第二章『世界の裏と真実』
「ん…………?」
目を細めるほどの光が目に入り、闇の中をふよふよと漂っていた意識がはっきりと覚醒していった。
「ふぁぁぁぁ…………朝……?」
身体を起こそうとしたら、何かに引っかかって起こせない。その原因に目を移してみると、胸の中にはしっかりとシャツを掴んで離さない女の子がそこに居た。
(夢落ち……期待してたけど、そう甘くないよねー……)
昨日の出来事は全部現実……夢じゃない。色々と考えることも多いけど……全部起きてさっぱりしてから考えよう。
「リルフィ、起きて?」
胸の中で眠る私よりも少しだけ小さな身体を揺する。
「ん…………まーだ、眠いー……」
…………子供!? というかちょっと可愛いと思ってときめいてしまった……女の子相手なのに。
「あの……起きてくれないと学校遅刻――」
そこまで言い掛けてふと気付いた。
学校に行ってる間、この子はどうしよう? また昨日みたいに半獣人に襲われるとは限らないし……って、それを考えたら眠ってる間に来る可能性もあるよね。
もう諦めたか、それとも僥倖なのか……少なくとも実際どうなのかは確認のしようがない。あの半獣人も光になって消えちゃったし。それにリルフィの記憶や生活もあるし……というより記憶取り戻すまで私の家に置いておくしかない。
そう考えると……今日一日はリルフィと街に出歩いて記憶の手掛かりと生活用品揃えた方が良いかな。特にリルフィの服装はボロボロの布一枚で出来たワンピースという姿。この世界の現状に合わないというのもあるけど、女の子として許せない格好だし。
というか今のこの世界にこの格好……違和感がありすぎて突っ込むのをつい忘れてた。
(…………初めてサボり――か)
今日は勿論平日、通常運行の日だ。そんな日に街に出るというなら必然的に学校は休むことになる。今までサボった事なんかないけど、状況が状況だし仕方ない。
とりあえず理緒に休むってメールを送っておかなきゃ――その後、理緒をなだめるのにメールを送ってから数十分を要する事になった。
正直に話してもよかったけど、理緒を巻き込みたくないというのもあったから。それに私自身、まだ整理できてないから上手く話せる自信も無かった。
(理緒達には数日中に話さなきゃ……ね)
こういう事は一人で抱えても行き詰まる事が多い。整理ができたらちゃんと相談しなきゃ――…………。
「サナ、サナ! あれなーに!?」
「車だよ。機械で自動で走る乗り物――」
「あ、あれなんだろ!?」
「ちょ、ちょっとリルフィ! 一人で先に行ったら危ないよ!!」
「はーい! 分かってるよー!」
絶対分かってない……さっきから何度危ない目にあってると思ってるの……途中から数えるの止めたけど、車道に飛び出かけたり、信号無視したり、勝手に家に入ろうとしたり――とまぁ大まかに言ってもまだまだある。
当の本人は街に出て真っ先に買った、白いシャツに黄色を主体としたリボン、赤いチェック柄のスカートをなびかせて無邪気に笑いながら、足取り軽くスキップしている。
正直、お金もあまりなく質素な服を購入する事になってしまったけど、それが予想以上に似合っていた。
「ふわぁぁ……知らないものたくさん」
リルフィは目に見る物全てが真新しい物に見えている。昨夜、名前以外何も知らないという言葉に嘘は無かった。
というか嘘だったら、一般常識を知らない事に驚く。まぁ、どこかの箱入りお嬢様とかだったら別なのかもしれないけど。
でもそれは無いと思う。そうだったならあんなに無邪気に笑いながら興味津々でスキップするはずがない。
「ねぇリルフィ、何か思い出した事はない?」
「…………思い出せない」
先を行くリルフィに追いつき、聞いてみるけど帰ってきた答えはやっぱりか――と思うものだった。
(思い出すよりも一からまた積み上げた方が良いのかな)
リルフィの無邪気に楽しんでいる姿を見ているとそう思えてくる。下手に思い出すよりもまた一から積み上げていった方がリルフィにとっても良い事なのかもしれない。
「あぅ…………」
そう考えていると傍から虚しい響きがお腹辺りから耳に入る。その元はリルフィ――はしゃいでいる内にお腹が空いたんだろう。
「あははは、リルフィ何か食べたいものある?」
「…………うー……どれが良いか分からないよぉ」
ま、それもそうだよね。時間的にもまだお昼には早いし、軽い物が良いかな……となるとファーストフード――ってダメダメ。
理緒にそれは重いし、カロリー的に厳しいって言われてたっけ。朝の小腹が空いた時にファーストフードって普通じゃないのかな……?
「美味しいーー!! サナ、これなんて言う食べ物!?」
「それはパフェっていうデザートだよ」
平日の午前中、それでも賑わう近場の喫茶店。初夏の日差しが差し込む、屋外テラスにある白い椅子と机、そしてその上に立つ白と青の縞々のパラソル。
その場所で私と向かい合う形でリルフィは口の周りにクリームを付けながら、美味しそうにフルーツパフェを食べている。その姿を見ていると私までパフェを食べたくなるけど、ここは我慢。
というより……資金的な意味で厳しい。ただでさえ一人暮らしの奨学生なのに、無駄使いは出来ない。両親が残した貯金は多額だけど、いざという時以外は手を付けたくない――詰まる所結局貧乏。
(…………今、考えることじゃないよね)
リルフィの喜ぶ顔が見えるならそれで十分だ――って、何今の男の子みたいな考え!? うぅ……私ってバイなの!? セクシャルバイなの!?
「サナ?」
「ひゃあぁっ!? な、ななな、何?」
変な事を考えている時にいきなり話しかけられて変な声を上げてしまった。
「なんかこれ、ドロドロになってきたー……」
見るとパフェのアイスが日差しにより半分近く溶けかかっていた。
「アイスは冷たかったでしょ? だから暑くなると溶けちゃうから早く食べないといけないんだよ」
「うぅ……冷たく固まってるのが良いー」
文句を吐きながらも食べる手は止めないのはさすがと言うべきなのか……というか本来なら既に食べ終えてる量なのだけど……
『たくさん食べたい!!』
なんて、リルフィが言うものだから、最大の大きさのパフェを買う事になった。だからリルフィの食べる手は止まってないのに、パフェはまだ三分の一はある。
「あーもう、ほらほら口周りにクリームいっぱい付いてるよ」
机に設置されているナプキンでリルフィの口周りに付いている白いクリームを拭き取ってあげる。ちょっとえっちだと思った思考は思った瞬間、光の速さで投げ飛ばした。
「んんっ……えへへ、サナありがとー!」
「口に付けるのは良いけど、服には付けないようにね」
「はーい!」
こうしてみるとまるで娘に思えてきた。この年で仮育児体験をするなんて思いもしなかったよ。
楽しみながら一応警戒はしてたけど、リルフィや私を襲う、付けている人は居ない。昨日の事はあれだけで済んだのかな?
うぅん、でもまだ日は昇っている――もしかりたら日が落ちたらまた来る可能性はある。それを考えるとまだまだ気は抜けない。
「ごちそーさまー!」
そんな事を考えていると、リルフィはパフェを平らげていた。このパフェの量……大体二人前近くあるんだけど、一人で食べきるとは思わなかった。絶対残すと思って覚悟してたのに。
「リルフィ、今から何かしたい事とか、行きたいとこはある?」
「サナと一緒ならなんでもいいよ!」
…………う、そんな風に言われて少し嬉しくて頬が緩んでしまった。
だーかーらー! 私は女の子! リルフィも女の子!! はぁ……どうして私ってこんなに普通じゃないの……。昨夜の事件も含めて……色々と。
「…………? サナ、どうかした?」
「うぅん、なんでもない…………」
リルフィの一言でまさかここまで自己嫌悪に陥るなんて……リルフィ、侮れない――…………。
そうしてリルフィと街を歩き続け、楽しんでいると刻は刻まれていく。それは変わらぬ早さで歩んでいく――気付けばもう日は闇へ飲み込まれるところだ。
「うー……疲れたよー……」
「あんなにはしゃいでたからね。仕方ないよ。家に帰ったら早めに休も?」
「うん…………」
疲れて眠いのか目を擦りながら少しフラフラしながら歩くリルフィ。早く家に帰って休ませて上げたいけど、そうはいかない。既に日が闇へと落ち続けている――つまり夕暮れ。
もうすぐすれば日は完全に闇となり、漆黒の夜を呼び起こす。故に――またリルフィや私が襲われたり、巻き込まれたりする可能性が格段に跳ね上がる。
「サナー……家に帰らないの……?私、眠いよ……」
「あ、ごめんね。ちょっと寄りたい場所があるの」
嘘だ。寄りたい場所なんてない。私だって願うことなら今すぐにでも家に帰って眠りたい。だけど最低限の安全は確認兼確保しておきたい。だから遠回りをして私たちを狙う人がいないかどうか調べておきたい。とは――思っているけど、昨日の半獣人の件を考えると、下手をすれば狙っているのは素人――少なくとも普通の人じゃない。
だからただの一学生に過ぎない、私がどうにかしたって無駄かもしれない。それに下手をすれば遠回りで家に着いた瞬間に襲われる可能性もある。
考えれば考えるほど不安になり、『無駄』という言葉が頭に浮かぶ。だけど何もしないのはただ恐怖が体に付きまとってしまう。だから、自分なりにでもできることはしておこう。
そう思って歩き出した瞬間――背筋が凍った。それは恐怖、不安とかじゃなかった――純粋に『人としての本能』が生理的に背筋が凍ると言うのが一番合うだろう。
「………………っ……!!」
「サナ?」
「リルフィ……私の傍から離れないで」
姿は見えない――だけど居る。確実に私達の近くに『そいつ』は居る。だって背筋が凍るこの嫌悪感は今も無くなるどころか、徐々に強くなる一方だから。
「…………ほう、ただの学生かと思えば……中々勘が鋭い」
どこかから声が聞こえてくる。だが声を聞くだけで嫌悪感は増す。普通の年配――恐らく四十代は超えているだろう男の声。だけどその声色は他人を道具だとしか思っていない声色だ。
(さっきからの嫌悪感…………この人、生理的に無理だ)
そして同時に半獣人の正体も何となくだがわかった。
「昨日……リルフィと私を襲った半獣人……それから失踪ニュースは全部、貴方がやった事…………」
「ククク……ハハハハ!!」
叫び声が聞こえたと思えば、いつの間にか目の前に現れた人影。ごく普通の四、五十代の男の人が立っていた。
その姿は一言で言うなら博士――しかし、その顔も表情も激しく歪んでいて、羽織っている白衣には赤黒い染みや、何やらわけの分からない跡が残っていた。
「…………や……サナ、この人、やだ」
リルフィは私の服の裾を震える手でしっかりと掴みながら怯えていた。私も気を抜けばそうなりかねない。
だけどリルフィが怯えているのに、私まで怯えるわけにはいかない。今、リルフィを守れるのは――普通じゃない力を持つ私だけだから。
「ご名答――その通りさ。ちょっと実験に付き合って貰う為に、この街から実験体を拝借させて貰ったのさ。まぁその結果はあんな失敗作だが――収穫はあった」
「…………サナ……!!」
男がリルフィを舐めるような目つきで見回す。私はリルフィを背に回し、庇う様に立つ。
「リルフィに何の用ですか?」
怖い――でも私は耐える、抗う。今にでも泣き出してしまいそう。足が震えて気を抜けば、瞬間その場に座り込みかねない。でも折れない。皮肉にも傍でリルフィが怯えてるからこそ、冷静になれて、ギリギリ耐えられている。
「ふふふ……その少女は私達『マーギア』に取っては至高の存在。まぁ、普通の一学生に過ぎない貴方に言っても無駄ですか」
『マーギア』……少なくとも初めて聞く言葉だ。だけどどこかで聞いた覚えのある様な……既視感?
「まさかこの街で見つけるとは……その上、記憶喪失と来たものだ。調教のし甲斐がある」
「調教…………!?」
「おっと、君にはもう関係無い話だ――何故ならば、君は私の実験体になって貰うからね!!」
「っ……リルフィ、掴まって!!」
「わぁっ……!?」
咄嗟にリルフィを抱えて後ろへと飛び下がる。そしてさっきまで私達が居た場所には液体が飛び散っていた。液体が飛び散ったコンクリートの道は湯気を上げて、ボロボロに崩れていた。
「嘘…………」
ありえない……たったあれだけの液体でコンクリートをボロボロにするなんて。もし、咄嗟に後ろへ下がらなければ、もしくは体に当たっていればと思えばゾッとする。
「おや、当たったと思ったんですがね……面白い。貴方、良い実験体になりますね。綺麗な肌もしている…………ククク、楽しい実験ができそうだ」
そう男の人が言うと同時に激しい嘔吐感と嫌悪感が襲ってくる。そして別のものとして燃え上がる様な怒りが湧き上がる。
この人にリルフィを渡してはいけない――いや、他人を道具以下にしかみない、この男を許すわけにはいかない。
夜という闇で染められる住宅街――道そのものには人気は無いが、付近の家からは人の温かさがある。ここで戦えば周囲に被害がでる。だけどこいつはそんなの気にしない――そして少しでも背を向ければ私もリルフィもこいつにやられてしまうだろう。
(………………)
戦うしかない。被害が出ないように、今ここですぐに決着をつけるしかない。
「リルフィ、下がってて」
「サナ…………」
「大丈夫――私が守るから……ね?」
「…………うん」
リルフィは私が渡した荷物を受け取って、そう呟いて私から離れる。『居なくならないで……ナツユキ』
――そうリルフィの口から洩れたのは聞き逃さなかった。ナツユキが誰を指すのかは――正確な所分からない。だけど居なくなるつもりは毛頭ない。だから、守るために――私は戦う!!
「…………なに?」
初めて男が眉を潜めた。私の手にはあの時と同じように青く光り輝く半透明のナイフ。戦うのも、傷つくのも、つけるのも嫌だ。だけどこいつを野放しにしてしまえば、誰かの繋がりを壊す原因になる――だから戦う。
「…………君もマーギアだったのか。これは気付かなかった」
「マーギアとか良く分からないけど……リルフィに手を出すなら許さないよ」
「ククク……ハハハ…………ハーッハッハッハ!!」
私がそう言うと、男は何が可笑しかったのか、声を上げて笑い出した。
「ハァハァ……これは失礼。やはり君はマーギアではないな――『信念』が無い。それに媒体も……まぁいいさ。君はどんな手を使ってでも、私と共に来て貰う!!」
その瞬間、空気が震えた。異質とでも言うべき物が空気を、この場を埋め尽くしていく感じがした。
『無実験精神空間――』
その瞬間、体が何かに締め付けられる感覚に襲われる。実際、体が僅かに痺れている。
「な、何……これ」
「ククク、どうだ? 体が上手く動かせないだろう。そのままジッとしていれば痛い目に合わずに済む。何も感じず、何も考えられない……ハハハ!!」
何が起こってるか分からない。だけどこいつが何かしているこの場所で長居すれば、直に満足に動けなくなる事は分かる。
それに私よりも周りにいる何も関係無い普通の人達も巻き込まれている可能性が大きい。だから――ここは一気に終わらせにいく!!
「ふむ……中々戦法を知っていると見た」
「これでっ…………!!」
僅かに痺れて、全快とは言えない身体で男の懐に飛び込む。そのまま右手にあるナイフを振るい男を斬ろうとした瞬間――
「ではこうしよう」
「っ……ああああああああああああ!?」
確かに私は、男がすぐに動けないよう懐へ一瞬で入り込んで、右手を振るったはず。だけど、右肩に燃え上がるような痛みが走った。あまりの痛さにその場に情けなく崩れ去る。
「ここは私の空間、そして私の『製造する薬品』(スケニットケミカント)――つまりどこにでも薬品を創り上げられる。咄嗟に動けなければ大丈夫と思ったかね?」
「…………っ……くぅ……」
こいつの傍に居てはダメだ。
その一心で地面を蹴り、後ろへと飛び下がる。右肩部分の服は何かに燃やされた様に黒く、ボロボロになって素肌が露出して、露出する素肌も赤くなっている。
だけど、先程の燃え上がるような痛みは無くなり、ヒリヒリと痛むだけ。それ以外は何とも無い。だが、連続的に食らえば溜まったものじゃない。
「ほう……あれを受けてまだ動けるとは――君は面白い存在だ。ならば、続けて行かせて貰おう!」
男が手を振り上げると、男の周りから薬品が入った器やら、メス等の手術道具が浮かび上がった。そして振り下げると同時にそれら全てが真っ直ぐと私の方へ飛んできた。
(防ぎきれない……どうすれば……!?)
視界が埋め尽くされるくらいの量――回避する事も不可能じゃないけど、ほぼ無理だ。だからと言ってナイフで防ぎきれるかと言われれば、物量で押され切られる。
(何か、何か防ぐ物があれば……身を守る楯みたいなのがあったら……!!)
「え……!?」
「何だと……!?」
そう強く願った瞬間、何も無かった左手に青い光が発光したと思えば、洋風の騎士が装備しているような、身を屈めれば全身が守れるような楯が存在していた。
考えるよりも早く、身を屈めて左手にある楯を前に突き出し、降り注ぐ薬品やら道具やらを防ぐ。
「…………ククク、これは面白い!!ハーッハッハ!!君は素晴らしい!! マーギアでなくその力は素晴らしい!!是非ともデータ採集しなければ!!」
男は薄汚い笑みを浮かべ、自分の世界へと入り込む。どこまでも自分の事しか考えない――人として腐っている。直感的にそう思えた。
「至高の存在に、マーギアではない力を持つ少女……これで私は更なる高みへと行ける!! さぁ、私の為に大人しくして貰いましょう!!」
「っ…………!!」
男が吼えた瞬間、身体がより一層強く痺れだした。右肩に走り続ける痛みもよく分からなくなってきて、痛みそのものを感じなくなってきた。
まずい……このままじゃ、まずい……!!
「サナ…………!!」
「リル……フィ……!?」
下がってと言って、後方の少し離れた場所に居た筈のリルフィが私の傍まで来ていた。
「リルフィ……どう、して……!!」
だが、その言葉の次を言うよりも早く、違う言葉に上塗りされる。
「ククク…………これは僥倖ですね。では、共に参りましょう。何、すぐに済みますよ――」
「させ…………ないっ…………!!」
「ぐっ!?」
動けない、ナイフじゃ届かない――ならばもっと長い武器なら。そう強く思った瞬間、右手のナイフが青く光り輝き、槍へと姿を変えた。そのまま右手を突き出すが、身体が痺れているのが悪影響して、狙いは大きくはずれ槍の切っ先は男のわき腹を掠るだけになってしまった。
「…………貴様ぁっ!!」
「うぐっ……!!」
「サナ!!」
自分を見失うくらいに激昂した男が、私の頭を掴み頬を思いっきり殴りつけた。身体が痺れて、既にまともな動きが出来ない私は受身も取れないまま、地面に叩きつけられる。
その衝撃か、それとも身体の痺れが影響なのか両手にあった槍と楯は拡散して消え去ってしまった。
「おっと、これはいけない……私とした事が貴重な実験素材に傷を付けてしまうとは。すまないね」
冷静さを取り戻した男が殴り飛ばした私へと近づいてくる。恐らくそのまま私とリルフィを連れて行くつもりだろう。
「リルフィ……逃げて!」
「やだ…………居なくならないで……傍に居させてよ、ナツユキ!!」
リルフィは私に抱きつき、傍から離れない。思考が上手くまとまらず、再度武器を頭で思ってもすぐに消え去ったり、かき混ぜられたりで武器が作れない。そして男の手が私に触れるその瞬間――
「がぁっ!!」
「………………え?」
一つの流れる音が聞こえたと思えば、男の肩から血が噴き出していた。そして私と男の間に、私を守るように立つ一つの影。
その影の両手には薄暗い闇夜の中に溶け入りそうな黒、そしてその正反対を示す様に闇夜の中で強く輝く光のような白の二つの銃。そしてその持ち主は誰よりも知っている影――
「…………倉岡ね。最近、この街でニュースになってる行方不明の事件の主犯ね」
「り、理緒…………?」
そう、その姿は誰よりも仲が良く、知っている理緒だった。
「ど、どうして理緒が…………?」
「これ以上私の大切な友達に手を出すなら容赦しない――ま、どっちにしろ主犯の件で大人しくして貰うけど」
そう言って理緒は双銃を倉岡へと向ける。と思えば同時に双銃から光る弾が無数に発射され、それら全てが正確に倉岡の全身を包み込むように飛んでゆく。
「くっ……!これは想定外ですね。一度退くのが得策か」
倉岡はそれらを道具や薬品の入れ物を壁にしつつ、後ろへ下がっていった。
「逃げられると思ってるわけ!?」
「貴方こそ――逃がさないと思えてるのですか?」
「え!?」
男――倉岡がそう言った瞬間、『私たちは倉岡自身を認識出来なくなった』。声や気配があるのは分かる。だけどそこに居るかどうかが分からない。
「では、ごきげんよう。近い内にまた会いに来ますよ」
倉岡がそういい残して少し経つと、身体の痺れも無くなっていった。同時に倉岡の声も気配も無くなって、そこには私を含める三つの影だけが残り、辺りは静寂に包まれる。
「サナ……大丈夫?」
「う、うん……それよりも理緒……どういうこと、なの?」
「…………桜渚、貴方も『なってしまった』のね」
なってしまった……それが意味する先は多分一つしかない
「マーギア……って奴?」
「本当、良かった……間に合って」
「り、理緒!?」
返って来た返答は想定外のもので、私は理緒に抱きつかれていた。最近こういう事多いのは気のせいじゃないよね……?
「一般人が襲われてるって聞いて来て見たら、そこに桜渚が居て……後少し遅かったらって思うと……」
理緒の肩は震えてた。それは多分、万が一――という事からの恐怖や不安と良かったという安心感からだと思った。
「…………今日、学校に来ないってメールしたのもこれのせい?」
少しだけ時間が経ち、震えが収まって私から離れた理緒はそう言ってきた。顔が少し紅潮しているのは恥ずかしさからだろう。それは置いといて、どう答えたものなのか……多分、理緒が指しているのは『マーギア』という物のはず。けど、実際はリルフィの事があったからなんだけど…………止めよ。
元々理緒達には相談するつもりだったし、理緒なら何か良い答えを知っているのかもしれない――ついさっきの理緒の行動や発言からしても。
「それもあるけど……この子――リルフィの事があったから」
「リルフィってその子の事?偶然この付近で出会ったんじゃないの?」
「話せば長くなるけど…………」
「だったら私の家に行こう。私も色々聞きたい事があるし」
「うん……リルフィも大丈夫だよね?」
「サナと一緒なら大丈夫だよ!」
私たちはその場を後にして理緒の家へと向かう事にした。何がなんだか分からない――でも少なくとも理緒は『マーギア』という言葉を知っている。これで何か分かれば良いんだけど……。
「とりあえず上がって上がって」
「お、お邪魔します」
あれから数十分、私は理緒の部屋へ来ていた。私の家と違って、お屋敷みたいな家で、部屋も女の子らしい家具や人形が置かれている。私はそこまで気を使う余裕は無い……主に金銭的な意味で。それとあまり興味無いというのもあるけど。
「おー…………」
リルフィは珍しそうに部屋を見渡していた。私の家と違って色々あるから物珍しいんだろう。うーん……私もこういう事に気を使った方が良いのかな。
「さてと……早速だけど、何があったか全部説明してくれるよね?」
「うん。勿論――だけど、長くなるよ」
「良いわよ別に。多分だけど、こっちも長くなるから」
そうして私は昨日公園で、半獣人に出会って、リルフィと出会い、不思議な力が使えるようになった事。それからリルフィの事。そして今日の事を理緒に説明した。理緒は一字一句逃さないように真剣に聞いていた。
「――…………そんなことが」
「私自身もまだ実感があるわけじゃ無いんだけど……ね」
夢と現実の狭間にふわふわ浮いてる様な感じに近い。ただ、虚では無い事は確か。
「マーギアにとって至高の存在…………ね」
「ねぇ、理緒。そのマーギアって何?そもそも理緒はどうしてあんな物を……」
理緒の傍にある机に置いてある二丁拳銃に目を配りながらそう言う。理緒を巻き込まないと思っていたけど…………理緒自身が関わっているなら話は別だ。
「とりあえず最初から少しずつ話していくわよ。桜渚以上に長くて、ややこしい事になるけどね」
私は構わないと言って頷く。少なくとも知らないよりかはマシだ。『知らぬが吉』という言葉が浮かぶが、現状ではそうも言ってられない。
現にリルフィと居て襲われている。だったら知っている方が数倍良い。
「人には生きる意味――というより自分の信念かな。それに沿って行動しているの。言ってしまえば、信念が自身を映し出し、自身が信念と映し出しているの。だから人にとって同じ世界というのは絶対に存在しない」
いきなりスケールの違いすぎる話から始まって混乱しそうになったけど、落ち着いて整理する。
「えっと……つまり、私達は信念という物が世界を作って、行動してるって事?」
「うん、そう。世界って言っちゃうと難しいから価値観とでも考えれば大丈夫だよ」
信念――それは自身に取っては折れず、深く、硬いもの。それがその人の価値観を生み出して行動しているって事でいいんだよね。そして価値観は同じものは絶対にありえない――ってところかな。
整理してから改めて理緒に言うと、それで大丈夫と返って来た。もうこの時点でややこしい……でも大事な部分だと思うから蔑ろには出来ない。
「そしてこの世界には強い信念を持つ者は力が生まれる事があるの。その力はその人にとって一番身近な物に生まれて、その人の信念を表す力となる」
そう言ってから理緒は机に置いてあった銃を手に取る。それを少しだけ見つめ、瞼を閉じた。
「『魔法武具』――一番身近な物を媒体として戦う武器が生まれるの。同時にその人にも力と魔力が生まれるの。信念の元、世界の中で世界同士が戦い抜く人――アインディシャッフングマーギア、日本語で言うなら『創造の魔術師』」
「え、えっと…………」
は、話が飛びすぎてよく分からない。
「さっき言った信念を元に作られる価値観があって、その信念が魔法武具を生み出して……その人が創造の魔術師?」
「そう。こっちの世界の中では一般的にマーギアと呼ぶの」
マーギア……何度も聞いた言葉。
「信念の元、不思議な力で戦う人――それがマーギア?」
「うん。マーギアは己の信念の元、戦い続ける。言ってしまえば世界と世界のぶつかり合いよ」
……と言う事は私はマーギアになっている? あの日、リルフィと出会った時に――
「で、でも私……リルフィに出会った時は守りたい力が欲しいって思っただけなのに……それでもマーギアになるの?」
「可能性はあるよ。ただそれはトリガーね。本当の理由はもっと深い場所にある――例えばそうね……裕也流に言うなら、絶対に剣で負けたくないとかがそうね」
私にそんな信念…………ある。傷つく人が居るなら助けたい、守りたい――ずっと思ってることが。
理緒はさっき守りたい力が欲しいと言うのはトリガーと言った。その思いが信念に触れて、マーギアになった――そう思えば辻褄もなった理由もスッキリと合う。
「でもまぁ、正直こんなのはどうでもいい話ね。ほとんど意識する事でもないし。問題はこれからの話ね」
さっきまで緊迫した空気が一瞬で和やかになった。そう気付いたのはいつの間にか力強く手を握りしめていて、手の平には汗が滲み出していたから。
「んー…………サナ、眠い……」
「あ、ごめんね、リルフィ。置いてけぼりにしちゃって」
「ん、気にしてない……ふあぁぁ……」
「理緒、ベッド借りても大丈夫かな?」
「別に良いわよ。空いてる部屋はいっぱいあるし」
リルフィをベッドに移動させて、ゆっくりと横に寝かしつける。リルフィはベッドに横になれば、すぐに小さな寝息を立てて、気持ち良さそうな寝顔を浮かべた。何だか本当に母親な気分……。
「桜渚、母親みたいね。ていうか女神?」
「め、女神!?」
母親は百歩譲っても良い。だって自分でも薄々感じてるから。だけど女神って言うのは同いう事なの!?
「これは男子に人気があるのも分かるわね。罪作りな桜渚め!!」
「ちょ、ちょっと止めてよ理緒ー!」
じゃれる様に理緒が私の頭をわしゃわしゃと撫で続ける。悪い気はしないんだけど……ね。
「さて……と。これからの話ね」
「これから…………どうすればいいの?」
「話を聞く限り、リルフィは狙われている――多分だけど他のマーギアも同じかもしれない。リルフィは桜渚の傍に居るから実質桜渚も狙われる可能性があるわね」
リルフィを狙う――だけど傍に私が居るから邪魔。勿論私はリルフィを守る為に戦う。となると必然的にそうなる……わね。
「とりあえず桜渚の魔法武具と能力が知りたいわね。魔法武具ってどんなの?」
「魔法武具……」
何かを媒体として武器になる――でも、私そんなの持ってない。そもそもナイフやら楯とか全部強く思ったら気付けば現れていた。
「えっと……武器なんだけど、私のは強く思ったら、それが手の中に作られてるんだけど」
「強く思ったら作られてる?」
説明するより見て貰った方が早い。上手く説明できる自信は一切無い。でも出来るかな……少し前も試したけどダメだったし。でもやるだけやってみよう。
(女の子でも扱える武器……小さい刃物があったら……!!)
「………………!?」
そう強く願った瞬間、右手には半獣人の時と同じくナイフが『存在していた』
「こういう事なんだけど……魔法武具、じゃないよね」
確認をしたけど、理緒は驚いた表情をしていて、何も返って来なかった。普通はそうなるよね……いきなり手の中に現実ではあり得ない姿をしている武器が存在したら。
「あ、ごめん! ちょっと驚いちゃって」
「大丈夫だよ。それで、どうなのこれ?」
「魔法武具――というより能力ね」
「さっきから言ってるけど能力って?」
「あ、ごめん。説明してなかったわね」
理緒曰く能力とは、マーギアになった瞬間に生まれる力の事。どのマーギアにもある力でその種類や数、強さはマーギアの信念に左右される。共通としてマーギアの信念を元にしている。マーギアは能力と魔法武具を使って戦うという事らしい。
「………………うーん」
でも、これが能力なら私の信念とはちょっと違う気がする。ただ守りたいというのが信念ならば、守り寄りの能力になる筈。でもこれは……『どんな信念にも共通する物が無い能力』。
「桜渚?」
「私の信念――というより、どの信念とも共通性が無いよ。私が思ったら、その武具が作られるし」
倉岡という男と戦った時、ナイフ、楯、槍と作れた。これが私の信念に結びつくと言われたら、恐らくつかない。
「…………桜渚、自分の中にある力を感じる事が出来る?」
「え……不思議な感覚があるのは分かるけど」
「それに意識を集中させて。そうしたら何か分かるかもしれない」
不思議な力――これは理緒が言う魔力なんだと思う。もしくはマーギアとしての力。もしかしたら両方かもしれない。
目を瞑って、それに意識をゆっくりと集中させて近づけて行く。方法なんて知らない――だけど何となくこうすれば良いというのが分かる。
『魔具形成』
すると一つの言葉が頭の中に響いた。
「何か分かった?」
「魔具形成って聞こえたよ」
「魔具形成…………ちょっと待ってて」
そう言って理緒は棚から幾つかの本を引っ張り出して、それをパラパラと次々に流し読みする。
「…………無いわね」
「無いって……?」
「この本はマーギアに関する武器や能力の記述が詰まってる本なのよ。でも桜渚の能力はどの能力にも似てないし、存在してない」
「それって……どういうこと?」
「魔法武具とも言える媒体が無い――そして能力で武器を形成して戦う。正直に言うなら桜渚はマーギアとして異端ね」
異端……でもそれなら倉岡という男が『君はマーギアではない』という言葉にも納得が行く。でもちょっと待って。
「どうして理緒の部屋にそんな本が……?」
ずっと気になっていた。理緒がマーギアという存在に詳しく、現状に納得している事が。だけどなかなか聞き出すタイミングが無かった。
「…………私の家系、神谷家は代々昔からマーギア達と戦って来たの」
「え…………!?」
ここに来て一番の衝撃だった。だって、もし本当なら小さい頃からずっと日常を過ごして来た理緒はずっとマーギアとして生きていた事になる。だけどそんな素振りも見せず、ずっと私と…………。
「ごめんね、ずっと黙ってて……でも言える訳なかったから」
それは分かる。少し前に言われたら、冗談だと思って聞き流している筈だと思う。
「私は先代の意志を継いで戦いに身を投じたの」
「そんな…………」
最初から非現実的な世界に行くことが決まってしまってるなんてそんな…………信じたくない。信じたくなかった。
「マーギアの家系はマーギアとなる可能性が大きい。ならなかった場合は情報収集の方面に行くわ」
「…………理緒」
「でもね、私はこの街と桜渚や皆と過ごす平和な日常を守りたい。だから戦うの。家系とかそんなのは関係ないわ」
これは理緒の決意で信念だ――この街と平穏な日常を守りたい。だからマーギアとして戦う。
「だから桜渚も私が守ってみせる。この『光と闇の双銃』で」
「光と闇の双銃……それが理緒の魔法武具なの?」
「そうよ。なんで銃なのかは私にも分からないけどね」
肩を竦めて理緒は言う。確かに理緒と銃っていまいちイメージに結びつかない。西部劇風のワイルドガンマンな理緒…………似合わなさすぎる。
「ちなみに私の能力は『一直線の弾丸』と『魔術装填(マジッシャーラーデン』よ」
理緒の能力は二つ、どちらも銃に関係している言葉が入っていた。
「前者は私が狙った場所へ弾を命中させる能力で、あらゆる能力と魔法武具を破壊するの。後者は銃に魔力を装填して、限りなく私と一体化させて、強化する能力だよ」
戸惑う私を補足する様に理緒は言う。正直、能力名で言われても何が何だか分からない。でも能力の詳細を聞いて理緒らしいとは思った。
どちらも理緒の真っ直ぐな性格を現している――特に『一直線の弾丸』。もしかしたら魔法武具が銃なのも真っ直ぐで明るい性格に関係しているのかも?
「……能力は分かったけど、どうして私にそれを?」
「これから一緒に戦う事もあるだろうし、知ってた方が桜渚も良いでしょ?」
あっけからんとした様子で理緒は言い放った。いや、確かに言ってる事は分かるけど……そう簡単にばらしてしまっても良いものなの?
まぁ理緒らしいとは思うけど。
「とりあえず、しばらくは私と一緒に居て。そうした方がいざという時は対処できるし、桜渚にも戦い方を教えられるからね」
「うん、分かった。でも戦い方を教えるってどうするの?」
まさか実際に模擬戦闘とか行うとか……? あまり理緒とは戦いたくない――というか戦ったら私の信念に反する気がする。
「基本的な戦い方や動き方よ。特別な事は一切無いわよ。一般的な護衛術とでも思って」
その一般って普通の一般だよね?と聞こうとしたけど、どの道マーギアとして戦う時は来る。だから何も言わず頷いた。
「さてと……今日は遅いしもう寝よっか」
「もうこんな時間なんだ」
気付けば時計の針は十一を刺している。つまり二十三時――あれからもう三時間以上は経っている事になっている。
「久しぶりに桜渚と寝るわね……ふふふ、どれ前からどれだけ成長したか成長具合を見せて貰うわよ」
手をワキワキとしながら、ジリジリと理緒が近寄ってくる。どう考えても私の胸を揉む手の動き――ってえぇえええええ!?
「ご、ごめん! 私、リルフィと寝るね!!」
すぐさまリルフィの眠るベッドに潜って、リルフィの隣で横になる。
「だったら私も寝るー!!」
続いて理緒が飛び込んでくる。一人用ベッドに三人が川の字で寝る状態となり、隙間なんてほぼ無いに等しい。そして中心に居るのは何故か私だった。
「リルフィも居るんだから、変な事しないでよ……」
「んー、どうしよっかなぁー」
一応歯止めは掛けたが、多分無駄。はぁ……理緒って時々私の事に関すると手を付けられなくなるよ。
好かれてるから――うん、一般的な友情でね?って私はどうしてこんな時にーーー!!そうして濃すぎる一日は終わっていった。
ちなみに小一時間程、理緒に成長具合と言う名のセクハラを受けたのは言うまでも無い――…………。
「そういえば、リルフィの事どうしよう……」
「ん?」
朝日が昇って、意識が覚醒してから理緒と一緒に朝食を作っていて、ふと思い出した。
「さすがにリルフィが居る間、ずっとサボるわけにもいかないし……でも、だからと言って置いておけないから」
置いておいて、襲われたりでもしたら一大事だ。というよりリルフィ自身が好奇心旺盛すぎて、勝手にどこかに行かないの方が心配だ。今だってあっちこっち移動して――
「あ、こら! リルフィ! つまみ食いしちゃダメだって!!」
探検していたかと思ったら、いつの間にか台所に忍び込んでいて、盛り付ける前の朝食に手を付けていた。
「お腹減った…………」
「分かってるから、ジッと待ってて。すぐに作るから」
はーい、と手を上げて返事してから、リルフィはテーブルについた。その顔は朝食まだかな、まだかな?と書いてある。
「あはは、桜渚の心配も分かるけど大丈夫だよ」
「大丈夫って? まさか理緒も一緒にサボるとか言わないよね?」
昨日の夜、特訓とも言ってたし……そもそも理緒の事だから特訓があってもなくても言い出しかねない。
「大丈夫、大丈夫。すぐ分かるから」
…………既に嫌な予感しかしない。とりあえず学校をサボるという線は無くなったみたいだけど、不安しかない。
「と言う訳でリルフィちゃんは私と一緒に行こうねー」
「リオと一緒―?」
「うん、そうそう」
「…………サナ」
いや、そんな不安そうな目で見られても困るんだけど。実際、私も不安なんだけど……でも実際確かな策はありそうだし……
「…………大丈夫だと思うから、行って来て」
「桜渚、その間は何?」
胸に手を当てて、今までの行動思い返したら分かると思うよ――とは言わなかった。とりあえずそろそろリルフィが暴れそうなので、すぐに朝食をテーブルに並べて三人で囲んで頂く事にした。
それから色々あるのか分からないけど、理緒とリルフィは二人で先に出て行ってしまった。私は諸々の後片付けをしてから、家を出た。
「………………」
初夏の青く透き通る空、その下では通勤や通学する人で賑わっていた。そこはありのままの何も変わらない日常。そう、何も変わってない。変わったのは私――昨日までは違う、自分の中に力が感じられる。
この平和な日常の裏ではマーギアが存在する……それは何人の人が知っているんだろう? もしかしたら今、目の前を歩くスーツ姿の通勤中の男性がマーギアなのかもしれない。
(考え出したらキリがない……か)
それにさっきの例えは私にスッポリと当て嵌まる。普通じゃないマーギアという存在になり、それを隠して普通の女子学生として学校に通っている。
他人の事をどうこう言える立場でもないし、そういう状況でもない。私がすべき事は一つ――リルフィを守る。それだけ――…………。
学校に着いて早々、理緒の言葉の意味が分かった。
「――と言う訳で自己紹介をお願いします」
「んーと、ウヅキ・リルフィリアです! みんな、よろしくね!!」
朝のHR、そこには私と同じ制服を着たリルフィが居た。隣の席の理緒が私の方を見てドヤ顔をしていた。それと偶然なのかもう一人転入生が居た。
「…………アリル・ルナ・カミヅ」
その子、アリルはほぼ無表情で名前だけをポツリと言った。私より少し小さく、輝くような銀色のミドルヘアーをなびかせるその姿はどこか儚げで、諦めている――そんな感じがした――。
けどそれは一瞬で消し去った。どうしてそんな事を思ったのか……考えても分からなかった――…………。
「ねぇねぇ、リルフィリアちゃんはどこから来たの!?」
「サナの家からだよ?」
「リルフィリアってどんな人が好みなんだ!?」
「好み? んー……サナ?」
「リルフィリアちゃんペロペロ」
「ペロぺ……?」
待って、そこの男の子。リルフィに変な事しないでよ。止めたかったけど、質問攻めの嵐で私の席の隣、輪が出来ているそこには入り辛かった。
「どう? これなら問題ないでしょ?」
それはそうだけど……いつの間に手続きやら準備やらしてたの?と突っ込みたい。でも聞いちゃいけない気もする。
「色々言いたいけれど、もういいよ……」
「色々って手続きとかその辺?」
ちょっと、心読むのやめて。ってまぁ、長い付き合いの理緒には隠し事も無駄だから仕方ないか。
「そうだよ。よく短い期間でリルフィを編入させれたね。それにリルフィの戸籍も無いし……」
「戸籍はとりあえず桜渚の親戚の子で、今まで海外に居たけど、最近こっちに帰ってきたって事にしておいたよ。後は色々――ね」
理緒はそう言いつつ、手元で私にだけに見えるように紙を見せてきた。
そこには『マーギアに関係してるから、家系の権限色々使ったの。誤魔化すの大変だったよー』とあった。確かにリルフィはマーギアに深く関係している。現に倉岡という男に狙われて、私自身もマーギアとなった。そして理緒は代々マーギアと関わってた家系――リルフィが特別な存在の可能性があって、傍で様子見する必要があるとでも言えば、無理やり何とかする事も可能の筈だ。ただおかしな点が幾つか思いつく。
例えば、理緒の家はそこまでの権力があるのか? 学校側はすんなりと受け入れたのか? とか。その辺は大人の都合と言う奴なのだろう。今はともかく、一番良い状況になったという事で納得しておく。
「おはよう、桜渚、理緒」
「あ、おはよう、遠山君」
そうこう考えているといつの間にか遠山君が傍に立っていた。さすが剣を極めてるだけあってか、気配をほとんど感じなかった――ってそれはそれで怖い……
「あの子、リルフィリア――だっけ?桜渚に親戚の、しかも海外住まいだった子が居たなんて驚いたよ」
うん、私だって驚いた。いつの間にそんな設定作ったのって理緒に小一時間問い詰めたいくらいに。
「う、うん……」
「何だか歳に似合わず無邪気で好奇心旺盛で、今時珍しい子だよね」
「あ、あははは……リルフィはそういう子だから」
記憶喪失で何も知らないから好奇心旺盛だからだよ。無邪気なのは元々の性格だからだと――記憶喪失?
「…………あ!!」
「え、え? どうかしたの?」
「ちょっと理緒!! 大丈夫なの!?」
戸惑う遠山君を置いて、理緒に詰め寄って、小声で話す。
「リルフィ、記憶喪失なんだよ!?授業とか一般常識とか知らないんだよ!?」
「んー、その辺は大丈夫だと思うよ?少なくとも学校がどんな場所とか知ってたし」
「それは……そうかもしれないけど」
リルフィは確かに記憶喪失――だけどそれは自分の事に関しての事や物に対する物が大半。でもある程度の一般常識は知っていた。
例えば生活の仕方やら、世の中の事(お金とか一般常識)はある程度覚えている。とは言っても車の事を知らなかったりする。もしかしてリルフィってかなりの箱入りお嬢様だったりして――。
「ま、私も出来る限りフォローはするから大丈夫だって!」
その言葉で逆に不安になったよ。
「え、えっと……どうかしたの?」
「あ、ごめんごめん! ちょっとリルフィの事でね」
「リルフィリアの事で? 理緒が?」
「色々あって家でも面倒――というか手助けすることになったから、その事でね。あまりこういうのは公言することでも無いから」
「なるほどね、そう言うことなら桜渚の心配も頷けるよ」
…………理緒、策士すぎる。しかも嘘を言っていないのが凄い――凄い事と褒められるかと言われたら疑問だけど。
「おーい、お前ら授業始めるぞ!ほら転入生が気になるのも分かるが、お前ら席に戻れー」
そうこうしていると一時限目の授業の先生がやってきた。その声を始めとして、隣の席の輪が散ってリルフィだけが残った。
「あ、サナー教科書無いから見せて見せてー」
思い出したように言ったリルフィは私の反応を待つまでもなく、机をくっ付けてきた。
「卯月? どうかしたのか?」
「えっと、まだ教科書が届いてないみたいで、私に見せて欲しいと」
「おお、そうか。まぁ仕方ないか。よし、それじゃあ今日は先週の続きから――」
そうして授業が始まり、リルフィは目を輝かせながら授業を受けていた。私の心配は杞憂に終わって、リルフィは至ってごく普通に授業を受け続けた。
ただ知識が無いので授業中ずっと質問攻めを食らったのは言うまでも無い。そうして訪れたお昼休み――私はクタクタになって机に突っ伏していた。
「サナー、元気ない?」
「あははは……大丈夫だよ」
「大変そうだねー桜渚」
「理緒……他人事みたいに言って……」
「助けてあげたいけど、リルフィは桜渚に頼りっきりだから仕方ないじゃん」
リルフィは私以外に頼れる――むしろ頼ってくれとクラスの人達は言っていたけど、リルフィは必ずと言って良い程、私を頼った。悪い気はしないんだけど、気疲れが……ね?
「リルフィリアは桜渚を信頼しているみたいだしね」
「桜渚は私のだからね、リルフィ!?」
「んー……?」
いや、理緒のじゃないから。私は私だから。べ、別にちょっと良いなと思ってなんか無いんだから!!
「とりあえずお昼に行こっか!どこで食べる?」
「今日は快晴だし、外でも良いんじゃないかな?」
「そうだね! となると中庭辺りが妥当かな。桜渚もリルフィもそれでいい?」
「おっけーだよ!!」
「あ、ちょっとだけ待って」
「どうかしたの?」
「一人、誘っても良いかな」
理緒達にそう言い残して返事を聞く前に、私は足をとある場所に向かって動かした。
朝のHRからずっと気になっていた。教室の端の席で独りポツンと座って、本を眺める女の子――無口無表情、そして一目で外国の人と分かる初夏の日差しに照らされた銀髪が近づき辛い印象を与えている、アリルの事が。
「アリルさん、今いいかな?」
「………………?」
「もし良かったらだけど、私達とお昼どうかな?」
「…………私、と?」
「うん。アリルさんが良ければだけど」
「………………」
怪訝そうな表情で見つめられる。そりゃそうだよね……いきなりお昼どう? とか声掛けられたらそうなるよね。
「どうして、私?」
しかし返って来た言葉は予想外の物だった。
どうしてって……別に特に理由は無いし、一緒にお昼を食べたいというのは当たり前の事だし……。
「…………私がアリルさんとお話したいからじゃダメ?」
パッと思いついた事をそのまま言葉にした。その言葉にアリルさんはさっきの私みたいに予想外という表情をしていた。
「………………一緒に、良い」
「本当? それじゃあ友達待たせてるし行こうか、アリルさん」
「…………アリルでいい」
「うん――って、あ!忘れてた。私は卯月 桜渚。よろしくね、アリル」
「…………ん、よろしく」
よく分からないけどアリルも一緒にお昼に来てくれることになった。だけど誘った時の『どうして、私?』という言葉……それが何となく気になっていた。
ただ、普通の疑問だとは思うんだけど……多分アリルの無口無表情が加わってるから何となく……ね――…………。
「いっただきまーす!!」
中庭の芝生、木の下に出来ている木陰にレジャーシートが広がりそこには色とりどりの食べ物が並んでいる。そこはどれもこれも美味しいぞ!という主張を放っている。言うならばある意味パーティ状態だ。
「はむはむはむ……!!」
「あぁもう、リルフィ零してる零してる」
口の周りをハンカチで拭いてあげると、リルフィは『んっ』と一声上げて、またすぐに弁当に集中する。あまりにも美味しいのか夢中でまた零してしまうループに入ってしまっていた。
「まるで母親みたいだね」
「それ、理緒にも言われたよ……」
「つまりそれだけ型に嵌っているって事じゃない?ね、アリルさん」
「………………どうでもいい」
「ごめんね……折角お話したいって誘ったのに……その上、騒がしくて」
「別に、気にしてない」
不機嫌そうに聞こえるのは無表情だからだよね?本当は怒ってないか不安だけど、今は信じるしかない。
「ほらほら、アリル! そんな事じゃ人生楽しくないよ!! 笑って笑って!!」
「……………………」
痺れを切らしたのか、理緒がいきなりサンドイッチを頬張るアリルの頬を掴んで伸ばした。
「ちょっと理緒!?何してるの!!」
「えー……だって、楽しそうに見えないから、笑わそうかと思って」
「だからって無理やりしちゃダメだよ!! ほら、アリルも困ってるから離して離して!!」
不服そうにしていたが問答無用でアリルから離す。本当、理緒って突拍子もない事をいきなりする……周りから見てるこっちの身にもなってほしい。
「大変だね、桜渚も理緒も」
「……そう思うなら手伝ってよ、遠山君」
「はははは、いや、何か微笑ましいと思ってね」
微笑ましいから傍観!? というか理由になってないよね!?
「ごめんね、アリル。理緒には後でお仕置きしておくから」
「ん…………気にしてない」
「あ…………」
一瞬だけアリルの口が笑ったのを見逃さなかった。それはまるでお嬢様が微笑んだ様に見えて、一瞬だけとは言え強く脳裏に残った。
「…………私の顔、何か付いてる?」
「あ、うぅん!何でもない!!」
無意識の内に見惚れてしまっていた。女の子が女の子に見惚れるなんて恥ずかしくて、両手を振って咄嗟に誤魔化した。
「んー、桜渚、何か怪しい」
「? サナ、怪しいの?」
「何か隠してるでしょ!! 正直吐きなさーい!!」
「ちょ、ダメ……! り、理緒――あはははははははは!!」
がっちりと後ろから抱きしめられ、脇の下や横腹をくすぐられ、笑いを耐えることが出来なかった。
「ちょ、やめ……まだ、お昼……!!」
「楽しそー、リオ、私もやるやる!!」
ちょ、リルフィまで!? 理緒の真似をする様に前からリルフィが抱きついてきて、同じようにくすぐり始めた。
「あははははは! ギブ、ギブ! 待ってまっあはははははは!!」
苦しくなってきて涙が出てきた。剥がそうとするけど、二人から前後をしっかりと挟まれてる上、くすぐられて力が入らず、むしろ悪化してしまった。
「やれやれ、お昼くらい大人しく出来ないのかな……」
そう思うなら止めてよ遠山君ーーーーーーー!!
「もぐもぐもぐ…………」
アリルはアリルでサンドイッチをもくもくと食べていた。相変わらず無表情だけど、最初より柔らかくなっているのは気のせいじゃないと思う。やっぱり誘ってみて正解だったかな――と思いつつ、騒がしいお昼休みは過ぎていった。
その後、理緒とリルフィには正座で説教タイムに突入したのは言うまでも無い。ちなみにアリルと遠山君はその光景を微笑ましいものを見るように見ていた。
「やっぱり、桜渚って母親だよね」
「…………ん」
アリルと遠山君の中で私=母親ポジションは確定したのはまた別の話――…………。
時は待たず、その時は来た。学校が終わって、私とリルフィは理緒に連れられ、理緒の家へと招かれた。その場所は普段理緒が過ごす家ではなく、大きな和風をモチーフとした大きな屋敷だった。
そこの一つの家とでも言うべき場所の空間――例えるなら闘技場だ。外見は周りと変わらず至って普通の和風の家。しかしその中はただ一つの空間だけがあり、木材をメインとした和風屋敷の外見とは裏腹に石をメインに洋風の神殿の様な空間が作られていた。
「ここは…………?」
「ごめんね、説明が遅くなっちゃって。ここは私の家計の本家で、この場所は代々マーギアの育成や特訓に使われてる訓練部屋なの」
つまり、ここで今まで理緒の家族や祖先の人達がマーギアとして修業した場所。改めてもう自分が引き返せない場所に居る事を実感させられた。
「早速だけど、理緒。魔法武具――じゃなくて能力で武器だしてくれる?」
「あ、うん。リルフィは危ないから下がってて」
「うん、わかった!!」
傍に居たリルフィを下がらせる。ここへ来た時、理緒の家の人がリルフィを品定めする様に見ていて嫌だった。状況的に仕方ないとは言え、実際良い気分じゃない。だからリルフィを守れる強さが欲しい、手に入れたい。そう想って一つの武器を『形成』する。
「………………」
私の右手には片手でもギリギリ扱える両刃剣が存在していた。それは洋風に出てくる鎧を来た騎士の剣そっくりだった。
「あれ? 剣なんだ。てっきりナイフとか作ると思ったんだけど」
「うーん、何となく…………こっちが合ってる気がして」
何故だか分からないけれど、私にはこういう剣が合っている。いや、使ってみたいという感情があった。
「まずは確認とおさらいだけど、マーギアって何?」
「えっと……己の信念を元に戦う存在で、普通じゃない力を持っている。それで信念を元として自分の身近な物を媒体として魔法武具という武器、それと合わせて目覚める能力で戦う――だよね?」
「うん、その通り。ただマーギアとの戦いは己の信念、世界と世界のぶつかり合い――だから能力や魔法武具の拮抗が起きるの。例えば――こんな風にね」
「あっ……!?」
理緒が言いきると同時に、手に持っていた銃が火を拭いて一つの弾丸が発射された。と思えば、それは私がさっき形成した剣にあたり、剣は光の粒子となって消え去っていた。
「一直線の弾丸、私の能力は言ったよね?」
「狙った場所に弾を飛ばす能力……」
「それとあらゆる障害も無視して命中する上、どんな能力、魔法武具にも止められず、それを破壊する」
ということはもしも今、仮にだけど私と理緒が戦うとするなら、理緒は遠くから撃ち続けるだけで私は何も出来なくなる。
「相性が悪すぎるよ……」
「世界と世界のぶつかり合い――つまりお互いの世界が干渉し合い、干渉される。だからどんな能力も信念という世界に干渉されれば不安定になる。でもま、能力や信念、魔法武具に大きく左右されるけどね」
例えば、他人をサポートする事だけに特化したマーギアとかも居た情報あるし。と続けて理緒は言う。でも私って戦闘向きでも支援向きでも何でもない……ただ、自分が想う武器を形成出来るだけ。それ以外は何も持っていない。
「私……そういうの全くないよ」
「そんなことないよ。サナはたくさんある――そういう力」
その言葉に返ってきたのは予想外の場所からだった。
「ど、どういうことリルフィ?」
「? サナはサナでしょ?」
つまりどういうことなの? 私らしいからこれで良いって事なの? でもこれだとリルフィを守る事が難しい……。
「まぁ、桜渚は色々マーギアとしては変だから……何とも言えないかな。ただマーギアでも無いから――戦う術を言っておくわ」
「戦う、術?」
「そう。マーギアにはどんなマーギアにも絶対不変の共通ルールがあるの。1つは相性もあるけれど、どんな能力も信念で拮抗させる事が出来る」
「信念で拮抗?」
「よく言うでしょ、どんなに強いものでも挫けず、折れない想いがあれば負けないって」
マーギアとの戦いは信念のぶつかり合い、つまり世界のぶつかり合い。だけど挫けず、折れず、曲がらない強い信念があるならばそれに抵抗出来るという事よね……でも――
「理緒の能力みたいに無効化する能力とかどうすればいいの?」
「その辺は能力でのぶつかり合いなんだけど……桜渚は武器形成能力だし、魔法武具も持ってないから分からないわね。ただ可能性はゼロじゃないから、覚えておいて」
ともかく自身の信念のまま動けば大丈夫って事で理解しておく。あまり難しく考えすぎても邪魔になるだけだし。
「そして二つ目、マーギア自身が認識してない物には全ての能力は対象にならないの」
「………………え?」
「うーん、例えばさ。今ここで私が桜渚に向かって銃を撃とうとするでしょ? そしたら必然的に私を銃を構える事になって、桜渚は弾が飛んでくるって分かるよね? これが認識。けど、もし私が桜渚の後ろや、今構えずに撃ったら桜渚は分からないでしょ? これが認識していないということになるの」
「自分が理解してないと能力は効果を発揮しないって事?」
「どっちかって言うと知らないというのが正しいかな。まぁ不意打ちに対しては能力効果は発揮しないって事よ。ただ倉岡みたいな空間能力系は別だけど」
「え、えーっと空間能力系?」
混乱する頭を必死に整理して、付いていこうとするが、中々上手いこといかない。知らないことばかりだから仕方ないとも言えるけど……言ってる暇もない。
「能力には種類があって、対象指定系、空間能力系の二つがあるの。前者は何かを指定して使う能力――私の能力や桜渚の能力になるわね。後者は倉岡という男が使っていた能力よ。調べてみたらあの男の能力は『無実験精神空間』。倉岡が認識する空間は徐々に神経が麻痺してやがては動けなくなる、動きを制限する能力よ」
「動きを制限……そういう能力はどう対処すればいいの?」
「正直無いわね。自身を魔法武具の力で強化して、効果を軽減させて先に仕留めるか、効果範囲外に出るのどちらかよ」
「効果範囲ってどれくらいなの?」
「マーギアによってそれぞれね。ただマーギアとしての力、魔力とでも言うわね。それと意思や信念の強さに左右されることになるわね」
つまり相手によって大きく左右されるから、実際見てみないと分からないということ――その場その場での判断が大切になりそうね。
「後一つ、信念を打ち壊すってのもあるけれど……イコールこれはマーギアとしての死を意味するから省くわね」
「リオ、信念を打ち壊すってなーに?」
今までずっと黙って聞き入っていたリルフィが口を開いた。リルフィの質問には同意するけど、理緒が言わないという事はそこまで重要じゃない。でも一応知ってはおきたかった。
「……マーギアは信念を元に戦う。つまりその信念を打ち砕けば、マーギアとしての死になる」
「死って……死ぬって事?」
「語弊があるわね。『マーギアとして死ぬ』って事。つまりマーギアとしての力は全て失われて、二度とマーギアには戻れなくなるの。でも信念を打ち砕く――それはその人の信念を満たすか挫く必要があるの。つまり説得したり、目的を果たしたりして何とか信念を無くせば良いんだけど…………正直お勧め出来ないわね」
私で例えるなら――友達全てが居なくなる事。仲間を守る為に戦う信念を持つ私は、そうなってしまえば戦う意味が無くなる。
つまり信念が残っていても意味はない…………これがマーギアとしての死だろう。そしてそんな結果は認めたくも考えたくもない。理緒がお勧め出来ないと言った理由も分かる。
「って気になる事があるんだけど、さっき魔力って言ってたけど、マーギアの、私の中にある不思議な力みたいな感覚って……」
「桜渚の考えてる通り、魔力ね。マーギアはそれぞれ信念の強さに比例して魔力が生まれる。それを糧として能力や魔法武具で戦うの。つまり魔力が無くなれば何も出来なくなるの」
「じゃあ、魔力切れを狙って能力の無効化は出来るんじゃ?」
「魔力は常に信念の強さから生まれる――だから無くなる事例は滅多にないわ。仮に大きな消費があったとしても、能力そのものに制限があったりするからね」
確かに……自分の信念の為に戦って、自身の信念で自滅なんて笑える話じゃない。保険の為に能力側が制限を掛けているって事ね。
「結局の所は自分の信念で戦って、それで相手を負かすしかない。だから行くわよ、桜渚」
そう言って理緒は両手の銃を構えた。その姿は凛々しい女戦士の様な姿だった。
「え? え?」
私はと言うと状況についていけず混乱するだけだった。
「大丈夫よ。能力は使わないし、基本的な動きとかの訓練だから。でも、桜渚は本気で来なさいよ?」
手加減するなとの事だった。
うぅ……正直戦いたくないけど、これも必要な事!!そう強く何度も思って迷いを無くしていく。戸惑いが無いというわけでもないけれど、何もしなければ何も変わらないままだから!!
「…………分かった――本気で行くよ!!」
そう叫ぶと同時に私は武器を形成して理緒に走って行った――…………。
明くる日もその次の日もそんな日々は続いた。日中は警戒しつつも普通に過ごし、放課後になったら理緒の本家へと移動して理緒と特訓の日々。そして夜遅くまで特訓しては、私の家へと理緒と共に帰り、また次の日の朝に――というサイクルを数日、理緒、リルフィの三人で過ごした。
その間、リルフィを襲ってくる気配も無いが、狙われているのは確か――だから特に移動中は気が抜けなかった。しかし、人間慣れというのもあり、最近は警戒しつつ普段通りに過ごせるようにもなった。特訓の成果も目に見えて出てきており、普通に戦えるレベルの動きにはなってきていた。
「桜渚も大分慣れてきたね」
「さすがに連日やってれば誰だって慣れると思うよ」
今日もいつもと変わらず、私、理緒、リルフィの三人で夕暮れの中、本家へと向かって歩いていた。
「でも驚いたよ。ここ数日でここまで上達するとは思わなかった。桜渚ってもしかしてマーギアの素質でもあるの?」
悪戯半分の笑みを浮かべながら理緒はそう言った。確かに自分でもここ数日で随分と体の動きが変わったのは一目瞭然だ。
自分でも本来そういう素質があったのか? と思ってしまう程に。
「あるわけないよ……結果論で言うなら助かってるけどさ」
短期間で上達した。あまり時間が無い現状ではかなり助けられている。だけど守る為とは言え、そんな素質は私には必要ない――欲しくは無かった。
私はただ普通の生活を送っていただけなのに…………と色々思う所もあるけど、受け入れなければいけない。
「サナ…………」
そう考えていると、リルフィが服の裾を引っ張ってきた。
「どうしたのリルフィ?」
「この感じ…………嫌……来る」
「っ、桜渚来る!!」
リルフィがそう呟くと同時に桜渚が叫び、太股に装着していたホルダーから双銃を引き抜いた。その数瞬遅れてから空気が震え、いつかと同じように体に僅かな痺れが生まれた。
「この感覚……あの時の!?」
「ククク……お迎えに上がりましたよ、お二人方」
気づけば少し離れた場所に倉岡が『浮いていた』。相変わらず他人を見下しながら、舐める様な目付きで私たちを見下ろしていた。
「へぇ……案外遅く現れたわね、倉岡」
その姿を見て、理緒はもっと早く来る事を予測していたように言う。その眼は怒りと皮肉が宿っている様に見える。
「君はあの時邪魔をした娘か。君には用は無い。ここで退くなら見逃してあげよう」
「素直に言う事聞くと思ってる――わけっ!?」
理緒は答えると同時に地を蹴り、跳躍しながら『光と闇の双銃』を構えて魔力で出来ている弾を撃った。それは魔力の弾丸の雨だ。一発一発は威力が無くても、前方を埋め尽くす程の弾幕ならば回避する事はほぼ不可能だ。
「短期で血の盛んな子は足元を掬われかねないですよ」
倉岡が手を上げると空間に前と同じく手術道具が生み出されて、それらが弾へ向かって飛んでいく。しかし、物量の差から魔力弾の方が一つ上手だった。
お互いに相殺し合ったが、魔力弾はまだ半分存在しており、それら全てが倉岡を包み込むように向かっていく。
「さすがに一筋縄ではいきませんか……ならば――これでどうですか」
「っ……!?」
気づけば魔力弾の向かう先には大きな影。魔力弾はその影に全て命中し、一瞬で消え去った――が、倉岡本人は無傷だった。
「では――ショータイムだ」
合図と同時に理緒の周囲に影が現れたと思えば、真っ直ぐに理緒へと向かっていく。その影達は『人の姿をしていなかった』。
そう、私がマーギアとして目覚めたきっかけとなった、半獣人だ。どれも共通性といえば人に何かが合わさっている。見た目はバラバラ――しかしどれも獣と言うに相応しい姿だ。
「っ…………この、舐めないでよ!!」
理緒は体を空中で捻じりながら、向かってくる半獣人にトリガーを引く。半獣人は何発か撃たれると光の粒子になって消え去っていったが、その数はあまりにも多く、何体かが弾幕を潜り抜け、理緒へと向かっていった。
「やあぁぁっ!!」
だけどそれは届くこと無く、数閃の軌跡により、消え去った。
「さ、桜渚……!?どうして!?」
「私も理緒と同じ――信念のまま動いただけ」
右手には直剣、左手にはナイフが存在して、私は理緒の背中合わせに立つ。
本来――私はリルフィを守ることに専念し、理緒が倉岡――もしくは襲撃者と戦う打ち合わせだった。だけど友達が危険な目にあっているのに、何もしないというのは無理な話。私は守る為にマーギアになったのだから――
「理緒、あまり時間掛けられないんだよね?だったら二人で一気に終わらせよう」
「桜渚…………うん、わかった。でも無茶しないで……」
理緒は渋々納得したように呟いた。理緒だって分かっている筈――倉岡の能力相手には時間は掛けられない。だけど、一人ではこの半獣人の群れは想定外で時間が掛ってしまう事が。
「それ、そのまま理緒に返すよ!!」
そう叫んで私は理緒の背中から離れて、私達を囲む半獣人の群れへと向かっていく。躊躇いや迷い、恐怖が無いと言えば嘘になる。だけど、そのせいで誰かが傷つくのはもっと嫌だ。
だから私は剣を振るう。相手から目を逸らさない――その上で周囲にも目を張り巡らせる。魔力で自身を自分の限界まで強化した今、完璧とまでは言えないけど、気配が察知できる。
故に次々と向かってくる半獣人と戦いつつ、倉岡とリルフィの位置にも最大限の注意を払える。倉岡の狙いはリルフィ――最悪人質に取られる可能性もある。だからリルフィには誰であろうと近づけさせる訳にはいかない。
「厄介ですね……ならば、私もいかせて貰います――」
その瞬間、体に圧し掛かる痺れが更に増加し、まるで重りを上から乗されている感覚に体が支配される。
「『無実験精神空間』――」
同時に空間に手術道具が生み出される。それは先程、理緒に向かって飛んで行ったのとは桁違いの質量と量だ。
「この質量……洒落にならないわね」
「降参して、そちらのお二人方を渡すなら考えてあげましょう」
「そんなの考えるだけ無駄よ!!」
「そうですか――では、ここで果てて貰いましょうか!!」
手術道具と半獣人が一斉に向かってくる。体全体が痺れ、思い通りに動けなくなっている今、この質量の飛び道具は致命傷に近い。だけど理緒は余裕の笑みを浮かべていた。
「倉岡――貴方三流よ。マーギアとの戦いはそう簡単には行かないのよ――『一直線の弾丸』!!」
双銃から放たれた弾は正確に手術道具に命中し、手術道具を跡形もなく破壊していく。その光景は想定外だったのか、ここで初めて倉岡の余裕の表情が崩れた。
「バカな…………くっ、行け!!」
「させない!!」
手術道具に専念していて隙だらけの理緒に向かっていく半獣人。だけど絶対に触れさせない、傷付けさせない。私がリルフィを、理緒を守るんだから!!
直剣とナイフを変則的に組み合わせて向かってくる半獣人を言葉通り、蹴散らしていく。普通の剣士でもナイフと直剣の組み合わせはそうそう出来るものじゃない。だけど私には何故か普通に扱えていた。これも理緒が言う素質の一つなのかもしれない。
「やぁっ! はぁぁっ!!」
気づけば辺りに居た半獣人の群れは数えれるほどの数になっていた。
「ば、バカな……!!」
その言葉はたった数日でここまで強くなっている私なのか、それとも用意周到に準備した半獣人が数える程まで減ったのか、理緒の強さと能力なのか、どれを指すのかは分からない。もしかしたら全部なのかもしれない。だけど明らかなのは計画外の道筋になり、倉岡が動揺している事だった。
「あら、予想外って顔ね」
「ぐっ…………!!」
「言ったでしょ? マーギアとの戦いはそう簡単にいかないって。どうせ 今まで卑怯な手段で正面切って戦った事なんて無いんでしょ?」
「ガキが偉そうに……言うなっ!!」
倉岡が叫ぶと、能力が強く震えたのが身に感じた。既に体の痺れは、長時間正座した時の足の様な感覚で、触れてもその感触が感じにくいレベルになっていた。その上に更なる倉岡の能力の増大――後数分もしない内に体を支える力も無くなってしまう筈だ。
「殺す――貴様ら二人まとめて殺してやる!!」
予想外の事が続いたのか、倉岡の言葉が荒くなる。こっちが本性なんだ――何となく分かっていたけど、目の前にしてやっと確信を得た。
「至高の存在さえ、持ち帰れば構わない!!」
倉岡の周囲には今までには無い量の手術道具が浮かび上がっていた。それらは不気味な光を纏い、間を空けずに私達へ向かって飛んできた。
「――それが本性ね。でも残念……貴方はここでお終いよ」
理緒は双銃を構えて、目を瞑った。双銃に魔力が集中していくのが感覚で分かる。
「『魔術装填』…………!!」
大きく強い光が一瞬放たれ、すぐに消え去った。その元は透き通った白っぽい宝石が双銃を覆い尽くしていた。
一方は神々しく、一方は禍々しい形を作り上げていて、それは理緒の腕にまで浸食していて――言葉通り『銃と一体化していた』。
「これで…………終わりよっ!!」
トリガーを引かれた双銃からは今までとは桁違いの強さと数の魔力弾が、目にも止まらない早さで放たれた。それらは止まること無く放たれ続け、次々と手術道具を破壊していく。
大量の飛び道具が飛び交う中、上手く倉岡の死角を突いて、その隙間を縫うように私は走り抜け、倉岡へと一気に接近していく。
「これで…………!!」
「っ……舐めるなっ!!」
一瞬、驚きの表情を見せた倉岡――確実に隙を突き、振りぬいた剣は手術道具であるメスに阻まれていた。理緒は飛んでくる手術道具で手一杯――だから私がここで倉岡を倒すしかない――っ!!
「終わりだっ!!」
剣を阻んでいたメスがするりと抜けるように動き、私へと向かってくる。ほぼ零距離――直剣は今の攻撃で防御が出来ない。だけどナイフでも防げるものでもなかった。
「サナ!!」
「っ…………!!」
耳にリルフィの言葉が届いた。その瞬間、無意識に体が動いた。
「ぐっ!?」
メスを伸ばしてくる腕を膝で蹴りあげ、直剣だけを手から離し、そのままの動きでバック転をして一度距離を取る。倉岡は腕を押え、その手からはメスが零れ落ちた。
「このガキ――舐めるなぁっ!!」
周囲にメスを浮かべて、それらを真っ直ぐに飛ばしてくる。それに続くように、倉岡自身もメスを両手に取り、こちらへと向かって来ていた。
「………………そこっ!!」
飛んでくるメスを避けつつ、左手に残るナイフを倉岡へ向かって投げる。利き腕でも無く、回避しながらの行動故に速度も精密さもあったものじゃなく、難なく倉岡にメスで弾かれ、ナイフは光となって消え去る。
「ハハハハ!! 可愛いものだな!! 終わりだぁぁっ!!」
貰った――そう言わんばかりの表情を浮かべていた。だけどそれは間違い。さっきの行動は布石とフェイク。
「終わりは……そっちだよ」
「なっ…………!?」
倉岡の表情は一瞬で驚愕へと変わった。その視線の先は私の手の中にある一つの武器――拳銃。
私の能力は二つまで武器が形成出来るのをこの数日で知った。それはどんな武器でも形成できる――私が強く想ったどんな武器も。
形成した武器は手から離れてから、強い衝撃、一定時間、私の意識で消え去る。つまり先程のナイフが当たっても、外れてもどちらでも良かった。当たればそれで追い打ち、それ以外なら銃を形成して止めになる。
「…………チェックメイトだよ」
そう呟き、トリガーを引く。銃からは魔力弾が一発だけ撃たれ、それは倉岡の腹へと命中する。血は出ない――放たれた魔力弾は殺傷力を持たせず、ただ魔力の循環を麻痺させるように『形成したもの』。
「うぁ…………」
倉岡は力を無くしたようにその場に地に伏せる。と同時に体に圧し掛かる重りの様な感覚と痺れは無くなり、手術道具も全て消え去った。
「終わった…………」
その事実のホッとし、その場に私も釣られてぺたんと座りこむ。
「桜渚!!大丈夫なの!?」
理緒がリルフィと共に走ってくる。
「あはははは……ホッとしたら腰が抜けちゃったかも……」
立ち上がろうとしても足腰に力が上手く入らない。かもではなく、本当に抜けてしまってるみたいだ。
「もう……無茶しないでって言ったでしょ?」
「ごめん、でもこうしなかったらまずかったと思うから」
「それは…………そうだけどさ……」
理緒は反論する言葉を見失っていた。でも私を心配している事だけは強く感じられ、お人好しはお互い様かなと思った。
「サナ……大丈夫?」
「ちょっと腰が抜けちゃっただけだから。それよりリルフィこそ平気?痛い所とかない?」
ずっと気を配っていて、誰かが近づいた気配は無かったけど、確認をしておかないと……
「サナとリオのおかげでへーき!」
「そっか、良かった」
「さてと、とりあえずこの男は本家に任せるとして――桜渚、歩ける?」
「うぅ……難しいかも」
立ち上がろうとしても力が入らず上半身しか動かない。なんだか凄く情けないよ……。
「もう、仕方ないなぁ……ほら!」
「あわわあ!? り、理緒!?」
理緒の手が伸びてきたと思ったら、私は理緒に背負われていた。
「桜渚……軽すぎ。ちゃんと食べなきゃダメだよ?って、食べてるけど スタイルに全部行ってるわけね!?」
文句を言われたと思えば、理不尽な切れ方をされた。
「って、ななな、なんで!?」
何でいきなりおんぶなの!?
「だって桜渚、歩けないでしょ?だったら背負って帰るのが一番良いでしょ?」
それはそうだけど、いきなりするのは止めてほしい。一瞬何が何だか分からなくなったんだから!!
「ほら、しっかり掴まっててよ」
そう言ってから理緒は歩みを進め始めた。
「もう……強引なんだから」
でも不思議と安心感に包まれている感じがした。さっきまで激しかった戦闘の後は静寂の夜だけになり、それは睡魔を呼び寄せる。
「理緒…………ありがとう」
そう呟いて、意識は深い闇へと落ちて行った。暖かい優しさに包まれ、揺られながら――




