孤独な戦い~残念編~
正面からの光によって光沢が増す長い銀髪。
少し垂れ目で可愛らしい印象を与えるその瞳に映すのは、上から下へと流れる数字と絵。
緊張、興奮もしくは焦燥の為か、時折小さな薄桃色の唇をぺろっと舐める。
年齢はおよそ10歳だろうか。
十人が十人認める程に愛らしい美幼女ルナリリアは、理想や欲望を資金という名に替えて余すこと無く愛情と共に注ぎ込み生まれた愛の結晶だ。
10歳の幼女がするには似つかわしく無い、真剣な眼差しで正面を見据えるその姿は、普段の可愛らしい面影は無く、凛々しい戦乙女になっいる。
今対峙しているのが魔獣やフィールドボス程度ならば、笑顔で迎え撃ったことだろう。
しかし今日の相手は一味、いや次元が違う。隙や、躊躇を見せれば全てを飲み込まれてしまうからだ。
昂った気持ちを落ち着かせる為に唇をもう一度舐め、対峙する敵への視線を強くする。
そう、彼女は今スロットで真剣勝負の真っ最中だった。
「はぁ~、最悪。もう打ち止めか~。」
終了ボタンを選択し、ため息を吐き先程まで絵柄や数字を移していた画面を睨む。
ルナリリアは先程と売って変わって、背もたれに体重を預け脱力仕切り、課金に少し後悔している表情だった。
液晶画面には今回のスロットの大当たり武具、雪月華の華シリーズ「絶魔刀:桜」の宣伝と性能画面に切り替わっている。
ここVRMMO「FANTASY GARDEN」(通称:庭)では毎月1~2回ほぼ課金専用のスロット「レジェンドリール」が開催され、1回転50円で始められる。
ほぼ課金専用というのは、ログイン報酬やドロップ品で稀に入手出来るからだ。入手出来たとしても1ドロップ1回転~最大10回転分で、5時間ひたすらに魔獣を狩り続けて20回転分ゲット出来れば良い方だからだ。
大当たりはイベントに有利な武具や魔術書、当たりはステータス上昇アイテム、魔眼などで、ハズレは時限製回復薬や薬草、お金、インゴット、生肉などがプレイヤー間での一般認識になっている。
レジェンドリール開催の度に、公式掲示板では諭吉さん5人とお別れしたなんてのは良く目にする話で、たまに10人とお別れしたなんて猛者もいたりする。
視線を台の上部へ向けると、メイン液晶よりも小さな、といっても16インチほどの画面は黒を背景に金色の数字を表示している。
963…962…961…
1秒毎に減っていくチャンスタイムを見つつ考える。
「今で2万。残り5万と、生活費を削れば2万の計7万か。前回は1万5千円で出たけどマグレは続かんか~。
チャンスタイムでレア出現率10倍だし、とりあえず3万で出なかったら追加しよう。」
927…926…925…
ルナリリアは右手を振りメニュー画面を呼び出し、クレジット項目を選択する。
896…895…894…
8桁の暗証番号を2回入力し、残りのチャンスタイムを確認する。
854…853…852…
ルナリリアは背筋をピンと伸ばし、左手を胸に当て深呼吸する。右手を握りしめ、コレクター魂を奮い起たせる。
840…839…838…
眼前のスロット台を見据え、戦乙女へと変貌する
そうしてルナリリアは孤独な戦いへと再び身を投じた。
ふんふんふーん♪
ホクホク顔で今月初のレジェンドリール特設会場を背に、向かうは少し東へ歩いた先にある広場、リークガーデン。
サッカーコート4面分程の土地、瑞々しい緑の絨毯と花壇に植えられ色鮮やかな花々が視界いっぱいに広がっている。その中心の大きな噴水から溢れた水が小川になり四方へ伸びている。
日除けの為にと大きな木が数本と、ベンチが十数脚併設され、家族でのピクニックやデートスポットランキングで上位に入るその一角で、ルナリリアはベンチに座り煙草を吸っていた。
外見10歳の幼女が煙草を吸う。
現実なら即通報だが、ここはVRMMO「FANTASY GARDEN」の世界。
煙草と上記したが正式名称は「シュガレット」、仮想世界なので身体への実害も無く、煙が出て味がするだけの嗜好品になっている。そして、喫煙を助長しない為にと20歳以下は購入不可、譲渡不可に設定されている。アルコール類も同じ設定だが、いくら飲んでも酔うことは無いので、ビールなら少し苦い炭酸程度の認識でいいだろう。
シュガレットの味の方はというと、現実とは遥かに異なりバニラ、チョコ、ストロベリー等の定番な味から、カレー、胡椒、タバスコなど多岐に渡っている。味の数は、基本レシピ50種類とプレイヤーの調合で作れる様になっており、今の時点で500種類を越えている。需要は少ないが一種のやりこみ要素になっていたりする。
ふぅー、と煙を吐きうつ伏せに寝転がる。白いワンピースから覗く足をご機嫌にパタパタと振りながら、メニュー画面を操作する。
「こんな可愛い幼女が一人で無防備状態。そして手には煙草。この光景、紳士にはご褒美になるなぁ。」
こんな残念な思考も、装備画面で切り替わる。
(絶魔刀:桜の試し切りなら何処でも良いけど、経験値稼ぎなら…やっぱ原始の泉かな。)
装備変更を終えたルナリリアは立ち上がり、ぷらぷらと身体をほぐすついでに、忘れてたと、右手薬指に付けていた指輪を外す。
その途端淡い光が彼女の全身を包み込み、消えていく。
光の繭から現れたのは、先程までの幼女が成長すれば、きっとこの彼女の様になると誰でも納得してしまうだろう程に同じ造形の美少女。
ルナリリアが外した銀色のシンプルなデザインの指輪の名称は「写し身の指輪」。
アバター変更がしたくても、転生可能レベルに到達していないプレイヤー、又はプレイヤー間でのプレゼント品として運営が実験的に販売を開始したアイテムである。
使用制限として、1アバター1回のみとなっているが、ステータス等のデータ全てをそのまま引き継ぎ、指輪を外す、又は、機能をOFFにすることで前のアバターに戻れることが初心者から廃人まで全てのプレイヤーに受け入れられたことは言うまでも無いだろう。
値段も1つ1000円と中高生や無課金者にも手が出しやすい料金設定が大きかったのもあるだろう。
「よし、そんじゃ行きますか♪原始の泉へ。」
マップから原始の泉をタップし、転移魔法を発動しルナリリアはその場から姿を消した。