吸い込まれて
ふっ、と浮遊する感覚が抜け目を開く。
いつ来ても変わりのない大樹の壁が視界いっぱいに広がっている。
「うし、んじゃとりあえず奥まで行くか。」
そう呟いて左腰に装備した入手したばかりの刀を確認し、歩を進めた。
原始の泉エリア、通称「Mの聖地」。
泉を円周上に囲う大樹の密林に生息する魔獣はレベル百五十以上で森の入口から植物系、昆虫系、動物系と順に生息している。
魔獣の出現率、ポップ率が他のエリアに比べると約二倍高くなっており、森の中を数分歩けば魔獣と遭遇、動かずにじっとしていても魔獣が寄って来て戦闘、そして、魔獣と遭遇した時点から十分以内に倒しきらないと、ランダムで魔獣が複数体増援に来る仕様になっている。
そしてボスエリア、原始の泉を住処にするアクアドラグーン。
ブルードラゴン、ウォータードラゴン等の水龍系の最上位種で、回復力は龍系で一番高くなっている。
HPを削っても削っても回復され、ランダムで増援に来る取り巻きのドラゴンにも回復魔法を使っては特攻させてくるという鬼畜仕様。
よって、一体も倒しきれずに増えていく敵に呑み込まれ、死に戻りするプレイヤーを量産し続けた結果、付たけられた名前が「Mの聖地」。
ルナリリアは先月の実装直後にここへ訪れた時は「すげぇ、これで奥に湖もあるんだろ。森林浴とかしたら最高だな。」と口にしたが、次から次へと湧いて出る魔獣との戦闘で、その希望は直ぐに霧散してしまったが、転生を七回し廃人から廃神に至りそうな彼女にとっては三ヶ月に一度の大討伐イベント以外でまともに経験値を稼げるここは重宝している。
「ふひひ。経験値ウマすぎ。ポップ乙。」
ニヤケながら右手に持った刀を無造作に降り下ろし、眼前に迫ったヴェノムマンティスを一撃死させる。
武器自体の攻撃力と、ルナリリア自身のステータス値による力任せの脳筋戦法。
ちなみに、レジェンドリールの宣伝映像にあった、刀の通った軌跡に桜の花びらが舞うエフェクトは、刀術スキル使用時に確認済みだ。
6万も注ぎ込んでゲットした甲斐があるなと、鏡の様に研ぎ澄まされた銀の刀身、峰の方には桜の花びらが数枚、刀身よりも僅かに濃い色で小さく描かれているのを眺め、使わなくなったらホームに飾って観賞用にしようと頷きながら、奥にある原始の泉に向かって歩みを進める。
休憩がてら、背を樹に預け座り込みメニューウィンドウからマップを呼び出す。
ここに来るまでに戦闘を繰り返し、刀の性能を確認しながらも順調に進んで来れた。
軽くため息を吐きつつ、視界の右上に映るマップを確認する。何度も来ている為にこのエリアに未踏破場所は無く全て埋まっている。
「後ちょっとで、やっと到着か。経験値稼ぎにはいいけど泉まで時間がかかるのがなぁ。ん?」
ルナリリアを示す白い光点はマップの中心に位置している。その後方の所々に散らばる赤い光点が魔獣を、前方にも赤い光点が三つ、その内の一回り大きな赤い光点一つがこのエリアのボスを示している。
それよりも気になったのが白い光点から右側、マップの端に映る、まだ討伐した事が無い魔獣を示す黄色の光点だ。
「あれ?ここの図鑑はコンプしたし報酬貰ったけど追加かな?それかシークレット的な?」
泉までは後十分程の位置まで来ていたルナリリアは考える。
「試し切りと経験値はいつでもいいし、ん~、ボスもまた今度でいっか。追加魔獣ならまたコンプ報酬あるかもだし、シークレットならレアドロップ確実。ふひひ。」
そうと決まれば、善は急げとマップを表示させたまま進路を右に向け走り出した。視界に入る魔獣は無視し、進路上の敵は速度を落とさず突撃し、刀で一閃して走り抜ける。
黄色の光点も少しずつ左に移動しているのに合わせて、ルナリリアも進路を変えながら距離を詰めていく。
マップに映る白い光点と黄色の光点の端が重なる距離にまで近づいた所で、走って来た速度そのままに思い切り跳躍し、刀を頭上に両手で構え、刃先が踵に付くほとに胸を反り振りかぶる。刀身が青の光を纏う。
眼下に捉えた黄色の光点の正体は、バスケットボール大の黒い球体だった。
「うぉぉりゃぁあ!!」
そこから繰り出される技は、【刀術レベル八:一刀絶断】
静の技が多い刀術にして異色の力任せによる残撃を放つ動の技。
無造作に降り下ろしただけで一撃死を量産する攻撃力に、絶大威力を誇るスキルが合わされば、まさしく一撃必殺ならぬ、一撃確殺。
「魔獣の確認は倒して後で図鑑で確認すればいい。重要なのは確実に逃走を阻止し、倒してドロップアイテムを手に入れることだ!」と、長年パートナーを組んでいる収集癖が叫び、「おっ?おっ?」と鼻の穴をぷくっと膨らませ今か今かと待機している。
「ふんっ!!」
気合いと共に降り下ろされた刃は、黒い球体に奥――行動可能範囲、実装エリアの端ギリギリでその後は岩壁――へと転がることで回避されるが、放たれた斬撃はそのまま吸い込まれHPゲージが凄い勢いで削れるのを視界に収める。より確実にと、追加でスキル、【刀術レベル四:燕返し――直前の斬撃系刀術スキルの始点・終点を逆にして約六十%の威力で発動させる。単体・連続での使用は不可――】を発動する。
刀身が纏う光が霧散し、新たに先程よりも淡い青の光が刀身を包み込む。と、同時に左足で地を蹴り、その足で踏み込み、消え行く青の一筋を下からなぞる様に、宙に舞う桜の花びらを斬る。
ダメ押しの攻撃、いや、オーバーすぎるアタックを受けた敵はHPゲージを瞬時に消し去り、球体だったその姿を黒い靄に変え上に昇り消えて行く。
この靄も新種の魔獣が消えた時のエフェクトかな?今回は珍しく運営凝ってるな~と、靄越しに地面を見つめる。
「ふひっ。んえぇっ?」
黒い靄が無くなった直後、極一瞬の浮遊感と共に彼女の視界が暗転した。
ドロップアイテムは何かな?んっ?んっ?と、ルナリリアは刀を振り上げた姿勢のまま黒い球体がいた場所を凝視しているせいで気付かなかった。
黒い球体がいた背後の岩壁に突如現れた裂け目に。
彼女が放った斬撃がいくら絶大な威力を持とうとも、このエリアを囲うシステムに傷を付けることが不可能だということに。
黒い靄がその裂け目に吸い込まれていることに。
そして、離れていれば黒い靄同様に吸い込まれる事は無かったということに。
数瞬の間に岩壁の裂け目は跡形も無く消失し、いつもの静寂さがそこには残された。
ルナリリアもとい、上野歩がこの日、この瞬間、この世界から消えた。