出現する驚異
今日は大忙しになりそう。
よかったら一読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。
翌日の朝、マイケルはホテルのプールサイドでサングラスにガウンの水着姿で寝そべっていた。
前日、ライラに宣言した『楽しい朝寝坊』をこのプールサイドで楽しむ予定のはずであったが。それは僅か20分で終了させることになる。
まだこんな朝っぱらだというのに。小さなガキ共が奇声をあげてホテルから飛び出してくると、次々とプールの中へと飛び込んできたからだ。
はねる水しぶき、破られる静寂、マイケルのまどろみは彼等によっていとも簡単に吹き飛ばされた。
子供でも、ドロップキックなんかをすれば大人をフッ飛ばすことくらいはできる。
だが、力の関係はどうしようもないのだ。マイケルはこの時、ひさしぶりにへそを曲げてガキ共をこの場から怒鳴りつけて追い出してやろうかなどと大人気ないことを考えたが。それはやめることにした。
そのガキ共に続いて姿をあらわした母親達が、その子供を産んだとは思えない見事な肢体をあらわにした水着姿だったからである。
「元気のいいお子さんたちだ!」
かわりに別のもので満面の笑顔をして、簡潔にクソガキ共を褒めると、ここでまどろむのをあきらめて女性の観賞会にうつることにした。
5分で飽きた。やはり、見るだけだとつまらなかった。
仕方なく、癖で持ち歩いているラップトップを開いてライラの研究所のデータをもう一度眺めることにした。
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(まず、これが重要なことだが。ライラ達は果たして本当にいきなり宇宙の真理とかいうものに触れてしまって、シャオと言う女性を回復させた。もとい、サイボーグ技術を完成させてしまったのか?それは、バイオミック・ジェミーの誕生と言う事なのか?)
昨日、話を聞いてからずっと抱いていたこの疑問を今一度問うてみる。
なんて超ラッキー、世紀の発見を世紀の偶然で手に入れたなんて、コンチクショ―。そんな、研究者としての暗い感情を抱かない、とは言わない。
しかしそれにしたって、これは極端にもほどがある。
ライラの前に悪魔でもあらわれて、「お前の願いを叶えてやった。さぁ、命を差し出せ」とでも言ってもらえるなら、それで納得してもいいというレベルの話だ。
彼女が自分に助けを求めた理由、情報のほとんど全てを他社の主任研究員でもある自分に見せている理由が段々とわかってきた気がする。
自分が生み出してしまったものが全く理解できないという恐怖、それがなぜ起こったのかわからない無力さへの苛立ち。そして、多分だがこの秘密をこれ以上守ることの限界も感じているのかもしれない。
もし、あのシャオと言う奇跡を世界が知ったとしよう。どうなる?
すぐに強国は手をのばしてライラにその技術を確立させろと要求し、甘い言葉をささやきだすだろう。だが、ライラにはそれはできないのだ。
奇跡とは再現できるものではない、偶然何かの歯車がぴったりと合わさって生まれるものだ。
なにもできないはずが、できたことに喜べるほど。彼女は夢想家ではなかったのだろう。
とはいえ、それはこのマイケルにとっても同じことだ。
そもそも、彼女達が作ろうとしていたのは、最近話題になってきている高性能義手を導入する際。義体を装着する人間にいわゆる幻視痛につながるような微妙なずれを生まないよう。生体部分と義体の裂け目に流し込むジェル状のそれで細かな指示をどちらにも行きわたらせようという試みであったはずなのだ。
彼等はその役目から、この装置を【ナンコツ】と呼んでいたそうだが、これが何をどう間違えたら、肉体の大半を失い生命維持装置が無ければ生きられないような状態の人間の失った体を全て復元させてしまうというのか。
(まったく、これは確かに難問だな)
それは例えるなら、そばを食おうとしたら山もりのパスタが出てきた?違うな。
カモ肉のソースかけを注文したら、マツザカ牛がまるまる一頭運ばれてきた?これもなんか違う。
タコスを食べようと思ったら、満漢全席を用意されてしまった?まぁ、これなら規模的にはあってるかな?
まぁ、とにかく。形の違うネジを作ろうとしたら、なぜかスーパーコンピューターが勝手に出来てしまえば混乱も困惑もするし、恐怖しないほうがおかしいというものだろう。
では自分は?
ドミニオンを作り出し、今日まで当然のものを当然のように実現させてきたが。
自分はいつか彼女のような、突然のラッキーで真っ暗な落とし穴の中に落ち込むような”不幸”な幸運があるのだろうか?同じ研究者だ、その可能性はあるかもしれない。
そこで考えるのを止めたマイケルはこの時。自分が小腹をすかせていることに気がついた。
時計を見ると、もうすぐ正午になろうとしている。午後は研究所に顔をだす約束をしていた。そろそろ、この”朝寝坊”も終わりにしたほうがよさそうだ。
マイケルはそう考えると、元気に騒いでいるクソガキと母親でもある麗しいご婦人がたに愛想を振りまきながら、ホテルのプールサイドを後にした。
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北京、某所にて今。ちょっとした騒ぎが起こっていた。
あのやけにきらびやかなライトで演出された”黄金の廊下”を歩く超人がいる。
それは剥き出しの頭部の髑髏は血を流しこんだのかのように毒々しい深紅の色の男。
世界で5人しかいない不死者の1人、レッドコアである。
その彼が、老人達の待つあの部屋へと歩いている。
この国に住む者が、この廊下を歩くのは2つの意味がある。一つは未来に敗者となって命を落とす死刑宣告への道しるべ。そしてもう1つが、さらにこの国で高い地位に。もっと大きな権力を手に入れるための栄光の道。
だからどれほど肝の太いものでも、全く緊張しないということはない。
顔をこわばらせ、緊張から手足はおかしなバランスをとり、ひどいものだと震えて動けなくなる者すら時にはいるという。
だが、この超人にはそんなものはない。
歩いているのはただの廊下でしかなく、その装飾は醜い老人達の虚飾性をあらわす大変見事な”無駄”をあらわす建造物と斬って捨てることを恐れない。
緊張することもなければ、怯えなどかけらも見せないまま。ただ静かに歩いていた。
そんな涼しげな顔であらわれた(?)レッドコアに対し。老人達は激怒して迎える。
といっても、口調と雰囲気以外にいつもかわることのない深紅の髑髏に、どんな表情があったとしても老人達は許す気などなかったであろうが。
「どういうことだ、説明して貰おうか!」
口々に言っていることは多少の違いがあるだけであったが、ほとんどがこれだった。
この日は珍しく。レッドコアは以前のような無礼なふるまいを見せないで入口から入ると机から数歩離れた場所で控えていた。
「ふむ、この私に説明をばしろと?」
「そうだ!」
「さて、説明と言われても。これは困った。なにせいつも無礼を平然と働くせいで、言い訳を言ってみろと正面切って言われてもどれについて皆さんに行ったらいいのか、皆目見当もつかない」
「ふざけるな!この赤頭蛮がっ!!」
同時に、老人達の息がハッと飲む音がして、皆が押し黙る。レッドコアを指さし言葉を威勢良く言い放った老人も、自分が口にしてしまった”名前”のもつ意味を理解し、誤魔化しようもなくてぶつぶつとまだなにかを口にしながらも、落ち着きを取り戻す。
そして言われたレッドコアは、息をしているのかどうかもわからないほど静かで、不気味にも押し黙ったままである。
それは数秒の沈黙であったけれども、1秒ごとに部屋の室温が急激に下がっているような感覚と、居心地の悪さから来る静かに騒ぎだす恐怖心に”ただの人間”である老人達がみじろぎをしていると。唐突にそのレッドコアのほうから声をあげる。
「皆さんの怒りはごもっとも。さらに、その説明をして差し上げるためにこうして私はここに来ているのです」
彼は相変わらず静かではあったけれども、妙に明るく元気な声でそれを言う。
その声の調子と言葉で、老人達は直前のあの言葉はなかったことになったのだろうと安堵し。大袈裟に頷き、レッドコアに説明する機会を許してやることにした。
「まぁ、皆さんが起こっているのはアレの事でしょう?アジアの小国、マレーシアのジャング・シエナ研究所。その研究所に対してこの私が昨日に下した命令で、本日只今これより”殲滅”する作戦について……でしょう?」
「そうだ!」
「それでしたら逆に私が皆さんにお聞きしたい。なにが問題なんです?」
「あそこの研究所には、あるかもしれないからだ!」
「なにが?」
「……我々が求めているものだ」
「だからなに?」
「超兵の為の技術があそこにあるかもしれないと言っているのだ!」
その返事を待ち構えていたかのように、レッドコアはずずいっと前にせり出ていきながら凄まじい大声をあげる。
「だから!お前等老人共は馬鹿だというんだ!!」
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老人たちはレッドコアの罵声をとがめることはせず。また、怯えもみせない。
「……それが、お前達(軍)の意志なのか?」
「当然です、わかっているでしょう。皆さんがゴチャゴチャと煙に巻いた2年を無駄に過ごしてきてしまい。こちらは目の上のたんこぶとなっていくあそこをただ指をくわえて見ていました。今日までは!」
「なぜそれが、かわった?」
「それも簡単なことです。あなた達のように、証拠もないのにあれがある、これがあるという必要が無くなったからですよ。お見せしましょう」
自身の服のポケットから何かをとりだすと、それを机の上に放り出した。
スマートフォンのようなそれは、ピピピと小さく電子音を響かせると空中に立体的な映像を映し出した。
それは、牢獄の中で拘束され。さらに激しい尋問を加えられたとおぼしきボロボロの姿になった男が映し出されていた。
それを見上げながら、レッドコアの言葉が続く。
「先月の話になります。警察の”地道な捜査”が実を結び、ある犯罪組織のアジトを急襲しました。
この男はそこにいた。
簡単に説明しますと、こいつは人間ではない。超人です。
それも、あの【臣紅花会】と言う名の反政府組織に所属している奴でした。その奴が、ようやく吐いたのですよ。自分達の組織に技術を提供しているのがあのライラ博士だという事を」
「馬鹿な!?」
「何が馬鹿な、なのですか?皆さんとは違って我々にはちゃんと証拠がある。奴の尋問は今この時も続いているし、奴がライラ博士のことについて触れたこともきちんとそこのデータに入ってますよ。
皆さんのように、他の大国達が見向きもしないようなアジアの小さな研究所に”異様な執着”をしているのと一緒にされたくはありません」
「どうするつもりだ?」
「計画はシンプルです。現在あの研究所の周りには8名からなる狙撃手を配置しています。誰も外には出さないためです。
そして、皆さんが潜り込ませた工作員にはすでに研究所内に”破壊工作担当を持ちこませました”ので。あとは時間が来るのを待つだけです」
「……待て、持ち込ませたとはどういう意味だ?」
勘のいい老人が緊迫の声をあげると、表情は変わらない深紅の髑髏は嬉しそうな声で説明を始める。
「ほら、なんといいましたっけね?例の超兵計画で作りだしたモノ。あれを使います」
「”沼死人”を使ったと言っているのか!?」
「はい」
あっさりと返事をするレッドコアに、老人達は次々と抗議の声をあげ始める。いわく「アレのせいでどれだけの損害が」とか「どういう結果になるか、わからないわけがないだろう」といったことだったが、髑髏の男に変化はない。
「レッドコア、なんということを……」
「何を騒いでいるのです?」
「外交問題になるだろう!他にも、あの”沼死人”はテストでどれだけの被害を及ぼしたと思う。忘れたか?」
「そうだ!あれは突然暴れだすと、我が軍を攻撃し、何をやっても死ななかった。最終的に、爆撃機でもって“味方ごと”焼き払い。さらに超兵の人鬼達と、最後には君にも出てもらってようやく止めた」
再びエキサイトしてくる老人達と違い、レッドコアは一貫して冷静さを崩さない。
「ええ、覚えていますよ。忘れようもありません。
味方の爆撃で炎に焼かれながら殺し合う、なんて不快な経験。そうそう簡単に忘れるはずもないでしょう」
「なら……!?」
「落ちついて。忘れていませんか?
あのなんとかいう責任者を処分した後も。あなた方は残った研究者達に除名の代わりに”使い物になる程度にしろ”との命令を下して続けさせていたでしょう?
彼等の話じゃ、多少は使い道が出てきているといいますから。それを試すいい機会になります」
「……」
皆がどういい返してやろうか、またこれ以上面子を潰されるようなことは御免だとの葛藤の中で沈黙していると。真っ暗な闇の中から見事な白ひげをはやした老人が体を乗り出し、レッドコアに口を開いた。
「どうもうまい話ばかりで、怖い話を聞かされているようだレッドコアよ。
確かに此方は、お前のようにこれだという確かな証拠をお前達に示すことはできん。だからお前達の苛立ちは理解できる。
しかし一方で、今回お前がやろうとしていることは横暴に過ぎるとは思わんのか?
外交の問題でもそうだが。なによりあの忌むべき化物をどうするつもりだ?まさかお前があそこへ行って、対決するというわけではあるまい?我等はどうしたらいいというのだ?
そこを説明して貰えぬなら、こちらも納得はできんぞ」
穏やかではあったが、それは嫌らしい言い方の探り方をしてきていた。
「シナリオに不備はありません。
我々が欲するのは、研究所の壊滅、ライラ博士の命とついでにその研究、待たされた我々の怒りに壊れたゴミが再生可能かどうかのテストと色々と盛りだくさんとなっていますよ。
それを皆さん一緒に楽しんでみませんか?
ここの画面に、この紙に書かれた司令部とつなげてください。作戦はすでに45分前から始まっています。」
部屋の中に巨大なスクリーン降りてくるとそこに南国の昼のジャング・シエナ研究所が映し出される。
「そうそう、ここでついでとなりますが皆さんにご報告があります。
今回、我々の送りこんだ旧名”沼死人”はその名前を変更することになりました。
海外にスワンプ・ゾンビなどと呼ばれるのは、超兵には相応しいとは思えなくてね。我が国が得意とする、ラベルの張り替えって奴ですよ……。
新しい名前は”スプリガン”(大地の精霊)。生まれ落ちると同時に、その底なしの怒りでもって全てを叩きつぶしてくれることでしょう。その最初の作戦を、みなさんにお見せしたかった」
そんなレッドコアの得意の演説が終わるかどうかの瞬間である。
突如、ジャング・シエナ研究所のある棟の一部が轟音をあげて壁が中から吹き飛ばされると、そこから緑色の巨大な塊が吹き飛ばされ転がりまわって出てくる。
もうもうとあがる土煙りの中、外へ飛び出してきたその緑の塊がゆっくりと動きだす。
それは何と形容したらいいのだろうか?
身体中が草木の幹や葉、そしてところどころに花が咲いているのが見えるそれは人の姿をとっていた。
その巨体は2メートル近くある迫力満点の存在感だったが、青々と茂るその身体の緑達と違い。頭部と思しき底には、異様に大きくなった2つの目玉が真っ赤に染まって木々の間から外をのぞいていて、大変醜悪な姿をしている。
”沼死人”あらため”スプリガン”となったそれは、かつて野望に燃えた陳威信がこの世に生み出して残していった化物であった。
彼が死して後も、その研究は続けられ。再びその呪われた姿をこの地上の、しかも太陽の下にさらす日が来てしまったのだ。
だが、奴はなぜ外に出てきたのだろうか?
飛び出してきたというよりも、その見上げるような巨体をなにかに”ぶっ飛ばされた”かのようにして研究所の中から叩きだされた。そんな風に見えたのは、気のせいだったのであろうか?
そうではなかった。
気のせいではなかったのだ。
土埃が鎮まる中、スプリガンが飛び出してきたその研究所の砲を見やると凄まじい怒りの方向を張り上げる。
その怒りの矛先には、1人の姿があった。
マスク・ド・ドミニオン
アークシティのデュポン社が生み出した正体不明のヒーロー。
そのドミニオンが今、南国の明るい日差しにその鋼のアーマーを照らし出されて化物を余裕で見下ろしていたのである。
それはマキシマ事件から数カ月ぶりに世間に姿をあらわしたことを意味していた。




