ついてない、そんな日もある
よかったら一読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。
「ミスター、今はどこにおられますか?」
丁度その時、大通りを車で運転中であった私。ブラックサンは、自分の家の近くまで車で戻っている最中であった。今朝は方々で情報屋を締めあげて回ったが、結局収穫はなかった。どうやらこの方法を選んだのは失敗だったらしい。時間を無駄にしてしまった。
「どうした?あと10分もしないで戻るつもりだったんだが」
スピーカーの向こうから聞こえてくる老齢の執事、ブッカーマンはいつもと変わらぬ調子で続けてくる。
「実は先ほど連絡を頂きまして。それも大至急、なんとかしてくれとのことです」
「飛び込みの仕事かい?あまり気が進まないね」
「そう思いまして、断ろうとしたのですが。ジェイソンといえばわかるはずだと。よほどまずいことらしく、命にかかわるとか。案外、本当のことなのかもしれませんね」
「ああ、チクショウ」
思わず私の口から出るべきではない言葉が飛び出してしまう。
無駄に歩きまわったせいで、余計な連中の目に止まってしまったのだ。このまま見捨てることもできたが、私の口から出てきた言葉は違った。
「朝もあったのに、また行く羽目になるとは。いいさ、ブッカ―。話を聞いてくるよ」
ブッカーマンは私の言葉に返事をしないまま通信は切れたが、なぜか私の頭の中ではマイクに向けて一例をする彼の律義な姿が見えていた。
少し遅れたが、私の名前はブラックサン。
この街で、手広く交渉人として仕事をさせてもらっている。
このような仕事をしている者として、当然の話ではあるが身の周りについて常に気を配っている。黒のスーツ、シューズはピカピカに常に磨きあげられ、手袋も黒だ。白髪一本見ることのない黒い髪はぴっちりとオールバックで決めている。
そして、身につけるものは高級品であることはいうまでもない。この服も、靴も、そして時計にいたるまで、そのすべてが選び抜かれた逸品である。
ここまで説明するとわかってもらえると思う、私は実は金遣いが荒い。
むろん出ていく分に負けないくらい稼いではいるのだが、それを理由に私を嫌うものがこの街には数多くいる。
一応私は超人と呼ばれる存在なのだが、その精神は普通の人とそう変わることはない。
つまり、自分の評判についてはとても気にしているし、自分達の問題とその解決に尽力した私の要求する高額の料金に不満を漏らす人達には怒りすら感じている。
だが、多くは語るまい。
人の本質とは行動にあらわれる。これは私の持論だ。
私の行いを見れば、そうした不愉快な噂も消し飛ぶということを全ての人が………。
気がつくと、私は今朝ジェイソンを捕まえた高架線の下に近づいていた。
車からさっそうと降りる、当然だがオートで自己防衛機能が起動。このくらいの装置を用意していないと、私の車はあっという間にスクラップにされてしまう。ただ、これはこれで悩みがある。なぜなら、運が悪いと立てつづけに自分の車の横にこんがりといい匂いを漂わせた元人間だったものが転がっているからだ。
さて、目的地はこの先を曲がったところ。バスケットボールのコートがそこに………。
「ああっ!あんたっ、来るのがおせーんだよっ」
多分むこうがこちらを確認したのだろう、なさけない声がこちらに響いてくる。そして私は正直なところ、この瞬間にもなにもなかったことにして家に帰るべきだった、そう思う。
だが、私は約束を違えない男。仕事だって選ばない。
気は進まなかったが、ゆっくりともめごとの現場へと進み出ていった。
「よぉ、銀行野郎。お前もこいつを締めあげて真実を暴こうっってんだろ?」
近づいてくる私の顔を見て、そう挨拶してくる者がいた。ニタニタと見ていてあまりいい気分ではない表情を浮かべ、我が知人のジェイソンの首を締めあげていたのはあの悪名高き”英雄殿”であった。
カーネル”サウザンド”パトリオット。
USAの軍にいて世界を千回救った大佐殿。それが彼だ。もちろん、そんな話をまともに聞くつもりはないし、わざわざ彼の過去をほじくり返したりはしない。
彼については皆が同じ感想を持つ。
狂人、以上だ。いや、異常だ。
どこかの店先で買ったと思われる、あまり有効とは思えない安っぽさを感じる迷彩服。そして顔には目もとをパープル色のガードで隠している。これで正体不明な存在になれたと思えるのは、たぶんコミックブックの中の住人達くらいだろう。
だが、彼はそれを大真面目にもやっている。
彼の武器はバット、それもこだわりがあるらしくいつも木製だ。どうやら、見たところ今日も自慢の一品は忘れていないらしい。
「やぁ、カーネル。お取り込み中の所申し訳ない。すこし、話さないか?」
「いいぜ、銀行屋。俺も丁度今からこいつを俺の”ジャガー”で正義を叩き込むところだったんだ。その前に聞くぜ」
どうやら、危機一髪というところらしい。
「そうか、それはよかった。ところで、聞くところによると君も昨夜の事件に興味を持っているそうだね?」
「昨夜?昨夜ってのはなんだ?不正も殺しもいつだっておこってるさ」
「連続殺人事件だ、トボケても無駄だ」
「さすが銀行屋、ぬけめがねぇ。確かに俺はこの”ジャガー”の導きで、そいつの犯人を追っている」
「そうだろうね。実は私も同じ考えを持ってね。つまり、いってしまえば君と私は同じ犯人を追っていることになる」
お互いを交互に指差しながらそういうと、相手は不敵な笑みを浮かべてきて
「そうかい、どっちが早いかな?」
「さぁ、それは終わってみないと何とも。それよりも今は別の問題がある。それは、君が今話を聞こうとしているジェイソンについてだ。ここまでいえばわからないかな?」
「なんのことだ?まさか、こいつが犯人とはいわねぇよな?」
「もちろん違う。まいったね、つまり彼の話は私が既に聞いている、そう言いたかったのだよ。今日の午前中の話だ。そして、彼はなにも知らなかった」
「知らない?こいつが?そりゃわからねぇぜ、俺が聞いたら何か出るかもしれん」
「そうかもしれないが。しかし、そうではないと思ったから、私はここにいるのだよ。カーネル、彼は違う。君の予感は違う答えを叫んでいるだろうが、ここは私の能力を信じてほしい」
そう言うと、ありがたいことにカーネルの顔に戸惑いが浮かぶ。いいぞ、考え直してくれるかもしれん。
「本当か?」
「本当だ、ちゃんと聞いた。間違いなく、彼は知らない」
「それじゃ、それじゃあ……なんてこった。銀行屋、そりゃねーよ」
世界を千回救った男とは思えない、突然にして雰囲気を変え情けない声を出す。しかし、私にはわかっている。彼はこの状態でも決して牙の抜けた動物園のライオンではない。いつでも飛びかかれるけど、だからこそちょっと考えてしまっているだけの獲物の頭を噛み砕く寸前のコヨーテなのだ。
「問題かな?パトリオット」
「問題だらけだ。俺は話を聞いて、ここまできっちり。全員の頭をジャガーで叩き割ってわかったからたどってきたんだぞ。それを、あんたが横からかっさらうような真似されたら、俺の捜査が台無しだ!」
「すまなかった。だが、こうとも考えられる。我々の捜査によって、犯人は追い詰められている。そうだろ?」
「そうだ!もちろんさ!」
「なら、ジェイソンを解放して貰えるかな?」
私の言葉に、絶望的だったジェイソンの顔にパァッと光が差し込むような笑みが広がる。馬鹿が、まだ喜ぶ時間には早すぎるぞ。
「ダメだ、それじゃ俺が困る」
思った通りだ、彼はいつものように。今日は……”ジャガー”だったか?あのバットを使ってジェイソンの頭から事件の手がかりになるなにかが飛び出るまで叩きのめすつもりなのだ。
「では、こうしよう。私から警部に連絡を入れる。そこで最新の情報を手に入れよう。それをもとに君は次に進むといいだろう」
今の言葉の中、「次に」とは当然だが次の犠牲者と言う意味だ。
正直、この言葉にどれだけの威力があるのか、自分でもわからなかった。しかし、今日は彼の虫の居所もよかったらしい。納得はしていないようだが、次がわかるならばと彼は同意を示してくれた。
どうやら、思ったよりも楽に仕事は終わりそうだ。
私は、さっそうと懐から携帯電話を取り出すと短縮で警部のデスクへ直通コールをする。
「ああ、サンダーランド警部?私です、ブラックサンです。昨夜からちょくちょく申し訳ありません」
あえて聞いていてもわかるように、声を大きくする。
「ええ、残念ながらこちらもまだなんとも………ああ、いやいや。そんなことは……」
警部はあまり機嫌は良くなかったが、それでも私には真摯に対応してくれた。
噂では、なんでも今朝の事件で現場が酷い事になって仕事にならなかったという話だ。そちらについては触れない方がいいだろう。
「それで、ですね。一件目の事件。あれの最新情報などありませんか?」
私にしてみると、それは別にどんなことでもよかったのだ。
警部から聞いたことを、そのまんま目の前の愛国者に話して聞かせれば、どうせ彼は勝手になにか理由を見つけて”次”を決めてしまうのだから。
だが、今の警部にはそれが大変気にいらなかったようだ。
『おいお前、どういうつもりだ?ピザ屋にオーダーする気安さだな。そうそうポンポン証拠をそろえられるなら、お前等に好き勝手させん』
「それはそうでしょうが、私も今朝から空振りで。なにかとっかかりになるものはないか、探しているのですよ」
私にしてみれば、普通に理由を述べたつもりだった。だが警部にはすぐにわかってしまったようだ。
『そうか、ところでそこには他に誰がいる?』
どうやら、まずいことになりそうだった。
哀れなジェイソンはいい加減いら立っていた。
この交渉人を自称するヤクザ者にしてはめずらしく、なかなかいい調子で目の前の狂人をのせていたというのに。警察に連絡を入れた途端、調子が悪くなったらしく、さっきから目の前で表情こそ全く変えなかったが声の調子から話が進んでないことは明らかであった。
さきほど、この男が出てきた時に一度だけ逃げるチャンスがあった。だが、それをこの男は目でやめろとこの俺様に指図しやがってきた。で、このザマだ。
目の前で今は不安そうにしているこのアホ。こいつだって、本当はさっきからチラチラとこちらを目で監視しているのはわかっている。黒ずくめの交渉人が話を進められないと断じたら、さっそく飛びかかってきて俺をあのバットできれいになめしてくれるだろう。そして俺様はめでたく黒ずくめの葬儀屋の手で墓の下に行くのだ。
そんなの、ごめんに決まっている。
正直なところ、私もいら立ちを隠しきれなくなろうとしていた。
警部はすでに私の前に愛国者が舌舐めずりをして犠牲者の前に突っ立っていることは伝えた。彼もその状況に理解は示してくれているものの、やはり納得はしていないらしくなかなかこちらの思うものを出してこようとしてくれない。
一方で、依頼人は勝手に自分の中で諦めてしまっているらしく。その目には早くも「さっさとこの場を逃げだそう」などと自ら自分の死刑執行書にサインしたくてウズウズしているようだ。
馬鹿を言っちゃいけない。少なくとも、このイカレタ愛国者はハンターだ。獲物を前にどんな姿を見せていたとしても、決して目をはなしたりはしない。容易な回答に飛びつくことは、この場合は最悪の手だと知るべきなのだ。
だが、そのどちらも素直に私の口からは出せなかった。
そして、事態は急変する。
耳障りな音が響いたかと思うと、なんと空から新たに乱入してくる面倒な奴が来た。
(マスク・ド・ドミニオン)
それは間違いなく三者三様の心のつぶやきで違う感情jがこめられてあったが、皆等しく知っている”市民が愛すべきヒーロー”殿の名前であった。
「ミスターブラック。奇遇ですね、こんなところで。そういえばあなたも昨夜の事件を調べておられるそうですね」
「ええ、そうですドミニオン。すいませんが、ちょっとそこから動かないで」
それだけ相手に伝えると、私は素早く電話口の警部に伝える。
「警部、時間切れです。そこには警部補もいるんでしょ?彼女と手下を連れて、いますぐこの私が連絡している場所に来てください。急がないと、これは私では無理ですからね」
電話の向こうで怒鳴り声がした気がしたが、そんなことどうでもいい。すばやく切ると、目にもとまらぬ早業で胸にしまいこむ。その時であった。
「あっ」
誰の声であっただろうか?
突然、ジェイソンは身をひるがえすと、走って逃げだそうとした。そう、とうとう彼は自分の死刑のゴーサインをだすという誘惑に耐えられなかったのだ。
そして想像した通りの光景が、目の前で繰り広げられる。
カーネル”サウザンド”パトリオットはマヌケではない。
一瞬前まで、となりにいたチンピラが何を考えているのか。当然のことわかっていた。
そいつが正義の前に懺悔する恐怖に耐えられず、後ろを見せるのと同時に相棒の”ジャガー”が低く唸って見せる。わかってる、全てははじめから決まっていた事だ。
ポーンとひと飛びする間に、クイックで取り出したバットの”ジャガー”を振りかぶると、そのまま一気にボールに見立てたものをカッ飛ばした。
ジェイソンとかいった情報屋のクズは、その正義の鉄槌になんの言葉もなく”後頭部”を打ち抜かれると、地面に2度バウンドした後でピクピクと痙攣を始めた。
(わかったよ、次の奴が)
今日も調子は悪くない。”ジャガー”のその囁きに俺はただにっこりと笑みを浮かべると、今日の相棒のその固い表面に軽くキスをした。
「お前!?市民にむかって、わたしの目の前でなにをした!」
ドミニオンの電子音の混ざった声が上がる。私にとって最初の悲劇は、依頼人が私のアドバイスを踏みにじったせいで終わってしまったが、次に起こる悲劇についてはまだ間に合うように思われた。
「ドミニオン、待ってほしい。ここは冷静に…」
「わかっている、ブラックサン。おい、お前!現在、お前には27件もの傷害容疑がかかっているな」
なんてことだ、こいつはバカだった。
予想通り、知ってはいけない情報を聞いてカーネルの顔が暴力への予感に嫌な笑顔を浮かべる。
「そんなに俺に意見したい奴がまだいるってか。そりゃ会ってぜひとも話をつけたいね」
「だまれ、お前には黙秘権がある。だが、ここは自首を勧めよう。私が警察までつれていく」
「そうかい?その必要はないぜ。俺だって警察に迷惑はかけられねぇ」
私は思わず空を見上げようと上を向く。だが、高架線が邪魔をして青空は見えない。そればかりか、気にしないようにしていた小便の匂いが鼻を激しくつついて来た。
短いチャンスであったが、全てが無駄に終わってしまった。
もはやこの2人を止める力は、現在の私にはない。
ドミニオンが「動くな、降伏しろ」と言って身体中の攻撃システムを起動させるのと、パトリオットが笑顔でバットをしごくのは同時に行われた。
最初に攻撃したのは、ドミニオンが誇る最新の攻撃システムの数々だった。
どう考えても、腹を刺し貫くスタンニードル
腕からはリングミサイル。
最後に腰につるされていたグレネードを放り込む。
後半に行くにしたがい、平和な町中で使っていい武器では決してない。
当然だが、私は逃げた。途中で痙攣したままのジェイソンの身体を拾いながら。
だが、カーネルはそのままニヤニヤ笑いながら”何事もないように”歩き続けていた。
そうなのだ、ドミニオンの先制攻撃の全てがカーネルには当たらず”何事もなかった”のである。
これが愛国者ことパトリオットの超人能力。
”すべてがとおりすぎる”というやつだ。
一般では、彼に攻撃しようとすると当たらないと理解されている。が、実際はどうもそうではないらしい。その時のある条件が満たされることによって、彼はこの強い悪運を使いこなすことができた。
そしてドミニオンだ。
この市民の愛すべきヒーローは的確な攻撃を行った。直接攻撃が当たらなかったときを想定して、爆風によって相手を撃滅しようとしたからだ。
残念ながら、目標には対して効果は与えられなかったが、それ以外に関しては別だった。
さっそく、建物の中から悲鳴があちこちから上がり、車がパニックをおこしたのか横転して転がっていく。歩道では、腰を抜かしたと思しき女性を、子供らが必死に手を引っ張っているのが目に入る。
「2人とも、やめるんだ。なにをしているのかわかっているのか!?」
わずかな希望にすがる気持ちで一応、私はそう怒鳴ってみたが案の定2人には全然聞こえてないようだった。
さっそく火薬にまみれた攻撃を受け、怒りに燃え、唸り声を上げるカーネル”サウザンド”パトリオット。その手のバットはブンブンと振りまわされて相手の頭部を右に左にと揺さぶっていく。
接近戦といえども引くつもりはないらしい。話を聞かないマスク・ド・ドミニオンもまた、拳を握りしめて殴り合いをしようと試みている。
それはたった2人ではじめた戦争であった。
それは雷の音だったのだろうか?
気がつくと、サンダーランド警部が苦い顔をしてゆっくりと地上へと降りてきていた。さすがだ、あっというまにここまで文字通り飛んできてくれたのだ。
「本当にパトリオットの奴か、それにドミニオン。まったくツイてないな」
「同感です、その現場にいあわせたことで絶望に唸っていましたが、それを共有できる人がいて嬉しいですよ。警部」
憎まれ口を叩いて見せるが、警部はそれを無視して私に聞いていた。
「おい、交渉人。お前の力であの馬鹿共をなんとかできないのか?」
私は力なく首を振る。
「できません。周りを見てください。わかるはずです。あの2人の騒ぎで人の目が集まってきてしまっている。ここで私がなにかすれば、この町の病院は一気にパンクしてしまいますよ」
「こういう時に、役に立たんな。お前」
酷い言葉だったが、当たっている。こういう時は、あのダークハートのようなやさぐれた私立探偵の方が役に立つというものだ。
「警部の雷撃ならどうです?」
「それも無理だ。高架の近くだぞ、俺が飛び込んで暴れるなら部隊を整えなくてはならん」
「それもそうですね」
つまり、我々2人だけでは役に立たないわけか。
「では警部、もう一つ。光の騎士は呼べませんか?」
「アークライトか?だってお前、あれは……」
そういうと、警部は言葉をなくしてしまう。
結局、警部補をはじめとした警官隊が次々と到着して準備が終わるまで。つまり1時間近くをそこですごし、その後も警察署に連れていかれて私は貴重な数時間を失う羽目になってしまった。
まったく、どうも今日は誰にとっても日が悪いようだ。