てしまった。
それ以来、頻繁に赤い箱が私の頭の中をちらつくようになった。
彼女の宝物って、何だろう。何故教えてくれなかったのだろう。
ただただ箱の中身が気になって、仕方なかった。
私はもう一度彼女の家に行って、箱を確かめたいと思った。
それから少し経ち、私が遠慮がちにまた遊びに行ってもいいか、ときくと彼女は嬉しそうにうなずいた。いつもの愛くるしい笑顔。
しかし私の頭の中には、箱について質問した時の彼女の表情が強烈に刻み付けられていた。
ありがとう、と微笑んでみたが、引きつっていなかったか心配だ。
前回と同じように部屋に案内され、部屋の中に入る。ちらっと机に目をやると、同じ場所に赤い箱が置かれていた。
「何して遊ぼっか?」
人生ゲームでもやる?あ、でも、ふたりじゃつまらないかな。そう言いながらあごに手をあてて考える彼女に、私は喉が渇いた、と言った。彼女が部屋にいない時間を作るために用意してきた言葉だ。少しぎこちない言い方になってしまった。
「あ、じゃあ、飲み物持ってくるよ。オレンジジュースでいいかな。あと、美味しいチョコレートも手に入ったから、それも一緒に持ってくるね。ちょっと待ってて!」
作戦成功。彼女は小走りで廊下に出て行った。少し心が痛んだが、後にひきたくはない。私は机に駆け寄り、箱を左手に乗せた。右手で蓋を手にとり、そっと持ち上げる。
・・・何これ。
白い細長いものが何個も箱の中に転がっていた。長さは様々だが、そこまで大きな差はない。
蓋を机に置いて、右手でひとつをつまみあげる。硬くて、でも少しもろくも見える。よく見ると、下のほうに黒いペンで書いたものと思われる文字があった。筆跡からして彼女が書いたもの。字が小さいので見にくいが、『〇月×日 右』と読める。ちょうど2週間ほど前の日にちだ。
この日に手に入れたということだろうか。では、「右」とはどういう意味だろう。左もあるということか。そう思って他も見てみるとそのようで、「左」と書かれたものもいくつか見つかった。
その中に、同じ日にちのものがあった。しかも、それらはほぼ同じ長さをしている。
私はひとつひとつ確かめた。同じ日にちのペアは長さも同じで、右か左が書かれている。
一体これは何処で、何のために手に入れたものか知りたくて、私は改めてそのひとつをつまんでよく見てみた。
これはちょうど私の小指ぐらいの大きさをしている。
--------小指?
背筋が急に寒くなった気がした。それと同時に、いつかの友達の会話の記憶が蘇ってくる。
「最近、ここらへんで妙な事件があるんだけど知ってる?」
「あ、知ってる!確か、いきなり殴られるかなんかで気絶させられて、その間に両手の小指を切り離されちゃうんだよね。小指なんか持っていってどうするんだろうね。犯人もわかってないし・・・。とにもかくにも、人気のない場所では要注意だよ!」
まさかそんなはずがあるわけない。
落ち着け。とりあえず箱を元に戻さなければ。
「ねえ、何してるの?」
背後から声がした。私は慌てて振り向きながら、箱を持った手を、蓋を閉めないまま後ろに回した。
彼女のにこにこしながら私を見つめる目は、笑っていなかった。
オレンジジュースやチョコレートは見あたらない。いつからいたのだろう。全く気付かなかった。
「何見てたの?」
歩み寄る彼女に、私は後ずさった。動揺が抑えきれない。しまった、と思ったときにはすでに手の中の感触は消え、同時に箱の落ちる音とと中身が散らばる音が響いた。
「前に、触らないでって言ったよね。あたしの宝物・・・他人の小指」
彼女はその場でしゃがむと、近くに落ちた小指の骨をひとつ拾い上げ、うっとりした様子でそれを眺めた。
「他の指よりも小さくて弱く見える小指って、とっても美しくて素敵だと思わない?学校にいる時だとか、買い物に行くときだとか、たっくさんの人の小指に目が行くけど、本当に魅力的なの。最初は見ているだけで充分だったんだけど、だんだん物足りなくなっちゃって。だからいろんな人のをもらったんだよ。
・・・私だけの所有物なのに、どうしてこんなことするの?」
病んでいる。
彼女の不気味さに圧倒され、私はごめん、と謝ることしかできなかった。
「・・・・・・いいよ、友達だもんね」
骨をじっと見ていた彼女は、顔をこちらに向けた。
「その代わりさ、あなたの小指をちょうだい」
無邪気に笑う彼女の手には、ナイフが握られていた。
いやだ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
ふわっと視界が歪んだ。
目の前に広がる光景は、自分の部屋。窓からは眩しい日の光が差し込み、私は目を細める。
自分の両手を見てみたが、ちゃんと五本ずつ揃っている。
夢だったらしい。
私は大きく息を吐き、よかった、と呟いた。
夢に出てきた友達の顔を考えてみたが、思い出すことはできなかった。ただ、私の知っている人ではないことは確かだった。
だんだん、夢の内容が薄れてゆき、数分後には忘れてしまった。
私は高校生になった。
たくさん友達もできて、毎日充実していた。
今日などは、特に仲良くなった友達の家におじゃますることになっていた。
まわりで喋る友達の話にも聞く耳が持てないほど、とっても楽しみだった。
「最近、ここらへんで妙な事件があるんだけど知ってる?」
病んでる子が書きたいと思った結果。おかしくなりましたすみません