第六章『壊れゆく平穏』
「……………………」
二人を家に連れ帰ってから既にどれくらいの時間が経過したんだろうか。少なくとも日は変わってしまっている。だけどそれだけの時間が経とうと二人は眠ったまま……意識無く、ベッドで横になっている。
「ナツユキ…………」
「リルフィ、まだ起きてたのか?」
「むー、こっちのセリフだよ、それ。ナツユキは何時までそうしてるの?」
桜渚の時とは違い、随分明るく積極的に話す様になったな……いや、むしろこっちが本来のリルフィの姿なんだろうな。
「…………さぁな。少なくとも――放置は出来ない」
二人が眠り続ける理由は後先考えず魔力を使って戦ったのもあるが、それ以上に――桜渚を消してしまった事による自責の念やストレスによる影響が大きい。だからと言って、俺もずっと俺のままで居る訳にもいかない。
「じゃあ、私も起きてる」
「無理に付き合わなくてもいいんだぞ?」
「ナツユキと一緒が良い」
プーッと頬を膨らませながら、床に座る俺に寄り添うように座り込んできた。この様子じゃ何を言っても無駄そうだな――仕方ない、無理はさせない気をつけておくか。
「……………………」
「……………………」
しばらく無言の空気が続く。理緒とアリルの寝息と俺とリルフィの呼吸の音だけが真っ暗な部屋に響き渡る。正直言って、俺ができる事は何もない。
ただこうやって傍で居る事しか出来ない事に不甲斐無さを感じる。もっと上手く出来たんじゃないのだろうか?
後の祭り――考えるだけ無駄なのは分かっている。だけど、それでも……悩まずにはいられなかった。
「ナツユキ」
「なんだ?」
「もう……どこにも……行かないで……すぅ……」
「…………あぁ、行かないさ。どこにもな」
気付けばリルフィは俺に寄り添いながら寝息を立てていた。ただ、寂しそうな表情をしながら、呟いたその言葉――どう返そうかと一瞬迷ったが、リルフィを安心させる為に俺はそう答えた。ただ一つ分かった事がある。
リルフィは俺の事を知っている――俺が知らない、俺の事を。だが、リルフィ自身も恐らく覚えていない。何があったかは分からないが、俺と同じく記憶喪失の類に蝕まれてしまっている……が、俺に会いに来たというのは確実な筈――
「ん…………ぁ……」
そう考えているとアリルから僅かな声が上がった。
「アリル、気がついたか?」
リルフィを起こさないようにそっと、ソファに寄りかかせ、アリルに近寄る。
「……………………ぁ」
「アリ…………ル……?」
アリルの意識が戻ってホッとした――だが、それは一瞬で崩壊する事になった。アリルのその目は光を宿さず、どこか遠くを焦点が合わずに見つめていた。
「アリル! 大丈夫か!?」
アリルの肩を掴んで揺すっても、されるがまま――何も反応せずにただ遠くを虚ろな目で見つめ続けるだけだった。
「………………」
俺のせいなのか? 俺が――アリルのあの一撃を壊して、アリルの信念を砕いてしまったからなのか?あれにアリルの信念が深く関わっているのは――思い付かなくは無かった。だから限りなく最小限に被害は留めた――そう思っていた筈なのに。
「………………た」
「え…………?」
自分のあまりにも力の無さで、不甲斐無さに行き場の無い怒りと悲しみを壁に叩きつけようとした瞬間、アリルは呟いた――
「消しちゃった…………私、たった、初めて、大切な友達…………守りたかった、桜渚――私の……光」
「アリル…………」
俺が信念を砕いたからじゃなかった。アリルは、友達である桜渚を自分の手で消してしまったと思っていたから。
あの、状況――そう勘違いをするなというのは無理な話だ。桜渚の中から見ていた俺も分かる。アリルは独りだった……でも、桜渚が話しかけて、笑うようになった。恐らくアリルにとっては桜渚はとても大切な友達だっただろう。だけどアリルは桜渚を自らの力で――だから、虚ろになってしまっているんだ。
(俺は…………俺には)
何が出来る? 今、ここで桜渚に戻るのもありだ。腰に携える魔力で形成したホルダーに収まりながらも輝く魔法武具を消してしまえば――済む話だ。だけどそれでいいのか? 俺自身は――
「アリル」
「ぁ…………」
考える前に気付けば、俺はアリルをそっと抱きしめていた。自分でもどうしてこんな事をしたかは分からない。だけど今のアリルはあまりにも儚くて、少し目を離すと消えてしまいそうで……だから――
「大丈夫。桜渚も俺も……傍に居る。だから心配するな」
「でも……桜渚……」
「大丈夫だ。桜渚もこの部屋で寝ている。俺が――守ったから、明日には元気になってるさ」
「…………う、そ」
「嘘じゃないさ。だからアリルも安心して眠れ――怖いなら傍に居てやるから」
「あ……う……ぅん……」
「辛かったな……でも、安心して眠って良いんだ」
「う……あっ……っ!!」
優しく頭を撫でると、アリルは声にならない声を上げて泣いた。こんな小さな肩に何を背負って、何を想って生きてきたのかは分からない。だけど、アリルが桜渚を大切な友達と心から想っていると考えると、かなりの苦労があったんだろう。
もしかすると、マーギアとしての信念や存在が関係しているのかもしれない。だけど俺には、アリルの事は何も知らないし、分からない。だから同情する資格なんて無い。でも、傍でこうやって受け止めてやるくらいは出来る。
「ん…………すぅ……」
五分くらいだろうか。それくらいアリルの手を握りながら頭を撫で続けたと思う。気付けば、アリルは先ほどとは違い、穏やかな表情で小さく安堵した寝息を立てて眠っていた。ふと見上げると机の上にある時計の針は三を指していた。
(さすがに眠らないと明日がきついな…………)
俺も二人と同じく、慣れない魔力を大きく消費してしまっている。だからそろそろ眠らないと本当に厳しくなってしまう。
(理緒の事も心配だけど……起きる様子は無いし、仕方ない――か)
俺もこの夜に、『すべき事がある』。その為に俺はそっと目を閉じて、意識を闇の中へ落として行く。もう一人の自分に合う為に――…………
「あれ……ここ、どこ?」
「ここは深層心理って言えば一番しっくり来る場所かな」
「え………………?」
「こうして会うのは、初めまして――だな、桜渚」
「え、っと……な、夏雪?」
辺りは一面真っ白な光だけが存在するただ一つの空間。そこには俺と桜渚が向かい合いながら立っている。
「聞かなくても分かるだろ?」
「そ、それは……そうだけど、いきなりこんな事になったら誰でも聞くと思うよ……」
そりゃそうだ。俺だって逆の立場なら間違いなく聞き返す。俺と桜渚は別の存在――でも、その根本は似た物同士だ。だから結局俺も桜渚も中身は変わらない。
「で、でもいきなりどうして……? それにここは……」
「ここはさっきも言ったとおり、深層部分。まぁ、例えるなら心とか魂とかがある場所と思ってくれ。で、いきなりどうして――だけどさ」
ここからが本題だ。恐らく桜渚は分かっても、気付いても居ない。だけど何故か俺はそれに『気付き、分かっていた』。それを桜渚に伝えなければいけない――それは、この先の未来を決める大事な事だから――。
「桜渚はこの先、マーギアとして戦い抜く気か?」
「え…………そ、それは……?」
「難しく考えなくて良いさ。ただ、言葉通りの意味だ」
「…………うん、戦うよ。皆が、友達が戦っているのに、私だけ日常を過ごす事なんて出来ない」
少し困惑していたが、俺の言葉を聞いて、真っ直ぐにハッキリと桜渚は答えた。そこには俺と似た、『信念』が宿っていた。だからこそ――
「魔法武具を使う事で、桜渚の存在が消えて行くとしてもか?」
「えっ!?」
そう、不思議と俺はこれに気付いた――いや、知っていたと言うべきだ。一つの身体に二つの意識と魂は入りきらない。元々、俺は眠っている存在だった。だから、桜渚はごく普通の存在で生活できていた。
だけど、マーギアとして魔法武具を使う事で、俺は目覚めてしまった。理由は分からない……が、少なくともマーギアとして戦い、強くなる度に、俺の存在は強く、濃くなっていく。となると行き着く先は存在の入れ替わり。桜渚という存在は消え、俺という存在に上書きされてしまう。
「魔法武具を使って、桜渚は俺を認識した。俺も目覚めた……というべきか。だけど、魔法武具を使う前はこうじゃなかった」
「この先、魔法武具を使えば私は消える…………?」
「……………………あぁ」
桜渚の質問に俺は静かに一言だけ返す。もし、ここで桜渚が消えるのは嫌だと言うならば、マーギアとして戦う事は止める。桜渚が、魔法武具を使った時に、意識を戻さず、理緒達に伝えるつもりだ。
不便な物で、それぞれ意識の入れ替わりのトリガーは片方だけしか出来ない。俺が表に出られるのは、桜渚自身の意志で魔法武具を使った時。戻るのは俺が魔法武具を消した時――つまり中に居る存在は、自らの意志で外に出る事は出来ない。だからもし、今ここで桜渚が嫌、怖いと言い、魔法武具を使う事をやめてしまえば……ある意味では詰みだ。
「それでも――私は、戦うよ」
返ってきた言葉は、ある意味予想通りだった。
「例え、私が居なくなったとしても……何もしないで、皆が傷ついて、私だけ残るだけの方がもっと嫌だから」
「もう、戻れなくとしてもか?」
「それが私の『信念』だから、迷わないよ。私は……繋がりを守る為に戦う」
やっぱり、桜渚は俺と変わらない。信念の強さも、想いも、戦う意味も――ただ違うのは性別とかそんなもんだけだ。だからこの行動も警告もある意味では無意味と分かっていた。
でも、だからこそ――俺は、桜渚を消してしまいたくはなかった。だけど、それは出来ない話だ。桜渚の決意は固い――そして俺も戦う意味は同じ。必然的に魔法武具を使う機会は多くなってしまう。
「あぁ、分かったよ。でも忘れないでくれ。魔法武具を使う事で桜渚の存在は薄くなっていくって事」
「心配してくれて、ありがとう」
今の俺の顔は豆鉄砲を食らったような顔をしているだろう。自身が消えると言うのに、お礼を言われるとは思わなかった。訂正しよう、桜渚と俺は似てるようで、似ていない。
「ははは……どういたしまして――かな?」
「ふふふふふ」
お互いしばらく向かい合いながら笑い合った。その距離は触れ合う事は無い距離――だけど、触れられない距離でも近くに居るというのはずっと感じられる。二心同体――まさに、この言葉の状況だった。
「悪いな、いきなり呼び出しちまって」
「うぅん、気にしてないよ。って、呼び出すって私にも出来るの?」
「自分の中に居る俺を深い部分で呼ぶようにすれば出来る……と思う」
「思うって…………」
いや、自分でも感覚的にやったから、そう言う以外に伝えられない……上手く言葉に出来ないものか。
「ま、まぁ、感覚的なもんだから、多分大丈夫さ」
「曖昧だよ…………一応、もしもの時が来たらやってみるけど」
「あぁ。こうして深層部分で会う事自体はそこまで問題は無いと思うが……何度もってのは危ないかもしれないから、注意しておいてくれ」
「うん、分かった。あ、夏雪」
「ん?」
何かに気付いたように桜渚は俺の名を呼ぶ。
「今日は、理緒とアリルを止めてくれて、ありがとう」
今日、二度目の『ありがとう』だった。
「どういたしまして。俺も桜渚と一緒の気持ちだったから、出来る事をしただけだ」
「もしかして、照れてる?」
「照れてねーよ! と、とりあえずもう遅いから俺は寝る!」
「ふふふふ、おやすみ」
「………………おやすみ」
そう言葉を交わして、俺は意識と共に存在を深い闇に落として行く。何となく、今日一日で桜渚に敵わないという概念が生まれた気がする――…………。
「ん………………」
朝日が部屋の中に差し込んでいるのに気付き、『私』は目覚めた。
「あ…………」
身体も服装も何もかもが元通りの『私』に戻っているのが分かった。どうやら、夏雪が魔法武具をしまった時点で、意識は『私』へと戻り、夏雪が使った魔力の服装変化も消失するみたいだった。
(………………寝てる)
まだ理緒とアリルの二人は眠ったままだった。幸いというべきなのか、少しは気持ちの整理と今後の事は考えられそうだった。
「…………朝ご飯、作りながら考えよ」
ジッとしていても、仕方ないし、今日は学校もある。いつもより起きる時間はまだ早いけど、起きて色々準備を終わらせておこう。それに……ジッとしているのは苦手だから――…………
「ん…………ふぁぁぁ……」
「あ! アリル気が付いたんだ!?」
十数分後、朝ご飯を完成させてから、洗濯や掃除の為に部屋に戻ってきたら、アリルが上半身を起こして、目を擦っていた。
「え…………さ、桜渚…………?」
「…………? 私だけど?」
「う、嘘……で、でも昨日……」
「それは――」
「ん……桜渚…………っ、桜渚!?」
説明しようとした所で、理緒が目覚めて、私に飛びついてきた。
「わぁっ!? り、理緒!? いきなり危ないよ!? っていうか、朝からどこ触ってるの!!」
飛びつくと同時に理緒の手は私の胸へと伸びている。朝から女の子セクハラされるなんて、誰が予想できるの!?
「生きてる…………嘘、……」
「……………………理緒」
「…………アリル」
理緒の信じられないと安堵の二つの感情はアリルの視線で一瞬で消え去ってしまった。それはアリルも同じ様で、今ここで戦わんというばかりの一色触発状態だった。
「ちょ、ちょっと二人共!! 落ち着いてよ!! 昨日、何があったか分からないけど、友達同士でいがみ合ったり、戦う事無いでしょ!?」
二人の間に割って入ってなだめる。そうでもしないとまた今日も戦いかねない所か、ずっとすれ違ったままになってしまいそうだったから。
「邪魔しないで桜渚。アリルは……私を、桜渚を倒そうとした。私は、守る為に敵対する相手は全部倒さないといけないの」
「…………貴方が居れば、桜渚が辛い目に合う。だったら……私は――」
「いい加減にして!!」
「さ、桜渚……?」
「っ!?」
私の叫びに二人は怯んでいた。叫びには本気の怒りを乗せて二人に届いたのか、困惑を浮かべていた。
「なんで……何で!? 友達同士でしょ!? なのに、どうして二人共そんな事言うのよ!! 例え、倒そうとしたとしてもお互い理由があったからでしょ!? どうして理由を聞こうとしないのよ!!」
「………………ごめん。私、帰る。学校もしばらく行かないから――何かあったら連絡して」
「理緒っ!!」
私の制止を無視するように、理緒は部屋から出て行ってしまった。その背中には迷い、後悔と……決意が感じられた。
「理緒…………」
「…………っ、ごめん……なさい」
「あ、アリル?」
気付けばアリルは私の服の裾を掴みながら、泣いていた。
「……桜渚に…………隠し事した。桜渚、傷つけた…………ごめん……なさい」
アリルは泣いて、震えていた。昨日、夏雪がアリルの手を握りながら傍に居た時と同じ様に。ずっと、『中から見ていた』から分かる。アリルは……自分が誰かを傷つけてしまったという自責の念に覆われてしまっているんだ。
「…………ねがい……お願い……嫌わないで、捨てないで」
「………………」
アリルの嗚咽に混じって聞こえた言葉――それは一種の脅迫概念に感じられた。アリルは何よりも私が離れる事を怖がっている。今、ここでアリルを突き放してしまえば、確実にアリルは壊れてしまう。
「……っ、ぁ……桜渚……」
だからそっとアリルを抱きしめた。不謹慎ながらも可愛いと思ってしまったのは、私の中に『夏雪』が居るから。今までずっと、
変な感情が浮かんできたのは夏雪が私の中に居る――つまり男の子としての意識があったからだ。だから変に誤解することも多かった。今だって男の子としての意識や感覚が薄く残留しているのか、可愛いと思ってしまっている。だけど、私は今は――『桜渚』というアリルの一人の友達として抱きしめる。
「嫌わないよ。アリルは、アリルじゃない。例えどんな隠し事があっても、アリルはアリル。だから捨てないよ」
「…………っ!!」
「私だって、アリルと一緒だから……」
「い……っしょ?」
「マーギア――そう呼ばれる存在だから。だから、アリルの事は怖くないし、嫌う事も無い」
「…………ぁ、桜渚……う、っ……あああああああああ!!」
アリルは胸の中で泣いた。夏雪の時とは違って、自分を押さえ込まずに、声を上げて胸の中で泣き叫んだ。アリルはずっと誰かにそう言って欲しかったんだろう。
確証は無いけれど、間違いでもない。だからずっと、ずっとアリルが泣き止むまで抱きしめて、頭を撫で続けた。安心させるように、今までアリルが抱え込んでいた闇を流すように――…………。
「いってきます」
いつもは二人、だけど今日は三人になって、家から出発する。あれから、数分後、アリルは泣き止んだけど、恥ずかしかったのか真っ赤になって更に塞ぎこむ結果となった。
泣き声でリルフィはいつの間にか起きていたのか、アリルに良い子良い子をして更に悪化してしまって……流れを変えるように朝ご飯を食べる事にした。その結果は大成功で、今となってはある程度アリルは復活していた。
「アリル、大丈夫?」
「…………うん。その、朝ご飯、ご馳走様でした」
「それ、さっきも聞いたよもう……お粗末様でした」
「アリルー、良い子良い子」
「リルフィ……それ、止めてあげて」
「えー」
えーじゃないよ……というかリルフィ、本来こっちの性格っぽい? 今まで大人しかったのが夏雪と会えて、随分と表に感情を出すようになった。無邪気で考えなしなのは変わらないけど……こっちの方を改善して欲しかったよ。
「あぅぅ…………」
「ほら、アリル恥ずかしがってるんだから」
「むー、ナツユキのケチ」
「ぶふっ!!」
「ナツ……ユキ?」
思わず呼ばれた名前に噴出してしまった。というかリルフィに何も説明してなかった!!
「ちょ、ちょっとリルフィこっち来て!!」
「わぁぁっ!?」
返答を待たずにリルフィの腕を引っ張って、アリルから少し離れた場所に移動する。
「私は桜渚だからね? 夏雪じゃないからね!?」
「でも、桜渚は夏雪で、夏雪は桜渚で……あ、あれ?」
リルフィにはまだ理解しきれていないみたいだった。とは言うけれど、私だって当事者じゃなかったらリルフィと同じ感じにはなると思う。
「と、ともかく! 私の時は桜渚だから、桜渚って呼んで!!」
「う、うん……分かった、サナ」
凄みで怯んだのか、リルフィは文句を言わず納得してくれた。というか説明しても理解出来なさそうに見えるから、問答無用で納得させるしかなかった。
「…………桜渚、ナツユキって誰?」
「あ、えっと、それは――」
いつの間にか、傍に来ていたアリルから質問が飛んできた。その辺の事もハッキリとどうするかは考えていない。ただ策が無いと言う訳じゃなかった。
「ナツユキはね――むぐぐぐ!?」
「昨日、アリルと理緒を止めた人だよ!!」
何かを言いかけたリルフィの口を塞いで黙らせる。多分、とんでもない事を言いかね無い。一度リルフィにはしっかりと言っておかないと……。
「…………あの男の人?」
「う、うん! 私もその人に助けられたんだ。アリル達を運んだのもその人なんだよ」
嘘は何一つ言ってない。実際、事実の事を話しただけだしね。ただそれがある意味では私自身でもあるから……ちょっと微妙な気分にはなってしまう。
「……そうなんだ」
「むぐぐぐー!!」
アリルは少しだけ照れ笑いを浮かべた。リルフィは相変わらず夏雪に反応してるのか、口を塞がれていても暴れ続けた。
「アリル? どうかしたの?」
「…………昨日、その人に……え、っとや、優しくされて、その」
「へ、へぇ~そうなんだ……」
確かに優しくしてたけど……まさか、アリル、夏雪の事気になりだしてる? なーんて、まさかねぇ……?
「だ、だからいつか、お礼言いたい」
「…………うん、そうだね。いつか、その内言えると思うよ」
多分、それは近い内になると思う。少なくとも、マーギアとして戦い続ける内は今、そうなってもおかしくはない。だから私も、覚悟はしておかないといけない。いつか、私と夏雪はある意味同じ存在だという事を知られてしまう覚悟を。
「むぐぐ……ぷはぁ!! サナ……いきなり酷い」
拘束から解かれたリルフィが頬を膨らませて抗議してきた。
「…………後でちゃんと説明するから」
誰かが居る前で夏雪の話題を出すのも触れさすのも釘を刺しておかないと大変な事になりかねないよ……本当に――…………。
何も変わらず時間は時を刻んで行く。だけど、その中は大きく変わってしまった。ちょっと前までは楽しかったお昼休み。
つい先日、皆でお昼休み、木陰が出来る木の下でお弁当を食べあった日々。それはまるで夢のような時間だった。夢のよう――本当にそう言うしかなかった。たった数日前までは皆で笑って、過ごしていたのに、今ではバラバラになってしまっていた。
「………………」
お昼になって、中庭に出て皆と一緒に居た木陰の下でお弁当を広げる。だけどそこにはいつもの陽気な雰囲気はなく、ただしんみりと、寂しい雰囲気を漂わせながら、三人でお昼を過ごしていた。
「サナ…………大丈夫?」
「うん……大丈夫」
リルフィが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。口では大丈夫とは言っても、自分の中では相当参っている。理緒はあれから携帯で連絡しても繋がらない。
遠山君は学校を休んでいた。遠山君だけでも居たら助かった――と思うと同時に居なくて良かったとも思えた。今ここで遠山君が居ても、ただ迷惑を掛けてしまうかもしれないから……。
「…………私の、せいだよね。私が居たから……」
「違うっ!! アリルのせいじゃない……アリルも理緒も、退けない理由があったから――だから、誰も悪くないよ」
自分を責めて追い込む、アリルの言葉を強く否定する。誰かが悪いわけじゃない……ただ、生きる為に、『信念』を元に行動した結果がたまたまこうなっただけ。だからアリルが悪い事も、理緒が悪い事も無い。それを責めるなんて、言語同断。
「ごめん……私、早退するね」
「あ、アリル……?」
「ちょっと……気持ちの整理、つけたいから。ありがとう、桜渚、リルフィ」
そう呟いて、アリルはお弁当を仕舞って、立ち上がり、この場を後にして去っていく。本当だったら私はここで声をかけて、止めるべきだった。でも止められなかった。
ここでアリルを呼び止めても、アリルの気持ちを混乱させてしまうだけ。最悪、傷つけてしまう。違う……こんなのは建前だ。私自身、まだ混乱しているから。昨日の戦いは想像以上に皆に深い傷を残してしまっていた。
「サナ……アリル……」
「………………」
どうしてこうなってしまったの? どうして、友達同士で傷つけ合わなきゃいけないの? こんなのおかしいよ。『信念』のまま戦う為にマーギアとなる。だからマーギアは『信念』の元、行動する。だけどその結果――守りたい物も守れず、誰かを傷つけることになるなら……そんな力、要らない。
でも、こんな願いも虚しく消えてしまう。マーギアとして生きる限り、リルフィが隣に居る限り、私はマーギアとして戦い続けると決意した。待っているのは結局、傷つく事。負の連鎖。
(私は……この先、どうしていけばいいの?)
その答えの先は昨日、夏雪が戦闘の後に思った事よりも、見えない答えだった。
「……メール?」
そんな時、ふとポケットに入れてある携帯が一瞬だけ震える。
「誰からメール?」
「ちょっと待って。今確認するから」
もしかしたら理緒、もしくはアリルからメールなのかもしれない。そう期待して携帯を開いたディスプレイには予想外の人物からのメールだった――…………。




