第三章『覚醒する意識』
「ふぁぁ…………」
「サナ、おっきい、口―」
「へ? あ…………!!」
チャイムが鳴ると同時に気が抜けたのか気付けば大きな欠伸をしてしまってた。
「桜渚がそんな風に欠伸するなんて珍しいね」
「あ、ぅ…………」
何も言い返せなかった。自分でも分かるけど、あの日から随分と気が抜けているみたい……あの日とは勿論、数日前の倉岡との戦闘。あの後、倉岡は理緒の本家へと連行され、裁かれるとの事。どう裁かれるとは知らない方が良いのは一目瞭然だった。
「ま、桜渚がそんな風になるのも分かるけどね」
理緒は分かっている。今までずっと気を張りながら、特訓の日々。寝る時はまだマシだったけど、完全に気が休まる時は無かったに等しい。
だけど今、目に見えて襲ってくるという事実が無くなったから、油断とは行かなくてもかなり気が抜けている事を。
「…………ごめん。なるべく元に戻す様に努力する」
「頼むわよ。さすがに油断しっ放しで闇討ちされましたー、とか洒落にならないからね?」
ふざけて言う理緒だけど、その言葉はしっかりと強い物だった。何だかこういう理緒も珍しいな……真っ直ぐすぎるから、不器用って感じ。
「ふふふ、分かった」
「あ、何笑ってるのよ!?」
「別にー?」
「むー……!! 桜渚の癖に生意気な!! 吐け! 吐きなさいよー!!」
「わわぁぁぁっ!? ちょ、ちょっと理緒!! ここ教室!! 教室だからーー!!」
二つの手が体に伸びてきて、横腹や脇を擽って来る。そのどさくさに紛れて胸にまで手が伸びて来ている。
「やれやれ、相変わらず騒がしいね、二人共」
「だって、裕也聞いてよ!! 桜渚が生意気なのよ!!」
「はぁ……はぁ…………」
「サナ、大丈夫?」
「う、うん……大丈夫」
な、何とか理緒が遠山君に向かって行く隙を狙って拘束から逃げ切った……うぅ、公衆の面前で理緒に生意気という理由だけで変な事されちゃったよ……。この理不尽、どうしてくれようか。
「そういえば最近は、急いで三人で帰らなくなったね。用事は終わったの?」
「あ……あぁ、用事ね! 数日前に終わったばかりよ」
「そっか。てことはこれからはゆっくり出来るんだ」
用事――それは理緒との特訓兼リルフィの護衛だ。周囲には私の家の事情に関係して、理緒の家が手助けうんぬんというややこしい事情を作り上げて、一言に『用事』と話してある。
というか理緒……今まですっかり忘れてたって反応だったよね!? 言い出しっぺの本人が忘れてるってどういうことなのよ……。
「あ、うん。しばらくは大丈夫だと思う」
「また忙しくなったら言ってくれれば、出来るだけ手伝うよ」
「うん、ありがとう遠山君」
「いや、これくらいお安い御用さ。っと、かっこつけたけど、実際手助けしたくてもこれくらいしか出来ないからね……」
「と、裕也は桜渚の好感度を稼ぐわけね」
「「好感度!?」」
「こーかんど?」
理緒の発言に私と遠山君が同時に突っ込んだ。リルフィはいまいち分かって無さそう。これで分かっていたら…………原因は理緒しか考えられない。
「僕は別にそんなつもりじゃないよ!?」
「んー、だけど周りはそう思ってないみたいだけどね?」
そう言われて周りを見ると、数々の鋭い視線と何だかよく分からないけど凄い気迫?がこっちへ向かって来ていた。その大半は遠山君が矛先だった。
私に来ているのは…………よく分からないけど、見つめられているのは分かる。
「そ、そうだ!! 剣道部のミーティングがあったんだった! 僕はこれで!!」
そう言って一目散に飛び出るように鞄を持って、遠山君は教室から飛び出していった。何となく気持ちが分からなくはなかった。私だってあんな風に矛先が来たら……逃げたくなる。というより現在進行形で逃げ出したい。
「裕也の奴、逃げたわね」
うん、私も逃げ出したいよ。
「サナ、こーかんどって何?」
「えーっと、リルフィにはあまり関係の無い事だよ」
「ふーん、そうなんだ」
好感度と言われても、説明しろと言われたら難しい。そもそも好感度は好意の度合いで、それを稼ぐって言っても……ね?
「あ、そうだ! 忘れてた!!」
リルフィの質問の答えを誤魔化していると、理緒がいきなりハッと思い出すように叫んだ。
「リルフィ、今から私と一緒に家に来れる?」
「リオの家?」
「ちょっと理緒、どういうこと?」
「実は……――」
倉岡を引き渡した時、理緒は本家からリルフィを連れて来るように言われたらしい。マーギアにとって至高の存在――その理由を知りたいとの事だ。言うなれば検査や実験をするという事だった。
「………………私は、そういうの嫌」
「うん、私も嫌だよ」
「だったら!!」
リルフィの事でつい強く叫んでしまった。どうも私はリルフィの事になるとムキになるというか、自分を見失いかけてしまう。それが何故かは分からないけれど。
「でも、もし勘違いだったらこっちの動きも変わってくるの。リルフィも桜渚も、もう危ない目には合わなくなるかもしれない」
「それは…………」
確かに理緒の言う事はもっともだ。リルフィが狙われているから、私はマーギアとして戦っている。だけどそれが勘違いでリルフィが狙われなくなれば、私がマーギアとして戦う事もなくなる。
理屈ではそう分かっている。でも今は――私は色々と知ってしまった。例え私とリルフィが教われなくなって、戦わなくても済んだって、理緒は戦い続ける。友達が傷つきながら戦っているのに、私だけ安全に過ごすなんて――もう出来ない。
「桜渚が色々考えてるのも分かるよ……桜渚、優しいからね。でも私もリルフィの事が知りたいの。この先、どんな相手が来るかも分からない。だから検査だけでも――って、私は考えてる」
「………………」
「……実験みたいな事はさせない。私の信念に誓ってみせる」
信念に誓って――それはマーギアとしての生きる意味を掛けるという事。分かってはいる。理緒がそんな非道な事をさせるわけがない。でも自分の中で納得が中々いっていないのもまた事実で…………。
「サナ、私、リオと行くよ」
「リルフィ……」
「リオは友達、だから大丈夫だよ!」
「………………分かった」
リルフィの言葉を聞いて、少しだけ悩んでそう答えた。
「理緒、リルフィをお願いね」
「分かってるって。命に掛けてもちゃんと守るよ。それにリルフィは桜渚と一緒じゃないと満足しないみたいだしね」
「うん! 私、桜渚と一緒が良い!!」
「あはははは!それじゃ、行って来るね。夜には一緒に戻ると思うから」
「またね、サナー!行ってきまーす!!」
手を振りながら出て行く二人に、手を振り替えして笑顔で見送った。理緒の本家にどんな人が居るかは分からないけれど……理緒が一緒なら安心だよね。そう自分に言い聞かせながら、鞄を取る。
(遠山君も理緒もリルフィも行っちゃったし、今日は大人しく帰ろうかな)
そう思って、教室から出ようとした時にふと目に入った輝く銀の髪――放課後で賑わっている教室でも、その周り静寂が存在していた。髪がそよ風に揺られながら、席に座って本を読むアリルの姿は神秘的だった。
「………………」
ただ黙々と本を読み続けるアリル。その姿は美しいと同時に寂しいとも思えてしまった。だから私は気付けば声を掛けていた。
「アリル」
「…………?」
本から少しだけ顔を上げて、視線をこちらに向けてきた。それは僅かな動作だったけど、それでも綺麗と素直に思えた。
「あ、えっと…………何の本を読んでるの?」
無意識に話しかけてしまって、話題がすぐに見つからず無難に目の前に転がっている話題を拾い上げた。アリルの両手にある本――タイトルは日本語でも英語でもなく、分厚い本で、黒めの赤い色で覆われていた。
「生まれた場所の……本――『Verbindung Gluck』。日本語で『幸せの繋がり』」
「幸せの繋がり――何だか、良いタイトルだね」
「桜渚も、そう思う?」
「え、うん。何だか優しい感じがして」
思わぬアリルの返答に私はキョトンとした。だからそのまま思った事を言った。
「この本、幸せはどう繋がっているとか、どう……出来るのか、書いてる哲学本」
「そうなんだ……………………」
聞きながら本の頁を見たら、全てドイツ語だった。それはもうびっしりと詰め込まれていて、読むのにはかなりの労力と時間を必要そうだった。
「…………む、難しそうだね」
「でも、良い本…………――」
「え?」
良い本の後にアリルは『いつか、私も……こんな風に』と呟いたのが聞こえた。その言葉は無意識に出たのか、アリルは気付いている様子は無かった。
「アリルは本好きなの? ずっと本読んでるけど」
「好き……本は、広い世界。色んな世界が見れるから」
どうしてだろうか。アリルの言葉は一般的な言葉で何も変わった風には思わない。だけど私はそれが『孤独』という風に感じられた。だから気付けば口を開いていた。
「ねぇ、アリル。良かったらだけど一緒に帰らない?」
「…………え?」
その言葉にアリルは驚いた表情を浮かべていた。勿論私も内心驚いていた。この短期間で無意識に言葉を紡いでしまっている事実に。
別に悪い事じゃないけれど……気味が悪い――と例えるのが一番近い。でも、アリルは何だか放っておけない子――無意識に言葉が出るのも仕方ない一面もあるかもしれない。
「…………私と?」
「うん。ずっと教室で話すのも良いけれど、もう放課後だし話しながら一緒に帰らない?アリルが良かったらだけど」
「……………………うん」
数秒迷っている雰囲気だったけど、アリルは頷いた。
「良かった。じゃあ、帰ろうか
そうしてアリルと教室から出て、夕焼けに染まる町を二人で歩いていた。ここで一瞬『デート』とか『カップル』という単語が浮かんできたのは、もう私がダメな証拠なのかもしれない。
「………………」
「………………」
帰り道、夕焼けによって伸びる二つの影。その二つの影は隣り合っていて、片方が少し小さく揺れていた。揺れる影を見て、やっぱり『寂しい』と思った。だけど今はそれが揺らいでいる――
「ね、アリル」
教室から出て既に十分近く無言が続いた帰り道――私はその静寂を打ち破った。
「アリルは、学校楽しい?」
「どういう、こと?」
「そのままの意味だよ。学校に通っててその、楽しい?」
「…………………………」
その質問にアリルの答えは返って来なかった。でも私は知りたかった。アリルと居て『寂しい』、『孤独』という物を感じられる原因を。
アリルとは友達――友達とはやっぱり楽しく過ごしたいから。
「私はさ、楽しいよ。理緒のバカで気苦労するし、遠山君は助けてくれないし…………でも、楽しい」
「………………」
「アリルはどう?」
「……………………分からない」
「そっか――……だったら、アリルも一緒にバカしない?」
「バカ……?」
「単に私、理緒、リルフィ、遠山君と一緒にお話したりするだけ。数日前、一緒にお昼食べた時みたいに」
「…………でも、私。口下手だし、こんな外見だし……それに――」
「そんなの関係ないよ」
やっとだけど、何となく分かった。アリルと居て、『寂しい』と思う理由。アリルは自分の事で諦めている。でも夢を見ている――誰かと一緒に居たい、話したいという。だから言葉の節々から『寂しい』という雰囲気が感じられるんだ。
でも、本当の所はまだ深い場所にある――そんな確信があった。でも、今はその一角だけでも分かっただけで十分。
「少なくとも私はそんなの気にしないよ。友達同士、そんな事気にしても仕方ないでしょ?」「友…………達?」
「私はアリルの事、友達って思ってるよ。アリルはどうなのかな?」
「………………私は――友達がいい。また、お昼……一緒に食べたい」
「うん、じゃあこれから誘うから一緒に食べようか」
「………………ん」
アリルの顔が赤いのは夕焼けのせいじゃない。だって一度だけ見た、小さな笑顔――それよりも楽しそうに笑っていたから。
「…………あ、私の家、こっちだから」
「そうなんだ。休みの日、遊びに行ってもいいかな?」
「うん……桜渚も皆も、歓迎」
「皆って……理緒が来たら大変だと思うよ」
「騒がしくて……楽しいから良い」
柔らかく、楽しい。素直に言葉からはそう感じられた。もう寂しいという物はそこからなくなっていた。
「…………どうなっても知らないよ?」
「…………ある意味、楽しみ。桜渚、また明日」
「またね、アリル」
お互いに手を振りながら、交差点で二つの影は分かれて行く。だけどその姿は先程とは違う影に感じられた。
「アリル…………か」
色々あったのかもしれない。だから私は友達として、楽しく過ごしたい。ずっと――それが私のマーギアでもない、ただの普通の学生としての信念だから――…………。
「これから楽しくなるといいなぁ……」
気付けばそう呟いていた。アリルから別れた帰り道、辺りは日が落ちて、薄暗くなってきていた。今日の出来事でアリルとの距離は随分と近くなった。
まだ完全とは言えないけれど、寂しいというのは無くなった。ここからもっとアリルと仲良くなって、本当に楽しい付き合いをしていきたいな。
「あ、そう言えば何時頃帰ってくるか聞いてない……」
確か理緒とリルフィは夜頃帰るって言ってたけど、何時頃の夜なんだろ?二十三時とか深夜帯に近い時間だと、三人分の晩御飯作っても勿体無いし――って、つい癖で理緒の分まで計算に入れてしまってる……もう生活は元に戻って、私も理緒も自宅で過ごしている。
だからリルフィと私の分だけで二人分。二人分なら作っても明日の弁当にすれば大丈夫。となると、早く帰って支度しなきゃね。
「っ…………!!」
そう思って足を進めようとした瞬間、気配を感じてそこから後ろへと飛び退く。そのまま足を進めていれば、その先には幾つかの軌跡が走っていた。理緒との特訓が無ければ今頃私は三つくらいに体が別れていた。
「チッ……ただの学生かと思えば、違うか。まぁ、出なければあいつと共に居る訳ねーか」
「誰!?」
複数の軌跡が消えるのを追う様に一人の男が出てきた。ひょろひょろとした体格で、パッと見だと病気なのかと思えるくらい細身の男性。だが見た目からして歳はそこまで離れている様に見えず、二十代くらいだろう。
その細身の両腕にはキラリと輝く銀色の鋭利な刃物――ナイフ。それも刃面がギザギザとしている、サバイバルナイフが握られていた。
(…………っ!?)
リルフィが居ない時に!? いや、リルフィを知っている口振りでさっきの言い方――狙いは私!?
「俺の名は上杉キリヤ……まぁ、しがない殺人鬼さ」
「上杉キリヤ…………!?」
聞いた事がある。何年も前――日本を脅かした大量殺人犯。学生ながらも実名報道されていて、一時期はかなりの有名人だった。だけどある時、パッタリと殺人事件も止み、彼の消息も無くなった。
「居なくなった筈じゃ…………」
「あぁ、一時期はな。姿を変えながら外国へ行ったりたっぷりと『この力』で楽しませて貰ったぜ」
そう言った上杉の中からは力が感じられた。それは私や理緒にもある物――魔力だった。
「まさか…………マーギアに!?」
強い信念の元に生まれるマーギア。つまり上杉は信念があった。それは何となく分かる――『殺し』だ。その強く、純粋な想いがマーギアになったんだろう。
「この街じゃ、俺と同じ力を持った奴が戦ってるって言うじゃねーか。それで、お前と一緒に居る娘は手に入れたら至高の存在らしいしな。だったらもっと強い、激しい、殺し合いをして、その娘も手に入れてやるよ!!」
「くっ…………!」
咄嗟に直剣を形成し、目の前に掲げる。それと同時に直剣に衝撃が走り、辺りに金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、火花が散る。
「ははっ!! そうじゃねぇとな!! 面白くねぇっ!!」
「ぐっ!?」
上杉は拮抗し合う直剣に向かって飛び上がり、そのまま直剣を蹴り飛ばし、跳躍する。その反動でバランスと防御が崩される。
「おらぁっ!! 足掻いて見せろよぉ!?」
「っ……させ、ない!!」
バランスが崩れ、後ろへと倒れこむ体をそのまま自らの意志で地面へと近づける。地面に付く寸前、片手を地面に付き、バック宙の要領で後ろへと飛び下がりながら、直剣を振り上げる。予想外だったのか、それとも余裕からの油断だったのか。直剣はそのまま上杉の頬を切り裂いた。
「っ……自分の血を見たのは久しぶりだな……面白ぇ。殺し合いはこうじゃないとなぁ!!」
狂ってる――そう言う他無い。上杉は殺人という行動に魅入られている。だけど、だからこそ――その純粋すぎる想いが信念となり、マーギアとなった筈。
彼に取っては殺人は自分を満たす欲求行動であり、楽しみだ。故に狂っている。
「……………………」
だからこそ、私はどうにかして逃げなければと考えている。純粋な殺人鬼――言い換えれば多くの戦いを生き残ってきたという事になる。つまり圧倒的に経験がある。
それに対して私は素人同然。マーギアとしての特別な突出している能力もあるわけじゃない。『魔具形成』は思う武器の形成――つまり自由な戦法を取れる。しかし、今のこの状況だとアドバンテージになる事は無く……つまり、勝ち目はほとんど無い。
それに、殺人鬼相手に真正面から戦って勝てるとは到底思えない。だから何とかして活路を見出さないと!!
「これでもっ!!」
片手にハンドガンを形成し、こちらへと向かってくる上杉へと発砲する。
「へぇ、それがお前の能力ってわけか――だがよ、甘ぇんだよっ!!」
「なっ――!?」
信じられなかった。上杉は回避する事も、防御する事も無かった。発射された魔法弾を『斬ったのだ』。それは刃に触れた瞬間、光の粒子も残さず、消え去った。
「驚いてる暇はねぇぞ!?」
「っ……!! この!!」
数発、魔力弾を撃ち、直剣で斬りかかる。しかし、続いて予想してない事態が目の前で起こった。
「そんなっ……!?」
確かに私の手には武器があった。だけど上杉がナイフでそれを弾いた瞬間、直剣は跡形も無く消え去った。
「そらあぁっ!!」
「かはっ…………!!」
お腹から、体全体に衝撃と熱さが走り抜ける。予想外の事態で頭が追いつかず、その上防御する手段を失った私は、上杉のナイフに刺されて、そのまま十数メートル程蹴り飛ばされた。
「ごほっ……つぅっ……!」
あまりの痛さに体から汗が吹き出てくる。その上、上手く力が入らず立ち上がることも出来なかった。
「どうだ? これが俺の能力――『存在解体』だ。触れるもん、何だろうと殺す、消す、死なす。自分の能力が殺されるのは初めてか?」
見下ろすような口調で言葉を投げかけてくる。その声は楽しみを帯びていて、『能力を教えてやった上、待ってやる。だから早く立て』と言わんばかりだった。
「くっ……ぅぅ……!!」
斬られたお腹を押さえながらフラフラと立ち上がる。押さえている手の中からは鮮血が流れ落ち、止まる事が無く、手と制服を赤へ染め上げて行く。
「はっ、その程度じゃねぇだろ? とっとと出せよ、てめぇの魔法武具とやらを」
魔法武具――私には無い物。むしろ能力が魔法武具でもある。だけど上杉がさっき言った能力――理緒と同じ能力だ。
触れた物全てを破壊する能力――つまるところ、私は防御も出来ず、攻撃も出来ない絶望的状況。でも諦めるつもりは無い。私はまだこの足で立っているから――立てるから!!
「っ…………!!」
傷口に魔力を注ぎ、自然回復力を増加させると同時に出血を止め、神経を鈍らせる。応急処置ではあるけど、これで幾分かマシになった。
「まだ目が死んじゃいねぇか。やっぱ最高だな、この街は。今まではすぐに命乞いや諦めた目になりやがって張り合いがねぇ――お前は楽しませてくれるよなぁ!?」
「っ!!」
直剣を再度形成し、待ち構える。上杉の能力はあのナイフに触れなければ効果は発揮されない。つまりナイフに当てず、上杉に直接攻撃を当てればまだ勝ち目はある。
だから直剣をあえて殺させから、再度武器を形成し、カウンターをする。肉を切らせて骨を断つ――私が勝つ手段はここしかない。
「おらぁぁっ!!」
「させない!!」
振り下ろされるナイフを直剣で防御する。その瞬間、直剣は跡形も無く殺される――チャンスは今っ!!
「そこよっ!!」
防御を破り、体へと振り下ろされるナイフを体を捻って避ける。そして、その流れの道中でナイフを形成し、上杉へと突き立てる。
「ぐっ……!?」
攻撃だけに意識を専念させていた上杉は成す術も無く、同じように横腹にナイフが刺さり、肉を斬られる事になった。
「………………!!」
生々しい、人の肉を斬る感触が腕に残る。その事実に今までに無い激しい嘔吐感に襲われるが必死に耐える。ここでやらなきゃ、私は死ぬ。そうなったらリルフィも理緒も――!!そう強く思い込み、耐え続けた。
「ははは……てめぇ、やるじゃねぇか――合格だ。本気を出してやるよ」
「え…………!?」
本気じゃなかった!?まだ手加減していた!?動揺する私の前で上杉は二本のサバイバルナイフを構える。
「唸れ――『暗殺の双剣』。共に、最高の殺しをしようじゃねぇか」
上杉の周囲に力が集まって行くのが感じられる。そして直感で思う――『あのままだとダメだ。彼にあの能力を使わせてはダメだ』と。
「…………させないっ!!」
片手のナイフを投げて、そのままの流れのまま残ったナイフを手にし、上杉へと跳躍する。その切っ先が触れる瞬間、上杉は呟いた――
「『瞬間高速』」
「あっ……っぁ……!」
次の瞬間、ナイフは二本とも消失し、体の数箇所から熱さが発生する。それが全てナイフで斬られていると認識するのには数秒掛かった。その痛みに抗う事も出来ず、地へと倒れこんだ。
(何が……起こったの……?)
ナイフを振るい、投げて、共に上杉へと命中する。どんな達人だろうと、あの体制から防御は出来ても回避するのは難しい。だけど気付けば上杉は構えを解き、立っていた。代わって私は数箇所斬られていた。
「はっ……そら、いくぜぇっ!!」
「うっ、ぐっ……かはっ……!!」
そこからは圧倒的だ。まるで人がゴミに対して嬲り遊ぶ様に私は知らぬ内に斬られ、出血と痛みが増え、激しくなる。上杉の表情はそれに比例する様に楽しみ、快感を帯びていった。
既に出血多量なのか、意識も朦朧として、立っている事が不思議だった。いや、立たされているというのが正しかった。
「…………………………」
もう言葉さえも出ない。痛みも段々薄れていく。
死ぬ――こういう感覚なの? 私、こんな所で死ぬの? 嫌だ……死にたくない。私はまだ生きなきゃいけない。もう誰も残したくない――守れないまま死ぬのは嫌だ!!
『――戦うかい?』
薄れる意識の中、声が聞こえた。その声はいつか聞いた懐かしい声――。
『守る為に、生きる為に戦う力が欲しいかい?』
欲しい。みんなを守る為に――私はこんな所で死ねない。言葉は出ない……だけど強い意志で私はその声に答える。
『――それは君の意志かい? ただ同情や欺瞞、上辺だけじゃないのか?』
意志が届いたのか、声はそれに言葉を返してきた。だから私は強く返す――私の信念を掛けての意志だと。
『…………例え、力を手に入れれば君自身が、消えるとしてもか』
今までとは一際違う、強い口調で帰ってきた。消える……それはどういう意味なのかは分からない。
『このままでも、君は死なない。絶対に。だけど、君は犠牲にしてでもこの力を欲するのか』
――それでも、私は守りたい。リルフィを、理緒を友達を。だからっ!!
『…………それが君の信念か。なら俺に言える事はもう無い――これも導きなのか、決められたことなのか――』
最後の言葉は聞こえなかったけれど、誰かの名を呼んだ事だけは分かった。
『君に力を――』
その声を最後に、私の意識は浮き上がって行った――
「はっ、これで終わりだっ!!」
目の前に上杉がナイフを構えて向かってくるのが目に入る。意識が目覚めていったのか、それとも辺りが遅くなったのかは分からない――だけど、一瞬だけ捉えた上杉の速さは普通じゃなかった。
高速――目にも止まらない速さだった。上杉の能力、『瞬間高速』は魔力での強化で瞬間的に目に止まらない速さまで加速する能力なんだろう。
「なっ……がはっ!!」
だけど、私はそれを避ける。そして上杉を蹴り飛ばし、距離を取る。あまりにも予想外だったのか受身を取る事無く、上杉は地に伏せた。
「……………………」
右手に力が宿っているのが分かる。それは今まで私には無かった存在――守る為に戦う……その為にこの力を使う。そして……『もう二度と失わない為に』
「魔法武具――『心を映し出す剣』」
そう呟いた瞬間、光に包まれる。光は一瞬で消え去り、辺りには暗闇が再度舞い戻る。その中で、私の手の中には今まで使っていた直剣と同じ大きさ、形の剣――白く明るい剣があった。
「…………行くよ!!」
待ちはしない。油断もしない。地に伏せて立ち上がろうとしている上杉に切りかかる。速い――今までとは違う体の反応、速度だった。体の傷も知らぬ内に癒えて――いや、無くなっていた。
「ちっ……舐め……!?」
互いの魔法武具がぶつかり合う。本来なら上杉の能力で殺される――恐らく魔法武具も例外じゃない。でも、殺されない、消えない、揺るがない。私の心と想いはその程度じゃ砕けない!!
「はぁっ!!」
「ぐっ!?」
剣を振るい、ナイフを弾く。そのまま少し前のお返しに蹴りを入れる。ちょっと力を入れて蹴っただけなのに、上杉は想像以上に吹っ飛ばされて行った。力も上がっている――これなら勝機はある!
「お前、何モンだよ…………その姿一体……ちっ、まぁいい。てめぇは八つ裂き確定だ――『存在解体』、『瞬間高速』!!」
瞬間、上杉の姿が消える。瞬間的な高速移動に触れる物全てを殺す能力――組み合わせとしては最高に相性抜群と言える。
でも、今の私には――見える。死角へと一瞬へ跳躍、着地。着地から一直線に飛び込んできている。
「させないっ!!」
剣に魔力を注ぎこみ、それを地に突き立てる。そして、そこを中心として、注ぎ込んだ魔力を一気に放出させる。それは自らを守る全体防御魔法となり、攻撃にもなった。
「くっ…………!!」
その魔力は上杉の能力により殺され、消えた。だけど攻撃という行動そのものは止まる事になり、意識も魔力攻撃へと行っていた。
「そこっ!!」
その隙を逃さず、魔法武具を握り締め、斬り掛かる。
「舐めるなっ!!」
能力での高速移動、それを追う様に攻撃。高速移動と殺しを組み合わせた反撃――そんな流れが続く。回避しては防御し、反撃しては防がれ、避けられる。辺りには魔法武具がぶつかり合う音とその衝撃で生じた火花と魔力の跡だけがあった。
「ちっ……!!」
「くっ…………!!」
しばらくその拮抗が続いた後、お互い同時に引き下がった。息は切れていて、疲労が出てきているのが分かる。それでも剣を真っ直ぐ、しっかりと構えて前を見据え続ける。どんなにボロボロだろうと、私の心と想い――信念が折れない限り、私は倒れない、負けない。
「………………お前、名前は?」
「……答えるつもりなんてない」
「はははっ! 面白い奴だな。まぁいいさ。何れまた会う事になるさ――今日はお前の半分勝ちでいいさ」
「…………何を――っ!!」
「じゃあな。この殺人鬼を退けた屈辱――いつか絶対に返してやるよ」
気付いた時には遅かった。上杉は高速移動でこの場から消え去っていった。いくら見えるとは言え、後を追うとなれば話は別だ。
根本的に速度の差が違いすぎる。向かってくるのには対処出来ても、こっちから追うというのは不可能だった。
「………………ふぅ」
構えた剣を降ろして息を吐く。
魔法武具――『心を映し出す剣』、これが力で私の魔法武具。私には魔法武具が無いと思っていた。でも、あの懐かしく感じられるあの男の子の声からの力を受け取った――そうしたら魔法武具が使えた。これは一体どういう事なんだろう?
「…………考えても仕方な――え?」
…………待って待って、ちょっと待って。今、誰の声? って私の声だよね? うん、間違いない。だからもう一回――
「あーあー、………………えぇっ!?」
声が! 私の声が男の子の声になってる!? というか体に違和感が――
「…………………………………………」
無い。あるべきものが無い。胸に違和感があると思って見て見れば膨らみがない。そして腰あたりの違和感――ある筈の無いものがある。
触れる――無理無理!! 想像したくない!! というか髪も短くなってる!? さっき上杉が何者だとか言ってたけど、こういうこと!? 私、『男の子』になっちゃってる!? しかも感覚的違和感あっても意識的違和感無い!? むしろ女の服の格好が恥ずかしいと思っちゃってる!?
「…………夢、夢になって」
泣きたい……もう嫌だ。どうしてこんな目に……うぅ……代償ってこういう事なの?そう気を落としていると魔法武具が消え去った。それと同時に体の違和感がなくなった。
「…………戻った?」
髪の毛も長いまま、声も元の私の声だった。
「………………どういうこと?」
まさか魔法武具を使う間は男になるって事なの? 理由は分からないけど、今の所はその線が一番大きい。分からない事が多すぎる。体の傷も無くなって、血の跡も消えている。ともかく帰って落ち着こう――…………。
「あ、どこ行ってたのよ桜渚!? 心配してたのよ!!」
家に帰ってみれば明かりがついていて、まさかと思ったけど案の定理緒とリルフィの二人が家に居た。理緒の様子を見る限りだと、随分前から帰ってきてたのだと思う。
「ご、ごめん…………ちょっと――ね」
「サナ……何かあったの?」
リルフィが心配そうな顔で私を見つめてくる。隠すように努力はしているけど、今の私の様子はいつもとはおかしいんだと思う。やっぱりまだ自分の中でも整理が付いていない。
いや……『自分の中で何かが変わりつつある』。いつか理緒は言った――マーギアは認識していると居ないとでは能力に大きな差が出る……と。だから、これも一種の認識――戦っている時は分からなかった。でも、終わった後、男の子の姿だという事を『認識』した。だから……私は今、『変わっていっている』。理由は分からないけど、そう思うことに不思議と疑問は無かった。
「…………理緒、一つだけ聞いて良いかな?」
「…………何?」
理緒も私の違和感に察したのか、先程までの怒りは無くなり、真面目な表情で聞き返してきた。一瞬、全てを話してしまおうか――そう思い、口を開きかけたけどすぐに紡いだ。
今、それを話しても何になるのか。それにこの街に殺人鬼が居ると知れば――また普通の生活に戻れなくなる。もう既に普通じゃない。それでも私は普通の生活を望みたい。だから――
「マーギアで……ね、力を使って姿や体に変化が起こる事ってありえるの?」
紡いだ口を再度開いて、そう質問をぶつけた。
「力を使って姿や体に変化?」
「うん。例えば――魔法武具や大きな能力を使用したら、性別が変わるとか」
何よりも自分の事を知りたかった。どうして私はあの時、男の子になったのか。もしかしたら前例があり、そう言うものなのかもしれない。
だけど、返ってきた言葉はそんな淡い希望は打ち消されてしまった。
「無いわね。マーギアは大きな能力を使えば制限は掛かるけど、それによって姿や性別が変わる事はない。そもそもマーギアはその人自身の信念から生まれる者――それがマーギアの力でその人自身が変わるというのは有り得ない話よ」
「そっか…………」
「サナ、遅くなったのってそれが原因?」
「うん。ごめんね、二人共心配掛けちゃって」
「本当よ。もしかして桜渚がどっかのマーギアとの戦いに巻き込まれたかと思ってたのよ?」
す、鋭い……その通りだった。でもここでそれを言ってしまえば、ややこしくなるし――何よりも私の願いが消え去ってしまうから適当に笑って誤魔化した。命と安全か普通の生活――私は決まりきっている二つを天秤に掛けている。
普通なら前者を選ぶ……でも、私は後者を選んだ。何かがどう変わっても、変わってほしくない物は誰にだってあると思う。これがただの私の我侭で、友達――この街を危険な目に合わせていたとしても。それに勝手な思い込みかもしれないけど――上杉はマーギアしか狙っていない。そして今日、屈辱は返すと言っていた。
つまり狙いは私に絞られている筈――上杉の『殺し』が騎士道の様な真っ直ぐな物ならばの話だけど。倉岡の様な汚い場合は――何があっても、私は皆を守る、今はそれだけしか出来ない。
「まぁ、何にしても無事でよかったわ。あ、そうそう。リルフィの事だけどね――全く問題なかったわ」
「全く問題ない?」
「うん。リルフィにはマーギアとしての信念も魔力も力も、そして素質も一切無くて、かつてそうだった形跡も無い。つまり普通の人と何一つ変わらないの」
「つまり……マーギアとしての至高の存在というのは全くの別人だという事?」
「分からない。でも可能性はあるわね」
その言葉を聞いて、少しだけホッとした。だけどそれは一瞬。それを他人に言って誰が信じるというのか。少なくとも私がいきなりそう言われても、疑いはしても信じる事は無い。
「ともかく、しばらくは様子見しながらいつも通りね。もしかしたらもっと詳しく検査結果が出るかもしれないから」
「うん、分かった」
少なくともリルフィがマーギアじゃないというのが分かって安心できた。リルフィはこっちの世界にはあまり足を踏み入れさせたくなかったから。
「でもさ……さっきの桜渚の質問――どうしていきなりそんな事?」
「あ……そ、それは……」
そ、そう言えばその理由考えて無かった……!! ど、どう誤魔化そう!?
「リオ、お腹減ったー……サナも帰ってきたしご飯にしようよー!」
「あ、そうだね。もう遅い時間だし」
「もしかして理緒が晩御飯作ってくれてるの?」
リルフィの上手い話題逸らし(本人は何も考えずに発言しているだろうけど)に乗っかかって、理由追求から逃げる。
多分、あのまま突っ込まれたら絶対にボロが出る。出なかったとしても理緒の事だ……絶対にバレる。
「冷蔵庫の中、勝手に使わせて貰ったけどね」
「うぅん、大丈夫だよ。むしろありがとう」
「なーに、気にしないで良いわよ。それじゃ早く食べちゃおうか」
「わーい! ご飯―!!」
そうして今日もまた同じように夜は更けていった。ただ、私の中によく分からない変化を残したまま――…………。




